04話「龍朝」 金蓮
赤白斑の雲の下、荒涼とした幽谷危鋒の霊山へ宮殿から降り、列柱の間を抜け、断崖の底から伸びた巨大な龍頭を見せ、尾の先まで霧の底。呼吸だけを振るわせて動かぬ白き龍帝に祈る。
「謹みて、龍帝に挨拶を捧げ申し上げます」
肘で抱いた卵を落とさないように、腹に当てながら合掌。
無事孵化しますように。この、他に無い我等一族が繁栄しますように。
霊的に頼れるものはもう”これ”しかない。生命の流れから切り離された人龍、龍頭獣人の如きである我々には。
番いのシゲが横から顔を出して卵のにおいを嗅ぐ。
「何!? また腐ってるって言うの!?」
「無精か有精か分からねぇじゃねぇかよ、二年も経って。お前、浜に転がった椰子割ったことあるか? イスカと食おうとしたらよ」
「あんた最低!」
可愛い異形の我が子は二人目。ただし産卵は初で、しかも大きさから腹を切った。
初子はお母様による掛け合わせでの誕生。養子でもなければ実子でもない、逆に両方でもあるような存在。
十歳にもならず、七歳に届かず、六歳。
病というより寿命と言われた。黄疸、浮腫、呼吸困難、胸痛、下痢、小尿。内臓から。
ルオ・シラン殿は医者に獣医に色々呼んでくれたが手の尽くしようがなく、シゲの糞馬鹿は”とどめ刺す”と刀を抜いた。
お母様は”また無理に子供にしたのが間違ったかも”と。
自分とシゲは大人の姿で作られた。”また”とは、大層お嘆きになっていたので触れなかったが。
二年前に卵が出来て出産。今まで排卵などこの日までしたことがなく、それ以降していない。月経ではないかもしれない。既存のあらゆる動物に当てはまらず何も参考にならない。
大型鳥頭獣人のインダラ人でも卵は産んでから六か月だとか。
この殻は白の不透明でかなり重くて、灯りで照らしても中は分からない程に厚い。耳を当てても分からない。軽く叩いた感触は岩の塊。
絶対にしないが、ここから断崖の底に落としてもおそらく割れない。
「お供えしてきました」
線香の香りを少し引きずって来たのはルオ・シラン殿。無帽官服。龍人、冠状の四本角が被り物を防ぐ。天辺が抜ける頭冠を被る。
彼とは家族ぐるみの付き合いが奥方、娘さんともにある。名門に拘らず意外に自由で気さくな方々。人間ではなくなると逆にその辺、個人的な政略を気にしなくても良くなったとか。
「お菓子は後でお召し上がりください。木の実餡で出来るだけ水分を抜いて作りましたが、やはり生の物は生の物ですので」
「お気遣いありがとうございます」
高速道路として霊山、龍道を使う者の中でここに立ち寄ってくれるのは彼だけである。
初子の墓は龍帝の尾の元にある。お母様が整理する前は、無数の龍の骸が転がっていたところへ。
「プラブリー案件ですが、今年も大きな進展はありませんでした」
以前はシゲとプラブリー地方でタルメシャ革命戦線という帝国連邦の悪質な置き土産と相手に戦っていた。シゲの馬鹿は革命分子を見ては懐かしそうにあれこれ喋っていたのがムカつく。
妊娠後に大事を取ってヤンルーで特務巡撫を休業し、代わったのが元から南海方面を担当していたルオ・シラン殿。
思い出すだけであの熱帯の森林と草原、豪雨と暴れ川の苦労で溜息が出て来る。
プラブリーでの長い戦いでは一応、安定しているプントワク川沿いを防衛線にしていた。
