エピローグ 二人の元冒険者
「おばあちゃん、見えて来たよ!」
「そう…」
孫娘のマリアは馬車の窓から身を乗り出して叫ぶ。
40年振りに帰って来たんだ、私の生まれ故郷ルネに。
城門の中に入ると昔と変わらない大きな広場が広がり、その真ん中には巨大な噴水、本当にあの頃のまま。
「おばあちゃん、歩ける?」
「もちろんよ、なんていっても元冒険者カルツなんだから」
「はいはい」
馬車から降りる私の手をマリアが握る。
冒険者だったの、全く信じてないのね。
それにしても足の悪い私を心配するのは分かるけど、まだまだ大丈夫よ。
「ここで、おばあちゃんは生まれたんだね」
「そうよ30歳まで住んでたの」
「へえ…」
ここより遥かに大きな街で育ったマリアには信じられないだろうけど、このルネが私の世界全てだった。
ここで生まれて、冒険者になって、あの人達と出会ったんだ…
「何を思い出してるの?」
「色々よ」
「ひょっとして、おじいちゃんの事?」
「それもだけど…」
10年前に亡くなった主人と初めて出会ったのも、この街。
マリアは私が冒険者だった事を全く信じてない。
まあ、子供達にも言わなかったし、主人も私が冒険者を辞めてから知り合ったので、詳しく知らなかったはず。
怪我が元で22歳の時に冒険者を辞めて、私は雑貨屋を始めた。
店に商品を仕入れてくれていた商人が後に私の主人となった。
主人の店がある街に私は嫁ぎ、このルネを離れた。
「もしかして初恋の人だったりして?」
「初恋ね…」
どうだろう?
アレックス様は初恋というより、憧れの人だったし。
「誰?誰なの?」
15歳のマリアは恋に興味深々なお年頃、若いわね。
「初恋と違うけど、大切な友人の事かな」
私が指さしたのは、広場の片隅に建てられた顕彰碑と3つの銅像。
マリアは顕彰碑に向かって走り出した。
「嘘…」
マリアは顕彰碑の碑文を読んで言葉を失っている。
碑文は48年前に起きた猛獣のスタンピードから街を救った冒険者を称える内容、王国でも有名な出来事だから。
「おばあちゃん、その時ここに居たの?」
「ええ、22歳だったわ」
「それじゃ、この方達とも」
「もちろん知ってるわよ」
マリアは震えながら3つの銅像を指さす。
ギルドマスター、グランツ。
冒険者アレックス。
そして英雄サムソニア…
この3人を中心とした冒険者達が、このルネを、ひいてはアドニス王国の危機をも救った英雄達。
「ど…どんな人達だったの?」
「そうね…グランツさんは、私みたいな人間からすれば、ちょっと近づき難くて、少しおっかない人だったかな?
よく怒られたものよ」
でも責任感があって、冒険者を凄く大切に思ってくれていた。
だからみんなから信頼されていたわね。
「待ってよ、グランツ様は冒険者ギルドマスターだったんだよね」
「そうよ」
「なんでおばあちゃんが怒られるの?」
「そりゃ私が冒険者だったからよ」
「ええー!」
ようやく信じてくれたみたいね。
そして驚く、まあ当然か。
「おばあちゃん足が悪いのに」
「怪我したからね、だから冒険者を辞めたの」
「そうだったんだ…」
あの時ルネを守る為、必死で戦った。
そして魔獣に左足を噛みつかれてしまい、自由に動かせなくなってしまった。
でも命が助かっただけ私は幸運だったと思う。
城門を守っていた仲間は半分近くが死んでしまったから。
「それじゃサムソニア様やアレックス様とも?」
「会った事あるわよ」
「いぃー!」
「こらマリアはしたない」
なんて顔をするの、若い娘が歯を剥き出しにするなんて。
「どんな人…だった?」
「アレックス様は格好よくって、誰にでも優しくてね、街の若い娘達みんなの憧れだったわ」
「サムソニア様も?」
「普通の女の子だった」
「そんなわけ…」
信じられないでしょうね。
伝承じゃ勇猛果敢で美しい戦士だった、そう伝わっているから。
「本当よ、マリアみたいに可愛い物が好きで、甘い食べ物に目が無くって…恋する普通の女の子だったよ」
「信じられない…」
そうね、人間って完全無欠な英雄を求める物だから。
「カルツが言ったのは本当よ」
