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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部:第1章『大戦後』

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16話「竜の魔族ルサレヤ」 シルヴ

 ここまでは文句のつけようのない戦果が上がっている。予定通りの戦果ではないが、不確実性を加味すれば上々。

 セルタポリでの市街戦は避けたいと思っていたが、格好つける余裕が無くなったので計画修正。市民は市外へ退避させた。

 少数で大軍を野戦撃破、なんて夢物語は流石に無理だった。イルバシウスの門でかなり敵を殺せると思っていたが、まさかあの地形で横隊突撃を敢行してくるとは非常識!

 こちらの思い込みによる防御の失敗。あれには参った。愚かな縦隊突撃を敢行してくるイスタメル州軍を、先頭から砲弾でグズグズに潰してやろうと思っていたのにあの顛末。

 それにしても何だあの妖精兵共め! あの目付き鋭い妖精、ラシージか。ベルリクの奴、どうやったらあんな良い手駒を手に拾えたんだ。

 次の手、このまま敵に攻めさせる。そうするとセルタポリ市を包囲する陣形を取り始めるだろう。

 標準的には、敵は野戦に適した厚めの横隊陣形ではなく、包囲先から敵部隊が逃げられないような薄く間隔が広い包囲陣形を取る。補給と援軍を断ち、脱出と迂回攻撃を防ぐ配置だ。

 このようになったら、こちらは市内隠し通路を使って郊外から総長と化物騎士が背後から襲撃を仕掛けて敵部隊の各個撃破を図る。

 包囲軍を壊滅させたとしても獣人奴隷騎兵達は統率を維持して生き残るだろうが、その始末は化物の力で頑張るしかない。

 兵力や装備に不安があって敵が補充を待ってセルタポリを包囲してこなかったら、こちらから敵の野営地へ繰り返し夜襲を仕掛ける。そういう予定。

 待ち構えていると敵は包囲行動を取り始めた。

 獣人奴隷騎兵達による散発的な襲撃から始まる。城壁警備、壁外行動をする兵士が弓矢で狙撃され始める。壁外で死んだ者の生首は、投石機で壁内に放り込まれる。

 敵は大砲を大きく喪失しているのだが、水をかけても火が消え辛い焼夷弾を搭載した火箭での砲撃が始まる。城壁を容易に超越して火災を引き起こす。

 一個中隊程度の妖精達があの、子供みたいな高い声で共和革命派の歌を歌い始める。”バカ””アホ”程度の下らない悪口もあった。

 城壁への立小便も行われ、わざわざ積み上げた大便の山にアソリウス島騎士団の旗が立てられる。

 騎士団を小馬鹿にする小芝居も行われ、損壊された騎士の首や手足を掲げて楽しそうにキャッキャと笑って走り回る。とにかく直接的ではない嫌がらせが行われた。

 こういった挑発に慣れていない、下らない悪意を知らない純朴な田舎者気質のアソリウス島民である兵士達は見事に激昂する。聖なる神の教義上では人間より格下の妖精にやられたなら平常心な保っていられない。

 我慢強い者、鈍感な者でさえ過労と寝不足から気が張り詰めている。神経は過敏になっていて床板が軋む音にさえ舌打ちをしてしまう状態でこれをやられてはたまらない。

 城壁の上から、近くに見えている敵は少数だ。城門から打って出て撃退し、また城内へ戻ればいいじゃないか、と思わせてくる。しかしあの釣り餌に手を出したならこちらの残り少ない兵力は各個撃破されてしまうだろう。敵陣と騒ぐ敵とこちらの城門の距離感は、空想上で何度襲撃を仕掛けても敵の罠に嵌ると計算がついてしまう。

 ベルリクがやりそうな下らない型の下賤な手口だなぁ、とは冷静に、いやあえて見下して分析してみるものの、あれらの行為は自分の神経に障る。

 シェンヴィクから継いだ力には疲労を打ち消すような魔術も含まれており、それが嫌がらせ中は効果が発揮されていると感じている。術の乾く感覚があるのだ。


■■■


 日も昇り、朗らかな天気で気分が良い程度に暖かく、そよ風が吹いた。今日の気温もあまり高くなかった。昼寝には最適の日がやってきた。

 立ったまま寝そうになってる歩哨の背中を小突いて回る。

 不定期に嫌がらせが行われ、突如停止する。今は静けさが訪れており、否が応でも緊張が切れ始めている。

 兵士達が座り込んで居眠りをし、小突いても引っ叩いても中々起き上がらなくなってきた頃、軍楽曲が遠くから響いてきた。

 教会の鐘をガンガン鳴らす。のろのろと兵士達が動き始め、起きた者が寝ている者を起こし始める。そうして何とか兵士達が各城壁の防御配置に復帰。

 魔神代理領の旗、イスタメルの旗、幾つもの連隊旗が各隊毎に掲げられて動く姿が見えてきた。今までの遠くから囲むだけの包囲を止め、直接攻撃を仕掛けてくる雰囲気。嫌がらせの時には感じなかった殺気に溢れる。

