11話「アソリウス島海上封鎖」 ベルリク
”不審船を発見。アソリウス島騎士団船籍の船だが、帰りにしては喫水線が浅い。あの島には主だった輸出品は無く、船を出したなら輸入品を積んで帰ってくるはずである。
それだけならまだ商取引にでも失敗したかと一応記録に発見日時を記載する程度で済ませるのだが、船上を警備する人数が多い。時折、妙な人間が目についた。そして船底に張り付いて聞き耳を立てること半日。”魔族の種を運び出した”という声を聞いた。
それから行おうとした立ち入り検査を拒否され、警告を出し、また拒否。単独で船を制圧してから検査を行うと魔族の種の中でも著名な魔剣ネヴィザが発見された”。
というのがセリンの報告を要約したもの。魔族の種は、例え他国だろうと攻め込んででも取り返す意義のある物で、十万の命と引き換えにでも取り戻す。今後十年が失われようとも奪い返す。そういう代物であるらしい。
魔剣ネヴィザは取り返したが、まだ他にも盗んだ――拉致した?――魔族の種がアソリウス島界隈に存在する可能性があるので迷うことなく懲罰行動に移っている。
尚、捕らえた者への取調べは可哀想なぐらいにまだ続いているが、魔剣ネヴィザの件以外は知らないとの一点張り。あるかどうか分からないものを取り返せなくて強行措置がされる。
ルサレヤ総督が中央に行って不在の中、そんな折にこの厄介事である。
魔族に成り立てで、特別張り切っちゃってるセリンなんか事件発生から今まで寝ないで走り回っていた様子。人間の頃と違って案外平気らしいけども、静脈を浮き上がらせた状態が続いているので急に心臓がポックリ逝かないか心配になってくる。
伝令は飛ばしてあるので、返事かルサレヤ総督本人が早い内に返って来ると思うのだが、なんせこの広い魔神代理領、イスタメルから中央までの距離は大体、往復で休み無く歩けば半年、駅を全部使っても二ヶ月かかるそうだ。
その帰ってくる何かしらをただボケっと待っているわけにはいかないので、総督代理イシュタムとセリン提督と土着貴族筆頭ラハーリ、そして自分にラシージが集まって対策会議を開いた。
開幕にセリンが「たとえイスタメルを砂漠にしようとも他所へ渡してはならない。もし取り返せないのならば諸共破壊する。例え玉砕しても続く者がいる。後顧の憂いなし、前進し仇敵討つべし」といきなり血腥い発言をした。
イシュタムが別段妙な言葉を聞いたような顔もしていないのでこれが魔神代理領の常識なのだろうと納得した。
ラハーリは、比喩表現に一々文句を立てる程の子供ではなかった。
手続きとして総督代理としてイシュタム、現地魔族筆頭としてセリンの連名で中央政府と魔導評議会へ大義ある戦争を開始する旨の書状を送ることに決定。危急の事態に分類されるので返事を待つ必要は法的にもないそうだ。
確認事項として魔族の種の散逸を防ぐことが第一義であることを確認。実行すべき事としてはアソリウス島完全封鎖並びに制圧、平行してイスタメル領内のアソリウス島騎士団との関与が疑わしき場所の強制捜査、他州への関連施設に団体への捜査勧告が挙げられた。
盗まれた魔族の種を――他にもあるという前提で――完全に取り返さないといけないためである。
盗人は当然信用できないので交渉だけで終わらせるのは論外。島中をひっくり返してでも捜索する必要がある。
降伏勧告を行い、武装解除させてから島中捜索するというのが一番理想的な運び。
戦争の準備は万全にしつつ、主力軍を島に上陸させて喉元に刃を突きつけた上でそれらを行うのだ。降伏すればその軍を使って捜索するし、しなければその軍を使って制圧する。
民間人への対処については無抵抗、協力的ならば駐在部隊に監視させるだけ。抵抗するなら勿論即殺害。焼き討ちは魔族の種焼損の恐れがあるので厳禁。略奪、命令外の暴行は禁止。行った兵士は公開処刑にすること。被害者もしくは同部隊員に棍棒で撲殺させるという魔神代理領の伝統に則した罰が適当。恨みを注ぎ込む先を間違えないのが魔神代理領流。
戦闘員は降伏しなければ皆殺し。幹部級には魔族の種の居所を吐かせる必要があるので可能なら生け捕りの後に尋問する。尋問後の健康状態はお察しの通り。
