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夜。純子の仮設ラボ。
「ヴァンダムさん、確認だけどさ――」
純子は椅子を回転させて振り返り、自身の守護霊を見上げて声をかけた。
「冥界に探りを入れるよう言われているんだよね? 私ってばどうやら、この世界だけじゃなく、死後の世界からも目つけられちゃっているみたいだし」
(その通りだ。アイザック・フリードマン教授の件以来、君は冥界に危険視されている。そのうえ今の君は、この世界を転覆しかねない存在にまでなった。君の科学のメスが、死後の世界にまで入れられるのではないかと、危惧しているよ)
純子のストレートな問いに、ヴァンダムは正直に答える。
「あれま、駆け引きも無しで、簡単に認めちゃったねー」
(知っているだろうが、完全に死んで冥界の住人となった時点で、メンタリティーが現世の人間のそれとは大きく変化してしまう。持ち出せない情報も多い。現世へのしがらみが無くなった時点で、欲望や恨みといったものも消え去る。そういったものが強いままの者は、成仏できんしな)
「それにしても杏ちゃんの守護霊任務を解いて、ヴァンダムさんと変えたうえで、探りを入れさせるってのは、色々と考えさせられちゃうよ?」
藪蛇だとは考えないのかと暗に告げる純子。これはヴァンダムに対してというより、その裏にいる者達を意識して放った言葉である。
(アイザック・フリードマンが冥界の存在を実証し、公表した件も、冥界にとっては頭が痛い代物であるし、これ以上は避けたいようだ)
肩をすくめるヴァンダム。
「あくまで現世には秘匿し続けたいと。でも、肝心な情報は持ち出したくても持ち出せないんだよね? 知ることが出来る範囲は限られていて、それでもなお、知られたくないことがあると? それを私が解き明かしそうだと?」
(観測の幅を広げることが出来る事が出来れば、本来伝えられない、知ることが出来ない領域も、知られてしまう。それを冥界は危惧している)
「鳥は紫外線を見れるけど、人の目では紫外線を見ることは出来ない。でも測定する機械を使えば、紫外線の強弱も量れる。そういうことだよね?」
不敵な微笑を浮かべて探りを入れる純子の台詞を聞いて、ヴァンダムは微かに眉をひそめた。
「人間の目では識別不可能な色も、特定の生物には識別出来てしまう。モンハナシャコは人間の十倍の色の識別が出来る。つまり人とは違った世界――人間には想像が出来ない世界を見ている。人は無から有を作れないから、モンハナシャコが見ることが出来る、人の見たことのない色を作れといっても、作れない。でも、人間の目をモンハナシャコのそれと同レベルに改造することは出来るよ? 改造された人だけは、モンハナシャコと同じ世界が見られる、と」
話している間、純子はずっと微笑をたたえ、ヴァンダムは神妙な顔つきのままだった。
「冥界――いや、冥府が危ぶむのはそれだよね? 本来は計測も観測も出来ない領域であろうと、科学のメスの入れ方次第では、知ることが出来るようになってしまう。冥府はその方法をあるとわかっているのか、あるいは現時点では無いと思われているけど、私が見つけてしまうとか、人そのものに観測できる力を与えかねないと、そう危惧しているわけだ?」
(その通りだ。そこまでわかっていたとはね。冥府の上層部も尚更頭がいたくなるだろうな)
「で、どうするの? 冥府のルールを破って、私をどうこうする?」
(あくまで不文律だがね。しかし――常世と現世の不文律を現世が破るのであれば、干渉もやむを得ないが、それは極めて限定的となる。現世への深刻な干渉は、常世にとっても都合が悪い。理由はこれまた言えないがね)
「心配しなくてもいいよー。私の今の興味はあくまで現世。魂の縦軸だからね。魂の縦軸と横軸の中継地点である常世の領域には、現時点ではあまり興味が無いから」
正確には、以前フリードマンと熱次郎とテオドールが関わった件で、純子は冥界への興味が失せていた。完全に消えたわけでもないが。
(そこまで知っていたのか……。実に君は底が知れない)
純子の台詞を聞いて、ヴァンダムは驚嘆していた。
「犬飼さんはパラレルワールドに興味津々だったし、死んでから、その正体――魂の横軸がどんな代物かも、ある程度知ること出来たかな?」
純子の問いにヴァンダムは答えなかった。純子が尋ねた所で、部屋の扉をノックする音があり、会話がそこで途切れたからだ。
訪れたのは累だった。
「デビルが大暴れしているようですよ」
「そうみたいだねえ。殺人倶楽部もほぼ壊滅しちゃったって」
