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デビルと純子と累がスノーフレーク・ソサエティー本部ビルに入る数十分前。
高嶺流妖術の道場を襲った後、デビルは一旦純子の元に戻って、休憩を取っていた。
「次はスノーフレーク・ソサエティーのアジトに行く」
純子と累の前で、デビルが宣言する。
「そこはいくらデビルでも、一人では難しいよー。グリムペニスのビルに一人で攻め込むのもどうかと思ったけどさあ」
「純子に超強化されたとはいえ、君は無敵というわけではないんですよ。無謀でしょう」
純子と累の二人がかりで苦言を呈する。
「だからといって放っておくの? グリムペニスもきっと障害となるし、どちらも放ってはおけないし、敵戦力はしっかり削いでおくべき」
デビルが率直な意見をぶつけた。
「まあ、そうだねえ。まだ時間に余裕があるし、相手は私と因縁のある組織だから、私も行くかな」
「僕も行きますよ」
「心強いし嬉しい」
純子と累が申し出ると、デビルは本当に嬉しそうににっこりと微笑む。
(とても良い笑顔ですね。悪魔の笑顔とは思えません。どう見ても天使の微笑みですよ)
デビルの笑顔を見て、累は思う。
「デビルが暴走しすぎないように監視するためですね?」
「あはは、流石累君はよくわかってるねー」
累がデビルにも聞こえるような声で堂々と尋ねると、純子はあっけらかんと笑う。
「監視でも嬉しい」
デビルは二人のやり取りを意に介さず、笑顔のままだった。
***
ジュデッカが槍を構えた直後、累が目の前に転移してきて、妖刀妾松を上段から振るってきた。
(おっと、珍しく突きじゃないのか)
累とは過去幾度か交戦した事があるジュデッカ故に、その手口は知っている。だが知っていたがために、突きをされると予想して身構えていたので、反応が少し遅れた。
漆黒の刀が累の後方に吹き飛ばされた。
体のバランスを失い、ふらついて倒れそうになった累だが、何とか踏ん張る。己の両手を見ようとした累だが、出来なかった。両手首から先が消失している。
累の刀が振り下ろされる寸前で、ジュデッカはマナの力を狭い範囲に絞って凝縮して放出していた。そのエネルギーの直撃を食らい、累の両手は跡形もなく消滅していた。
「へへへ、ミスったかなあ。今のは疲れた。これなら斬られて再生しておいた方が疲労は少なかったかもな」
「ミスということは無いでしょう。こちらにもしっかりとダメージを与えていますし」
やんちゃな笑顔のジュデッカに、累も微笑みながら手を再生させていく。
累の再生が終わる前に、ジュデッカは槍を振るっていた。一見空振りのように見えたが、ジュデッカは槍を直接当てなくても、その場で振るうだけで突撃のエネルギーだけを転移させて攻撃が出来る。
横に跳んで回避したつもりの累であったが、何発も繰り出された転移突撃のうちの一発が、累のふくらはぎを貫いていた。
デビルの方はというと、カシム一人相手というわけではなく、複数のスノーフレーク・ソサエティーの戦闘員と交戦している。もっとも近接戦闘を行っているのはカシムとミサゴだけだ。
「うちのアホ親父は来てないん?」
季里江が現れ、デビル、累、純子と見渡す。純子だけは戦闘に参加せず、見物している。
「私は政馬君と話がしたくて来たんだけど、いないのかー。残念」
純子が季里江の台詞に反応したかのように、似たような台詞を口にする。
「ところでミサゴ君、スノーフレーク・ソサエティーに入ったのかなー? イーコ繋がりもあるし、政馬君が好きそうな子だから、いても不思議じゃないけど」
純子に声をかけられるも、デビルと戦っている最中のミサゴは答えない。
「うわ……雪岡純子達も来ているのか」
通路から雅紀が現れ、純子の姿を見て慄く。富夜も雅紀の後ろから現れた。
「糞っ……鬱陶しい……」
カシムが毒づく。デビルは来夢と克彦と岸夫の三つの能力――重力と強化版黒手と空気操作を駆使して、カシムとミサゴに中々攻撃の機会を与えなかった。
重力と空気の操作は、カシムがいくら透過能力から接近して奇襲をかけても、攻撃の際に実体化した瞬間に反応して、カシムの攻撃を防ぐと同時に、カシムへの攻撃に繋がってしまう。実体化する度にカシムは押し潰されそうになり、あるいは圧縮した空気が破裂して弾かれる。
デビルの背より伸びた、五本のごつごつしいデザインの黒手は、ミサゴを寄せ付けず、スノーフレーク・ソサエティーの戦闘員の遠隔攻撃も片っ端から防いでいる。
「ウオオオオオーッ!」
突然エントランス中に響く咆哮があがり、皆が咆哮の主の方に視線を向ける。
雅紀の後ろにいた富夜が、小太りの白人少女へと変化を遂げていた。今は亡き富夜の親友、エヴァだ。
「ゴーッ! エアゴーレム!」
エヴァに変化した富夜が叫ぶ。
デビルの体が横向きに大きく吹き飛ばされ、カシムとミサゴは目を剥いた。カシムは富夜の能力を知っていたので、すぐに理解したが、ミサゴはわからないままだ。
デビルの胴体に二つの穴が開き、血が流れだす。
デビルは目を凝らし、富夜の作った空気ゴーレムの体の輪郭を見る。
(鹿?)
