０１話「終戦」　第一章開始

　所属の師団長は重責に耐えかねて自殺。

　連隊長はいわゆる”名誉連隊長”、名前だけの奴で不在。

　直属の大隊長は格好つけて死んだ。

　彼等の代理も次々死んで中隊長、果てには小隊長の中から選抜された司令官も死んだ。

　訓練課程を大きくすっ飛ばして士官学校を卒業した自分はあっという間に前線送り。その前線は国内。そこからあと二日と半日も歩けば実家がある。馬なら今日中に行ける。

　あまりにも仲間が死に過ぎて、新米少尉だったのに野戦昇進であっという間に大尉まで昇進。それから指揮を取った臨時編制部隊は隊員の顔どころか、部隊の名前を覚える前に消滅。

　次に、新たに自分が編制、指揮した部隊は単純に突撃隊と名付けた。まだ死ぬ気で戦える奴を呼んで集めた。

　今、我々が惨めに隠れているのは一度陥落し、また取り返した要塞都市。城壁は穴だらけで市内は荒れ放題。ゴミも死体も片付けられていなくて、口を開けば蝿が入ってきそうだ。

　敵か味方か、誰かが見せしめに吊るした死体の列は街の風景に溶け込んでいるので見せしめになっていない。

　体を丸めた、人の形をした炭が折り重なる廃墟。

　石畳の上を蛆まみれの腸が滑るのは、元の白毛が黒くなるほど頭が汚れた野犬が引きずっているから。

　道路の端に転がる死体のそばを通るとその口や服から驚いたネズミが溢れるように逃げ出す。

　蛆と蝿がたかっている老婆が跪いてお祈りを繰り返している。

　ここは一度焼け野原にして消毒した方が世の為だ。疫病が広がる。

　そう言えば援軍が到着する話が出たことがある。出ただけで終わった。

　そして今日になり、応急処置がされた城門が爆薬で吹き飛ばされた。敵軍が突入してきた。

　ここには敗残兵が集まっている。命令ではなく自然にそうなった。把握しているだけで、名前だけなら一個師団と一個旅団に二個連隊がいる。戦時定数通りなら一万と五千人以上はいるはずだが、今は千人以下がせいぜいだろう。

　我が突撃隊は待ち構える。場所は吹っ飛ばされた城門から真っ直ぐ続く大通りを進んだら、中央広場に辿りつく手前あたり。

　敵の先行部隊が軍旗を掲げて行進してくる。先頭は抜刀して振りかざす指揮官。軍楽隊の演奏に送られ、軍装に付けた威嚇目的の鈴をジャラジャラ鳴らす。

「弾薬装填、白兵戦時にのみ発砲せよ。脚は決して止めるな、再装填は無い。目標敵正面、生きるために命を捨てろ、死んでも前に進め、全隊突撃にぃ、進めぇ！」

　ラッパ手に突撃ラッパを吹かせ、自分も突撃隊の先頭になって、抜刀して突撃する。

　喚声を上げ、銃剣を突き出した部下が続く。撃ち合えるほどの弾薬は無いから肉体をそれに替える。

　敵は”悪魔の軍勢””地獄の軍団””世界を破壊する者共”などと呼ばれている。どんな連中か一言で表すと異教徒。顔も言葉も違うが同じ人間だ。ほとんどは。

　こちらを認めて、頭に布を巻いた敵指揮官の第一声で敵部隊は行進を停止。第二声で戦列を形成して最前列がしゃがみ、二列目は立ったままの姿勢へ。上下二段に構えられた銃口が並んで睨む。

　鞘から拳銃を抜き、刀を掲げて号令を出す敵指揮官を狙って撃つ。

　当たったかどうか？　撃ったはずの敵指揮官は刀を振り下ろしながら第三声を叫んだ。

　敵戦列が並べた銃口から白煙が噴き出て点々と発光、刺してくるような銃声が重なる。

　訓練された一斉射撃。部下達が苦悶の声を上げて転び始める。

　今回もまた自分に弾が当たらなかった。いい加減な武器め。

　拳銃で撃った敵指揮官がそれから崩れ落ちる。その指揮を誰かが交代で執るまでの隙があるので、一喜一憂せずそのまま突っ込む。

　敵部隊の次席と見られる士官の頭目掛けて刀で切り込む。ガッチリ頭蓋骨に食い込んだから蹴っ飛ばして外す。

　続く生き残りの部下が銃剣を敵戦列にぶっ刺し始める。至近距離で射撃したり、蹴っ飛ばす。

　敵兵が自分に突き出してきた銃剣を寸で避け、手で掴み、刀をお返しに喉へ突き返して抉る。

　大して時間は経っていないが一呼吸するだけで何時もの百倍は長く感じる。

　敵兵達ともみくちゃになって喚き散らしながら、銃剣で刺して切って血を撒いて、銃床でぶん殴ってボギンと骨が折れる音を何回も聞いていると、やっときた。おそらく時間差なんてものはほぼ無かった。だが一刻待たされた気分だ。巷では男の方が先に待って女を迎えるらしい。