あの土地は雨季の度に氾濫を起こしては堤防に道まで消し飛ばしてしまい、”陸の孤島”を無数に生み出してしまう世界である。余人を阻み、状況を理解させてくれない。毎年、境界線が一新される。
堤防工事をすれば良いと図上では考えてしまうが、大量の人と資材を送り込める土地ではなかった。そのための道を作ればそこが次の雨季の川底になるような秘境。
中でも条件が良い”陸の孤島”だけが堤防を整え、農地を大きく抱き込み、交易拠点となって大都市として成長出来た。こういうところだけは龍朝として抑えてはある。
中央統制が効かない。宗主国の属国に属市とそのまた属村とそのまた属落のような関係が延々と続き、乾季にだけ交流があるようなもので、雨季が来ればほぼ断絶。
また乾季が来れば馴染みと新顔が交易のために朝貢しに来て、金も無くロクな産品が無ければ口減らしの奴隷を置いていく。
あの土地は何も進展させてくれない。
この卵は……。
「休業前に提案したハカサラン遠征も駄目でしたか」
「高地で逃げる猿頭獣人とはまともに戦えません。補給線も雨季の度に潰えます。金蓮様は行かなくて良かった場所です」
タルメシャ革命戦線の南、西側面を抑えて包囲する作戦は失敗とのこと。巨大な枠で囲んで、包囲網を狭めながら殲滅すればと思ったが線を伸ばせなかった。
「ヤンルーの皆様はご壮健ですか?」
「お母様が、また出席なさらないかもしれません」
「左様ですか」
「婆さんボケちまったんだよ」
元人間の、よりにもよってベルリク=カラバザルの舎弟を自称する夫、唯一自分ではない人龍。
「シゲっ! このっ、礼儀知らずの馬鹿男!」
「今更隠さなくたっていいだろが」
「言い方言ってんの!」
「長年のご苦労もあったことでしょう。では」
シラン殿、一礼して立ち去る。
■■■
時勢は、帝国連邦が始めた対ベーア戦争も後半、というところ。
一度最高意思決定会合を開いて今一度、北部と大陸極西戦略について話し合おうということに実質龍朝の首班で君主、龍人王レン・セジン殿下が音頭を執ってそうなった。
お参りを終えてヤンルーに戻り、期日を待ってシラン殿と共に早目に、会議に設定された茶室に出席した。
部屋の窓は閉め切り、赤い庭園は見えない。間取りは狭く、卓を囲んでいる椅子を大きく引けば壁に当たる程。セジン殿下はこのような、膝を突き合わせるような談話を好まれる。
既に二名が席にいた。
北征巡撫サウ・ツェンリー殿。官帽官服姿。龍人。角は小さく帽子に隠れて見当たらないが、左目下から首より、おそらく下まで古傷跡が鱗になっている。また左犬歯だけが獣のように鋭い。
彼女はレン朝支持を隠しもしない。一時は北方草原域の覇者のようでもあった。
東護巡撫オン・グジン殿。官帽軍服姿。龍人。鱗顔は仮面をつけているかのようで、その上で老人顔。子供が泣きそうな人相となっている。
ご老体はセジン殿下の従者、元教育係。主人を老婆心からたしなめることはあっても方針に口出しをする者ではない。
それぞれに「御機嫌よう」と挨拶をする。何か、楽し気に雑談をする仲でもない。
北征、東護の二人は共にソルヒンの賊軍に関して連携を取っているのだが、仲が良好には見えない。職務上の交流は職務上で、と割り切っているのだろうか?
