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迷宮都市の葬儀人  作者: 瘴気領域@漫画化してます
第六章 エンバー討伐

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第36話 骸の王の后

「どうしてエンバーさんが討伐されなきゃいけないんですか!」

「それは何度も説明しただろうが」

「納得できません!」

「俺に言われてもなあ……」


 アイラとサイラスは、道化師の残した研究所を再び訪れていた。内部にあった装置や魔導書はすべて教会に回収され、がらんどうになっている。そして、エンバーへの討伐令が下されたのは、回収された魔導書から或る一節が解読されたためだった。


 ――偉大なる骸の王が創りしは己の后なり。永遠にして不死。永劫にして不滅。永久にして不変。■■■■■■■たる王は、千年の眠りと引き換えに其れを創りて目覚めを待つ。


「骸の王の后だなんて言われたら、敵視されても仕方がねえだろ」

「これがエンバーさんのことだなんて決まってないじゃないですか!」

「だが、上層部はそうは思わなかった」


 無論、サイラスも反論はした。

 しかし、教会内の序列においてサイラスはせいぜい中の下と言ったところに過ぎず、発言力は弱い。サイラスの他にも討伐に反対する勢力はいたのだが、強硬派に押し切られてしまった。


 メイズ市で生じた数々の異変。それらの災厄もエンバーが招き寄せたものに違いないと主張する者までいたのだ。


「そんなのおかしいじゃないですか! スケルトンの大群をやっつけたのはエンバーさんじゃないですか!」

強硬派(やつら)に言わせると、それは教会の信用を得るための自作自演らしいぞ。エンバーは教会の中枢に入り込み、反乱の機会を伺っているんだそうだ」

「だったら行方をくらますなんておかしいじゃないですか!」

「魔導書の解読で正体がバレるのを予見して逃げたんだそうだ」

「そんなこと言ったらなんでもありじゃないですか……」


 エンバーには二十数年にわたる実績がある。その中で、エンバーが自衛以外で生者を手に掛けたことは一度もない。本来なら魔導書の一節程度で討伐令が下されるはずなどなかったのだ。


 だが、このタイミングでエンバーが所在不明になったのがまずかった。あの戦争でエンバーが見せた圧倒的な力に恐れを抱いてしまったのだ。それまでは書類上や噂でしかエンバーの実力を知らなかった者たちが、行方知れずのエンバーが牙を剥くことを警戒し、討伐派になってしまったのである。


「そもそも、その本の内容って信用できるんですか? でたらめが書いてるかもしれないじゃないですか!」

「使われている紙やインクから千年近く前のもの……ってことはわかっているらしい。ただ、内容がそのまま信じられるのかは確かに眉唾だな」


 魔導書の内容は骸の王の事績を称える叙事詩だった。それによれば不死者の王国は万年の栄華を誇っていたが、骸の王と共に国ごと眠りについたとされている。そして、骸の王はその代償に莫大な魔力を得て、一体の不死者を創り上げたのだと云う。


「とはいえ、それだけの代償と引き換えに創られたのなら、エンバーのあの理不尽な強さも納得はできる」

「いえ、絶対変です! 奥さんになる人を作ったのに、骸の王は眠っちゃったんですか? 作った意味ないじゃないですか!」

「この手の話は威光を高めるためにやたらと盛る(・・)からな。俺だってそのまま信じてるわけじゃねえよ」


 いきり立つアイラを尻目に、サイラスは棒で壁を叩きながらパイプを吹かす。エンバーが骸の王の后として創られたのが真実なのだとしたら、なぜエンバーは骸の王の居所を知らないのか。なぜ不死者を倒すのか。説明がつかないことが多すぎる。


 また、叙事詩で語られる内容そのものも荒唐無稽な記述が多い。一万年も続いた王国というのが真っ先に疑わしいし、王国の民たちは不死者を使役して王侯貴族のような暮らしをしていたというのも怪しい話だ。事実、現代においても不死者を労働力としようとする者たちは存在するが、いずれも失敗して悲惨な結末を迎えている。


 だが一方で、千年前に栄華を誇った王国が存在したというのも事実だ。大陸の広範にわたって存在する古代遺跡や迷宮には、共通の意匠が多い。古代になんらかの巨大国家が存在したのは確かで、それが不死者の王国であったとするとそれはそれで辻褄が合ってしまうのだ。


「とにかく、うだうだ考えてもわからん。とにかく手を動かせ」

「手も動かしてますよ!」


 サイラスたちがなぜ研究所を訪れたのかといえば、立て続けに起きた事件の黒幕につながる手がかりを探るためだ。状況からして、エンバーはその黒幕の下に向かったのではないかとサイラスは推測している。


 道化師がその黒幕と連絡を取り合っていたのだとすれば、なんらかの通信手段が隠されているのではないかと考えたのだ。しかし、この手の探索はサイラスもアイラも素人だ。そのため壁や床を虱潰しにすべて調べるという力技に出ている。


「ああ、ツバキさんがいてくれたらすぐ見つかりそうなのに……」

「今回はあいつらの手は借りられん。素人なりになんとかするしかない」


 エンバーが不死者であること。そして討伐令が下ったことは機密事項だ。教会が危険な不死者を使役していたとなれば信用の失墜は免れない。外部の人間の手を借りることはできないのだ。


 教会はエンバーの行方を探りつつも、聖騎士や高位司祭を中心とした討伐隊を編成している。もしそちらが先にエンバーとぶつかってしまったら……と想像し、サイラスは胃に錐を突き立てられたような痛みを感じる。


 ここ最近の出来事で、サイラスはエンバーの戦闘力評価をさらに引き上げていた。おそらくだが、教会の全戦力を持ってしても一方的に鏖殺(おうさつ)されるだけだろう。そして後に残るのは教会を――下手をしたら人間そのものを敵と看做(みな)した最強の不死者(エンバー)だ。悪夢でしかない。


 サイラスとアイラは怪我の療養を名目に休暇を取り、独自にエンバーの探索をすることにしたのだ。何としてでも先にエンバーを見つけ、確保する。それからどうにかしてエンバーが人類の敵ではないことを教会に証明する。


「何としてでも、どうにかして……だとか、ほとんど根性論じゃねえか……」


 サイラスの口から紫煙とともにため息が漏れる。だが、弱音を吐いている場合ではない。冗談抜きで人類存亡の危機に立っているのだ。


「サイラスさん! ここ、ここだけ何か音が違います!」


 アイラが壁の一箇所を棒で叩いている。確かにそこだけ音が違っていた。向こう側に空洞がある……ような気もしなくはない。


「よし、じゃあこいつの出番だな」

「仕掛けとかありそうですけどね……」

「俺らにわかるわけがねえだろ。最初からごり押した方が早い」

「ですよね……」


 サイラスとアイラは、揃ってツルハシを振りかぶり、壁に叩きつけ始めた。

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