 敵軍はこちらからの砲撃を警戒してか陣形は広く散開気味である。あそこに砲弾を撃ち込んだら大勢巻き込めるだろう、という箇所が少ない。

 期待を裏切らずにベルリクの野郎は軍の先頭に立っていた。妖精のラシージはその傍らにいる。

 拳大の砲弾を撃てる携帯砲を手に持って城壁の、塔の一番高いところへ移る。

 この携帯砲は本来は手だけで持つのではなく、胸壁や台車で砲身を支えて撃つのだが、化物の体力があるので問題ない。構造的にはただデカい小銃なので扱いは楽だ。

 挨拶代わりに弾着修正魔術を加えてベルリクの頭目掛けて砲撃、当然土の壁が盛り上がって防がれる。

 目で確認してから反応して間に合う弾速にはしていないから、あのラシージは魔術の行使を逆探知して対応したのだろう。

 次に他の砲兵にベルリクを狙わせつつ、弾着修正魔術を使わずに狙って砲撃、弾種榴散弾。しかしまた土壁の術で防がれる。優秀な術使いだ。

 指揮官を砲弾で殺して統率を乱す首狩り作戦は中止する。イルバシウスの門で観測したよりかなり数が減ったが、敵砲兵がセルタポリの城壁、防御施設を破壊するために砲列を敷き始めた。これに対応する。

 セルタポリの要塞砲兵隊は敵砲兵に向け、対砲兵射撃を開始する。相手より高所にあって、城壁に空いた砲眼越し、胸壁に半分隠れた位置からほぼ一方的に射撃出来るはずだったが上手くいかない。

 敵砲兵にこちらの砲弾が上手く届かない。元々大砲を設置する設計ではない、古代遺跡を流用したままの構造なのであらゆる箇所で微妙に角度、高さが悪い。

 元から足場が狭かった。強引に大砲を設置し、発射反動で砲車が後退する空間が確保できるように拡張工事が出来た箇所は少ない。理由は単純に開戦してから工事が出来る時間が短過ぎた。だから城壁の総延長距離に対して大砲設置数が少ない。

 決定的に悪いのは、今火を噴いている大砲はエデルト製の先進設計砲ではないこと。あの、撃つ度に真剣に神にお祈りをしなければならない工房の秘術で作られた劣悪な大砲が働いている。

 砲兵である親方徒弟共は錬度が低くて当たらないし、発射間隔も長いし、もう三門も暴発して吹っ飛んだ。被害を確認してる間にもう一門爆発、隣の大砲の親方徒弟が巻き添え食って戦闘不能。本当に、お祈りでもしなければ触れもしない。

 敵の大砲が続々と射撃位置について砲撃を開始する。大砲登場以前ならば頼もしかっただろう、セルタポリの薄くて背の高い石壁が積み木のようにガラガラと、人と大砲と一緒に崩れる。梁や柱に使われている木材も現代火力戦に耐えない細さだと、瓦解後に確認出来た。

 イルバシウスの門の時のように敵の大砲を端から吹っ飛ばしてやりたいが、流石に休みを挟んだとはいえ魔術発動による渇きが厳しくなってきた。雑魚相手の砲戦で消耗しては本命のルサレヤとまともに戦えやしない。

 砲戦進展中。想像以上に敵の大砲の数が多く、城壁の大砲じゃ対処し切れない。壁と塔が潰れて石が流れ出す。

 もっと時間があれば島内に点在している廃城を崩して城壁を強化出来たのに、出来なかった。

 イスタメル州軍の対応、出港から上陸からこの首都包囲までの行動が早過ぎた。ベルリクの指導を感じる。あいつめ、魔神代理領高級将校として馴染むのが早過ぎるだろ。

 イルバシウスの門ではもっと丁寧に敵の大砲を破壊出来ていればこうはならなかったか? あの場で素早く撃たせないことを考えて砲身砲車のどちらかに当たれば良い、程度の精度で速射したのがここに響いてきたかもしれない。良く砲身にだけ命中させて損傷させていれば……。

