06話「共同討伐:前編」 シルヴ
アソリウス島北部に旧イスタメル公国軍が上陸した。
地元漁師を連れた、北岸部監視の任に就いている騎士が報告。
漁師曰く”戦争でしか見ないような大船団で、攻撃かもしれない。魔族とは違う様子”だとのこと。
次に、旧イスタメル公国軍の使者を連れた、同じく北岸部監視の任に就いている騎士がやって来た。”彼等は聖戦の一環として保護を求めてきた”と。
襲撃と勘違いする勢いで助けを求めに来たということだ。友好と口で言って、脅しにかかっているのが明白。刺し違える気迫が見える。
軍事顧問が口出しするものじゃないのに、まるで身内の一人のように会議に呼ばれて参考意見を求められた。あくまでも第三者として、エデルトとは無関係、と前置きをしてから参考意見を述べる。
「抱え込めるような経済的余裕は少ないでしょう。新式実験連隊の一つぐらいで資金繰りに忙しくなったというのに、余所の軍隊一つの管理から面倒まで出来るとは思えない。
軍と盗賊は紙一重、同一かもっと性質が悪い。無駄飯喰らいならまだしも、そいつは身内じゃなく赤の他人で、しかも暴力野郎で口も腕も立派で可愛くない。すぐさま軍を動かして使う予定があるなら話は別ですが、そんな用事は今のところありません。
旧公国軍は一体何をしてくれそうですか? 彼等を追う魔神代理領のイスタメル州軍は何をしてくるだろうか? あらゆる事態を、最悪を想定して行動計画を作成することです。積極的な行動に出るのは魔族からの使者が来てからでなければ危険が多い。仇敵相手とはいえ、意思疎通以前に敵対など馬鹿気ているのはご理解頂けるかと。
今までアソリウス島が本格的に攻められなかったのはこのセルタポリ市が目標ではなかったからです。通り道ですらない路肩だったからです。もしここが目標になったら今まで通りの焦土作戦じゃ意味が無い。見逃してくれない。聖戦とやらで犠牲を払うというならあなた方は納得するのでしょうが、こんなものは聖戦に含まれるでしょうか? そもそも、これを聖戦として聖皇が認めてくれるようなものなのでしょうか? 吟味されたい」
そして騎士団は言われるがまま、行動計画の策定にかかった。時間稼ぎのために旧公国軍の使者には”騎士団にはかかる事態に対処する基本方針が出来上がっていないので時間を頂きたい”と返答を保留。
勿論、ガキの使いではない旧軍の使者は何らかの成果を引き出そうとしつこく食い下がった。何故か我等軍事顧問団のところにまでやってきた。迷惑だ。
追加の使者が来て騒ぎになりそうなった段階で総長は良手を打った。”聖なる神にお答えを求める”と言い、寺院に引き篭もったのだ。宗教組織だからこそ出来る、世俗組織には容易に使えない手段だ。聖戦をお題目にしている以上は聖なる神の威光に逆らうことは許されない。
そうして旧公国軍をあしらっていると、待っていたイスタメル州総督から使者がやって来た。当然ながら旧イスタメル公国軍残党の引渡し要求がされる。これに対し、聖なる神にお答えを求め続けるのは不可能。拒否なり無視をすれば躊躇なく侵攻してくる。
その要求に応じるかどうか検討がなされた。その時もまた何故か身内のように会議に呼ばれた。しかも、何故か席順が変わって騎士団序列の三位あたりの席になってた。それでも第三者として、エデルトとは無関係、と前置きをしてから参考意見を述べる。
「旧イスタメル公国軍は北岸部に拠点すら築きつつあります。島民との摩擦はまだ聞き及んでおりませんが、狩猟行動の範囲が広がっているのは懸念であります」
と、そこで横槍が入った。
「そんな情報はどこで?」
「市場で会話を聞いていれば猟師の愚痴くらい耳に入るかと」
騎士団幹部が感心した息を漏らす。おい、お前らこんなことも把握していないのか? 個人的に気を取り直してて続ける。
「このまま時間が経てば旧公国軍とて物食う生き物、飢えた盗賊の群れと化します。島全体と言わずとも、一部が彼等に乗っ取られる可能性は高い。
北岸部は島内では貴重な、優良な耕作地帯。この畑に手が出され始めると島は餓えに向かいます。彼等によって勝手に徴税でもされ始めたら将来が危うい。
それ以外に商人からは島外貿易の件で心配の声が上がってるのはご存知かと思いますが……」
本当にご存知だろうか?