　敵部隊の後方で轟音が鳴って、人体やら軍装が盛大に吹き飛ぶ。瑞々しい果物を金槌で叩いていくように肉と血が散って飛んでいく。それがどんどん城門へ向かって進んでいく。

　戦場の女王、大砲が敵を吹っ飛ばしているのだ。我々突撃隊が敵先頭集団を足止めし、その間に大砲で破砕する手筈。成功。

　しかし見事、砲弾着に無駄が無い。我が隊も背中に何発か貰う心算だったが友軍誤射は無い。素晴らしすぎる命中率だ。弾着修正魔術とかいう、弾道学を修めてる上に小器用な魔術が使えないと出来ない、選ばれし変態技術の成果。

　死に物狂いで前進する我らが突撃隊に加え、背後を砲弾で耕された敵部隊の先頭集団が逃げ出し始めた。

　この小さな勝利を、全員で抱き合って喜んで歓声でも上げようかという気になりそうだが打ち砕かれた。敵はほとんどが人間だ。つまり、違うのもいる。

　強烈な硫黄の臭いがしてくる。街中から火の手が上がり始めた。大砲の音とは別の轟音が何度も鳴る。事態は次へ。

　この大通りから見て、二本は向こうの通りで別部隊の友軍兵士が瓦礫と一緒に打ち上げられている。玩具みたいに体が千切れて内臓を飛ばしながら。

　竜だ。角と、腕があるのに翼も生えているデカい蜥蜴。四つん這いでも二階建ての家くらいの大きさで、建物の隙間から見えたあの個体は甲冑まで身につけていた。本でしか見たことがない。

　呆気に取られていると、人間くらいの大きさの竜が上空に現れて火を吐いた。部下達はあっという間に火に包まれ、焼けてのたうち回る。

　火から逃れても硫黄臭い空気を吸って眩暈、咳き込み、倒れる。

　突撃隊なんて格好つけて名付けた部隊はこれで崩壊した。指揮官が部下を捨てて逃げたのだ。

　逃げながら思った。正直、こちらの軍が降伏していないのが不思議だ。というかもう、降伏命令を出せる奴が生き残っていないんじゃないか？

　こんなになっているのに案外頭は冷静だと笑えてきた。部下を捨てたのも冷静だったからだ。

　あんな竜に今のままで勝てるわけがない。部下達を囮にすれば逃げ切れると踏んだ。硫黄の火に巻かれた彼等に”逃げろ”とも言わず、竜の標的にしたままが正解。

　後悔？　そもそもあの状態で指揮が執れるか？　絶対無理だ。今は調子の良い言い訳を頭の中で作り、お茶を濁して次の行動に移るべきだ。責任は戦後に腐るほど取ってやる。

　新たな思いつきが出てくる。考え付いたら即実行するのが、我が士官学校の教え。前のめりに突っ込んでいけばいつか敵が音を上げる。頭と足はいつでも攻勢を維持し、手は考えてから出せ、しかし出す時は限りなく素早く。

　良さそうな道具を探していると、途中で可愛い子ちゃんな、いかにも高級貴族のボンボンめいた若手士官を発見。しかも近衛騎兵の綺麗なご衣装だ。

　少年か青年の中間くらいの近衛くんは物資集積所で膝抱えて座ってやがる。周囲に兵士はおらず、取り残されたか？

「そこの近衛、お馬降りたらお仕事終わりじゃねぇぞ。手伝え」

「うん分かった」

　意外に素直。物資の中から手榴弾を見繕って二人で目標へ進む。

　短刀にボロ布巻きつけ油を塗り、火をつけて火種に。右手に導火線を切って縮めた手榴弾を持つ。

　逃げられると困るので目的は言わないが、段々と近衛くんも勘付いてきたのか息が乱れてくる。

　集団から離れ、一頭で驀進中のデカい方の竜に目掛けて点火した手榴弾を投げる。竜にぶつかって跳ね返った直後に爆発。銃弾ぐらいじゃ無視されそうな甲冑でもこれなら痛かろう。近衛くんも投げる。へろへろで、竜の足元にも届かず爆発。

