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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第2部:第14章『ぼくらの宇宙大元帥』

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28話「なんなのこの男」 金蓮

 嵐の中、他の家よりもこの家の板塀は風で鳴ったりしない。

 ここ旧四山郡主邸は造りが良い。板も柱も一枚一本が厚くて大きい堅牢設計。

 風で煽られて外では何がしかが転がっている音がする。桶は良く分かる。

 時間としてはもう夜明けだが、雲が覆っているのでまだ暗い。

「金蓮姫様、おはようございます」

「おはようございます」

 住み込みのお手伝いさんが朝のご飯を作っているので手伝う。この人は普段でも夜明けに仕事を始めている。これは戦災寡婦の雇用の一環。

 雨脚が強くなる。昨日の夜は風だけだった。

 雨音で目覚め子供達が目覚め、起きて動く音で目覚めたり、二度寝したり。

 食事の用意から自分だけ抜け、寝室の方を見て回る。

 鼻をまず利かす……いた。

 うんこを漏らした子供の尻と服を洗う。まずはざっと、糞落としから。豚便所に落とす。服ごと捨てると楽だが、ちゃんと洗ってまた履かせる。変な贅沢はしない。

 食事が出来上がる前に全員を起こして寝巻から着替えさせる。年長の子供達を中心に、小さい子の着替えを手伝わせる。洗い物はまとめて洗濯籠を入れておく。

 こうしている内に配膳開始。芋粥、漬物、湿気る前に処分したい干し魚を焼いたもの。栄養は十分だが豪勢ではない。

 年長の子は己で食器を取る。小さい子は落とすのでこちらでやる。

 箸の使い方で”グー握り”の子がいるので教育。手掴みは注意。

 最低でもご飯さえ食べさせることが出来ていれば育つ。

 育ちが良い子はともかく、兄弟姉妹と飯を取り合って小さな生存競争をしてきたような子は他人の分を取らないか監視。逆に飢えてきた子にはちゃんと食べるように監視。食が妙に細い子は腹の具合、歯の具合を見ないといけない。

