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ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部:第1章『大戦後』

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14話「獣人奴隷イシュタム」 シルヴ

 肌が黒い金属のように変質するのは魔術であると判明した。刀剣類じゃ威力が大したことないので分からないが、銃弾が当たると魔術を使った時の渇く感じが増してくる。無意識的に発動する類の魔術とはやや珍しい。

 ガランドの奇跡という名の魔術もそうだ。あまり調子に乗って敵を殺しているとどうしても受ける反撃による渇きで倒れ、普通の肌に戻ったところで普通に殺されるだろう。また、疲れないとか空気が必要無いのもその魔術かと思われる。疲れるような動き方をするとまた渇いてくる可能性があるので無理は禁物。継承した力の具合がまだ良く分からないので手探り状態だ。

 ルサレヤと戦っていない内に消耗なんかしていられない……のだが、船飛びの要領、風で跳躍を補助する魔術で先を急ぐ。獣人奴隷騎兵達が星と月明かりの下、追ってきているからだ。

 予定通りにガランドと騎士達は夕暮れ時を狙って陽動攻撃を行い、玉砕――未確認だが間違いないだろう――しつつも敵軍本隊を、簡単だが足止めした。

 しかし夜目が利く獣人奴隷騎兵までは足止めできなかった。敵は走りながら、馬上から予備の馬へ乗り換えつつ追ってきているので中々足が鈍らない。そして外れても当たって効かなくても諦めずに弓で射掛けてくる。弓騎兵戦法のお手本。

 鏃を肌が弾いて、服に矢が絡む度に渇きが増してくる。走るのに鬱陶しく、引き剥がす動作が怠い。

 たまに紐付きの釣りの矢があって動きを止めようとしてくる。引き千切る。

 自分より相手の方がこの力について詳しいのだろうと推測できる。なんせ魔族の種を管理していたのはあちら、魔神代理領だ。

 指揮官だけを狙って殺し、混乱させた隙に追っ手を撒くことを考える。

 おそらく指揮官はイシュタム=ギーレイ。競技場で見た乗馬の腕の一部しか知らないが、あれは相当の使い手だろう。万全の状態でもない限り痛い目を見せるのは困難だと考えるのが妥当なので諦める。

 風の魔術で素早く移動していたが、別の風――魔術の気配濃厚――に阻害されて間抜けな跳躍になり、体勢を崩し、持ち直す。

 気配を辿った方角にいるのは、暗がりながら他の獣人奴隷騎兵とは一線を画す圧力を発する一騎、イシュタムだ。獣人奴隷が魔術を使えないという決まりは何も無かった。

 膝を振り上げ腕を振り、化け物の力全開で走って逃げる。背中には順調に矢が当たる。しつこく当ててくる。魔術で弾道を補正している気配が濃厚。

 その矢に痛みなど無いが、当たるたびに躓きそうになるので相当な威力だ。流石は州総督の筆頭奴隷。

 遂に回り込まれて退路を二騎に塞がれる。勢いのままに片方の馬の頭を殴って砕く。馬が暴れて倒れ、獣人奴隷は振り落とされる。

 走り抜けようと思ったら投げ縄で首を絞められる。そのまま引っ張ってやると踏ん張りやがって落馬せず、おまけに鞍に縄が縛り付けられていたので馬を引っ張ることになる。

 馬の踏ん張りは流石に剛力そのもの。足が鈍る……馬鹿だ。今更短刀で縄を切るが、もうイシュタムが近くまで来た。

 投げ縄を見事首にかけてくれた獣人奴隷に飛び掛り、殴って頭を潰す。そいつの刀を抜き、落馬の衝撃からようやく立ち直った獣人奴隷の頭をカチ割る。

 それから刀に回転をつけてイシュタムに投げ、馬の首は飛ばしたが本命は飛び降りて逃れた。

 イシュタムは徒手で挑んでくる。正気か? 化け物の力であっさり殴り殺せるかと思ったら、腕を掴まれ足払い、一回転、星空、投げ飛ばされていた。徒手格闘術。

「死と疲れを知らず、正気を失っても戦い続けて武勲を挙げ、亡者と謳われたシェンヴィク殿の力を継承されましたか、ベラスコイ少佐」

 跳ね起きるが、腰を的確に蹴りで押されてまた転び、その勢いで立ち上がる。

「そんな由来でしたか」

 イシュタムは腰に刀や拳銃までぶら下げているが抜く気配はない。シェンヴィクの力を理解しているからだ。

 徒手格闘で挑んでくるのは、こちらの動きを止めるだけが目的。増援待ちか? 黒い肌は魔術だから、獣人奴隷騎兵で取り囲み、距離を保持しながら集中射撃で渇き切るのを待つ、だろうか?

