13
エントランスはすでに無数の死体が転がっていた。
「僕こんなに悪いこといっぱい出来るんだよ。凄いでしょ? 僕、こんなに悪魔だよ。凄いでしょ? ……と、悪事に悪事を重ね、自分の悪魔っぷりに酔っている。そんな痛い子。それがかつての僕。で、今は?」
血塗られた肉片を床に伸ばして並べ、DEVILと描いて自己紹介してから、少年は虚空に向かって語る。
「同じようで少し違う。僕は自覚した。悪に酔う以前に、僕という存在は、これが正しい姿だった。それが僕。酔っていないけど、悪意に身を委ねることで、心の底から気持ちよくなれる。この時点で、自分は悪が正しい在り方であると――」
少年――デビルの言葉は途中で遮られた。焦茶色のソフト帽とスーツ姿の中年男が、デビルに向けて白い塊を放って攻撃してきたのだ。
焦茶色の中年男の後方からは、白スーツ姿の青年が、白い紐のような物を飛ばしてくる。
(破心流妖術の使い手か。会得しやすく、希望者に対して門戸を開いているので、使い手の多い妖術流派。目の前の術は、悪獣と肉紐。悪魔の僕に悪獣とはね)
白スーツ青年の術を見て、自然と情報が頭に浮かぶ。デビルは元々妖術流派の知識など無い。純子に改造された際に得た知識だ。肉体強化され、超常の力を付与されただけではなく、様々な知識の移植も行われた。
「ブルーブレード」
デビルが呟き、手刀を一閃させる。
デビルの手刀より青い光の刃が伸びて、悪獣、肉紐、焦茶服男の首を同時に切断した。この能力は、ジャージ戦隊ジャジレンジャーのブルージャージに改造された、魔術師墨田俊三の技であるが、その際はただの切断力に優れた手刀であった。しかしデビルが用いたそれは、青い光の刃が生じて広範囲に斬撃が見舞えるよう、大幅にグレードアップが成されている。
「師匠ーっ!」
目の前で殺された焦茶スーツ中年男を見て、白スーツの青年が悲痛な叫びをあげる。
「くっそオオォぉ! よくもぉぉぉ!」
デビルを睨んで白スーツ男が吠えた直後、焦茶スーツ中年男同様に首をはねられた。白スーツの青年の首をはねたのは、後方にあった観葉植物だ。葉が突然巨大化したかと思うと、茎が鞭のようにしなって動き、刃と化した葉で首を切断したのである。
「オーガニック・トラップ」
ぽつりと能力名を呟くデビル。
そのデビルめがけて、三本の光の槍が飛来した。
デビルは軽くステップを踏んで避ける。
端正な顔立ちの青年が激しく手を動かして印を組み、今度は七つの光球を繰り出す。光球はそれぞれが異なる軌道と速度で、デビルに向かっていく。
「今度は明時流妖術。呪文ではなく印を結んで術を発動か」
光の槍と光球を繰り出した青年術師――化け狐のセンリを見て、デビルは術の流派を言い当てる。
光球はそれぞれタイムラグをつけて爆発し、デビルに爆風を浴びせる。デビルはこの攻撃を回避しきれずに、爆風を浴びてしまう。
しかしデビルは悠然と佇み、センリをじっと見つめている。
(無傷……というわけではないようですが、大したダメージを受けている様子は無いですね)
デビルを見て、センリは立ち尽くす。その時、直感してしまった。次に何をしても、自分の攻撃はデビルに通じないと。
「うわー、死体の山なのー」
エントランスに現れたムロロンが、恐々とした顔つきになって言う。カケラ、河馬我、白汰毘の三名も一緒にいる。
「行くぞっ」
黒柿島妖怪のリーダー格である白汰毘が声をかけ、飛翔した。
白汰毘はシオヤアブの妖怪だ。暗殺昆虫と呼ばれ、肉食昆虫の頂点に立つとすら言われるシオヤアブのように、高速で飛んで背後から接近し、長く伸びた口吻を突き刺す戦法を取る。
(速い)
瞬時に背後へと回った白汰毘を意識し、デビルは思う。しかし――
(でも、ついていけない速さでもない)
針のような管が突き刺さる前に、デビルは振り向き様に裏拳を白汰毘の顔面に見舞った。
白汰毘の頭蓋骨が割れる音が響き渡ったかと思うと、頭から脳みそが吹き飛び、壁に当たって落下した。白汰毘の体は二回転ほどして吹っ飛んで、床に落下する。
デビルはこの時、ただ白汰毘を迎撃したわけではなかった。前からやりたかった、ある事を実行していた。
「白汰毘ーっ!」
「やだーっ! 白汰毘がまた死んじゃったかもなのーっ!」
河馬我がデビルに向かって駆けながら叫び、ムロロンが離れた場所で悲鳴をあげる。
カケラと河馬我がデビルに迫る。その直前に、グリムペニスの戦闘員一人の銃撃が、そして能力者の不可視の攻撃が繰り出され、どちらもデビルの体を直撃した。デビルの体が衝撃でぐらつく。
河馬我が先にアタックレンジに到達し、拳を振るう。
「え?」
パンチはデビルの腹に当たった。しかし手応えがほとんど無かった。液体を殴っているかのような感触と、拳が手首までデビルの腹部にめり込んでいる様を見て、河馬我はぽかんと口を開く。
