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黒玉の中に飛び込んだ後、すぐに地面に足を着く感触が有った。
夜空と夜景が広がる空中から、地上に戻っている。アスファルト。街路樹。立ち並ぶ住宅。そしてすぐ横にある壁。
「ここは?」
「異世界じゃない。日本ぽい」
「日本がある並行世界かもしれない」
熱次郎、伽耶、麻耶が周囲を見渡す。
「あ、ここって……」
「あれ? ここ、もしかして……」
みどりとツグミは周囲の風景を見て、黒玉から飛んだ先がどこにあるか、すぐにわかった。
「安楽市に戻ってきたな。ここは安楽市民球場だ」
壁を見て真が言う。道路の横の壁は球場の壁だ。そして周囲の風景も知っている。
「そそ。私と真君の思い出の地だよー」
嬉しそうに言う純子。
「そうなの?」「どんな思い出え~っ?」
伽耶が純子を見て、麻耶は真の方を見て泣きそうな声をあげる。
「それはともかくとして、ここにぽっくり市で育てた新型のアルラウネがあるのか?」
真が純子の方を見て問う。
「うん。今どういう状態になっているかは、私にもわかんないなあ。カメラ越しにチェックしてみてもいいんだけど、直に見た方が面白そうだし、一緒に見てみよ」
純子が歩きだす。一向は球場の入口へと向かう。
「何で転烙市じゃなくて、わざわざ安楽市なんだ?」
「ふぇ~、吸い取ったエネルギーを転送装置でここに送るなんて手間をかけた意味もわからないよォ?」
歩きながら疑問をぶつける真とみどり。
「ただのこだわりだよ。私達ずっと安楽市にいたでしょ? 決着の舞台もここにしたいと思ってさ」
純子が歩きながら体ごと真の方に向き直り、嬉しそうな笑顔で答えた。
(自分の思惑通りになって、そしてその瞬間に僕が側に立ちあえたことが、嬉しくて仕方がないって感じだな。でもそれは僕も同じことだ)
純子の様子を見て、真は心の中で笑顔の自分を思い描いていた。
「ま、戦略的意味合いもあるけどね。ここはちゃんとスペースも有るし、霊的磁場も強いから、アルラウネを砲台として育てるのに適している。戦力を分散させて、PO対策機構を転烙市に惹きつけている間に、こっちを育てるっていうニュアンスもあるよ」
「デメリットの方が大きいだろう。転烙市と違って、ここにはお前の兵はいないだろ」
「すぐにこっちに呼べるよ。私達はどうやってここに来たの? あの空間転送装置を破壊できるのなら、そうでもなくなるけどね」
さらりと答える純子に、真は馬鹿な指摘をしたと恥じる。
球場の入口から中に入る、真、純子、みどり、伽耶、麻耶、ツグミ、熱次郎、デビル、ワグナー。計九名。
中に入ってまず目にしたのは、グラウンドの中央から生えた巨大な苗だった。大木といっていいサイズだが、形状は苗のそれだ。
一つの苗ではない。白い巨大アルラウネの苗が無数に幾つも絡まりあっている。
合体苗は、目に見えてゆっくりと少しずつ大きくなっている。目で追える速度で成長している。まだ外からは見えない大きさだが、このままいけば今夜中には球場の外からも確認できる大きさになりそうだ。太さも、グラウンド全域にまで広がるのではないかと思われた。
「ふわ~……これって今正に、絶賛成長中だよォ~」
精神世界から送られてくる欲望の学習。黒玉転移装置から送られてくる生命エネルギー。その両方が、合体苗と直結している事が、みどりの目には見えた。
「育ちきったら、種子を撒くということですか。そしてその種子は再び世界中に散布されると」
ワグナーが純子を見る。
