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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第2部:第14章『ぼくらの宇宙大元帥』

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・02と1/2話「革命」 ウィラン

 戦場に男手が取られ、女が仕事場へ行く。自宅に籠って手編みで物を作るより、賃金労働で既製品を入手する方が安く品が良い時代……都市部中所得層以上の話。

 いつか何かある。ランマルカと違ってベーアには……人狼がいるが。

「旦那様」

「大佐か部長と呼びなさい」

 困った顔の老女中。産みの母がいて、乳母がいたとしたら次に彼女。何回叱られたか数えていない。

「せめてウィランか、ブレースコット卿にしろ」

「ウィラン坊ちゃまで?」

「旦那様でいい」

 貴族のような侍従衆を抱える者は、彼等を教育隊へ放り込まずにすぐ部下として使えるように法整備がされた。賃金も出ており、主人としての格は落ちる一方。出すなとは言わないし、こちらに一括して払えとも言えないが、社会は変わる。

 何にせよ我がブレースコット家は渡海以来、経営する農地など無い都市貴族。都内にあるものの、いつ帰るか分からない家を管理させておくよりはためになる。

「旦那様、お手紙でございます」

「うん」

 南エデルトのケルケン市、そこの艦隊司令部からの返信である。

 一つ。ランマルカ艦隊による南エデルト沿岸襲撃情報は無し。予報である確証も無し。

 二つ。ロシエ、ザーン海軍当局に問い合わせてもランマルカの襲撃を思わせる案件は無し。

 三つ。よく通報にあるユバール船による嫌がらせ、幅寄せ行為等は常態化しているが本件とは別件と思われる。

 四つ。同じく良く通報にある西大洋一帯で行われている海賊行為は魔王軍によるものでこれも常態化しており、ランマルカで造船された船が使われているが本件とは別件と思われる。

 五つ。襲撃を検知した予報という可能性を考慮して洋上監視任務を密にして対応。

 六つ。配置替え作業中の陸軍沿岸砲兵隊は、これは襲撃予報であるとして作業を中断して警戒態勢を取る。

 という内容。これを海軍最高司令部に報告として上げる。

 お役所仕事の弊害か面倒臭いやり取りを生んでいる。組織が大きいと直通しないことも多い。

 騒動の発端は陸軍最高司令部からの南エデルト沿岸襲撃情報の提供である。そして誤報か奇襲か確かめるためにケルケン基地に問い合わせ、誤報かもしれないと返答を受けたのが以上六項。これから詳細を詰めるために情報提供元である陸軍最高司令部に再度問い合わせることを検討中。

 誤報で済んで終わりなら話は早い。だがセレード独立戦争から対帝国連邦戦が始まっていて、どれだけの奇襲を受けたか。全て疑わしい。まるで偏執病に罹ったみたいだ。

 ランマルカ参戦。事実なら驚愕だし、想定の事態であるし、悪夢が更に悪夢となる。父が脱したランマルカ島の悲劇の続きを大陸でも見ることになろうか?

 誤報ならば誤報であるとして、どのような情報源から南エデルト沿岸襲撃という言葉が出て来たのか? 源泉が真水か毒かで話が違う。

 陸軍最高司令部へ伺いを立てるため一筆書く。海軍情報部としては陸から海の情報を寄越されるなど、一言言わざるを得ないわけだが。

 出処がもし陸軍参謀本部発となれば厄介かもしれない。彼等は独立的で唯一皇室に直隷し、内閣と議会と陸軍最高司令部、そして我等海軍と角逐がある。気に入らない連中の案件は後回し、というのは良くあること。

 戦時だから常態的に忙しいのだが、今日は更に忙しい。

 本日着の予定でロシエ皇帝夫妻がイェルヴィークへ戦艦に乗って表敬訪問に来るのだ。つまりマールリーヴァ様のご結婚後初の里帰り。沖合から宮中まで重点警戒中。

 儀礼、接待役はラーズレク大将、前王弟親王が担当。宮中に残った人間の近衛隊と、頭数不足を補う海兵隊が儀仗隊を務める。あの老殿下に任せておけば大体良かろうと思っているが。