「…え?」
私の後ろから聞こえた懐かしい声。
ようやく会えたんだ…
「久しぶりねカルツ」
「…サムソニアさんも」
48年振りに見るサムソニアさん。
年を重ね、髪は真っ白に変わったが、変わらぬ凛々しさを纏っていた。
「その子は?」
「私の孫よ、ほらご挨拶」
「マ、マ…マ、マリアです」
緊張し過ぎね、だけど伝説の人に会ったんだから気持ちは分かる。
「早速行きましょ」
「ええ、ほらマリアも。
あと、サムソニアさんの正体は内緒よ」
「う…うん」
正体がバレたら大騒ぎになってしまうだろう。
私達3人は街の中へと歩く。
ルネの街並みは、すっかり変わっているが、道筋はそのままで、迷う心配はない。
「この店って、まだあったんだ」
「カルツと行きたくて、調べてきたからな」
「さすがです」
「えーと…」
マリアは話に入ってこられないみたいね。
「ここでよく甘い物を食べたの」
「そうよ」
「…本当だったんだ」
店内に入り、椅子に座る。
ちょっと大きなサムソニアさんは目立ってしまうけど、まさか英雄サムソニアだと気づく人はいない。
今のサムソニアさんは御婦人その物の服装で、化粧をしてるんだから。
「来てくれてありがとうカルツ」
「ちょっとびっくりしましたけど、よく私が住んでる場所がわかりましたね」
半年前、突然届いたサムソニアさんからの手紙。
そこには私とルネで会いたいと書かれていた。
驚いたのは言う間でもない。
私はサムソニアさんに返事を書き、何回かの手紙をやり取りした後、今日こうして再会した。
「ジャックに調べて貰ったんだ」
「また懐かしい名前ですね」
ジャックさん、確か口入屋だったっけ。
「そうだろう、アイツ…いやあの人も店を畳んで私達と一緒に来てくれたからな」
「そうでしたね」
ワイバーン討伐で重傷を負ったアレックス様。
ルネの街に着いた時は殆ど手遅れの状態だった。
絶望する私達にジャックさんは叫んだ。
『店の中にあるハイポーションを全部持ってこい』と。
「まさかジャックさんが王都から派遣されていた密偵だったなんて」
「私を見張る為だった」
「ええ」
サムソニアさんは世界で恐れられていた戦士だった。
だから危険がないか見張る為にジャックさんはルネで口入屋をしていたのだけど、全く気づかなかった。
「本当に懐かしいな」
「…サムソニアさん」
思わず名前を口にしてしまう。
だけど大丈夫、小さな声だし。
「本当はアレックスと来たかった」
「ええ…」
ハイポーションで死地を脱したアレックス様は、ジャックさんの手引きでサムソニアさんと一緒に王都へ行く事となった。
そこで、王国を救った褒賞として最高の治療を施される事が出来たのだった。
「幸せでしたか?」
「もちろんだ、アレックスと過ごした人生に悔いは無い」
「良かった」
アレックスさんは昨年亡くなった。
片腕を失い、両足の自由を奪われるほどの重傷を負ったのに、50年近くも生きて来られたのだ。
「私は彼の手足となり、そして…」
「サムソニアさん…」
「は…母になれたのだから」
サムソニアさんの目から涙が溢れる。
世界中の協力を経て、遂に王国は奇跡の回復薬、エリクサーを入手したのだ。
「マリアだったかな」
「は…はい」
「カルツを大切にしてね」
「もちろんです!」
しっかり頷くマリア。
私は良い孫に恵まれた。
「次に来る時は私の孫娘も連れて来よう、マリアより7歳下だ」
「楽しみにしてます」
笑顔のサムソニアさん。
アレックスさんは亡くなってしまったが、彼女の顔に絶望は無い。
その命が、愛する人との絆が未来へ引き継がれたからだろう。
「それじゃカルツまた」
「ええ、お元気で」
「あ…ありがとうございました」
僅か半日の再会。
サムソニアさんはまだ王国にとって見張りの対象なのだろう。
次の再会でサムソニアさんの孫娘に会う事は叶わないかもしれない。
彼女はあまりにも大勢の命を奪ってしまった。
それが本意じゃなかったにしても…
「サムソニアさん…幸せに」
少しでも、サムソニアさんの魂が救われますように。
消えて行く背中に呟いた。
おわり