二人に対して南覇巡撫ルオ・シラン殿は何処の派閥に属するともにおわせない。あるいは単独最強のルオ閥とも言える。
タルメシャ諸国を一息に冊封体制下に置いて臣従させたのはシラン殿の独力に近い。現状で南海の覇者であれば何処かに頼る必要も無いか。
扉が、バァン! と音を立てて開かれる。
「シャンルが落第とはどういうことだ!」
全く憚らぬ大声を出すのは龍人王レン・セジン殿下。宮帽宮服姿。龍人、角は帽子が被れる程度に側頭部寄り。様々に変化してきて今の人間に近い姿に落ち着いたらしい。
セジン殿下はツェンリー殿を睨んで、我々を見回して「大儀である」と一言放ち、またツェンリー殿を睨みつけた。
後から申し訳なさそうな顔をして入って来るのはシャンル”皇太子”。官帽官服姿。唯一の常人、爬虫類の目をした中で一人の人間。
レン朝の皇太子であって龍朝の皇太子ではないが、しかし龍人王の養子で後継者ではあるから王太子? 現在、外交特使という立場であるが、官僚登用試験にはまだ合格していない。何とも境界線上の方。
「答案用紙に朱書きを入れてお返しした通りです」
ツェンリー殿は臆さず平静に、口利きや賄賂など一切受け入れぬ顔で言う。官僚登用試験の内容を決め、最終試験で成否を決めるのは彼女だ。
「あれは教育した私への侮辱だぞ!」
怒鳴っている。セジン殿下は芸術肌で情熱の方なのでいちいち気にしてはいけない。
「朱書きした通り、恣意的に読めば複数の意味に取れる文章により落第としました。殿下は、一部は詩文を使って教育されたというのが見て取れました。基本的に方針には間違いではありません。しかし短い文章の中に複数の意味を込める技法、これは芸術としては誇るべきでしょうが、官僚作文としては下の下以下の外道です。誤用、悪用、濫用の原因となる爛れた悪文となります。次からはシャンル様の勉強にはお関りにならない方が良いと思います。既に字書きは合格の域ですので、師としての役目は終わっております」
「何だと!?」
「シャンル様は、上位十名まで尋ね、答案用紙を見せて貰って一字一句書き写して覚え、己の物との比較論文を書かれるが良いでしょう。後はその程度で合格出来る学がございます」
「私に任せろシャンル!」
「セジン様は御控えになられるべきです。自らの足で尋ね、言葉で願って、手で書き覚えてこそ身に入ります。ましてや外交特使という肩書を捨てずにいる心算ならば、言葉の通じる文人相手に目も合わせられなくて務まるでしょうか」
「ぬぬぬ」
セジン殿下が次の句を繰り出すために力を溜めたので、グジン殿が遮る。
「ぼっちゃま、お控え下され。また悪い癖ですぞ」
「うるさいわ! 文章に複数の意味を入れて何が悪い!?」
「言いました通り誤用、悪用、濫用の防止です。私が責任者となってからはその方針を定めました。殿下が若かりし頃、勉学に励んでおいでの頃とは違います」
「それは、馬鹿でも仕事が出来るようにということか!」
「その通りです。どのような凡俗でも務まるようにしました。これからの一官僚の仕事とは、まずは天賦の才に拠らぬとする事から始めています」
セジン殿下お一人がやってきただけで大騒ぎに転じる。調和は取れている?
「サウ様、ご指導ありがとうございます!」
「いえ」
「老兄、私、頑張ります!」
「うぬぅ、あい分かった!」
明るい声でセジン殿下の熱弁を止めに掛ったシャンル”皇太子”。まるで息子にしたい溌剌の青々しさ。ツェンリー殿がこの子にだけ表情が違うことは確認されている。今も確認した。露骨ではないが目尻の高さが違う。
最後に、ベーア製の置時計が開始時間を指したと同時に現れたのは西克巡撫サウ・エルゥ。軍帽軍服姿。グジン殿が鱗面ならばこちらは継ぎ接ぎ面。大人も慄く。
彼は仕事以外に興味が無さそうな無機質な人物だ。おそらく姉でもあるツェンリーの追従者だが所属閥は不明。
「始めましょう」
の一言のみ発した。
最高幹部が出揃った。王、皇太子、東西南北と特務の巡撫。