 ……また支援を”お願い”するため極東まで新型高速巡洋艦の性能を見せびらかしに行かねばならないというのに御多忙な。

 また別の仕事もある。内調ばかりやっている暇は無い。

 ランマルカ海軍の動向をまとめた資料を突き合わせて行動に変化が無いか思案。いつも通りに輸送船団の航路を一定させていない。こちらから通商破壊をやるとしたら困ったものだと、またその一定しない航路を数学者に分析させて乱数表を暴く続きをさせようと手紙を書き始める。

 ひねくれ数学者共の頭に入りやすい文面はどうだったかと、彼等からの返書を見てちょっと思い出していた時のこと。陸軍最高司令部からの返事が電信で届いたので通信員が伝えに来た。

 手紙に対して電信文とは、おやおや、と思っていたところ「陸軍情報局に問い合わせる、とのことです」という返事。迂遠、彼等も把握していない? ではやはり陸軍参謀本部の野郎共か?

「部長、電信局が混雑しているようでして」

「陸さんが使い倒してるのか? ご夫妻の行事で陸軍が噛むところあったかな?」

 担当部隊毎の役割を纏めた祝賀行事の進行表を改めて見て、陸軍がやれそうな箇所は保安大隊と警察で埋まる。海軍の配置が終わっているのは知っている。ならば忙しくない、はず。

 この海軍情報局と同棟内にある通信室から、もう一人の通信員が走ってやってくる足音がする。廊下は走ってはいけない。

「緊急! 通る!」

 道を開けろ、と言いながら、この部長室に入って来た。

「緊急! ナスランデンの海上民兵が荷揚げの岸壁に上陸しました!」

「数と服装は」

「作業服、腕章。数は不明、穀物運搬船四隻にぎっしりです!」

「出処は」

「海兵隊」

 賊共め、看板が変わってもやり口の汚さは先祖伝来。よりにもよって穀物船、貧乏根性からの擬装術が意地汚い。しかし便衣ではない。意図は? 意図を考える前に。

「婆や、残っている伝令を全員ここに集めろ」

「はい旦那様!」

「非番は全員戻せ。通信室は待機、直ぐ複数打電出来るようにしておけ」

「は!」

 異常事態の発生に対応する。情報部長に他部隊への直接指揮権などは無いが、各長に情報を発信する立ち位置に存在する。

 帝都統合防衛司令部へ事態を通知。通報が重なってもいい。そんな遠慮をして報せなかったら間抜けだ。

 保安大隊には話が通じる友人がいるのでそいつに伝令を、多少私的な理由を装って部下にしている家の下男を出す。保安大隊の指揮権は帝都統合防衛司令部で、こちらから直接保安大隊に口を出す権限どころか筋も無いので内から探る。

 艦隊司令部へは、連絡船を出して表敬艦隊に沖で待って貰った方が良いと助言。また係留艦艇は罐を焚きつつ、上陸員に帰還令を出して陸戦隊を編制すべきとも。”敵”に援軍があるかもしれない。指示も出してはお節介だが同じ海軍。皇室外交案件に関しては一応、船乗りより知見があるという立場。

 儀仗隊はそのまま。仮に皇帝夫妻が入港したならそのまま護衛するように。ラーズレク大将なら言わずとも分かるだろうが、あちらからの対応なり返事が聞きたい。ご老体の知見を聞きたいので感想でもなんでも、聞いて戻って来るように指示。

 こちらから通報を出している最中に海兵隊から早めに通信が来た。当隊並びに海兵教育隊にも戦闘準備をさせ、海軍士官学校校長からも候補生連隊を編制して陸戦準備をさせるという返事を受けた。当座の頭数は足りるか?

 王立軍大学校、陸軍士官学校、イェルヴィーク準備師団、シェケボルムとギェーテベリの要塞砲兵隊にも連絡。陸軍が海軍情報局情報部長からの通報を受けてどこまで真に受けるか疑わしいが、とりあえず警戒してくれるだけでも良いか? 海軍の内輪争いを持ち込むなという空気が醸成されそうだ。海上民兵なんて海軍じゃないんだが。

 伝令を出し、通信室で忙しく交信。通信の混雑の解消を待っている暇は無さそうだ。隙間にねじ込まねば。

 ふと思いついた。これの狙いは革命?