 引っ繰り返らないことを今更考えてもどうにもならない。次の行動に移った方が良い。

 城壁から全員を引かせた。崩壊する石に巻き込まれないようにする。

 こちらの後退を敵からも確認出来たのか、今度は城門へ砲撃が集中する。こちらも現代火力に適応していないのであっさり破壊された。

 まだ手はある。外城壁が崩れた程度で弱気になるのは早い。

 市内へ総員撤退。そして建物の間を土嚢や廃材で塞いで造った第二の城壁、内城壁へ兵士達が配置につくのを確認する。

 先程の砲戦で皆の目が覚めたと思いたいが、やはり動きは鈍いし、漏れ聞こえてくる言葉には言い間違いに勘違いが含まれている。疲れに我慢が出来ず、手っ取り早く突っ込んで死にたがりそうな雰囲気もある。これから建物や坂を利用しつつジリジリ後退して戦う根気が残っているか怪しい。

 しかしルサレヤはどこへ行った? 散々こんなに戦っていても姿が見当たらない。ベルリクが目立っているのはさておき、後方で指揮を取るような類の者には見えなかったが、所用で留守にでもしているのか?

 砲撃が止み、静かになった。人の声も潜まっている。場違いに小鳥の鳴き声が響く。

 自分が育てた部隊を、自分の思い通りに動かし、そして敵を殺しまくる。この幸福感は絶頂としか言いようがなかった。これで最後、名残惜しいが決着をつける時だ。

 傍に控えているイルバシウスの肩を叩く。

「総長に通達。市街戦が始まり次第、行動を起こされたし。行け」

「はっ」

 イルバシウスは返事をして走り去る。

 さあ来い、色々仕掛けがしてあるこのセルタポリは玩具箱だぞベルリク。お前の首は私の物だ。首を取ったら脳と頭蓋骨を抜いて木乃伊にしてから首飾りに加工してやる。干し首はどうやら、かなり萎むらしいぞ。


■■■


 静けさが続く。折角破壊した城門に敵が殺到してくる気配が全く無い。

 あのベルリクが兵士の命を惜しむなんてことは無いだろうから、何か策でもあるのか?

 再び緊張の糸が切れ始め、ウトウトし始める兵士が出てくる。

 だらしない、とまた兵士達を小突いて回るが、自分も人のことを言えないようだ。疲労は感じないが、渇きが徐々に増してきている。疲労を打ち消す魔術のせいだろう。時間は敵か。

 そして遂に現れた。そいつは右手の指を一本立て、

「降伏」

 左手の指を一本立て、

「皆殺し」

 右翼の指を一本を立て、

「逃亡」

 左翼の指を一本立て、

「神頼み、好きに選んでいいぞ」

 竜の頭を模した被り物付きの外套を着た、竜のような翼がある魔族が街の教会の屋根に立っていた。遠目にはまさに竜にしか見えないそいつは、ルサレヤに間違いが無い。先の大戦、散弾をブチ込み損なったあの魔族そのままの姿でいやがる。

 声を出すまで出現に全く気がつかなかった。誰も侵入に――空からとはいえ――気づかなかったとは酷い。何やっているんだか分からなくなりそうだ。

 ルサレヤが空から街を粗方制圧し、それから歩兵を投入するという安全合理的な作戦を取った? いや、歩兵の投入すらせずに皆殺しか?

 口笛を風の魔術で変化させ、市内中に響いて聞き間違えのない独特な音を出す。

 備えていた。街路中に単純に布を被せて隠していた、鉄鍋に毛が生えた程度の使い捨て臼砲を兵士達が取り出す。魔族、竜紛いの化け物、ルサレヤのためだけに用意した言わば、対空砲だ。

 弾種、散弾。その一斉砲撃から身を庇うようにルサレヤは翼で身体を覆いつつ跳躍。これで死ぬとは思ってない。

 次弾、榴散弾。ルサレヤに損害を与える高度で炸裂したのは精々一割五分程度だが、始めての対空射撃にしては上出来すぎる。

 そしてこんな優秀な教え子達を、ルサレヤは硫黄の火で殺していく。絵本の悪竜のように口から吐くのではなく、魔術だからか、そこら中に予兆も無く発生する。酷いものだ。

 いい加減な訓練を受けた農民が銃を使い、職業軍人として英才教育を受けてきた騎士を撃ち殺す光景より酷い。反撃も出来ずに焼き殺される。

 生きていてもボロ切れになった服と、それと見間違う皮膚を融かしてダラっと下げ、融けた脂肪を垂らしている。無残な姿で生き残り、そうならずに走って逃げても硫黄の毒で倒れる。

 建物に隠れても、真っ直ぐ走って逃げても広がりが速くて逃げられない。そしてあっと言う間に壊滅し、火薬に誘爆してダメ押し。誘爆で体がバラバラに吹き飛んで即死した奴のほうが幸運だ。

 それからルサレヤはあれで無傷だ。跳躍後、硫黄の火で軒並み兵士達を焼き殺した後、翼を動かすことなく宙に浮いていた。そして命中する前に動きが止められた散弾がバチバチと地面に落ちて足元に転がってくる。あれは物体を止めたり動かしたりするような魔術だろうか?