 お手伝いさんは配膳前に食べ終えていて寝巻と、昨晩の服の洗濯を始める。石鹸が使えるからすぐ汚れが落ちて楽だと言う。

 食器洗いを開始。小さい子達は近くに置いておく。黙っているよりも歌った方が機嫌が良くて大人しいので歌う。


  太陽の歌を小鳥が歌うよ

  栗鼠が起こして揺れるよ

  森が光って風が吹く

  子供達は枇杷を取っておいで


 これはリュウトウの童謡か何か。次はなんだっけ? 道端で聞いただけだったからはっきりしない。続きは鼻歌でいいか。

 この風雨の中、外に出て遊んでいた子達が服と靴を泥だらけにして戻ってきた。

 泥落としから始めてから、次に洗濯する時の、濡れ物用の洗濯籠に加える。応急処置以上のことをすると仕事が詰まるので、今はここまで。

 男の子同士の喧嘩が始まった。これの解決方法があるのかは分からない。掴み合いくらいはともかく、噛みつきをやって泣かせ始めたので引き離しに入る。

「怪我しちゃうでしょこの馬鹿!」

 とりあえず喧嘩はしょうがないとして、怪我はさせないようにしないと。

 昼前に書道の先生が授業に来る。手拭いを渡しながら藁の雨具を受け取って玄関の壁に干す。それから手荷物を預かる。

「降っている中、ご足労頂きまして」

「いえいえ。年寄りは暇をしてもしょうがないですから」

 子供達を勉強部屋に集めて、先生に皆で『よろしくお願いします!』と挨拶。

 お勉強の時間。天政官語の文字を改編したリュウトウ文字の書道。文法はまだ早い。

 自分も読めるが、綺麗に書くことまでは勉強してこなかったので子供達と一緒に先生から学ぶ。別の字に慣れた手癖のせいか意外に難しい。

 墨汁を飲もうとしている子がいるので止める。墨汁で顔と服が汚れて笑っている子がいる。授業が終わってから着替えさせないと。顔は、今拭くか。

 昼食に先生を誘うと「妻が作って待っておりますので」とお断り。

 竈に新しい薪を入れる。湿気っていたものなので方術で強引に着火しようと思っていたら、背後で気配。年長の女の子が火打石を持って立っている。

 声をかけてこないし、横に来て差し出すわけでもない。まだまだ信頼関係が出来ていない。

「これはね、湿気ってるから方術で無理矢理火を点けるの。煙が出るから一旦外でね」

 良く分からないと沈黙。

 外の軒下、雨が当たらず風の向きで雨粒が入ってこない位置で強引に着火し、白い煙が出る。その火元から乾燥の術も交えていく。

 乾かすように口を尖らせて息を吹きかけると術の構成が理想に近づく。表面が大体乾いたので爪を掛けて割る。あまり大きい薪ではない。人間なら鉈くらいは必要。

「姫様力持ち」

「でしょ」

 この子は小さい子の着替えも手伝うので、台所に入って貰ってもいいか。

「ちょっと手伝ってくれる?」

「うん」

 昼食の世話も朝と同様。肉野菜炒めが出ると子供達はかなり喜ぶが、争奪戦が激しくなるので最初から食べる量を決めて盛る。

 昼食の後片付けをしている辺りで郵便が来る。大体は新アクノ市長との行事や会合関連。

 自分には軍政経験があるので行政など多少関わっても働けると思っているが、一切その手の仕事は割り振られない。化粧領としてアクノ郡主となり、お飾り姫に専念。

 文書を読んでいくと、葬儀へ子供達の中でも大人しくて賢い子を数名選んで出席するのが直近の予定になりそうだ。その三日後には有力者子弟の結婚式への出席。

 子供達は戦災孤児。戦後復興の象徴であり、自分を飾る真珠か、何か。君主でもない象徴の姫はこうした演出材料のためにいる。まるで国母のように振る舞わなくてはいけない。

 お手伝いさんが子供達を昼寝させた後を見に行って、はだけた布団を掛け直して回る。

 全てではないが穴の開いた服を修繕する。貰い物の服も多いので、以前に計った子供達の身体に合わせて直したりもする。

 お手伝いさんの他に、仕立て屋の人が手伝いに来るが今日は嵐なので、たぶん来ない。

 リュウトウの人は、全員とは言わないが勤勉ではない。先生はアマナからの帰化人だ。この国の暮らしは緩やかな方に差し引いて考える。

 太陽が隠れっぱなしで、夕方前にはもう大分暗くなっている。

 自分は夜でも問題無く見えるが、お手伝いさんは手元が怪しくなってきたので仕事を切り上げて夕食の用意。

 昼寝から起きた子供達を見て回る。廊下を走ったり、階段を二段飛ばしで降りたりうるさいので注意。

 また喧嘩。男の子が女の子を泣かせて、泣きついてきた。始末の悪い事に嘘泣き。

 まずは男の子に説教。まず加害したことは言い訳無用に悪い。

 その後で女の子に説教。「家族を謀るとは何事か!」と始めたら本気で泣かせてしまった。

 完全に暗くなる前に夕食。説教していたらお手伝いさん一人でやっていた。

 もう一人くらい交代要員も雇いたいところだが、新アクノ市長から信頼できる人物の紹介というのはこの人だけ。何か、不確定要素を避けたいというところか? 忙しい方が気が紛れるけども。

 火を使ってお湯を多めに作り、皆の身体を拭く用意をしておく。風呂は薪の消耗が激しいのでたまにしか沸かさない。

 食事が終わって、服を脱がせながら身体をお湯と手拭で拭いて綺麗にしていく。年長の子は自分でやって欲しいが、面倒臭がる子は捕まえてやらないといけない。傷も男の子が多いのでここで見つけたら手当て。

 全員を寝巻に着替えさせて就寝へ移る。子供達が照明を引っ繰り返すのが怖いので日没前に寝かせるのが慣例。机仕事がある場合は自分とお手伝いさんだけが灯りを使えるようにしている。

 台所の火が消えないように管理してから、子供達が悪戯しないように施錠。

 家の中が暗くなってきたら子供達の夜便所に付き合うことになる。便所では何か、怖がっているわけではないという意味がある、迂遠な言い訳をひたすら聞く。

 葬儀を始めとして、これから待ち受ける行事用の挨拶文を書いてやっと就寝。何か別件が割り込んだ時に、手紙だけ送るということがあるので使わないと思っても用意しておかないといけない……秘書が一人欲しいかも。子供に仕込むには、皆幼いというか学が足りない。足りるような子は良い親戚筋がいるもの。

 自分の布団の上に猫が乗ってくることがある。子供達から逃げてこっちに来ることが多い。構わないでいると寄ってくるのだ。

 猫は家に居付く。この猫はタルメシャにいる品種で、高給珍獣の類。リュウトウ統一戦時に艦砲射撃で爆散した四山郡主の飼い猫だった。忠義に薄い者よ。

 この秋、この嵐が来る前にセジン様一行の四隻はエスナル植民地がある南航路を選んで出港していった。今は洋上で風雨に吹かれているだろう。船団は南に向かい、嵐は南からやってくる。

 出港は嵐が収まる冬ぐらいまでは待てるはずだったが、セリン艦隊がマザキ港に入ったという情報が入ったので緊急出港となった。

 ”人心羅刹のマザキ衆、人斬り攫いの火付け共”などと悪評高い傭兵を使うかもしれないという憶測も飛び、アマナ水夫達が怯えて気が気で無かったのもある。彼等が脱走してしまえば計画が破綻する。緊急出港は、悪い状況下で良い判断だっただろう。

