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迷宮都市の葬儀人  作者: 瘴気領域@漫画化してます
第五章 平穏と戦争

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第26話 質問

「それではエンバーさん、いよいよ本題なんですが……」


 菓子を一通り食べさせ終えたアイラが、エンバーの目を真剣に見つめる。サイラスはごくりと生唾を飲んだ。核心的な情報が得られるかも知れないし、そうではないかもしれない。サイラスは気になっていることを頭の中で箇条書きにする。


 ひとつ、骸の王を探す目的。

 骸の王は千年前の大死霊術師だ。数え切れないほどの不死者を意のままに操り、不死者の王国を築いたと伝わる。そして先日の事件ではその復活が示唆された。エンバーが骸の王の被造物だとして、再び仕えるために探しているのだとしたらそれは絶対に阻止しなければならい。


 ふたつ、エンバー自身は何者なのか。

 異常なほどの再生力。人狼さえ歯牙にかけない怪力。そして棺を操る魔術らしきもの。そして今回は古代語に精通していることも判明した。道化もそうだったが、エンバーも教会の記録に存在しないタイプの不死者だ。正体を知る必要がある。


 ちなみに、現場に居合わせなかったサイラスには知る由もないことだが、骨の一片すら残さず消し飛ばされても復活し、巨大なドラゴンゾンビを跡形もなく叩き潰したことを知っていたら一層頭を抱えていただろう。


 他にも道化の正体や骸の王は本当に復活するのか。あるいはすでにしているのかなど聞きたいことは無数にある。アイラの口から発せられるのはどの問いなのか。そしてそれに対し、エンバーはどう反応するのか。サイラスはエンバーから見えないよう、机の下にした手に火霊石を握りしめた。


 アイラは大きく深呼吸をして、意を決したかのように尋ねた。


「どのお菓子が一番好きですか!?」

「は?」


 想像もしていなかった質問に、サイラスは思わず椅子から滑り落ちそうになった。そんなことを聞いてどうするのだ。それにエンバーは生者を装うために食事をしているにすぎない。好きも嫌いもある訳がない。


「好きとはどういうことだ」


 案の定、エンバーは表情ひとつ変えずに尋ね返した。そんな概念は存在しないのだろう。


「ええっと、好きっていうのは……一番美味しかったのは……いや、もっと食べたいと思ったのはどれですか?」

「これだ」


 ところが、サイラスの予想を裏切ってエンバーは即答した。最初に食べたパンケーキを指さしている。


「それならもっと食べればよかったのに……」

「一口食べろと言った」

「それはそういう意味じゃなくって! えっと、いいからもっと食べてください!」

「わかった」


 パンケーキを頬張るエンバーにサイラスは目を丸くする。表情はまるで変わらずとても美味そうには見えないが、アイラが買ってきた3つのパンケーキはあっという間にエンバーの胃に姿を消した。


「他にも好きな……もっと食べたいものがあったら遠慮なく食べてくださいね。エンバーさんのために買ってきたんですから」

「そうか」


 机の上の菓子がすごい勢いでなくなっていく。最後には干した果実を混ぜ込んだ焼き菓子だけが残されていた。


「エンバーさん、ドライフルーツが苦手なんですか?」

「苦手?」

「ええっと、食べたくないというか、進んで食べようとは思わない感じですか?」

「そうだ」


 エンバーに食べ物の好みがあったなど、サイラスにとっては衝撃だった。何かと人間離れしているエンバーだが――不死者なのだから当然なのだが――そういった人間的な感性を持ち合わせているとは想像したこともなかったのだ。


「それで……エンバーさんは私たちのことをどう思っていますか?」

「どう?」

「ええっと、その、好きとか嫌いとか……」

「お前たちを食べたいとは思わない」

「いや、食べ物的な意味じゃなくて!?」


 やり取りは滑稽だが重要な情報だ。エンバーは人肉よりも菓子を好む……サイラスは心の中にメモをしつつも、これをどうやって報告したらいいのか表現に悩む。


「守りたいとか、一緒にいたいとか……そういう風に思ってくれていますか?」

「ない」

「ええっ!?」


 今度はアイラがずっこけそうになる。そういう話の流れじゃないと思ったのだ。


「じゃ、じゃあどうして道化師の時には目印を残してくれたんですか?」

「便利だろう」

「ええ……」


 エンバーの真意が読み取れない。骸の王を探すという目的にとって便利だと言っているのか、あるいは自分たちが捜索する上で便利だと思ったのか。


 次の言葉に悩んだアイラだが、ツバキが言っていた言葉を思い出す。疑問に思ったことは率直に聞いてみればよいのだ。エンバーの言葉は素っ気なく、意味も汲み取りづらいが、少なくとも嘘や誤魔化しを感じたことはない。


 アイラは勇気を振り絞り、思い切って真っ直ぐな言葉をぶつける。


「エンバーさんにとって、私たちは仲間じゃないんですか?」


 返答が怖い。仲間ではないと答えられたらどうするべきか。そしてアイラ以上に冷や汗をかいているのはサイラスだ。仲間ではないと明言をされたのなら、教会がエンバー討伐の決断を下すかもしれない。その先鋒に立たされるのは、最もエンバーに近く、詳しいサイラスだろう。そして、とても勝てる気がしない。


 エンバーの長いまつげが二、三度しばたき、形の良い唇がこともなげに言葉を紡いだ。


「仲間ではなかったのか?」


 アイラとサイラスは揃って安堵のため息をつく。そしてエンバーの口元が菓子の食べかすだらけになっていることに気がついて思わず声を上げて笑った。


「なあ、エンバー。俺からも質問があるんだが……」


 と、サイラスが言いかけたときだった。

 事務所の外から教会の鐘をかき鳴らす音が響いてきた。緊急事態を知らせる警報だ。続いて触れ回る声が聞こえてくる。


「急報、急報! アンデッドの大群が攻め寄せている! 戦える者は武器を持ち南門に集合! 戦えない者はただちに避難せよ!」


 突然の凶報に、サイラスとアイラは即座に立ち上がった。

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