「半年前は中途半端だったから、一部の人が犯罪の道具に使うような形になっちゃったけど、今度は間違いなく全人類を遺伝子情報レベルで能力者に変えるから、多分そんなことにならないよー」
「そんなことにならない根拠がわからない」
純子の話が信じられないツグミが、疑わしげに純子を見る。
「本当に成功するのぉ~? 純姉、不確実なことが多す……」
みどりも懐疑的だったが、言葉が途中で止まった。ある事に気付いてしまった。
「純子のことを疑うのは心苦しいが、俺も純子の思い通りにいくように思えないな。見切り発車に見える。まるで真だ」
熱次郎が最後の台詞で真の方を見て茶化す。
「でもこいつは思い通りにするだろう。これだけでは済まないんだ。これだけやって、さらに上乗せするからな。運命操作術、悪魔の偽証罪を」
真が口にした単語に、はっとする一同。その話はつい先日、真の口から聞いているが、みどり以外は言われるまで忘れていたし、みどりもたった今思い出した。
「伽耶、麻耶、焼き尽くせ」
「らじゃー」
「いいのかな? 純子が見ている前で」
真が命じると、麻耶は敬礼ポーズで応じ、伽耶はちらりと純子の顔を伺う。
「何十体ものアルラウネが生きてるんだけど、伽耶ちゃん、麻耶ちゃん、それを全部殺せるの? 一応、人と同じく知性もあるよ? しかもまだ子供だし」
『う……』
純子の言葉を聞いて、同時に全く同じ戸惑いの表情を浮かべ、呻き声も同時に漏らす伽耶と麻耶。
「でもここでこれを潰さないと、もっと恐ろしいことが起きるぞ」
「真兄、だからって何でもかんでも伽耶姉と麻耶姉に振るなよォ~。やるなら自分でやんなよォ」
真が促すと、みどりが渋い顔で注意する。
「じゃあ……ここで最終決戦にするしかないな」
真が懐に手を入れる。
(いよいよか。心の準備が出来てないけど……)
緊張する熱次郎。
「デビルとワグナーも入れて、6vs3か」
「申し訳ありませんが、私は戦う気はありません。巻き込まれないよう、遠巻きに見物させて頂きますよ」
真が言うと、ワグナーは両手を軽く上げて、宣言通りに距離を取り始める。
「デビル、私の方について戦ってくれる?」
「いいよ」
純子がデビルに伺うと、デビルはあっけらかんと応じた。
「でもデビルに頼むと殺されちゃいそうだねえ」
「もちろん殺すつもり。真以外は。特にこの髪の長いのは絶対に殺したい」
デビルの視線がみどりに向けられる。みどりも歯を見せて笑いながら、デビルを睨む。
「あれ? 真君は殺さないの?」
意外そうに純子。
「真が死ねば純子が悲しむし、睦月もきっと悲しむ。僕も真のことは気に入っているから殺すのは抵抗がある」
「そうなんだ」
意外と義理堅いうえに思慮もするデビルに、純子はにっこりと微笑む。
「でもここにいる子達は皆身内だから、殺さないで欲しいなー」
「上っ等ッ、構わないぜィ。あたしだけは殺しにかかってきてもさァ」
純子が言うも、みどりが薙刀をアポートして構え、デビルに向かって挑発した。
「みどりもこいつとは色々因縁あってムカついてるし、デビルがあたしを嫌う理由もわかるしね~。イェアー」
「じゃあみどりだけは殺す。他は殺さないよう気を付ける。それでいい?」
「いや、よくないよー」
「わかった」
伺うデビルだったが、純子は首を縦に振らなかったので、溜息をついて渋々従う。
「6vs2なのに勝てる気がしないって不思議だね」
「僕は勝つ気だ。ここでケリをつける」
ツグミが言うと、真が珍しく気合いの入った声を発した。
「まあ何にせよ……デビルとタッグ組んで真君達と戦うなんて、何か凄くドリームカードって気分だなあ」
(僕も少し嬉しい)
純子の言葉を聞き、デビルは口の中で呟いた。