 この段階ならもう海賊ファスラが襲撃してきてもおかしくなかった。海戦では確実にあちらが上手。泊地戦もあちらが上手。上陸戦でもあちらが上手。つまり戦ってはいけない。

 その出港後、更に情報が入る。大陸タルメシャにてスライフィールの飛竜がバッサムー、シンルウ王を撲殺したという話。ベルリク=カラバザルの手が南洋にまでかかった証である。また分かっていたことではあるが、重ねてルオ・シランが完全に我々を敵と見做しているという状況も示す。

 寝入る前に考え事をしていたら女の子が布団に入ってきた。

「はいはい」

 そうしてまた寝入ろうとしていると違和感。これはおねしょというか、寝る前の怠けしょん? そうか、こうくることもあるのか。

 雨脚も風も弱くなってきているが、海鳴りはまだしている。沖に吹かれて荒れているのだ。


■■■


 嵐は去ったが海はまだ荒れている。風は少し残っていて、ややベタつく感じの潮っけ。

 沖で巡洋艦相当の帆船を確認したと漁船から通報があった。その漁船は、荒れている内に魚を採って、棚が寂しい市場で高く売ろうとしている冒険的な若者の一団。

 彼等は手紙を受け取っており、宛先はアクノ市長。海賊ファスラであるという自己紹介文だったそうだ。

 リュウトウ王宛てではないことから、この政権転覆劇については知らない可能性があると予測がつく。

 わざわざ漁船より足が速いはずの巡洋艦が手紙を託すということは、出迎えをしろということ。迎撃なんてしたらぶっ潰す、ということ。

 自分は新アクノ市長とともに港へ出迎えにいく。儀仗兵の徒列、のように兵士を並べた。諸外国と比べて遥かにそのあたりの訓練伝統が無いので、自分が一先ず即興で教育する。気を付けの姿勢を取ったらとにかく動かないこと、眼球も動かすなと教えた。

「どうなるでしょうか? 金蓮姫様」

 前市長はリュウトウ王になって本諸島の宮殿にいる。ここにいる後任は秘書官だった方。あまり表に出る仕事をしていなくて、このような代表者としての働きには不安がある様子。

「目的次第ですが、残党狩りなら私を差し出してください。もう惜しむ首ではありません」

 不安気な顔で否とも応とも答えない。自分の扱いならそんな程度で十分だが、海賊ファスラとの話し合いで市長が言いなりにされそうでこちらも不安。代わりに喋ってやろうか?

 通報のあった巡洋艦が荒れる海面を揺れながら進んでくる。

 細かな操帆で右向き、左向きで直進を取る。入港してから目指すのは岸壁の角。

 綱が一本海中に伸びているので、まさかこんな時に走錨事故? かと一瞬思ったが、それをシャチが噛んで引っ張って調整しているのが見えた。しかもその背には男が一人立っている。この荒波で? そんな芸当はシゲヒロでも無理だ。では頭領ファスラか? シゲヒロの遠い親戚。自分の親戚?

 岸壁に接近してくる。接岸時に船体が接触しないように離すための、錨が湾内へ事前に投じられた。動きながら、防波堤に切られているとはいえ、港内でも上下する海面で。

 そうしながら旋回して右舷と船尾から、岸壁からもやい綱を取れる角度を取る。

 美しいというか危ういというか、腕の良さを見せつけている。

 港湾作業員がたまに波が岸壁を洗う中で持ち場に付き出すが、何と船の帆桁の方から飛び降り!

 髪の長さから女? 肌の黒さは南洋人。華麗に転がるような受け身着地。普通なら骨折どころか手足がバラバラに弾け飛んでいる高さなのに元気で無傷。

「うっそ」

 その女が港湾作業員に指図、投網索が指図順に綺麗に狙った位置に投げられ、作業員が掴んでもやい綱を岸壁に引き込み、女は距離を取って巻くよう指示を出す。

 先に投じられた錨の、伸びた綱が巻き機に巻かれ、海底に噛んだかはファスラとシャチが確かめて船上へ報告。

 錨の綱で沖側へ、右舷と船尾側の綱で岸壁側二点へ引かれて接触しないように遠めに係留された。

 女の指示で、飛び降りた帆桁から綱が一本垂らされて係留柱と、緊張しないように緩るめに繋がれる。こんな素早い曲芸入港は見たことがない、と思っている間にそれを伝って人が降りて来る。むちゃくちゃだ。

 一番に降りてきたのは青年。何か、誰かに似ている。似ている顔なんて幾らでもあるが、雰囲気は別。

 口を開いて挨拶なりをする前に、この手をその青年に取られた。

「こんな良い女が一人だなんて勿体ない。うちに来ないか?」

 なんなのこの男!?

「私はアクノ郡主、金蓮です。あなたは?」

「ダーリク=バリド。南洋皇帝になる男だ」

 なんなのこの男。

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― 新着の感想 ―
ファスラ艦隊的にはシゲの嫁さんなら身内判定なんだろうか
なんか一人だけ乙女ゲームしてる…(既婚) 金蓮さん最初牙狼的なケモ寄りかと思ってたら豪華絢爛なドラゴニュート美女な感じなのかな?
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