6
日本では無いどこかの国。二十一世紀ではない時代。
血塗れで向かい合う、整った容姿の二人の少年。白人の少年は黒い刀身の日本刀を、赤銅色の肌のアジア人の少年は槍を構えている。
「楽しい時間でしたが……頃合いですね……」
「そうだな……。残念だ」
互いに消耗し、息を切らせながらも、笑顔で言葉を交わす。
「お前と俺と……似てるよな。恨みと憎しみと怒りと悲しみを引きずっている。世の中に災厄を撒き散らす存在。生に疲れていること」
「そう……ですね」
「ここで死ねるかと期待したんだがよ。お預けか」
互いに武器を納める。
「きっとまたいつか……会えますし、やりあえます……よ。その時は……はっきりと勝負を……つけましょう」
「そうだな。できればお前に勝ってほしい。そして……」
「僕が勝ちますが……手を抜いて……わざと負けたら……許しません」
「わーってるよ。そいつはシラけるもんな」
両者が背を向け、歩いて立ち去る。転移する力も残されていなかった。
***
「さて、勝負の立ち合いをさせていただくとしよう」
霧崎が距離を取り、腕組みして言い放つ。
「あの時の続きですね」
累が刀を正眼に構えて微笑んだ。
「あの時と比べて、お前はずっと明るくなったよなあ」
「貴方もですよ」
「そうなのか?」
「お互い、良い出会いがあったからでしょう」
そう口にしてから、累は自分の台詞が恥ずかしくて、はにかみ笑う。
「お前は喋り方まで変わっちまってよ。昔はぼそぼそと、いちいち区切って間を開けて喋ってたのにさー」
累とは対照的に、ジュデッカは若干表情を曇らせ、声も沈みがちになっていた。
「俺さ……ま、昔よりは明るくなったかもしれねーけど、疲れてることに変わりはねーよ……。でもお前は違うな。昔、俺と同じように、生きることに疲れていたツラしていたけど、今はそんな感じ無くなってるぜ?」
「そうですか」
ジュデッカの指摘を受け、累は小さく頷いた後、笑みを消した。
暗く冷たい殺気が累より迸り、累の体が消える。
空間操作を得手としているジュデッカは、どこに転移してくるかもすぐに読み取り、槍で虚空を突く。
後方に現れた累に向けて、拡散転移の突撃が襲いかかる。しかし累も、ジュデッカがそうくると読んでいた。
転移直後にジュデッカの攻撃が来ることも織り込み済みで、体中に攻撃を食らうことも覚悟のうえで、累は転移した直後、体のあちこちに穴を開けながらも、全くひるむことなく、猛然たる勢いでジュデッカめがけて突きを放つ。
累の刀がジュデッカの後頭部から喉めがけて貫いた。ジュデッカの思考が一瞬停まる。動きも停まる。
(僕は第二の脳がありますから、本体の脳の動きが停止しても、思考が途切れることはありません。しかしジュデッカは違います。この隙が欲しかった)
ジュデッカの首を刀で貫いたまま、累は呪文を唱えた。
「頌死旋盤」
術が発動する。巨大な円盤が、二人の足元から浮かび上がった。人間の死体がすし詰めにされて作られた盤だ。表面は平らで、中央には、黒いボロをまとった巨大な四本腕骸骨の上半身が生えている。四本腕の骸骨の手には、骨を繋ぎ合わせた棒と、刀が握られていた。
ジュデッカは初めて見る術であったが、術の効果はすぐにわかった。盤の上では空間操作の術を封じ、元々空間の操作が成されていた場合も、無効化されてしまう術であると。
四本腕骸骨が棒で盤を突いて、ゆっくりと腕を回す。その動きに合わせて、盤もゆっくりと回転しだす。
(結界術と空間操作は俺の十八番だってのに、先に結界の中に閉じ込められ、空間操作も封じられちまうとは……)
忌々しげに舌打ちするジュデッカであったが、焦燥感は無かった。すぐに気を取り直し、今の自分に出来る手を用いる。
累に向かって人差し指を突きつけるジュデッカ。指先にマナの力を集中させると、至近距離から累めがけて撃ちだす。