巡撫という階位も過去に遡ればこのような場に出るに相応しくないもので、精々地方高官で中央官僚より格下。レン朝勃興後には旧王朝に叛旗を翻して、新王朝に代わって地方を抑える中央名代へと格が上がり、ツェンリー殿とシラン殿が更に格別な地位へと変えた。
歴史の流れで立場が上がることもあれば下がることもある。
自分は特務巡撫の金蓮。公主の娘で郡主。お母様である黒龍、類族の長と見立てる龍帝を盛り立てたいが難しい。
馬鹿な発言をすればきっと”下がる”。シゲは外で遊んでいる。卵はお母様に預けてある。
発言は、大袈裟に咳払いをしたセジン殿下から始める。
「帝国連邦が参加する五国協商間の相互防衛条項が今、弱体化している。ランマルカは変わらないが。
マインベルト王国はベーア帝国の国境警備戦力に圧迫されて派兵の余力が無くなっている。
セレード王国が帝国連邦へ加盟することによって事実上脱落し、全軍で西進を開始している。
オルフ王国は立場を見失いかねない状況下でマインベルト王国へと軍を派遣している。
理想的に、完璧な弱体化に陥っているわけではない。帝国連邦は戦争が始まって消耗こそしているが健全な総力戦体制を維持。ベーア帝国は徹底抗戦の構えである。
安易に好機と見るベきではないが、さりとて五十年と言わずとも二十年に一度の事態ではあろう。動くにしろ動かないにしろ、準備をするにしろ、一度この場に最高責任者を集めるべきだと考えた。忌憚無き意見を求める」
と言いながら、舌の根も乾かぬ内に、という感覚でセジン殿下が喋り続ける。
「私から述べよう! これは前々から考えていたことでもある。イェンベン政権を正統なレン朝と認める宣言を出す。そしてシャンルをイェンベンに送り込んで東王とする。
ソルヒンには玉座を降りて貰い、リュ・ドルホンの光復党政権は存続とする。必ずあちらとの合意を得て行動する。
急な事を言うわけだが、あちらとの長期的な交渉の下で行うべきだと考える。送り込んでからも長期的に考える。
この際に国境地帯に軍を置いて威圧するなどという行為はしない。敵対を煽らず、イェンベン政権自体の玉座のみの変革を促すべきである。そうしながら鉄火ではなく人財の交わりをもって至上とする」
帝国連邦の隙を突いて僭称女帝を外す革命を起こす?
長期的と念を押してあるが、若いシャンル皇太子には荷が重過ぎやしないか?
彼が希代の弁士であればいいが、そうではない。可愛いという長所は何とも、敵対し難いような気もするが趣味の範囲内。暗殺者相手に立ち回れるようにも見えない。
……内容はさておき、皇太子の試験合否で怒鳴っていたのはこれか。文挙人である”一端の男”にしてから縁戚の、養いの我が子を送り出したかったのだ。分かる。
次にシラン殿から。
「そも、賊軍も実質天下にあるとしておけば何事もありません。紙幣はこちらの物が流通し、商人の隔ては年々無くなっています。押し付けるように東王を設置せずとも現時点で実質東王です。名目に拘らず、このまま交流を続ければ人と物と金の垣根は平和の中で崩れ去ります。
人間の寿命もそうです。ベルリク=カラバザル、失礼ながらソルヒン殿下、共にいつか老いて死にます。人物に拠る特別な脅威は年月で崩れます。
取るべき行動はベーア帝国に限らずロシエ帝国への軍需中心の支援。そして将来的に魔神代理領利権を巡って争う可能性がある魔王軍への支援体制も、次の西方大戦の予兆を待つて構築する下準備をするべきでしょう。
ジャーヴァル帝国南部、ザシンダルとパシャンダも支援して足を引っ張りましょう。
南洋諸島部も経済でもって、血は流さず、徳で切り崩して行くべきです。
夷狄は戎蛮を持って誅すべし。その間我々は更に静謐に天下を富ませるべきです。鉄火で鎬を削る彼等を遠くから見て、そこから時折零れ落ちる欠片の国を保護して王道の徳治を広めましょう。
繰り返しますが目下、注力するのは武器弾薬物資の生産量を増やして輸出をベーア帝国だけではなくロシエ帝国にも向けて行うことです。魔王軍は対立路線が見えてから。