 情報局の警備部部長を呼び出す。同じ局内の部長だが、指示が出しやすいようにあちらは中佐。警備から強襲、暗殺、拉致、脅迫、拷問までやる部署。

「中央電信局を護衛するよう。そこを取られるとまずい」

「了解」

「頭数が足りないと思ったら思いつくところから誰でも、拳銃でも棍棒でも持たせて引っ張っていっていい。ごろつきでも使えるならいい、金は予備費がある」

「全力で何でもやりましょう」

 それから局に残る者全てに拳銃を持たせ、いつでも使える位置に小銃を置かせた。手榴弾も箱で用意。こんなところまで兵を出す余裕が襲撃側にあるかは分からないが、本局を防衛する警備部の負担は減らす。


■■■


 各部からの反応があった。こちらの対処がかなり雑だったんじゃないかと後悔しそうになるが、結果はまだ出ていない。

 陸軍最高司令部から、南エデルト沿岸襲撃情報については返答無し、沈黙。どこまでが”敵”だ? そう考えが及ぶ。

 帝都統合防衛司令部からも沈黙。これが”敵”だったら打つ手が無いが、皇室に恥を掻かせる連中ではない。海軍情報部になど構っている暇は無い、か?

 保安大隊の友人から。まず大隊長に逮捕命令が出ていて騒動前に拘束されたことと、今は副隊長指揮で港湾労働者の暴動鎮圧に向かうということになっている、とのこと。この土壇場で内輪揉め? 海上民兵が港湾労働者という話にすり替わってすらいる。

 艦隊司令部より、ロシエ表敬艦隊は入港した上に、もやいまで取ってロシエ皇帝夫妻は上陸するという。何故待たない? どのようなやり取りがあったか詳細情報無し。

 ラーズレク大将からは”岸壁は死守する”と。また”内戦は死んでも避けるように”という助言がついた。

 緊急展開中の海兵隊からは、海上民兵と対峙して肉の壁で封鎖線構築。陸戦隊の増援で穴だけは塞いだが現状、戦ったら負ける。発砲しないで殴り合いとなれば、少し持ち応えられるとも。また海兵教育中隊四個、海軍士官候補生中隊一個が課業を中止して現場へ急行中。

 電信混雑の原因が判明。何とイェルヴィーク準備師団が王立大学校陸軍科、陸軍士官学校、両要塞砲兵隊から補充要員、装備を受け取って戦闘編制を取ってセレード戦線に直行中。理由は勿論、セレード軍の奇襲。

 命令文書の発行元は陸軍最高司令部とされ、それも何故か電信を良く使って部隊間連絡を取れという不自然な指示が、そうせざるを得ないように急かす文面が目立つ。他所の通信所を借り受けに行かなければならない程。その文書は王立軍大学校海軍科の在校生――海軍情報将校――からの提供。頼りになるのはやっぱり身内だな。

 ”敵”がボロを出したとすればこれ。準備師団を戦闘可能状態にするような動員を掛けた時点で、水増しになった人員を指揮する人材が必要になる。そこで上級将校が集まっている大学に召集命令を出さないわけにはいかない。この悲惨な戦中では。