だから自殺や死に物狂いの抵抗が予想されるので、魔族の種盗難者は処刑する旨は秘匿する……と言っても相手も了解しているだろうが。
自分は派遣兵力と国境警備兵力と治安維持兵力の均衡を保つため、派遣兵力に治安騒乱予備軍――旧イスタメル公国兵に一部公国民――を加えることで解決できると提案した。
これにはラハーリがあからさまに渋い顔をした。反抗的な勢力を戦闘で使い潰すという古今東西共通の常套手段を行うのだから、反抗的な勢力の親玉に相当するラハーリの表情は当然のものだ。
大っぴらに、使い潰されろ、と動員をかければ面倒ごとが起きるのは必然なので工夫が必要である。
”敗残兵の上に臆病者なんて称号がついたらお前等とその子供達はマトモに生きられないから、今戦争で名誉回復せよ”という脅し文句を使うことに決定する。
実際にイスタメルの敗残兵諸君は肩身が狭いというのが現状なので、ラハーリもその点を了解して予備役以外の退役軍人も召集するよう触れて回ることになった。
こちらのマトラ県一帯は住人がほぼ妖精なので治安はすこぶる良く、監督役を少数残せば自警団のみで治安対策可能とラシージに言われたので全軍派遣することにした。
イスタメル海軍の方では、言われるまでもなくとっくの昔に動員できる者は全て召集し、艦船も予備役として民間で使っていたものにも召集をかけた後だそうだ。流石に予備役船以外の徴集はしていない。意外とその点には理性が働いている。一応はマリオル県知事だからか。
海上輸送能力はそれでも不足しているので隣接州に応援を要請している最中。
そしてそのように戦争準備を進めていると朗報。会議では、可能なら積極的に捕虜にすると、しかしあくまで暫定的に処分が決定されていた懸案事項のエデルト軍事顧問団が大人しく島を出てシェレヴィンツァ港で魔族の種や盗難関係者がいないか検査されているそうだ。
シルヴの個人的検査をやってみたかったな。
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行動は実行された。もって回った行いはほぼ全て省略された。
陸軍は数波に分けて上陸した。現在地はアソリウス島南部の貿易港ナシュレオン。エデルト主導で増改築が行われたおかげで大型船舶の入出港に問題はない。
以前は漁港に毛が生えた程度で、沖に大型船を停泊させて小船で行き来するありさまだったらしい。その割には古い港湾要塞が岬にそびえ立っているが、あれはまだアソリウス島騎士団が盛況だった頃の名残で現在は廃棄されている。
そのような大昔にはこのナシュレオンも軍港として栄えていたらしいが、地震に津波に襲撃に、整備不足も祟って遺構が残るのみとなっている。あそこの砲眼から弾の一発も放たれなかった。
そんな岸辺から海上には、見渡す限り魔神代理領艦船が並ぶ。停泊している船と帆走している船、双方見受けられる。
時刻を合わせた同時襲撃でアソリウス島全沿岸部の港を破壊、占拠済みである。
この島は中々の面積を誇ってはいるが商港などほぼなく漁港ばかりで、砂浜でさえ道の繋がっていない無人の空間ばかり。岩礁に暗礁も多くて沿岸から離れられない小船の運行がやっとの海域ばかりである。とてつもない大仕事、ではなかった。
イスタメル及び隣接州、たまたま訪問していた魔神代理領船籍船の協力で海上監視網が出来上がっている現在、悪天候の隙を突くぐらいしか島から脱出する手段は無く、その上で悪天候時に運行出来るような船は全て同時刻襲撃で破壊、拿捕済み。
これで海上封鎖は成された。ルサレヤ総督みたいに空を飛ばれたら打つ手は無いが。
総督代理イシュタムが現在のイスタメル州軍総司令官である。彼の権限により自分は参謀長の役職、実質的な州軍指揮権を拝命した。
序列的にはバシィール城主ベルリクなどよりセリンが上だが、この少ない人数の間から文句は出なかった。万単位の軍の実質指揮権を預かったことをシルヴに自慢してやりたかった。
シェレヴィンツァにシルヴはいなかった。