輸出の船団は海賊行為の対象として注目されますが、それはこちらの海軍の増強で、減益には目を瞑って護送船団を強力に組み、商売よりも支援重視で動きます。
あちらに差し出す金も物も無ければ技術を見返りにします。窮すれば窮する程、渋るものも無くなっていくでしょう。
与えた恩が重くなる分、こちらに傾き易くなります。亡国寸前に至ったら多くの技術者を招きましょう。良き亡命先となればきっと力になります。エデルト王国時代にランマルカ人を亡命者として多く迎え入れたのが発展要因の一つと言われます。前例が必要ならこれを考慮して下さい。
次にロシエ帝国が犠牲の対象になるかもしれませんが、その場合も同様。
両国共に長く存続し、帝国連邦には極西へ力を傾け続けて貰えれば何よりであります。夷狄は戎蛮を持って誅す、それを続けます。
そこで北部国境地帯に関しては配置戦力を増やし、軍事演習を良く行って帝国連邦の侵攻に対応するのが良いと考えます。
対ベーア戦争が終了した時、その総力戦体制を崩さぬままこちらに攻めてくる可能性は前大戦の通り。
彼等ならば攻めて来ても勝利を目指さず、ただ只管の消耗を狙ってもおかしくありません。ベルリク=カラバザルの思考は、何でもやる、というところまでは読めております。
此度の戦争をより長引かせるためにも、何より再度の侵攻に備えて軍備増強に邁進すべきです。
報告に聞く帝国連邦の戦闘能力、かつてのあちらとこちらよりも差があると考えても過言ではないでしょう。陸戦で互角に戦えるような化学兵器の大量運用能力が我々にはありません。これからも更に洗練され、未知の領域へと進んでいる最中です。
今こそ、軍事と輸出の予算を増やすべきです。特に化学分野。鋼鉄と石炭だけでは勝てない時代に、既に突入しています」
先制攻撃する程ではないが、しかしかなりの強硬策。経済成長は一時鈍化させてでも戦いを長引かせて夷狄戎蛮を誅しようということでもある。
しかし賊軍の政権をもう内輪にあると見做してしまえというのは乱暴。まるでベルリク=カラバザルを蒼天王としたような、面子もそうだが、仕組みの穴を突けそうな気配がする。蟻の一穴から、治まった大河も暴れ出すような、気がする。
龍人王と南覇巡撫の二強から、まずは並立の難しい二つの意見が出た。これから調整や、新案を話し合いで出して、引いて、調整して……。
ここまでで、誰もお母様のことを心配していない。レン朝の話ばかりだ。
セジン殿下は――名目上でも――妻である黒龍の名前を、議論が進んでも一口も出さない。
龍朝など自分以外、誰も気にしていないのではないか?
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宮殿の庭園に盛られた土は、霊山の固有土より選別された”赤土”。”赤土”にしか根を張らない植物が生え、霊獣しかいない。
常人の官僚が仕事で登殿することがあるが慣れるまで戦々恐々。
以前、馴虎の尾を踏んだある官僚が、咆えられて失神と失禁をしたことがある。あの大猫は分別があるので切り裂きはしなかったが、以降登殿は難しくなった。
以前、蛇龍が悪戯で、ある官僚を池に引きずり込んだことがある。怪我は無かったが、以降登殿出来なくなった。
以前、鉄亀が官僚を知らずに踏み潰したことがある。今では全頭へ目立つように飾りに鈴が付いている。
以前、虹雀を己の愛玩動物にしようと捕獲を試みた官僚は、その霊鳥自身からの告発を受けて極刑。鞭打五百、三十で絶命。
後宮という機能もほとんど無くなったが、後宮へ行く。かつては宦官に女官も多くいた建物には龍人ばかり。筆仕事をするでもなく、何かあれば武器を取って立ち上がる者が揃う。一礼を受ける。
自分のような人龍はいないが、半龍はいる。鱗の人面、足は鉤爪、胴の延長に尾。似て非なる類縁。お母様の部屋の番をしている。一礼を受ける。
扉越しに声を掛ける。
「お母様?」
「入ってぇ」
龍人のお母様は、手と垂らした髪で卵を包むように抱いて揺らしている。