 まともに付き合っては負ける……ルサレヤ待ちか? 到着したら赤子のように殺される。今の状態じゃ甘噛みすら出来ないだろう。

 自分でも吃驚するぐらい地面の土を蹴って抉り飛ばして目潰し。走って逃げるが、イシュタムは動じず、主を失った馬に乗って追ってくる。

 併走してきて、馬上からの蹴りで体勢を崩される。その隙に馬の尻がこちらに向いて蹄蹴り、直撃。

 倒れて、すぐに起き上がりながら馬を殴り殺してやろうと思ったら刀の切っ先で腕を押され、反らされた。人間技じゃない。獣人技か。

 逃げようとすると馬上からのイシュタムの蹴り脚が飛んできて、反撃しようとすれば刀で反らされ、刀じゃ反らせないような体当たりをしようとすれば、馬を反転させて自分を足場に蹴って跳び、その隙に逃げようとすればまた追いつかれて馬上からの蹴りで転びそうになる。

 人馬一体の騎馬格闘術を繰り出してきた。魔族を抱える魔神代理領に対魔族戦法のようなものがあるのは当然と言える。

 それでも何とか走っていると、味方の斥候の姿が見えた。そいつは片手に燃える松明を掲げていて、追いついた獣人奴隷騎兵達の矢であっさりと射殺された。

 その斥候は徒歩だったので近くに哨戒陣地があるはずだ。暗くて地形があまり読めないが、近くまでいけば現在地も分かるだろう。

 獣人奴隷騎兵による矢掛けがまた始まり、包囲するようにイシュタムが指示。

 身体の正面以外を矢で突かれながらもやっと哨戒陣地が見えてくる。篝火に照らされた物見矢倉が四方に立ち、そこを丸太柵で囲ってあり、更に浅いが空堀もある。

 入り口は門を兼ねる跳ね橋一つ。軽装備の獣人奴隷騎兵じゃ二の足を踏むだろう。

 暗がりだが星と月の明かりで影が見え、何より矢を射る音に加えて派手な蹄の音があるので見張りが気づいた。甲高い警笛が鳴り、当番の銃兵が射撃を始める。それはいいが、自分に一発当たった。状況の変化に獣人奴隷騎兵達の動きが鈍る。

 勢いは止めず、閉じ始めた跳ね橋を飛び越して中に入る。天幕から出てきた兵士達が武装を整え、丸太柵後ろの足場に登り、小銃を発射し始める。

 夜間警戒の訓練はまだ少ししかやってなかったが、混乱も少なく動いてくれているようだ。

 丸太柵の後ろの足場にいた、哨戒陣地を指揮する士官がこちらに気づいた。

 足場に上がり、この状況を説明しようと口を開こうとしたら、その士官の頭に矢が突き刺さって足場から落ちる。

 そして敵の「門から離れろ!」の一声の後、間を置いて跳ね橋が爆発で吹き飛び、巻き上げ機を操作していた兵士が巻き込まれて吹き飛ぶ。そしてバラバラになった丸太が飛んで兵士達を潰す。拠点攻略用の爆薬まで用意していた。

 ここで一休み出来るかと甘い考えがあったが、本当に甘かった。

 扉だった跳ね橋が無くなり、獣人奴隷騎兵が雪崩れ込んでくる。こちらに考えさせる間も無いような攻撃の早さだ。普通なら哨戒陣地を前に短時間でも右往左往しそうなものだが。

「諸君、仇は取る! だからここで死んでくれ」

 そう言い残して風の魔術を使った跳躍で柵の外へ逃げる。そして背中に違和感。違和感を感じるのが違和感になった昨今、背中に手を回すと矢が刺さっている。ついにあの黒い肌の魔術も品切れか?

 痛いぐらいなんだ、と思って走るが、身体が痛さではない何かで痺れてくる、ということは毒矢か? また毒か。

 毒が回り始めたか足がもつれて転ぶ。確かあの肌が黒くなっていた時はセリンの毒も緩和させてたはずだ。無意識で発動する魔術が意識的に出来るか試してみる。風の魔術のように手馴れた感覚ではやれない……気がしてたら緩和できた。意外にあっけない。

 もしやと思って刺さった矢に手をかけると、石か何かに突き刺さっているような手応えだ。ほじくるように抜こうとすると固くて抜けない。だが肉が盛り上がってきたのか、矢が押し戻されてきて抜けたが……感覚が鈍く、麻痺しているとはいえ、体の中身がヌルと動く感触には冷や汗が出そう、なものだが意外と平気。そのまま抜いて、腸繰りになった鏃に絡む自分の腸を外し、指で中に押し込む。そして腹筋で内臓を動かしながら跳んで跳ねる。元の位置に戻ることを祈る。

 また全速力で走って逃げる。哨戒陣地の方からは悲鳴、怒声、銃声、馬の嘶きが騒がしく響く。獣人奴隷騎兵のほとんどはそっちへ引き付けられている。

 追っ手を撒くのに丁度良い林がようやく見つかり、その中に飛び込んで更に逃げる。人はともかく馬はこの枝を嫌がる。

 走るのが辛くなってきて、自然に足が緩んで歩き出す。疲れたのだ。渇きもキツくて、一生魔術なんか使わないと誓いたくなる気持ちの悪さ。飲み比べで最悪な二日酔いになった時を思い出し、あんなのは取るに足らないと思う。