　竜と目が合う。合わせてこちらを認識させるのだ。

　その竜は片目が潰れていた。もう片方の目は、どこか狂気じみていた。

　士官学校で、戦時中にもかかわらず敵方から派遣されてきた語学教師の教えを思い出して叫ぶ。

「掛かってきやがれこの糞蜥蜴！　てめぇのケツの皮で靴底作ってやる！　お前の父ちゃん小便垂れ！」

　そして、カァッペっと痰を吐く。近衛くんが悲鳴を上げる。走って逃げる。竜が石畳を抉って家を崩しながら追いかけて来る。

　引き寄せつつ逃げるのは難しいと思っていたらそんなことはなく、全速力で走らないと追いつかれそうだ。

　竜の足が遅くなり始める。何事かと思って振り返ると竜が口を全開にし……体がグチャグチャに千切られた？

　吹っ飛ばされたと気付いた時には、頭だけは守るように転がっていた。

　目を開けても色が分からない、耳は変な音みたいなのが鳴っている。一撃で色と音が殺された？　何をしやがった？　思いっきり咆えただけ？

　胸が詰まって息が出来ない、心臓が自分を殺そうとするほど動く。でも死んでない。

　転がっている場合じゃないと、ふらつきながら這って、立って、よろめいて四つん這い、壁に手をついて歩く。

　走れるようになった。竜はまだ地面でもがいていた近衛くんを拳で叩き潰す。腹が潰れて上下に伸びた。

　立ち上がるまでの時間稼ぎになった、協力に感謝しよう。

　竜と追いかけっこ。色と音が戻ってきた頃、息も絶え絶えに予定の場所に到着。

　戦場の女王の寝室、友軍砲兵部隊の陣地だ。勿論、彼等には連絡などしていない。日頃の訓練の成果を見せてもらうのだ。

「バカこっち来るな！」

「お前ふざけんな！」

「一人で死ね！」

　砲兵達からの素晴らしい罵声。こんなに褒められた気分になったのは初めてかもしれない。

「だー糞っ垂れ、ぴーちか騒ぐな！」

　そしてあてにしていた士官学校同期の彼女。

　竜がもう一度口を開いた瞬間、彼女とその部下が手早く操る大砲が火を噴く。

　竜は音にもならない最後の咆哮を上げ、よろめきながら前に進む。口から滝のように血を吐き、地面をぶん殴って暴れ出す。

　彼女がもう一度砲撃、まさに鉄の塊で鉄の塊をぶっ叩いた音を上げて頭に命中。兜はへこみ、目玉が飛び出、竜は動かなくなる。

　暴れて動く竜の頭に、一発で銃弾なんかより遥かにいい加減な飛び方をする砲弾を命中させるその腕に惚れ惚れする。もしかしたらこの変態砲兵には普通に惚れてるかもしれない。

「流石、頼りになる」

「はいはい」

　彼女は文句をつけようとする砲兵達を手で制す。

　手で顔の汗を拭いながら考える。一発お返しはしてやったが、この戦いは絶対に負けるということだ。

　どう負けるか？　徹底抗戦して玉砕、殿部隊を置いて撤退、それとも降伏？

　萎縮していると却って居辛いので、堂々と座って休む。水をくれと言ったら全力で水筒を投げてきやがった。

　ほっとするのも束の間、敵兵の無数の鈴と足音。

　砲兵は大砲に火薬と、その辺に転がっている細かいガラクタを詰めだした。こっちも弾薬不足か。

　新たな敵部隊が軍旗を掲げ、軍楽隊が演奏し、鈴を鳴らして行進してくる。

　抜刀して、接近戦に備える。

　ガラクタ散弾で吹っ飛ばす様をまず見ようか……そう思ってたら角笛が遠くから響き、連鎖するように響く。敵が足を止めてガヤガヤ騒ぎ始める。これは敵の撤退合図？

　呆気に取られていると、あの硫黄の火を吐く方の竜が、死んだデカい竜の傍に空から降り立つ。

　近くで見ると竜の格好をしている人間に見える。しかし翼は動いているから偽物じゃない……人間を辞めた人間、魔族か。

　砲兵の彼女が大砲の角度を手早く調整して魔族に向けると、その魔族は、止せ、と手の平を向けてきた。

「全軍撤退だ、故郷に帰るぞ！」

　魔族は敵の言葉で叫んだあと、こちらにはこちらの言葉で喋る。

「終戦だ。三日前に和平が結ばれたそうだ。こちらもそうしよう。死傷者の回収については改めて使者を送るから、細かいやり取りはその時になる」

　連絡の遅れはあるものだし、その和平が結ばれた地が遠隔地なら三日は早い方だと思う。しかしこれは……気分が腐ってくる。

　敵が退いていく。魔族は竜の頭を優しく撫でながら何やら小声で語りかけ、鱗を一枚剥がして飛び去る。

　気が抜けて地面に座りこむ。石畳で尻が冷たくて気持ちいい。

　寝っ転がる、背中も頭も冷たい。

　頭の傍に彼女が座り、そして額をペチンと叩かれる。

「ご苦労さん」