「政府機関の戦闘部隊一つ、政府お抱えの妖術流派三つ、自警団組織二つも壊滅です。グリムペニス日本支部にまで攻め入って、カケラの仲間を三人も殺しましたよ。グリムペニスとの戦いでは流石に撤退したようですが」
憂い顔で報告する累。
「彼が攻撃したのは都内限定とはいえ、妙ですね。移動が速過ぎます。たった四時間でこの有様です。ただ移動するだけなら、四時間に七ヵ所巡る事も出来るでしょうけど、戦闘の時間がありますからね。あるいは2~3分で一つの集団を壊滅させているのですか? グリムペニス戦で撤退している時点で、それも考えにくいですが」
「かなりの長距離移動が可能な転移能力者がいてね。その人の助力だよ。PO対策機構の場所は、わかっている分だけ教えてあるしね」
「殺人倶楽部の所在も教えてしまったのですか? 裏通りの住人達も?」
心なしか、驚きと批難が入り混じったような声音で問いかける累。かつての友人達も容赦なく処分するつもりなのかと、そう疑った。
「殺人倶楽部はとっくに私の手から離れてるし、どうでもいいんだよねえ。私と親しい人は殺さないでってお願いしたのに、優ちゃんは見逃してくれたようだけど、他の子達は皆殺しだし、他の子達の名前も教えておくべきだったかなー。裏通りに関してはほとんど場所を教えてないよ。美香ちゃん達や来夢君達を殺されても困るし。でも助太刀に来た時は危ない気がしてきた」
「もっとしっかりと殺されたくない人達の名前を教えておいた方がいいですよ。僕も知り合いが殺されるのは嫌です」
累がそこまで喋った所で、室内に何者かが侵入した気配を、二人して察知する。いや、何者かは見て確認しなくてもわかる。
平面化した状態で室内に入ったデビルが、純子と累の前で元の姿に戻る。
「今日はもう疲れた。続きは明日」
本当に疲れ切った顔で、デビルが告げる。
「はりきってくれているところすまんこだけど、やりすぎかなあ。私の知り合いは殺してほしくないんだけど……」
「言われた名の人は生かしておいた」
「んー……その人達の知り合いを殺しちゃうってのもね……。それに言い忘れていた人も大かった。これは私のミスだけど」
難しい顔になって、小さく息を吐く純子。
「殺さないようにするのは出来るだけ。向こうが殺しにきたら、僕も殺す」
「それは仕方ないよね」
「たとえ相手が真でも、その時は殺す」
「それも仕方ないよね」
宣言するデビルに純子はあっさりと認める。
「君と親しくても、機会があったら絶対殺しておきたい者もいる」
「勇気君? んー……あの子はいい子だし、色々役に立ってくれたし、やめてほしいなあ」
「勇気もそうだけど、逢魔政馬もだ。みどりも」
「みどりちゃんもやめてよー。政馬君も?」
政馬とデビルでどういう接点があるのか、純子は伺いしれなかった。
デビルはかつて、政馬の能力を目の当たりにして不快感を覚えている。加えて、その性格も好みで無い。
「政馬とその仲間達は消させてほしい」
「スノーフレーク・ソサエティーに攻め入るんですか? 流石に今のデビルでも、相手が悪いと思いますよ」
累が口を出す。
「グリムペニスビルに攻め込むのもかなり無謀だったけど、そっちもキツそうだよね。でもまあ、政馬君ならいいか。私とは絶望的に合わない子だし」
「政馬は純子のことを気に入ってますよ?」
あっさりと政馬なら殺していいと口にする純子に、累が少し引きながら確認する。
「あー……そうなのか。うーん。ま、成り行き次第でいいよー」
「ジュデッカはどうします?」
「あの子はいい加減、死んだ方がいいと思うよ? それが本人の望みでもあるし」
純子が苦笑して口にした台詞に、今度は累も納得した。累もジュデッカのことは知っている。彼は生きている事に疲れている。おそらくはシスターよりもずっと。
「スノーフレーク・ソサエティーの技術者の子達は殺さないで欲しいなあ。私と一緒に研究して、私のことも皆慕ってくれたし。愛弟子がいっぱい増えたみたいで、楽しい時間だったよー」
「楽しい時間だったにも関わらず、あっさりとその組織に見切りをつけたんですね」
「最初からそうする予定だったしね」
累が呆れながら指摘すると、純子は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「じゃあ……政馬達も避けて、勇気かな。次で最後にする」
と、デビル。
「ロバと老夫婦のイラスト、知ってる?」
デビルが純子と累を見やり、尋ねる。
「ああ、原作はロバを売りに行く寓話だっけ?」
純子が言う。
「そう。全ての人を満足させたり納得させたりなんて無理。国家元首である葛鬼勇気には、恨みを募らせる者もいる」
「民主主義をリザレクションさせる会でしたっけ」
「それ」
累が口にした団体の名を聞き、デビルは頷いた。
「その恨みにどう抗うか、見てみたい」