 士官学校の洟垂れ少尉共なら慌てて一兵卒みたいに従うだけだが、大学の上級課程者は流石に場数と頭の回りが違う。

 混乱を助長させる命令文書が出回っていることが判明する。それもセレード軍の奇襲? 嘘でも事実でも性質が悪過ぎる。

 陸軍上層部の一部が信用出来ない。海軍は場当たりが精々。これからは自分の足を使うべきだ。

「伝令、私に随行しろ。今から外に行くぞ、靴は走りやすいものに変えろ! 無いなら借りろ!」

 言いながら、婆やが出した柔らかい長靴に、固い短靴から履き替える。

 外は歓迎式典による交通規制、迂回路の設定、規制緩和が合わさって通りたい道が混雑。これに陸海軍の移動が交じる。

 馬車は使えない。道が限定される。混雑に捕まったら止まる。

 馬は、軍馬用に大量に前線へ持って行かれている。いないことはないが、調教も選別も足りていない。街で鳴らされている爆竹で暴れかねない駄馬ばかり。

 宮殿へ向かって足で走る。

 出店の通り、道が狭まる。

 大道芸が作る観衆の輪が邪魔。退けとも言えない人数。

 建物の隙間を縫い、時に他家の庭にお邪魔。店の表から裏へと抜けさせて貰う。

 小銃を担いで縦隊を作って行進する陸軍。年寄り、傷顔、痘痕面、びっこ引き、青年、顎と頬に産毛の少年。

 都内は女子供が目立つ。青年男子は少ない。手足を失った青年には介添えの女性が目立ち、家族か恋人かは見て分かる。両脇にいることもままある。今日は良俗を語っている暇は無い。

 宮殿に入り、議事堂へ向かう。

 戦中議会は常時開会。セレード独立戦争より早三年、過労の傾向。病や体調不良、精神衰弱で代替わりする議員も少なくない。故郷に帰れない者もいる。子や孫を失ったという話は日常会話のネタとして良くあるぐらいになっている。

 正装と定められた議会への出席も戦争二年目からは略装が可能になっていて、更に独自の省略が加わる。宮殿の客室は彼等の私室のようになってきており、妻子を迎えていることも多い。借家、宿の価格が高騰もしている。

 幼児の奇声が遠くから聞こえることもある、私生活の雰囲気が漂っている議事堂の廊下で海軍情報局長、直接の上司准将に会う。

 局長はこちらで閣僚、議員、各部最高幹部等と情報交換、友誼を深めているのが常態。将の肩書や名門貴族の血統、縁故があると情報の入りも違う。

 まずはこちらの把握している情報を提供してから、あちらの情報を貰う。

「陸軍最高司令部は事態を把握していないも同然かな。セレード奇襲は誤報なのかと確かめている最中だ。準備師団の緊急動員は、かなり曖昧だが、誰が出したか分からない命令みたいな扱いになっている。陸軍大臣の署名入りだけど当人は記憶が無い、しかし即座に否定する内容でもない、というところ」

「確実に偽造命令ですよ」

「かと言って大規模に準備師団をここで止めても害が勝るという判断だ。今更戻れと指示しても更なる大混雑だ。だからいっそそのまま動くままということになった。奇襲が本当なら対応する必要がある。陸軍も大変だ」

「陸軍参謀本部はどうでしょう?」

 海軍情報部としては、何かをやらかすとしたら奴等かロシエ帝国という認識がある。

「こちらにいる連絡将校は事態を理解していない。あれは案山子の顔をしている」

「誰か、何か仕掛けましたか?」

 何をされたかの情報も大事だが、何をしたかの情報も同等に大事だ。押せば返ってくる。

「陸軍大臣が参謀本部のファイルヴァイン移転を”仮移転”扱いに処理して、それを取り消そうとした。一昨日には陸軍次官と移転作業隊を送ったそうだ。ふっはっ」

 笑い事じゃない。

「それは藪蛇です! 真向から喧嘩を売って、反発が無いわけが、あちらに手を出したら……民族問題にすらなりますよ」

「陸相は浅はかだから攻勢派を一手に潰して国内一致をしたかったようだね。陸軍だからなぁ。おっと、海軍だからなぁってさっき言われたんだよ。参ったねぇ」

 局長は名門、武闘派ではなく雅な文化派。軽く笑っている。

 陸軍参謀本部はフェンドック参謀総長の指示によってファイルヴァインへ移転していた。理由は帝都が占領されても対帝国連邦戦線が麻痺しないよう”二頭体制”にするため。その経緯で陸軍最高司令部から、対帝国連邦戦における軍令権が移乗されている。陸軍の内輪揉めに巻き込まれた?