 せめて肉か骨、血だけでもいいから見たい。硫黄の毒や火で綺麗な空気が消えたせいか、渇きが更に酷くなってきている。

 心も挫けてしまう前に一撃、携帯砲を構えて弾着修正魔術ではなく、弾速強化に絞った魔術で砲撃。しsかしルサレヤは一瞬で地面に着地して避ける。

 翼で飛ぶような外見をしてやがるくせに魔術だけで動くとは気持悪い。

「流石はシェンヴィク坊主の力を継いだだけはある」

 携帯砲をルサレヤに投げつける、物体を動かす魔術で弾き飛ばされる。

「育てたら良くなりそうだ」

 戦棍を掴んで殴りに行くが、正面から素手で掴まれて防がれる。膂力は桁違いに向こうが上だ。手応えが硬い。止まって打ち抜けない。

「体の使い方がなっていない」

 拳銃に弾速強化に絞った魔術をかけて発砲、同時に風の魔術、一点極限集中で風を顔目掛けて飛ばす。

「おっと」

 弾丸は宙で動きを止めて地に落ちる。風は首を傾げて避けられ、後ろの壁に穴を開けただけ。

「威力は中々だが」

 戦棍の振りは囮に、踵蹴りで足の甲を潰しにかかったが、避けられつつ足払いで転ばされる。

「魔術発動前に、さあ私はこういう手でここを狙うぞ」

 転び切る前に腕で跳ね上がりながら蹴りを繰り出すが、軽く翼で払いのけられる。

「と魔の流れが教えてくれている」

 風の魔術で体勢を無理に変えながら膝蹴り、その膝を手で押されて止められる。戦棍で肩を殴りにいくが、膝を押した手に叩かれて狙いが外れる。

「良い師に巡り合えなかった不幸だな」

 これは完全に勝ち目が無い。何もかもが相手が上手だ。強者の余裕が隙となり、そこを弱点として突けば可能性が見えてくる、なんて甘い幻想が見えもしないほど上手だ。

 ここは逃げの一手と行きたいが、それを許す相手には到底思えない。ならば最後まで抗うしかない。

 戦棍を投げつけると同時に、脇を閉めて素早く両の拳で何度も突くが全て紙一重で避けられ、反撃代わりに頭を掴まれてガシガシ撫でられる。

「お前ほどじゃないが私も正直疲れてるんだ」

 撫でている腕を掴み、損なったが、その空いた脇腹に肘打ち。肘を脇で挟まれて防がれる。この至近距離で一点極限集中の風を放つが、挟まれた肘を脇で投げられて外す。

「シェンヴィク坊主の力を継いだ者を」

 体勢を立て直す前にポンポンと頭叩かれる。体ではなく袖に噛み付いて首で投げたら、ルサレヤが軽やかに跳んで体を捻って着地。袖は歯を滑って抜けた。

「殺すのには相当苦労するぐらいにはな」

 短刀を抜いて切りつけると、避けつつルサレヤは跳躍し、翼で羽ばたいて城壁の外へ去った。普通に飛ぶのは完全にナメていると解釈していいのか?

 全く言葉通りの子供扱い。真剣に相手をするような相手じゃないから真剣に相手しない。生かすも殺すも好き放題だからわざと殺さない。


■■■


「あー……疲れた」

 硫黄臭く燃えている建物から離れ、広場にある聖マルリカ像の台に腰掛け、像の影を蹴りつける。お前が余計なことをしなければ負けた上におかしなあだ名をつけられることも無かった。

 負け、か。負けるのは死んだ時などと考えていたが、心を折られてそう思うとは情けない。

 最後に格好つけて、一騎駆けで敵に突っ込んで死ぬか? それとも……。

 どうやって死ぬかを考えていると、怯えているわけではなく、憤慨したような、泣きそうな様子のイルバシウスが走ってやってくる。

 そういえばまだこいつに総長に化物騎士がいたか。だが、あのルサレヤ相手じゃ遊ばれてお終いだろう。

「どうした?」

「屋敷から戻りました。総長が山に避難していたはずのマルリカを連れていました」

 疲労とやるせなさで動くのも面倒だというのに、頭と腹に湧き出るものがある言葉を聞かされると具合が悪くなる。何の心算だ?