ゴーレムと名付けているが、空気が凝縮して作られたそれは、カーブを描いて長く伸びた二本の角を持つ四足獣だった。レイヨウという草食獣だが、デビルは知らなかったので鹿と思った。
デビルの傷口はすぐに塞がれる。体を常にゾル化しているわけでもないので、不意打ちを食らうと肉体的に損傷するが、大した消耗も無く復元できる。
レイヨウ型のエア・ゴーレムがさらに突進してきたが、デビルは空気操作の力をエア・ゴーレムに作用させて、静かに無力化された。
「むー……何で……」
エア・ゴーレムを消された富夜が、エヴァの変化を解いて悔しげに呻く。
(富夜のおかげで少し呼吸を整える猶予が出来た。そいつはありがたかったけど、さてどうしたものかね。こいつ、以前やり合った時と比較になんねーほどパワーアップしていやがるし)
床の中に沈んだまま、カシムはデビルを見上げて思案する。
ミサゴも遠巻きに離れ、様子を伺っている。カシムと二人がかりで近接戦闘を挑み、スノーフレーク・ソサエティーの戦闘員たちの遠距離攻撃の支援があってなお、デビルの攻略の糸口は掴めず、殺されないようにするのがやっとだった。
少し離れた場所で、累とジュデッカが、刀と槍で攻防を続けている。
「ジュデッカ……望みを叶える絶好の機ですよ?」
刀を振りながら、累が微笑を浮かべて話しかける。
「ああ? 何言ってるんだ?」
「貴方を殺せる者は限られています。でも今、その一人である僕が、こうして貴方と戦っている。死ぬことを望んでいる貴方にとって、今は絶好の機でしょう?」
「ははっ、くっだらねえ揺さぶりかけてきやがって」
甘い声音で訴える累であったが、ジュデッカは笑い飛ばした。
「累よー、お前さんの言葉は正しいさ。そういう期待も俺にはある。でもなー、そんなこと直に言われて揺さぶられるのは、シラけるわ」
「口では強がっていても、心が揺れてないはずはないですよね? 僕と貴方は似た者同士です。しかしジュデッカ、僕より貴方の方がみじめです」
「はは、ムキになってんじゃねーよ。コーヒーでも飲んで落ち着け。カフェインはいいぞ」
「なるほど、貴方はカフェインの取りすぎで貧血になって、そのせいで無気力化しているだけなんですね」
槍を、刀を、互いにこれまで以上に激しく振り続けながら、累とジュデッカは言い合いを続ける。
「貴方は憎しみを引きずり、僕は世界の在り方を呪い、何百年もの間悪事を働き続けました。やがて貴方は心が色褪せ、達観し、絶望し、茫漠たる日々を過ごすようになった」
「お前は引きこもりになったんだっけかな。はんっ。最強の妖術師が聞いて呆れるわ。ダセーやっちゃ。どう考えてもお前より俺の方がましじゃね?」
「いいえ。僕は仲間に恵まれていますし、死にたいとか、殺されたいなんて思いませんから」
「本当にそうか~? 似た者同士なんだろ? 俺にはわかるぞ。お前もそうなったことあるし、一人で膝抱えてうじうじ泣いてたお前の姿が容易に想像できるわ」
術や能力を使うことを一切忘れて、ひたすら近接物理戦闘に躍起になりながら、同時に舌戦も繰り広げている累とジュデッカ。
「言葉と得物で丁々発止してるし」
そんな二人の様子を見て、純子がおかしそうに笑う。
「あ、間に合ったね。死人は出てないかな? 出てないね。よかった」
ビルの入口が開いて、政馬が中に入ってきて、中を見渡す。
さらに勇気と鈴音も入ってくる。デビルの視線が、政馬を含めた三名に向けられる。
デビルの視線は三人に対してというより、鈴音一人に向けられていた。鈴音から、冷たく燃え上がるオーラが放たれている。
(いい憎悪)
一際強い怒りと憎しみを滾らせている鈴音を見て、デビルは嬉しくなる。
「政馬君、話があるんだけど」
純子が政馬の方を向いて、屈託の無い笑みを広げて声をかけた。
「奇遇だね。それはよかったね。僕も裏切り者の純子と話したいことはあったよ」
政馬も純子の方を見て、爽やかな笑みを浮かべて言うが、こちらは全く目が笑っていない。