 局長付きの伝令が、汗を滲ませ、殿中につき荒れた息を殺してやって来て報告。

「ファイルヴァインからの直行便でガートルゲン王とその軍が連隊から旅団規模で降車。都内を進行。既に人混みの中です」

「あらら、霧の中からとんでもないのが出て来たねぇ」

 これは革命だ! と声に出して良いものではない。言葉を飲む。

「旗は何だったかな」

「ベーア帝国旗です」

「討伐対象は内閣で、あくまで皇室ではない。攻勢派の”筋肉法案”の強行採決が目的かな。これは大変だ」

「局長、議会の皆さんを艦に避難させましょう。議席が埋まらなければ脅しても法案は成立出来ません。武力で占拠されてもただの不法侵入です」

「当座はそれで凌ぐか。説得して来るよ」

 局長が議会へ。常にこちらへ入り浸るようだとこういうことがやり易い。

 自分の伝令へ指示を出す。

「お前は直接保安大隊へ連絡に行け。ガートルゲン王を止めるよう説得しろ。議員の避難までの時間稼ぎでもいい」

「了解!」

「お前は港、艦隊に四百人分の席を最低用意させろ、ご家族入れたら一千越えだが、最低で、だ。ロシエ艦なんかに乗せるよ。”豚の餌”には出すな」

「了解!」

「お前はガートルゲン王に……いや、私が直接行く。ついてこい」

「了解」

 忙しいとイレキシのド糞アホ垂れの顔を思い出す。忙しい時に居やがらない。

 何がイノラ・カルタリゲン号だ調子に乗りやがって。船上で妖精とイチャイチャしていいのは旧王立海軍だけだというのに……いない奴のことを考えるくらいに状況は厳しいのか。

 宰相、首相、陸軍大臣、閣僚が議事堂から局長の案内で出始める。居残りを決めると反逆者扱いされる、という空気を醸成したのか退出率はかなり高い。

 ただ走れ年寄り共と言いたい。お偉いさんは慌てず騒がず鷹揚にという姿勢を崩したくないようだ。新兵を見習って走れよ。

 家族を連れて行きたいとか騒ぐ奴も多い。宮中の近衛隊が後宮に避難させるという話で決着がつき出す。大の男が避難する場所ではないが女子供なら良いだろう。

 海上民兵の親玉のはずのナスランデン宰相と、ガートルゲンの”親父”であるはずのエグセン宰相は肩身を狭そうにしている。それでも逃げているということは革命首謀者ではないということか。

 あの走狗王マロード・フッセンが勝ち目の無い反逆をするようには思えない。嗅覚は凄いのだ。

 皇太子と摂政皇后は宮殿に残っている様子。彼等が逃げ出しては政権どころの話ではなくなって王権問題になる。使用人と、公式の場に呼ばれない人狼兵が守っているのなら早々反逆者の手に渡るとは思えない。

 もしガートルゲン王が後宮に強行突入したら半永久的に古信仰と敵対することになる。その昔ならばともかく、人狼がいる世になった今では流石に狂っていなければ有り得ない……”敵”の理性に期待するならば。

 また混雑する人混みに分け入って走る。

 準備師団の一隊がまた行進しているが、命令系統の順序からこれを使うなど有り得ない。たとえ協力してくれたとしても、都内、民間人の渦の中で革命軍を相手に対峙する能力などまるで期待出来ない。保安大隊ぐらい専門訓練がされていれば、ようやく最悪の事態を起こす可能性が低かろう、という状況。海上民兵の陽動にやられた。

 ようやく進んで、騎兵の圧力で民衆を掻き分け、興行行進めいた様子で、道の真ん中を堂々と歩くガートルゲン王の騎兵隊の前へ、真正面に立つ。

 王の背後には銃兵隊、吊った手榴弾が一般兵より多い。流石に砲兵はいないが、装甲兵がいる機関銃班、対装甲の重小銃班も見受けられる。続く戦闘工兵も工具に爆薬揃えた塹壕突破装備。ベーア国旗に並ぶ隊旗はガートルゲンの国境警備隊だ。前線に送られていない無傷の精鋭。ロシエの理術兵に対応出来るよう訓練され、人狼兵が多少集まってもどうにもなりはしない。

「ガートルゲン王マロード・フッセン! 何が目的か、恥ずべきところが無いなら言ってみせろ!」

 両腕を広げて遮る演技。良いことが起こっているか悪いことが起こっているかの空気を掴みかねている民衆の前で、正当性を語れるのならば語ってみせろ。黙れば支持はされないぞ。

「帝国連邦軍を”バルハギンの沙漠”の向こう側へ追い返す! 敗北主義の事なかれ内閣は頼るに値しない!」

 民衆には分かり辛い表現を使っている。誰かにそのまま吹き込まれたのか? 誰だ?