それだけではない。デビルの体そのものがやたら高温である事と、香ばしい匂いを発している事に、河馬我は気付いた。
カケラがデビルの頭部を殴りつける。デビルの顔が少しブレて弾け、カケラの拳はデビルの顔を素通りするかのように突き抜けていった。
「何だ? 水? ごほっ!」
戸惑うカケラに向かって、デビルが蹴りを放つ。腹部に凄まじい衝撃を食らい、カケラの体が吹き飛ばされる。
じゅうじゅうと何かが焼けるような音と共に、デビルの体表が泡立ち始めた。それを見て河馬我はぎょっとする。
次の瞬間、デビルの体の一部が液状化して、河馬我の体に降りかかった。
「熱っ!」
河馬我が悲鳴をあげてデビルから遠ざかった。熱湯をかけられたかのような熱さだったのだ。
「何だかいい匂いが漂ってますが……」
センリが呟く。
顔と腕の一部が液状化したデビルだが、すぐに元に戻る。
「誰も一度も夢見たこともないはず。自分の体がもんじゃ焼きになることなんて」
いささかげんなりした顔で、デビルが言った。身体をもんじゃ焼きの具にしてどろどろにすることで、敵の攻撃をあらかた無効化し、肉体の復元にも、攻撃にも使えるという、デビルからしてみても嫌な能力だった。
「ぐぴゅう、派手にやってくれたっスねー」
そこに今度は史愉が現れ、エントランスの惨状を見てへらへらと笑う。
「デビル、か。糞みたいな名前だぞー。センス最悪だぞ。それは純子がつけたんスか? 大した力の持ち主みたいだけど、一人でこのグリムペニスビルに殴り込みかけるとか、調子に乗りすぎだぞー。身の程を知るがいいぞー」
せせら笑う史愉の白衣の袖口から、大量の羽虫が湧き出て、デビルに向かっていく。
デビルは重力壁を張って、羽虫を全て潰しにかかった。羽虫がどのような攻撃をしてくるかわからないが、ある程度接近すれば、重力壁ゾーンに入った時点で超重力によって落下して潰される仕組みだ。
しかしデビルの目論見は外れた。羽虫はある程度の地点で接近を止め、それ以上はデビルに近付こうとせずに、同じ場所を飛び回る。
そしてデビルの周囲に小さな水玉が大量に発生し、デビルに次々とくっついていく。水玉が触れた肌が痛みと共に爛れだす。強酸だ。
それだけではない。周囲に電光が発生し、デビルを襲う。
デビルは電撃を受けて立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。
「わっはっはっはっ、大したことないぞー。そりゃそうか。聞いた所によると、君はあの白ずくめ女に負けたそうじゃないか。で、下僕にされたと。そんな程度の雑魚があたしに勝てるはずないぞー。何しろあたしは以前、あの女をぼこぼこにしていじめてやったことがあるんだぞー。だから君があたしに勝てる道理は無いぞー。わっはっはっはっ」
倒れたデビルを見て、史愉が哄笑をあげる。
デビルは顔だけ上げて、羽虫を解析しにかかる。解析している間にも、酸の水玉と電撃がさらにデビルを攻撃し続ける。これは体をもんじゃ焼きの具に変化させることが出来ても、ダメージとして加算される。
(虫が超常の力を行使しているのか)
解析結果は単純明快な答えだった。
「ウルトラ狐狗狸さん、この鬱陶しいのを何とかして」
デビルが呟くと、尾が四本ある小さな狐が直立して現れ、手にした箱を空ける。
箱から白い煙が噴き出す。煙に触れた羽虫が、次々と落ちていく。
「ぐぴゅ……それって……泥村の……」
史愉が目を見開く。呼び名も狐のデザインも微妙に違うが、かつてグリムペニスで働いていた、元は純子のラットである泥村髭丸の能力とほぼ同じだ。
羽虫が全滅した所で、デビルがゆっくりと立ち上がる。電撃による痺れがかなり残っている。
デビルが史愉に向かって手をかざすと、真っ白なビームが迸った。
白いビームは、史愉が左腕を亀の甲羅に変形して受け止めたが、甲羅が氷で覆われていく。ビームの正体は水――過冷却水だ。
「それは……ルカの能力よね」
史愉の顔色が変わる。口調も変わる。
「つまり……そういうことね。君は……純子のマウスとラットの能力を片っ端から取り入れている。いや、純子にそういう改造をされたのね」
声に明瞭な怒りが宿る。
「あたしの前で……軽々しく……ルカの力を使って……許せない」
「許せないから何?」
史愉の台詞を聞いて、デビルは白ビームを放ち続けながら嘲笑する。
氷はすさまじい勢いで大きくなっていく。甲羅の盾は史愉の全身を覆うほどのサイズだが、その盾を完全に氷の中に閉じ込め、史愉の体にも及ばんとしていた。
(これ……ルカよりずっと強い……。寄せ集めじゃなくて上位互換――いや……そうじゃない。つまりこいつこそが……)
今まで純子が手掛けたマウスの寄せ集めではなく、これまでのマウスは文字通り実験台に過ぎず、今のデビルこそが、純子が目指した完成形――アップグレードされたハイブリッド・マウスであるという事を、史愉は思い知った。