イシュタムは総司令官ながら、ほとんど一将校としての振る舞いしかしていない。彼は上陸後、奴隷騎兵達と島内を走り回って情報収集や斥候狩りに軽攻撃に勤しんでいるのだ。数は少ないとはいえ、広く分散した部隊を指揮しているのだから怠慢とはとても言えないが。
なので州直轄軍の指揮はこちらに任せられた。元々イスタメル州の規模に足して数が少ない上に、大半は州内の治安維持に回っている。まだまだ山や森に匪賊が潜み、治まっているはずの配下土着貴族達は互いの利権をかけて表でも裏でも血を流し合っている。
州直轄軍は保存されなくてはいけない。征服地に君臨する暴力装置という重石が無ければ、治まり切ってはいないイスタメルが大乱によって崩れ去る。だから彼等を大事に扱うために督戦任務、警備任務を重点的にやらせる。
海軍の指揮は当然セリン。そして海兵隊の一部をこちらに預けてくれた。「遠慮なく自分の兵隊のように殺すけど構わないか?」と聞けば「そんなことでビビる腰抜けはいない」だそうだ。
土着貴族系のイスタメル人諸部隊の総合指揮は、現地人から怨恨も感謝もたっぷり浴びてるラハーリに任せた。彼には生きてイスタメルに戻ってしまったら治安を騒乱させそうな連中を任せる。
はっきり言ってこのイスタメル兵達は雑兵も良いところ。寄せ集めの残党崩れの農民、匪賊上がりばかり。西方諸国の多くで模範とされ模倣されてきたかのイスタメル式軽騎兵など一騎も混じっていない。それだからこそ使いどころが実はある。
ラハーリには、こちらが示す基本的な指針には当然従って貰うことになっている。彼と他のイスタメル人貴族、将校を始めとして命令違反や無気力が発覚した場合は帰りの乗船券が当たらない、ということになっている。
最悪、島にイスタメル人を棄民しまくって海上封鎖を続け、飢えや抗争で死体の山が出来るのを待つという攻城戦術の応用も検討している。魔族の種の緊急的な救出という大義には反するが、勝利が得られないよりは良い。
そして連隊という名前ながら、他の連隊より何倍も規模が大きくなったバシィール城連隊は参謀長直轄。海兵隊と州直轄軍を合わせれば全軍の六割を超える。
基本方針としてバシィール城連隊の優秀な、特にラシージが指揮する工兵隊が行く道を整備しながら前進する。
イシュタムの奴隷騎兵隊が細かい敵を掃除しながら偵察を行う。
敵軍と接触したらイスタメル人諸部隊を最前線に立て、州直轄軍に督戦させつつ交戦する。これは古き遊牧帝国時代、ご先祖からセレードにも伝わる”生きた板”戦術だ。この程度はまだまだ手ぬるい。
このような戦い方で双方損耗したところで予備戦力として保存されていたバシィール城連隊が決定打を与えに行く流れ。可能ならばその時に奴隷騎兵を集結させて側面、背面攻撃をさせたい。海兵隊は別に扱うほど大人数じゃないので、バシィール城連隊に組み込んで扱う。
以上の戦闘方法が実行出来るように各隊を整列させている。縦長の行軍隊形から戦場入場隊形、そして横長の戦闘隊形へ移れるように計算して配置する。
戦闘は火蓋を切る前から始まっている。戦争は準備段階、常日頃の組織管理から始まっている。
続々と入港しては兵員物資を降ろし、病人や伝令に手紙を乗せたら船員を休ませることなく船が出港して行く。一泊ぐらい休憩させたいところだが、そんなことをしたら折角陸揚げした物資が消耗してしまうので直ぐに帰ってもらっている。ここじゃろくな休養施設もないし、母港で休んだほうがいい。
魔神代理領軍っていうのは鈴をジャラジャラ鳴らして進軍してくるものと昔は思っていたが、あれは中央直轄の親衛軍だけだった。
我がその魔神代理領イスタメル州軍は、軍服こそ揃えているがエデルト=セレードに攻めてきた敵より寄せ集めの感が否めない。
先の大戦前からルサレヤ総督や側近達が連れている私兵集団、戦中から遠征する先々で雇って今日まで従軍している志願兵、戦後になって現地で集められた志願兵という構成。
多民族帝国的な人材不足とはこんな感じでまとまりが無くて不安がある。そう空気で伝わってくる。エデルト軍ならもっと粒揃いだろうなと思える。
セリンの部下が掲げる日傘の下で、その主人から貰った乾燥海草をバリバリと齧る。こいつ、ちょっと偉そうだな。偉いんだけど。