 一応、狂気に染まっていないのは見て分かった。

 遠雷にしては圧力が強かった。海の側から悲鳴が上がったようで、民衆に恐怖が伝播、女性の悲鳴が交じってそれに子供が反応して泣き出す。発端は海上民兵と海兵隊が対峙する、緊張状態が強い側からか?

 音自体は入港前にロシエ艦隊が連射している礼砲だ。騒動が無ければお祭りの号砲花火だが、この混乱した状況下では砲艦外交の威嚇射撃。

「次はロシエの走狗か貴様!」

「第二代帝国内閣からは海軍とも仲良くしたいものだ。前へ!」

 余裕ぶって、言うに事欠いて!

 ラッパ手が軽快に鳴らしてガートルゲン王の騎兵隊、常歩前進。完全武装の歩兵隊が続く。

 どうする? 拳銃を空に撃って足止め? この混雑で撃ったらどうなるか。馬がもし暴走でもしたら死傷者が百? 市街戦の引き金を引くことに?

 腰に提げた拳銃を確かめる。やれば出来る。やったらどうなる?

「どうしたのかね?」

 ガートルゲン王に負けた。騎兵隊の前から引き下がる。

 保安大隊が人の壁でも作ってくれれば良いが、姿が見えない。やはり海軍情報部からの、筋違いの言葉など通用しなかったのだ。それに海上民兵の抑えから人を割いてくれと言える状況だったか? ロシエ皇帝夫妻の案件を考えると無理か? マールリーヴァ様がいらっしゃれば無理だな。

 手立ては? 現状を認識しかねている民衆を煽動? 投石させて、馬が暴走、有り得る。ガートルゲン王、騎兵隊を都内に乗り入れたのはそれも狙いか。

「若い頃は”熱い拍車”とも言われてね」

 ガートルゲン王の、良く分からない異名自慢。屑の騎兵野郎が、イラつく。こいつ、撃たせたいのか?

「私は”白熱の拍車”」

「私は”情熱の拍車”とも」

「私は”赤熱の拍車”だ」

 聞いてもいないのに続く騎兵将校達が名乗り始める。

「……鎮まれ私の右手。お前はブレースコット家の男だぞ」

 己に呟き言い聞かせ、発砲を堪えながらガートルゲン王を見送った後、議事堂に鍵を掛け回って嫌がらせをしてやろうかと思っているとあちこち走らせた伝令が一人、自分のところへやって来た。

「ラーズレク閣下より、港に来い、とのことです」

「決着がついてしまったのか?」

「分かりませんが、えーと、そのまま”ウィランちゃん、頑張ったね”と」

「大体分かった、行こう」


■■■


 ロシエの表敬艦隊が岸壁に、イェルヴィークのもやい取り作業員が揃う前に煙突から煤煙を吐き出しつつ、鋼鉄船体を軋み鳴らせて横づけ操船を実施。砲口からは焼けたばかりの火薬臭。鋼鈑塗装には煤汚れ。汽笛を鳴らして空気も屋根も壁も震わせる。

 もやい取り作業は、甲板から飛び降りて来た、噂の中型二脚機兵が器用に行った。その背中には機関銃が提げられており、見える弾帯には実包が装填済み。昨今の暗殺事件からこのくらいは当然という風だ。

 半ば上陸作戦の様相。中型二脚が係留柱にもやいを取って、舷梯もロシエ艦が用意した物が下げて渡された。

 これが表敬訪問かという強引な流れの中、ラーズレク大将の指揮で軍楽隊が歓迎の演奏、ロシエ国歌から始まって海軍曲へと接続演奏。

 嫁ぎ先から戻られたマールリーヴァ皇后が先頭に、続いて頭一つ背の低いマリュエンス皇帝。供にアルベリーン騎士正装姿の女性を連れる。

 銀の髪色の珍しさ、黒の色眼鏡、噂の赤目卿と思われる。あんな殺し屋を連れて来るとは何の心算だろうか。護衛としては心強いだろうが。

 しかし進み出る順番、皇后と皇帝は逆ではないか?