「孫が生まれたら、皆でお散歩行きたいのう。時期が分かれば花もたくさん植えるのに」
「そうそう、あの作戦は成功しましたか」
「さくせん?」
櫛でお母様の黒い髪を梳く。癖がついて乱れているわけでもない。気持ち良さそうにするのでやる。髪飾りに混じる角へ引っかけないように。
「せっつかないで、大人しくすればお部屋に来るようになる作戦ですよ」
「来た来た! 一回だけ」
「我慢しないといけませんよ。面倒臭いと思われたら駄目なんです」
「一緒にいたいだけなのにのう。意地悪や」
「お仕事と、殿下は絵画にもお忙しいですね。絶対に自分のしたいことを邪魔されたら怒ります。犬みたいに紐は付けられませんよ。ただ、家からは出ないと思いますけど」
「難しいのう……ん? 若いのに何でそんなことまで知っとるん?」
生まれた時から身体はおそらく大人。歳は十歳。
「流行本を読みました、いっぱい」
「ほお、えらいのう。えらい子ちゃんやわ」
元気だが、昔と全然違う。
お母様は大人の姿を捨てて、少女の姿を取ってから段々とおかしくなっていったと聞いている。自分を作った直後かららしい。
喋る内容は、セジン殿下が構ってくれないとか、会いに行くから髪を手入れするとか、服がどうの、装飾がどうのと小娘のようなことばかり。大謀を巡らす様子も無く、仙術で新しい試みをすることもなく、昔語りをして戦略はああせよ、こうせよとも語らなくなり、問うてみれば”難しいことは知らん”程度の答えしかないとも。
病と見られ、今では皆、痴呆老人は座敷牢にという程度にしか考えていない。
赤子は成長して大人になり、老いては戻っていくものだが。
「金ちゃんも髪があったら妾もしてあげるんやけど」
「鱗でも磨いてみます?」
龍朝派は孤独。ここの三人未満と……シゲ? あいつ、どこ行った!
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龍人達に聞き込みをして突き止めた。宮殿でうろうろして、霊獣達と一頻りじゃれついてから行先も告げずに出かけた、と。
天にも恥じぬ物を見せよう、との意気込みからの照覧との呼称、芸術照覧館。魔神代理領との戦いが終わった後に何棟かに分けられて建造された。
戦中と戦後直後の仮設会場では、予測出来ない天気雨に降られて大変だった時もあるとの話。
人龍の姿で歩くと人目が集まる。姿を恥じているわけではないが、この先の建物に入るのは本当に恥ずかしい。そんな趣味があると思われたくない。
”破廉恥館”の変態王子展。
新作”児児金玉娘娘珍宝”。
型は凡そ等身大。目が離せない。裾が風で捲れて踝が、脛が、と言っている次元ではない。肌のキメから毛穴、毛先から本数まで、平面になっただけの実物。
なんで女の子にちんちんが生えてるの?
いや、どうして男の子なのにちんちんが生えてるの?
え? 違う、何これ? どういうこと? これ、誰? こっち見ないで。
人外の技術による、変人の発想でなければ出てこない破廉恥絵。人龍だって妖怪変化もいいところだが、これは、実は単純なはずなのに、何なのか分からない。分かってはいけない?
作者は破廉恥の師とも呼ばれてこの手の作品群の開祖。”破廉恥館”には摸倣作も豊富で、自称弟子によるこの手の作品が集まっている。それをわざわざ見に来る見物人も同じ穴の貉ばかりで目線と精神が尋常ではない。
「同志豆太郎もこんな感じだよな!」
「違うのー!」
そんな中、同じ人龍シゲヒロが白坊主のお豆の股間を掴んで馬鹿騒ぎをしている。
……顔と質感で分かる。お豆があの破廉恥絵の手本だ!
「えっひゃっひゃ!」
「お股変になっちゃうー!」
破廉恥絵描き共がその姿を見て『おお!?』とどよめいた。
「ご開闢!」
「これぞ人桃……」
「お豆たそ」
とりあえずシゲの首を絞める。
「この男ぉ!」
「げっ、何だよ! お茶会終わったのか?」
「馬鹿シゲ阿保死ねー!」
ホントにこいつ!
分かってよ!