「なんで海草なんか食おうと思ったんだ?」
そのセリンもゴリゴリ齧る。
「こっちの連中は食わず嫌い多いわよね。それで飢えて食べる物が無いとか、頭イカれてると思った」
経済規模に見合うように手狭なナシュレオン港から兵員物資を降ろし、隊列を組み直し、整理して前進するというのはとても時間がかかる。
他の港を使えばもっと早いと疑問に思いそうになったが、アソリウス島の地図を見直しても岩場ばかりで沿岸開発がされていない。萎びた漁港、用事が足りない砂浜ばかりだと再確認する。たまに入り江の表記があって、使えるかな? と思っても、現地協力者や測量船の担当官からは「そこは内陸と繋がってませんね」という回答が得られる。
上陸作業で焦ってはいけない。分散上陸は地の利がある敵軍に各個撃破される可能性が高いし、補給線の維持が大変だ。上陸地点は絞りに絞って厳選する必要がある。
前に旧公国軍を討伐した際に上陸した島の北岸から、南進する経路を検討した。島の首都セルタポリ市まで攻め上がるには道が険しい。
バシィール城連隊を戦わせるためにあの辺りの地形は探らせてあったが、岩場を縫って藪を漕ぎ、水源地から離れ、貧しい村や動き回る羊飼いを襲って食い繋いでいき、毎夜脱走兵に悩まされる。そんな行軍光景が想起される経路である。
この島には自然の要害が多い。それらがおおよそ取り除かれている南岸、ナシュレオンからの北進経路がやはり最善。
「この干し草、腹下さないよな? 昔、補給切れて雑草食って下痢したんだけど」
「西の人間の腹まで知らないわよ」
セリンとは前より、女という感じがしなくなったので気楽に話ができるようになった。あの裸同然の格好は止めて軍服姿だし。
特に前振りもなく乾燥止めの油を自分の唇に塗ってきても何か、ドキドキもしない。こっちが気楽でいいな。
バシィール城連隊が船から降りてきて、すぐさま行進隊形に移って歩き出す。こちらへ皆が元気に手を振ってくるので振り返す。殺伐として船酔いで具合悪そうに鈍々動いているイスタメル人とは大違い。
「なあ、何で髪まとめるための布、頭に巻いておいてよ、そこから髪出して垂らすんだ?」
セリンの頭に巻かれた布から垂れ下がる髪の毛が手に巻きついてきてブンブン振られる。
「物掴むのに便利。あと全部巻くと両手縛られてるみたいで気持ち悪いの」
「魔族になる前の三つ編みは?」
「あれは……正装するの初めてだったの。変だった?」
冗談めかすというよりは真面目に聞いてきている様子。
「冗談のわりには緊張しまくってた。あれじゃ笑えない」
肩を小突かれ、軽く押される。疲れるから女心は察しない。
「じゃあ総督は?」
「うーん、折れる?」
普通の毛じゃなくて羽毛だったな。
「ならゆるく巻けばいいだろ」
「角が出るように巻くとはみ出る?」
立派なのが二本あったな。
「あれって、出てないと具合悪いのか?」
「生えてないから知らないわよ」
独自行動を取っている奴隷騎兵が時折姿を見せ、情報、捕虜、手紙など戦利品を届けに来る。彼らがついでに行っている尋問で――短刀で鉛筆みたいに一本ずつ指先をチョリチョリ削る――捕虜達が良い情報を出してくれるといいが、どうだろうか? 仮設司令部にいるラシージとラハーリが上手く捌いてくれるだろう。
ちなみにセリンは海上専門、自分の仕事はラシージがやっている。
怠慢ではないと言い切れる。「皆張り切ってますよ!」と嬉しそうに下船しては走り寄ってくる妖精達の各大隊長の頭を撫でる仕事がある。
「アソリウスの大将、総長のエルシオ・メリタリ=パスコンティじゃなくて聖女って聞いた?」
「聖女? 今代の第十六聖女ならアルギヴェンの長女だぞ。曰く、エデルト創始以来最強の男」
一度もお目にかかったことはないが、海の勇者の再来とも呼ばれるヴィルキレクよりもタマがデカいらしい。
「聖皇の手下がこんなところに出張ってくると思う?」
「まあたぶん自称聖女ってところだろ。景気づけに適当な女を旗に吊るし上げて、可哀想にな」
お飾りってのは許容範囲内で、しかし斜め上にぶっ飛んでると良い具合に馬鹿になれる。上手いこといってくれればいいんだが。