 皇帝夫妻にラーズレク大将、皇后の伯父が対応。歓迎と感謝の挨拶など交わした後、マールリーヴァ皇后が堂々たる立ち振る舞い、体躯でもって手を上げて観衆に挨拶。威圧的な礼砲の恐怖から解放し、喝采を引き出す。そのように見えた。

 御年十七歳。まるで”小”ヴァルキリカと言っても良いような迫力があるかもしれない。

 この場に相応しくないとして呼ばれていない人狼達がどこからか遠吠えを合唱させ始めた。極光修羅信仰の現人神と巫女頭亡き今、象徴とするなら彼女だけか。

 ルドリク皇太子は彼女と比べて圧倒的に見劣ると評価が下されたも同然。姿も見せず、本人の意志は不明だが引き籠り状態。

 人より情に厚いハンナレカ様はもう身内の喪失には耐えられないだろうとの見込みが立っていて、皇太子は更に宮中のまま。おいたわしい。

 伝令が一人、こちらに到着。観衆の耳もあるので声を潜めて耳打ち。

「ガートルゲン王が議場に入場しました」

 これは悔しいがもう想定内。議員がいなければ占拠してもあれはただの空き箱だ。あの王一人で法案の可決も何も無い。犬の鳴き声だけでは国は動かない。

「後宮には?」

「今のところは流石に」

 もしガートルゲン王が後宮に踏み入るようなことがあったら革命も何もかも台無しになるだろう。流血も確実。目的は革命だろうが、その手前は何だ?

「続報を」

「行ってきます」

 マールリーヴァ皇后は歩き出す。ラーズレク大将は、出遅れるようにその後に続く。まるで従うような動き。予定に無かった動作に見える。

 姪孫可愛さに先導出来なくなるような尻の軽い男ではないはずだ。目前にすると逆らえない、その雰囲気を持つのか。

 そう言えば、艦に避難させた議員達は?

 してやられた?

 自分が、敵が想定する以上の間抜けをやらかしたのだと実感が湧いてきている。頭の中で言葉になっているような、ないような。

 無人の議会にロシエ皇帝の妻が座って、後から議員達が参内するようなことになったらどうする? 皇太子と摂政皇后がそれを牽制する姿を想像は……出来ない!

 まずい……まずい? もう何が何だ? このままがいっそ理想に近い状況に移行するのか?

 また伝令、と思ったら知り合いの陸軍情報将校がやって来た。

「お前がここに、どうした?」

「セレードの奇襲だ、誤報じゃない。既に騎兵が国境突破中」

「え?」

「先頭はヤヌシュフ王。これは国境線微調整の示威行動じゃ済まないぞ」

 どうする? まずは、これを聞いて発狂しない奴を探して伝えることだな。

「海軍が出来ることを探させよう」

「第二代帝国内閣を待ってる暇が無いことは軍令も承知だ。”人狼”中年””はどうか知らんが」

「そのあだ名は流行らせてやろう」

 軍令の陸軍最高司令部も糞だし、軍政の陸軍参謀本部も糞で、陸軍大臣も糞。ごちゃごちゃ統一が取れていない組織も糞で、ロシエのポーリ・ネーネトは糞豚。マロード・フッセンは糞犬。政争に敗北した我等海軍はこれから豚と犬の四つ足糞食いの使い走りになるようだ。

 わんわん。

 イレキシに再就職先でも紹介して貰うか? 笑える。

 笑えない。

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― 新着の感想 ―
案外帝国連邦にとってのベルリクよりベーアにとってのヴィルキレクのほうが重要な結節点だったのかね 剥製になっちゃったけど
内からも外からも乗っ取られそうでもう終わりだよねこのくに
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