「義父の縁もあるので一緒に逃げようと言われましたが勿論断りました。マルリカを取り戻そうとは思いましたが、でも皆殺しにされるのなら……」

 あとは泣いて言葉にならない。

 自分の手の甲をつねる。肌が黒くなるだけで痛くない。拳銃に弾薬を込めて自分のこめかみにぶっ放す。潰れた鉛弾が地面に転がる。シェンヴィク坊主は頑丈だ。イルバシウスの頬をつねる。

「痛いか?」

 反応が薄いので顔が変形するぐらいやってみる。

「いひゃいです」

 やっと応えた。これが夢じゃないということは奴め、敵前逃亡か腰抜けめ。

 マルリカは逃亡先への切符で手土産だろう。傷を治癒する魔術使いは高価値だ。

「奴等、怪しい棺桶を持ち出していなかったか?」

「確かにそのような荷物があったかと、でもあまり記憶に……」

「それで十分だ」

 これで考えがまとまった。

「降伏するぞ。お前は山に行って一般人のふりをしていろ。マルリカを取り戻す人間がいなくなるから拒否するな、これは命令だ。私は捕虜になるか処刑されるかは不明だが、ともかく身動きが取れなくなるのは確実だ。お前はまだ希望がある。私も友達は絶対に取り戻したい。だから今やれることをやろう。いいか、私は降伏する。お前は非戦闘員の格好で山に行き、身の自由を確保だ。道中だけでいいから街中に降伏したことを宣告しておけ。私はだ、大声出す元気が無い」

 自嘲しながらイルバシウスの刀を鞘ごと取り、胸を拳で小突いてやる。

「返事は?」

「は!」

 イルバシウスは踵を揃えて力強く応えて走り去った。彼の降伏したことを告げる声が響く。聞く者がいればの話だが。

「さて、降伏しないとね」

 立ち上がって、聖マルリカ像をバシっと叩く。刀を佩いて、服装の乱れを整える。物はボロボロだが、それとこれとは話が別だ。

 白旗を作る。死んだ兵士の小銃を拾って、民家から失敬した白い敷布を裂いて巻く。

 破壊された門へ向かうと、敵兵達が銃剣先を向けて突っ込んできたところだ。せっかちな連中め。

 そいつらを蹴っ飛ばしたり銃床で殴り殺しながら名乗る。

「私はエデルト=セレード連合王国陸軍少佐、軍事顧問団教導、交渉責任者、アソリウス島騎士団指揮官代行であるシルヴ・ベラスコイだ! アソリウス島騎士団は降伏する! そちらの指揮官と話がしたい!」

 宣言してから群がる敵を三十人ほど撲殺した後、後退命令が敵に出て攻撃が終わった。


■■■


 白旗を地面に立て、破壊された門の前で腰に片手を当てて待っていると、ルサレヤは馬に乗り、同じく騎乗したイシュタムと、ニヤニヤ笑ってる徒歩のベルリクを率いてやってきた。

 白旗を門だった瓦礫に立てかけ、刀を抜き、刃を持ってルサレヤに柄を差し出す。ルサレヤは受け取り、イシュタムに刀を渡す。

「まず、アソリウス島騎士団指揮官代行として降伏する。全非戦闘員への温情を頼みたい。次に、エデルト=セレード連合王国より派遣された軍事顧問として本国を仲介とした身柄の交渉がしたい。最後に、アソリウス島騎士団総長エルシオ・メリタリ=パスコンティと直属の騎士等が魔族の種四名、並びに一名の非戦闘員を誘拐して逃亡。逃亡を図ったのはルサレヤ総督殿との戦闘直後。彼らの拘束救出の要請をしたい。可能ならば敵前逃亡罪で裁きたい」

 ルサレヤが軽く手を上げるとイシュタムは頷いて走り去る。全て望みどおりに行くかは不明だが、直ぐに行動へ移るということだ。

「ベルリク、街を虱潰しに捜索しろ。抵抗があったら直ぐに潰せ」

「了解。じゃあシルヴ、またな」

 ベルリクは妖精達を手招きし、人差し指で街に入れと合図。『わー』っと妖精達が街に雪崩れ込む。

「さて、どうするかな?」

 馬上からルサレヤが、こちら見下ろしながら微笑みかけてくる。敵のくせに祖母みたいな視線をしやがって。

 さて、どうなるかな?

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[気になる点] え゛っ シルヴ生き残っちゃうの?本番じゃないってこと? あるいは主要人物は死なないご都合的な感じ? 二人の言うところの「ずっとこうしたかった戦争」とやらがこんなのだとしたら、二人はそれ…
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