「脱出したエデルトの船にあの女、シルヴ・ベラスコイがいなかったみたい。島に残ってるかも」
「聞いてる。有り得るな。いや、そりゃそうだろうな。シルヴが折角の血みどろ負け戦を頑張る楽しみを逃すわけがない。ましてや敵に俺がいるだなんて確証がある日にゃ、逃げるはずがない」
ということは自慢の妖精達を披露する機会があるかもしれない。是非是非、シルヴに直接突撃をブチかましたいものだ。
「それが自称聖女の正体?」
「それは流石に恥ずかしいだろ。何か、聖典あたりを引用すれば丁度良さげな可愛い女の子でもいたんじゃないか? ここの、常識学問は全部それで学びました、みたいな連中には十分通用するだろ。シルヴは聖女というよりは女神様だからな」
「ふーん、そーお?」
今わざと声色を変えたようだ。セリンよ、シルヴ相手に対抗する必要は無いんだぞ。ありゃ戦場の女王をころがす殺戮の女神だ。
「しかしセレードの肉挽き器が相手か。あんな頼もしい味方はいないってことは、あんな敵いたら困るってことだよな」
「噂だけだったら凄いわよね」
「セレードの肉挽き器の噂は過大評価にあらず、と言っておこう。ほぼ確実に狙った場所へ砲弾を命中させる。榴散弾の雨なんて受けたら一日で死者が千人を超える、いや超した。負傷者、負傷後の死者なんて馬鹿みたいな数になるな。戦列組んでの野戦では絶対会いたくないし、会わないように仕向けなければいけない。
シルヴを誘い出す戦術が必要だな。あいつの弱点らしい弱点と言えば、働き者であること。シルヴがいなければ打開できないような状況を作れば出てくる。それか放っておけば働きにくるからそれを迎え撃つ、というか全戦線で警戒しておかないとやってきやがる。
先の大戦じゃ一緒にそこら中駆けずり回って、砲兵なのに騎兵みたいな動きまでした。シルヴの操る大砲が一番怖いが、専門馬鹿じゃないから歩兵に騎兵も色々やれる。
それに多彩な魔術で何だってやれる奴だ。何度も単独で砲兵狩り部隊を撃退している。
狙撃兵には小銃に術をかけて撃って頭を吹き飛ばした。
軽騎兵隊の突撃には魔術で掘った落とし穴にはめて、足が止まったところで一斉射撃。
歩兵縦隊の捨て身の波状攻撃には、弾火薬装填を魔術で部分省略した大砲の散弾連射で皆殺し。
決死隊の夜襲には魔術の電撃を交えた白兵戦闘で撃退。
民間人に扮した自爆攻撃は風の魔術で相殺。
四日間休憩なしで動いても元気、立ったままどころか歩きながら寝る。腐った物食っても腹壊さない、馬の小便も平気な面で飲む……あいつ人間か?」
「強さだけは魔族並みって考えたほうがいいかもね」
「それに加えて盗んだもので魔族になってたら笑えるな」
「まっさか」
『あっはっは!』
と笑っていたら、待っていた者が到着する。降伏勧告に出向いた使者が帰って来た。よく生きて帰ってきたものだ。下馬して早速報告しようとするが、その前に保冷箱に入った雪を銀杯に入れ、レモン汁を絞った水を入れて手渡す。
「ありがとうございます!」
使者は一気に飲み干して冷たさに眉間をしかめる。
「で、駄目だったか」
「はい。要求条項の一つとして受け入れられないとのことでした」
確かに要求条項は、魔族の種の返還、島内の全捜査、関係者の引渡し、監査機関の設置、監査機関保護の為の武力組織の半永久放棄、必要と認められるまで諸政府機関の停止、停止した諸政府機関の代行を監査機関が担う、などと裸に引ん剥いてケツの中まで見せて弄らせろと言わんばかりだったし、こちらとしても政治的に妥協が出来ない以上はしょうがない。そんな結果だ。
上陸部隊の第一陣の上陸もそろそろ終わる頃。内陸の方からは煙が上がっている。こちらに利用されたく無いものを焼いているのだろう。焦土作戦とは定番なことだ。
ラシージを呼び出し、各隊の点呼を行わせ、各所へ進軍を開始する旨を伝えた伝令を走らせる。そして先に出発していた先行偵察部隊に増援を送る。
馬に乗り、整列して隊形を整えて出発準備が完了した部隊を流して見る。
そして各連隊長を集め、それぞれの正しい進軍路、野営予定地を再確認させてようやく出発。
海軍の軍楽隊が景気づけの演奏で送ってくれた。セリンの見送りには馬を竿立たせて返事をする。
