第2話 アレックスは願う
「アレックス、そんな直ぐに払いに来なくても良かったんだぜ」
「こういうのは早くしとかないと落ち着かなくてな」
ギルド近くにある口入れ屋。
まだ時間は朝早く、店には店主のジャックしか居なかった。
「相変わらずアレックスは義理堅い奴だ」
「性分だよ」
マンティコア討伐で雇った荷物運びの代金を支払う。
俺達みたいに二人だけの冒険者パーティは、こうした口入れ屋の存在が欠かせない。
医薬品や食料、討伐した獲物を運ぶのにポーターは絶対必要。
「毎度」
「ああ」
ジャックから受け取りの書類を貰う。
既に前金を半分済ませてあったが、こういうのは早く全額を払うに越したことはない。
「さすがだよ」
ジャックは静かに呟いた。
「なにがだ?」
「今回の討伐だよ、二人でマンティコア3頭なんて信じられねえ」
「みんなサムソンがやったんだ」
倒したのはサムソン。
俺は後ろで見ていたにすぎない。
「お前がサムソンの後衛をしているからだろ」
「ただ立ってただけだ」
「そんな事ないと思うが」
「いいや」
本当に俺は何もしていない。
サムソンの剣筋は強く、そして早い。
更に急所まで確実、周りに気を配る必要はない。
「アレックス、お前が魔獣の倒し方を教えたからだぜ。
今回の報酬も随分と高かったらしいじゃねえか」
「まあな」
今回の買取値まで知ってるのはさすがだな。
ルネで一番の情報通、ギルドからも信頼されている店だけの事はある。
「サムソンも最初は目茶苦茶だったらしいな」
「アイツは傭兵だったから仕方ないさ」
3年前のサムソンは相手を殺す事しか出来なかった。
大剣で目標物を一気に切り裂くか、剣の側面を使って叩き潰すしか出来なった。
兵士が敵兵を確実に殺す戦い方だった。
「サムソンは?」
「まだ寝てるよ、少し疲れが出たみたいだ」
「あれだけ飲めば当然だな」
「知ってるのか」
「そう聞いただけだ」
酒場での醜態まで知ってるのか。
本当に油断出来ないが、相手がジャックなら別だ。
サムソンを俺に紹介してくれたのはジャックだから。
「アレックス、お前良い顔になったな」
「そうか?」
「ああ、3年前と別人だぜ」
「そうなのかな…」
そうかもしれない。
3年前の俺は仲間だと思っていた奴等に騙されて、絶望のままルネに流れ着いた。
強い魔獣と戦って、最後は死ぬ為にな。
「サムソンもそうだ」
「確かに」
ジャックの言う通りだ。
アイツも死を求め、このルネに流れ着いた1人。
遥か遠くにあった国の貴族令嬢だったサムソニア。
武門の誉れ高い名家に生まれ、天性の素質も手伝って、アイツは英雄だったらしい。
だがアイツの故国は強大な隣国と戦争になり、5年に渡る戦いの末敗れて滅んだ。
その間、13歳から18歳までの5年もサムソニアは違法の身体強化剤を国の命令で投与され、女としての未来を失った。
投与された仲間の殆どが戦争か、薬の後遺症で死んだらしいが、サムソニアは奇跡的に生き延びた。
国を失ったサムソニアはサムソンと名を変え、性別を偽って傭兵になった。
きっと地獄の日々だったろう。
亡国の貴族令嬢が傭兵になったんだ、プライドもクソもあったもんじゃない。
何回か傭兵時代の話を聞いたが、あまりに凄惨過ぎて、今も詳しく聞けない。
「そういや、王都の冒険者パーティ、ケルンが全滅したそうだ」
「は?………へえ」
ジャックからその名前を聞くなんて。
ケルンは俺が所属していた冒険者パーティだ。
16歳から21歳までの間…
「…なんで全滅した?」
「知りたいか?」
「まあ少し…」
ジャックは俺がケルンに居た事を知っている。
ケルンは王都で知られた冒険者パーティ。
創設メンバーに俺が居た事まで把握してるのかもしれない。
「ケルンはここ数年精細を欠いていたらしいぜ。
クエストの失敗、メンバーの相次ぐ追放でかなり弱体化してたって話だ。
それなのに名誉挽回を企んでドラゴン退治をな」
「…無茶だろ」
余りの無謀さに声が出ない。
ドラゴン退治なら、おそらく王国も関与していたと考えて間違いないだろう。
俺が居た頃から時折ドラゴンが王都の近くに出没して、王国は兵士を使い何度か討伐を試みたが、倒す事は出来なかった。
だから冒険者達の力も借りての討伐をとなったが、これも失敗ばかりだった。
ケルンも参加するよう頼まれたが、俺達は断っていたんだ。
『ドラゴンなんて倒せるはずがない』と…
「みんな死んだのか?」
「さあな、リーダーのマンフをはじめ、何人かの死体は確認したらしいぜ」
「…そうか」
マンフの野郎、死んだのか。
俺の恋人、パエデリアを寝取ったクソ野郎だったが、今は特に憎しみが無い。
そういやパエデリアはどうなったんだ?
奴は冒険者じゃなかったから死んでないだろう。
マンフの金で店を始めるって最後に言ってたが、裏切った女か今更どうなろうと関係ない。
「そろそろ行くよ、ありがとう。
これはお礼だ」
「おう、すまねえな。
あんまり無理すんなよ」
話のお礼に数枚の金貨を渡す。
顔もひろく、情報通で信用出来る男ジャック。
こういう人間は大事にするに限る。
店を出た足で、近くの武器屋に愛用の剣二振りを持ち込む。
手入れはプロに任せるのが一番確実だ。
次に近くのパン屋で朝食を購入する。
サムソニアはまだ寝てるだろう、これは朝飯になる。
「アレックス、昨日はごっそさん!」
「良いって事よ」
「ありがとな、また頼むよ」
屋敷に帰る俺に冒険者連中から声が掛かる。
気にしなくてもいいのに、律儀な連中だ。
「次は奢れよ」
「サムソンの分までは無理だ」
そう言って奴等は去って行く。
確かにサムソニアは大食漢だ、奢ったりしたら連中は破産するだろう。
「ただいまサムソニア」
「…おかえりアレックス」
屋敷に戻り、買って来た朝食のパンを持ったまま、ベッドで眠そうなサムソニアの頬にキスをする。
鍛え抜かれた筋肉質の腕を隠すため、夏場でも厚手の長袖パジャマを着るサムソニア。
少し恥ずかしそうに微笑む彼女の顔。
その笑顔に、改めて幸せを実感するのだった。