「アソリウス島の主な交易相手はイスタメル地方。そこ以外からの輸入は航路が長いせいで値段が高い。少なくとも、アソリウス島の経済規模では高いと言えます。つまり新たなイスタメルの支配者と仲が悪くなると物価が高騰します。清貧を旨とする騎士団と言えども、生活必需品まで無くなったら困るでしょう。特に金属、石炭、大型木材はこの島では手に入らないと聞いております」
その参考意見を元に騎士団幹部と協議を行った結果、旧公国軍は敵であるとした。
アソリウス島騎士団と魔神代理領のイスタメル州軍同士、無用な衝突は避けるべきである。双方思うがままに動いては衝突の危険があり、かと言って肩を並べて部隊を隣接させるのも諍いの原因となり危険である。だから別行動を取り、挟み撃ちをすることになった。
アソリウス島騎士団は南から攻め上がり、敵を北に追い詰める。
イスタメル州軍は北で、大勢上陸されては困るので少数の兵力で待ち伏せして撃破してもらう。陸上の敵は散り散りに逃げると思われるので、それは勿論騎士団で掃討する。
イスタメル州には、捕虜は全て引き渡すので残党狩りには干渉することの無いよう釘を刺す。
海上の敵はイスタメル海軍に一任。アソリウス島騎士団艦隊――かつては海賊騎士団と恐れられたのも大昔――は実質の武装商人程度でその任に耐えないし、一応はこっちは海から手を引くから陸に余計な手を出すな、と格好をつけさせた。
魔族は敵だが騎士団とて分別はある。イスタメル州総督にもその分別があり、この作戦を了承してもらった。
新式実験連隊も作戦に参加させる。敗残兵が相手、初陣で自信をつけさせるためには丁度良い弱さだろうか。
そんなことがあり、旧公国軍の使者を牢に閉じ込め、こちらの初動を探らせないように戦争の準備を行った。
騎士団は常在戦場の心構えらしく戦闘準備は一日で完了。新式実験連隊は訓練中でそのまま行動に移せる状態である。
食糧についての心配は無用だった。常に魔神代理領からの海上封鎖を想定していて穀物備蓄量は十分だった。火薬の備蓄に心配はあったが、エデルト海軍に融通してもらって最低限の量は確保した。
そしてイスタメル州海軍が海域を封鎖して退路を断ったと報告がきてから行動を開始する。
アソリウス島騎士団は南側から警戒線を構築して網を張り、北へ進軍して旧公国軍を追い詰めていく。追い込み漁と同じだ。北岸部にいるイスタメル州軍の側へひたすら追いやる。
偵察によると旧公国軍はアソリウス島北部を取り込むことを意図するような配置で拠点を築いている。主な拠点の造りは、盛土や丸太の柵で囲った城だ。流石に既存の集落を乗っ取ることはまだしていないが時間の問題だっただろう。
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目の前にある城は北進する上では非常に邪魔で、奪えば作戦を優位に進められる位置にある。
小高い丘の上という地形は活かしているようだが、攻めあぐねるほどではない。土の盛り方が手ぬるい。厚みはともかく、高さが無さすぎる。大砲の射角を調整すれば弾速をさほど損なうことなく城内に撃ち込めると一見して分かる。旧公国軍には時間と人手が足りなかったようだ。
新式実験連隊と騎士団は城を、丘の形に合わせて東西に細長く包囲した。西部を新式実験連隊が、東部を騎士団が担当。
教え子達の、砲兵隊が砲撃を訓練どおりに開始。観測射から着弾修正、そして効力射。丸太柵は粉砕されて木片になり、散弾になる。壁の後ろにいた敵はズタボロになっただろう。丸太で土壁の高さを補ったつもりなのだろうが逆効果だ。一体何百年前の戦争を想定していたのだ?