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そして派遣兵力の三分の一に当たる先行軍は順調に進軍を続けた。
まだまだこれと言って困る事件も無い。進んでも抵抗が無いということは奥地に誘引する気だろう。全力で水際迎撃されても勝っちゃうから面白くていいんだが。
進軍中でも奴隷騎兵からの情報が逐一入ってきて、地図に書き加えることが増えてくる。
こんなことが出来る連中を相手に野戦なんかしたら勝てるわけがないと思わされる。
先の大戦を思い起こす。エデルト=セレード連合王国軍は、篭城戦では中々良い戦いぶりだったが野戦では奇襲が成功した時以外は徹底的にぶちのめされたものだ。
その要因が、今共に戦っている彼等で当人だというのだから世の中は分からない。何となく個人で見知っている感じもある。偶然というか運命というか必然というか何というか、分からないものだ。
世間は割と広いと思うのだが、戦場となると狭い気がしている。良くも悪くも専門家が集まる空間だ。
道中の農村では戦争慣れ、しなさすぎる、非専門家である農民達がのんびりしていた。走って逃げたり、命乞いしながら若い娘を差し出すこともない。行軍隊列を見ても焦ることなく羊を導いている牧童もいた。
何かの行事かと思っているのか暢気にこっちを眺めたり、子供達が面白がって近づいてくる。小休憩を取れば妖精を見たことがないらしく、大陸の人間と違って和気藹々としている。
やっとまともな反応をしにきたかと村長がやってくれば「井戸に糞尿を投げ込まないといけないのか?」とこちらに聞いてくる始末。一応、焦土作戦を実行しようとした跡が見えたが何ともお粗末。
大陸の戦乱で土地から人心まで荒廃していたイスタメル兵達の顔といったら表現が出来ない。
捜索隊からは調べる村々、全く何もありはしないと報告が届く。監視部隊を行く先々に置いているが結構歓待を受けているらしい。
村民への暴行、食糧を取り上げようとする、などの行為を行わなければ問題ないと報告が届く。現地住民を根こそぎ相手に戦うのは非常に面倒なことなので、そこは仲良し作戦で進めることにした。
この島は事前調査通りに川の本数が少ない。そして上流からせき止められていて枯れてしまっている。その点は流石に手抜かりなかった。
多少川に水が残っていてもそれは泥溜りで、おまけに腐った魚に蝿が集っていて臭い。煮沸しても飲む気にはならない。川の水源が全て内陸中央部に集中しているこの島ならではの作戦か。
そこでラシージの出番。魔術で井戸を掘った上に石で側面を固め、濾過装置までつけて綺麗な水が汲みだせた。農村が使っている井戸からの給水で大口を賄おうとすると直ぐに干上がってしまうので海上からの真水輸送を続けている現状では大助かり。いの一番にその水を試飲し、ラシージを抱きしめる。
工兵に道を整備させながら進んでいるので進軍速度はあまり早くはないが、鈍いと言うほどでもない。
地面は固い土なので均す程度で十分で、真っ直ぐな道を曲げる邪魔な大岩も爆破解体、窪みも埋め、林も伐採したり焼き払ったりする。
問題は谷、そこに架かる橋は全て落とされた後。回り道は勿論あるが、大軍が進むには向いていない悪路続き。休憩や中継基地の設営も兼ねて進軍を停止する。
ご丁寧に近隣の林は焼かれていて木材の調達に時間がかかる。野生動物等も逃げ出して新鮮な肉の確保も難しいようだ。
橋を架け直すまで時間がかかる。ラシージに一気に谷を埋めてもらうことは考えたが、流石にそんな規模の魔術を使ったら本番の戦闘に差し支えるとのことで、基礎工事のみ魔術に頼った。
今のところ、怖いくらいに衝突が無い。道中の要所には古城があって、いざ攻城戦か? と身構えても無人で廃墟か、近隣住民の倉庫となっているだけ。子供達の秘密基地もあって壁中落書きだらけというところもあった。
降伏勧告を断るのならば相応の覚悟と準備はしているはず。それにあのシルヴがいるのだ。
聖女なんてものを祭り上げているぐらいだからやっぱり戦争はしません、なんてことはないだろう。楽しみだ。