極細の、しかし力が一転に凝縮されたビームが、累の頭を撃ち抜いたかと思いきや、累は寸前で刀を頭部の前にかざして、黒い刀身を横向きにしてビームを防いでいた。
(不壊の妖刀、妾松か。そいつでなければ刀も頭も、ふっ飛ばしてやったのに)
再度舌打ちをするジュデッカ。ただ直線状に穴を開けるだけではない。それではすぐに再生されてしまうだけだ。極細ビームで頭を穿ち抜いた開けた瞬間、極細ビームを頭の中で留めて、頭の中に溜め込んだマナを大爆発させてやるつもりでいた。
次の瞬間、爆発音が響き、累の下半身が吹き飛んだ。
弾かれたビームが折れ曲がり、累の臀部を穿ち、体内に留まって膨張し、爆発を起こしたのである。
「カエルのお尻に空気を入れて爆発させる遊びですか?」
上半身だけの姿になって転がり、腹部から血と腸を撒き散らしている累が、ジュデッカを見上げて微笑む。
「ははっ、お前はカエルだったのか?」
ジュデッカが笑い返し、累の頭部に槍を突き刺す。
突き刺した槍をすぐに引き抜くと、胸、首、腹と、あらゆる場所に次々と槍を刺していく。
「どうした? いっぽ――」
ジュデッカの台詞は途中で止まった。斬撃がジュデッカを襲い、首を撥ね飛ばしたからだ。
攻撃してきたのは、盤の中心から生えている四本腕の骸骨だった。
累が上半身だけの状態で身を起こし、刀を振るう。ジュデッカの胴体が切断される。
「うふふふ、お揃いになりましたね」
自分のすぐ目の前に、うつ伏せに転がるジュデッカに向かって、累はおかしそうに笑う。
「お揃いか?」
ジュデッカが顔を上げて、こちらも笑った。倒れたまま、互いの美貌が目と鼻の先にある。
「俺は胴を切られただけ、お前は下半身が吹っ飛ばされている。ダメージはお前のがでけーだろ」
「そういう意味ではありませんよ。見た目がお揃いという意味です」
話しながら累が左手を伸ばし、ジュデッカの頬を撫でる。
「キモいことを……」
反射的に顔を背け、しかめって面で何か言いかけたジュデッカの台詞は、またしても途中で止まった。顔を背けた直後、累が右手の刀の切っ先で、背けたジュデッカの顔を思いっきり刺し貫いたからだ。
「すみません。ジュデッカが可愛いから、つい撫でたくなって。つい刺したくなって。両方出来て満足です」
ジュデッカの顔に刀を刺したまま、累はその刀を支えにして状態を起こす。吹き飛んだ下半身が再生していく。
「このっ……!」
顔を横から刀で刺し貫かれた状態で、ジュデッカは超常の力を発動させる。ありったけの力を込めて、累の感覚を遮断しにかかる。
刀を持つ右手の感覚が失われ、左目が見えなくなり、聴覚と嗅覚も同時に失い、流石の累も狼狽し、必死に抵抗を試みる。
そうしている間に、ジュデッカの分かたれた上半身と下半身は元に戻っている。累はまだ再生途中だ。粉微塵に吹き飛ばされたおかげで、時間もかかっているし、体力も使う。
右手の感覚が無くなったおかげで、刀に込める力が緩む。ジュデッカその隙を逃さず、累の右手首を掴んで、自分の頭から刀を一気に引き抜いた。
だが累はまず右手の感覚を戻していた。引き抜かれた直後、累はジュデッカの手を振り払い、今度は胸に刀を突き刺した。
「この野郎!」
ジュデッカが刀で貫かれたまま、感覚遮断の力をさらに強めたが、そこでまた黒骸骨が刀で斬りつけてくる。ジュデッカの力が弱まり、累は全ての感覚遮断を解除する。
累はジュデッカの胸に刀を刺したまま、ジュデッカの上へと乗りかかる。そして刀から手を離す。
「この体勢はむらむらしてきますね。ジュデッカは可愛いから余計にそそります。別のことをしたい欲求が膨らんできますよ」
ジュデッカの両手首を押さえ、上から組み敷くような格好になって、累が恍惚とした表情で言った。
(うげえっ! こ、こいつ……!)