砲撃は続き、建造物を崩して土煙を上げる。真っ赤に焼けるまで熱した砲弾を混ぜて撃っているので徐々に黒煙交じりになり、火の手が上がる。
銃弾と違い、砲弾は飛んでいく様を見ようとすれば見れる。黒い点が立て続けに城に吸い込まれていくのは見ていて気持ちが良い。先の大戦でも榴弾を撃ち込んで魔神代理領兵の隊列を塗り潰していった時は幸せだった。
軍事顧問として直接大砲の操作どころか指揮もできない身が歯がゆい。教官などよりやはり一兵士がいい。でも平和で燻っているよりは何百倍もマシだ。もし本国に居残っていたら戦争がしたくてセレード王党派を焚きつけていたかもしれない……それは流石に自分への冗談だ。
教え子達の歩兵隊は突入準備中。わざと開けてある脱出路の先には騎兵隊が待機中だ。東部の方はというと、思い出したかのように工房の大砲が火を噴いては、まあ景気づけをしている。
東部の騎士団から砲撃中止要請。相手が降伏したのかと思ったら、どうやら突撃する気らしい。東部側の城がほぼ無傷である以上、いくら手抜きで原始的だとしても丘の上にある城に突撃をするなんて自殺行為だ。
しかし所詮は軍事顧問、訓練した連中の成長ぶりを確認する程度しか出来ないので口出しするのもはばかられる。だが命令は出来なくても助言は出来る。
東部側へ馬で移動し、話が一応は通じそうなガランドに「命を捨てて戦う時ではありません」と進言すると、
「これは姫様。これより死なない者達だけで突撃を敢行致します。姫様の育てた者達の戦いぶりや見事。しかし我々とて無為に島の中で燻っていたわけではないところをお見せ致します」
正気を疑う返事をもらう。頭のイカれた連中と会話してもしょうがない。そもそも、個人的にはこいつらがいくら死のうが知ったことではない――ガランドは流石に別だが――それどころか、旧来の騎士団の無能ぶりが露呈してくれれば新式実験連隊の評価が相対的に上がることになる。
この考え、謀略的で気に食わない。しかし自分が仕掛けた事態でもない。じゃあ、いいか。
総長が馬にも乗らず徒歩で先頭に立つ。普段は気づかなかったが、総長は武装して歩く時に杖をついて若干左足を引きずる。装備の重みが加わると悪い左足が痛み出すと思われる。
そして普段は市内でも見かけない風体の、怪しげな騎士達が後に続いて徒歩で整列。総勢で百名に満たないが、威圧感だけならその五倍相当。
ガランドに尋ねると総長直轄の者達で、普段は総長私有の寺院に篭って生活しているらしい。家族もいないようだし、孤児かもしれないし、何かしらの障害者かもしれない。とにかく分からない。
ヴィルキレク王子の言う、人間を人間ではなくする術、の被験者達と考えられる。自分には、私有の建物に潜入して調べ上げるような技術はない。というかコソ泥の真似なんかしたくはない。こんな逃げ道の無い島でバレたらどうするんだ?
自分にとっては軍事教練が最優先課題で、その怪しい術の調査はついでの、おまけの、行きがかりの駄賃と決めてある。やれないことはしない、やらないつもりだった。
それが今、観戦することで目的の端緒が果たせる可能性がある。ヴィルキレク王子にもその端緒を土産話にしてやろうじゃないか。
ガランドに随行しての観戦を申し出ると、
「では姫様、わたくしめが盾となりますので後ろをついてきて下さい。騎乗したままでは目立って狙われます、申し訳ありませんが降りて頂きたい」
ということで馬を降り、ガランドの傍につく。このガランドも人間を人間ではなくする術の被験者の可能性はある。
総長が杖を振りかざす。騎士達が思い思いの武器を手に持つ。長さも大きさもバラバラな刀剣に槍に鎚。規格が統一されていない白兵戦武器を持つというのは大量生産された規格装備を与えられた徴集兵ではない証拠。手に馴染んだ特注武器を持って戦う職業戦士の証。
それは現代的ではない。加えて火器類の装備が見られず、更に現代的ではない。騎士とて銃器を用いるのは、三百年は前からの常識だが?