 方角だけは星座を見てきちんと頭の中に入れておき、確認しながら歩いて進む。木の根に躓きそうになる。その辺の木の枝を折り、足元をそれで探りながら進む。

 そういえばセリンと戦った時はまだまだ万全の状態だった。なのに毒を受けたということは、髪の毒針は浅くとも黒い肌を貫いていたことになる。

 あの戦いが長引いたり、髪の貫通にセリンが気づいていたらえらいことになっていた。お互い化け物になったばかりで力の使い方が下手糞なんだろう。そしてルサレヤはさぞや上手なんだろう。そんなのに戦いを挑む気か? 馬鹿みたいだ。


■■■


 林の中で朝を迎え、太陽が頂点に達する昼に本陣に到着。驚いた顔の島の兵士に手を軽く挙げて挨拶。服がボロボロで汚れが酷いのはともかく、平気な顔をするように努める。

 気が緩んだら背中が猛烈に痛い。手で触ってみると固まった血の塊に虫がついている。矢は抜けても傷が治りきるわけじゃないのか。

 陣地の奥から走って出迎えてくれたのはガランドの娘婿。ここの英雄にちなんでイルバシウスという名前だと聞いたのは最近だ。

「ベラスコイ司令、お待ちしておりました!」

「ああ、思ったより楽しかった」

 無駄に強気に見せるのは偉いさんの仕事だ。近くにいた兵士はマジかよって顔をする。

「お怪我はありませんか?」

 イルバシウスの耳元に口を寄せる。「んっ」というような息を呑む音が聞こえたが、気にしないでおこう。

 小声で「マルリカを呼んでくれ」と言うと、マルリカの魔術もとい奇跡については知っている様子で頷く。

「それとお前の奥さんの弁当も持ってきてくれ。何か、食べたい」

 これと言って特別美味いわけじゃないが、ふと気づくと食べたくなる料理だ。

「了解しました! 馬を飛ばして行ってきます」

「それと、死んだぞ」

「はい……そうでしょうね」

 昨日の騎士達が陽動攻撃をした戦場、通りかかった時にはガランドの姿が無かった。そしてあのベルリクの近くで行われていた不自然な焚き火。たぶん、傷が治る魔術で不死身の化物みたいになっていたガランドを焼き殺していた作業だろう。

 敬礼も早々にイルバシウスは走り出す。そして無駄に寄ってきては心配気に声をかけてくる兵士達。

「いいから持ち場に戻れ。あと少しで全員に死んでもらうから、準備は怠るな」

 と言ったら退散してくれた。

 それから仮設司令部である天幕に入り、士官達が起立して敬礼し、敬礼を返す。それから現状報告を受ける。

 迎え撃つ作業は順調に進んでいる。獣人奴隷騎兵からの被害を抑えるため、順次哨戒範囲を狭め、今日にはもう全哨戒部隊は本陣に到着させる予定だそうだ。もう小細工はしないので正しい判断だ。

 特に文句は無いので仮設司令部を去り、自分の天幕に入る。そして見計らって看護婦役を買ってくれてる修道女がやってきて、ボロボロになった軍服を脱がすのと身体の汚れを拭くのを手伝ってくれる。

 傷は最後に背中に刺さった矢傷のみで、服のオンボロさとは吊り合わないくらい肌は綺麗だった。傷口は塞がっていないが、出血はカサブタでも剥がさない限りしない程度になっている。

 布団の上にうつ伏せに寝転がる。少し、久しぶりに眠たい。


■■■


 目が覚めると夜中。真っ暗でないのは天幕の中でランプが灯っているからだ。

 素っ裸で布団も被らないで寝てしまったと思い出し、まあいいか、と切り捨てる。起きようとすると布団が掛けられていて、その中でマルリカが寝てた。ここまで懐かれた覚えは無かったが。

 背中を触れば傷が無い。傷を治す奇跡とやらは実証された。

 マルリカを起こさないように布団を出て、予備のエデルト軍の軍服に着替え、食べ切れないだけあるガランドの娘の素朴な料理に手を出す。

 明日、明後日ぐらいか? 本番は。

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[良い点] イシュタム・ギーレイ この頃は経験実力共に戦士としてもかなりの実力を保持している事がわかりますね! 初見の頃は"タンタン強いな!"ぐらいにしか思いませんでしたが、後年の彼を知っているとな…
[一言] まさかシルブとたたかうことになるとは! ガラントのおじさん自信満々で不死かと思われる魔族化をしたのに、妖精の連携と工速で体力切れ?まで落とされて焼き尽くされた…… 魔族でも運用間違えると呆…
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