その時、ジュデッカは見てしまった。累の下半身が大分再生し、恥部が丸出しの状態になっている様を、陰茎が屹立している様を。
「やめろ! このホモ野郎!」
おぞましさのあまり青ざめた顔になったジュデッカが、激しく身をよじって叫ぶ。
「差別ですか? ちなみに僕は両刀使いです」
「バイだったか。どっちにしろ俺はその気は無いからやめろっ! そういう趣味の無い奴からすれば、すげーキモいし嫌なものだってことわかれよ!」
「すみませんでした。でも僕はバイという呼び方は嫌いです。両刀使いです」
「わかったからとにかくそれはやめてくれ!」
ジュデッカが必死の形相で懇願する。
「やりませんよ。でも生理反応は仕方ないです」
そう言って、累は短い呪文を唱えた。
「人喰い蛍」
上から組み敷く格好でジュデッカの動きを封じたまま、累は術を発動させる。
大量に現れた三日月状の光滅が、至近距離からジュデッカに放たれ、その全てがジュデッカに直撃した。ジュデッカの体が穴だらけになる。
すぐ再生するジュデッカ。しかし――
「人喰い蛍」
再生が終わる前に、累は再度人喰い蛍を使った。
「こいつぅ!」
ジュデッカが全身からマナを放射する。累は下からマナを全身に浴びて、肌が、筋線維がズタズタになり、骨も何ヵ所か折れる。
「人喰い蛍。もっともっとどうぞ」
三度目の人喰い蛍を放ち、累は血塗れになりながら笑顔をジュデッカの顔に近付ける。
ジュデッカも反撃する。マナによるさらに強い放射攻撃を食らわして、累の体のあちこちが千切れ飛んだ。
「人喰い蛍。もっとですよ。快楽を望まぬなら、ガード無しの殴り合いで痛みを与えあい、どちらが先に果てるか試しましょう」
「あはははははははっ! 上等だよ!」
四度目の人喰い蛍を食らったジュデッカが哄笑をあげ、ありったけのマナを解き放った。
これまでで最大の威力の、爆発的なエネルギーの放射を至近距離から受け、累の体が大きく上空へと吹き飛んだ。複数の内臓が弾け飛び、腕がちぎれ、骨が粉砕され、血肉が舞い散る様を、ジュデッカは仰向けの状態で見た。
(勝ったか?)
ジュデッカが笑ったその瞬間――
「人喰い蛍」
ばらばらにされて吹き飛ばされている合間に、空中で呪文の詠唱を行った累。五度目の人喰い蛍がジュデッカに降り注ぐ。
ジュデッカも穴を開けられすぎて、ほぼ肉塊へと変わる。その上に、累の肉辺が降り注ぐ。
二人の体がゆっくりと再生していく。しかしジュデッカの方が明らかに再生速度が遅い。やがて二人の原型が戻っていき、累がジュデッカに覆い被さる格好となる。
「ふー……ケリついたかー」
ジュデッカは大きく息を吐いた。もう力が残っていない。立つ力すら残されていない。再生はこれ以上出来そうにない。今行われている再生が最後だろう。しかし累には余力があると感じた。つまりこれは、自分の敗北だと認めた。
「おっと。楽しい時間でしたが、頃合いみたいですね」
累が立ち上がる。服も細かくひきちぎられて全裸の状態だ。
(デジャヴか……? それとも記憶にあったか? 昔も似たような台詞口にしてなかったか?)
全裸の累を見上げ、ジュデッカは思う。こちらも全裸である。
「あん時の約束覚えてるよな? とどめをさしてくれ。やっと……って、何で刀納めてんだよ」
「約束は忘れました」
累が茶目っ気に満ちた微笑を浮かべて行ってのけた。
累は盤を消し、空間操作封じを解除すと、服をアポートして着る。
「おいおい……ふざけんなよ……。俺にまだ生きろってのか……」
ジュデッカが累を恨めしげに睨みつける。
「今はもう、ジュデッカを必要としている者達がいるじゃないですか。彼等と共にいて、楽しくはないんですか? ジュデッカももう以前のように、闇雲に世に災厄を撒き散らす事もしていませんし」
「せっかく……やっと解放されるかと思ったのに、そりゃねーだろ……。ひでえぞ、お前」
「僕は殺すつもりで臨んだのですけどね。いつでも、誰が相手でも、僕は本気でいきます。熱くなりすぎるタチというか。でも……殺しきる前に、いいタイミングでジュデッカが戦闘不能になってしまったので、勝敗がつきましたし、僕の熱も少しも引いてしまいました」
累の言葉を、ジュデッカは虚脱した顔で聞いていた。累の理屈もわかなくもないが、せっかく終わりを迎えられると期待したのに、肩透かしを食らって落胆していた。
「本当に死にたいなら、自殺しているはずです。未練があるから死ねないんですよ」
累のその台詞を聞き、ジュデッカは自虐的な笑みを浮かべる。
「そうだなあ。自殺に踏み切れる奴等はきっと、俺以上の絶望を味わったから、生存本能も振り払って、踏み切っちまったんだろうしな」
それは昔からジュデッカにもわかっていた事だ。結局の所、生に未練はいっぱいであるし、死ぬのは怖い。何百年と生きてもなお怖い。
「俺って本っ当弱い人間だよ。だから……今までろくなことしなかったんだ」
「これから少しでもいいことすればいいですよ。自分がいいと思えることを」
自嘲するジュデッカの顔に累が手を伸ばし、頬を撫でた。