総長が杖を振り下ろす。そして何ということか、丘の上の城に向かって彼等は走り出した。まだ相当距離があるというのに。
「姫様、遅れませんように」
ガランドに声をかけられ追随して走る。総長はというと杖を突きながらも先頭に立って走っている。あれを障害者とはきっと呼ばない。
全身を甲冑で覆っている時代錯誤さに今更驚きはしない。走りが俊敏であるのは自分の身体に合わせた甲冑であるなら不自然ではない。しかし長距離をそれなりの速度で走っているのに疲れ知らずに見えることは驚きだ。
しばらく駆けたのだが、誰も息切れをしていないようだ。重装備ではないこちらが息切れしそうだというのに、甲冑を着たこの騎士達は歩調を乱そうともしない。
これは人間らしくない。仮に絶え間ぬ訓練で身につけた身体能力だとしよう、しかしそんな訓練をしている姿は見たことがない。
丘の斜面に差し掛かる。旧公国軍に大砲の装備はないようだが、銃撃と投石が城側から繰り出される。
これから築かれるであろう死体の山を想像する。その中に入らぬよう、ガランドの真後ろにつく。まるで鉄の塊みたいな背中は頼もしい限りだ。これが倒れたら逃げようか。
そして予想を裏切って死体の山は築かれなかった。しかも、斜面でさえほとんど減速せずに走り続けた。
先頭に立つ総長が魔術、彼等が言う奇跡を発動して光の壁のようなものを展開。銃弾に石が光の壁に当たると弾き返される。そんな便利な光の壁にも幅に限界があり、また隙間があった。そこを通り抜けた銃弾は、騎士の甲冑に凹みをつけるが弾き返される。投石ごときは当たっても無きものように振舞われる。どれだけ分厚い甲冑を着て、どれだけ打たれ強い体なのか?
「如何ですか姫様、これが我らの力です!」
ガランドが誇らしげに大声を出す。確かにこれは凄い。足腰が辛い。
「確かに凄いが、数は揃えられるのか?」
「ははは、だからこその新式実験連隊ですな!」
なるほどと思い、光の騎士団に怯えて攻撃の手が緩み出した城に近づく。正直、体力が限界を迎えそうで騎士達に追走するのはもう終わりにしたい。こいつらの身体能力はどうなってるんだ? やはり人間ではないのか?
丘の斜面を登り切る。何とか意地でへたりこまないようにしているが、気を抜いたら倒れそう。意地だ。
「流石は姫様、我々の脚についてこられるとは感服いたします」
「そう」
総長が杖を振るい、まるで光の鉄槌のような奇跡でもって城の丸太柵を破壊。そこへ騎士達が殺到し、見た目通りに白兵戦には無類に強い彼等は一方的に城内を制圧していく。
戦うとなったら異教徒ではなくても容赦無いようで、柵の内からは命乞いのような、魔族こそ共通の敵と説得するような、そんな声を無視した殺戮が続いた。
騎士達の一太刀の威力も尋常ではなく、相手の頭を割った勢いで胸骨まで砕く。この怪力を見せられると火器など要らない、と言われて納得するかもしれない。
……いや、射撃武器と同列に扱う話ではないのだが、その気迫はある。全くもって怪しいことこの上ない。
潜入捜査などしないぞ。
さて、奪取したこの城、この丘に立って気付いたのは、ここに監視塔でも建てれば北部の旧公国軍支配領域の大半を視界に収められるということ。今や彼等、敵の行動は手に取るように分かる。
現段階でも望遠鏡を使わずに幾つかの拠点を見下ろすことが出来て、煙の量からどの程度の窯に火を入れているのかも分かる。行軍中の部隊だってざっと見える。
後はこの見える魚達を的確に北岸部へ追い込むだけだ。




