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「さっきはよくもやってくれたな」
席を少し詰めて、隣に座るようにデビルに促しながら、真は忌々しげに言い放つ。
「犬飼を失って、それでむしゃくしゃしていたせいもある。でもあれで少しすっとした」
座ろうとせずに喋るデビル。
「通路に立っていると迷惑だし、こっちも落ち着いて喋れないだろ。さっさと座れ」
立ったままのデビルに、有無を言わせぬ口調で告げる真。
数秒思案したデビルだが、やがてゆっくりとした動作で、真の隣に座る。
「狭そうだね」
熱次郎、真、デビルの三名で詰め込まれた席を見て、ツグミがおかしそうに微笑む。
「そっちに大打撃だったらしく、純子は喜んでいた」
「そうか……」
デビルの言葉を聞き、真は怒りの表情を露わにする。続け様に感情が表に出ている真を見て、他の面々は少し引く。
「喜ぶくらいならあいつ自らやればいいのにな。汚れ仕事をお前にやらせたんだな」
「おい、真。落ち着けよ。敵なんだし、純子の性格考えればそりゃ喜ぶだろ。冷静になれ」
いつになくヒートアップしている真を、熱次郎がなだめる。怒りが純子にまで飛び火している時点で、かなりカッカッしていると見えた。
「真先輩、頭の中をそういう風に繋げない方がいいんじゃないかな。足元すくわれかねないよ。僕の経験談でもあるけど」
「真先輩、わりとキレやすい」
「真パイセンはキレやすいお年頃ナノダ」
ツグミもなだめにかかり、伽耶と麻耶は茶化していた。
真は落ち着きを取り戻して息を吐く。
「他の子達が言うように、君らしくない反応。正義漢気取りで安直に逆上? それは君らしくない」
「僕らしくないって何だ? いや……こっそり僕のことを観察でもしていたのか?」
デビルの発言を聞いて、真が尋ねた。
「わりと見ていた。君だけじゃない。アルラウネを通じて関わった裏通りの住人達は皆面白かった。陰からよく観察していた」
デビルが言った。
「それで――お前の行動は、ただむしゃくしゃしていたから憂さ晴らしをしただけで、深い意味は無かったのか。その理由の方がよほどタチが悪い」
「真、そういうことより、聞くべきことがあるだろ。せっかく接触してきてくれたんだし」
また真が感情的になりそうな気配を感じて、熱次郎が制する。
「たまに熱次郎の方が兄貴分に見える」「たまに熱次郎が大人びて見える」
伽耶と麻耶が同時に言い、同時にストローでシェイクを飲みだす。
「たまにじゃなくて、実年齢は俺の方が真よりちょっと上なんだよ。それに一応研究施設の所長っていう、責任ある立場にも就いているし」
熱次郎は言いながら既視感を覚える。以前も似たような台詞を口にした気がする。
「そうだな。でも……まずこいつの話を聞こう」
すぐ隣にいるデビルに視線を向ける真。
「話というか……愚痴になるかも」
デビルは視線を落とし、そう言ってから話し出すかと思いきや、中々口を開こうとしない。
どう喋ったらいいか、どこから話せばいいか、本当にこんな話をしていいものかと、デビルはこの期に及んで迷っていた。
「デビル、犬飼を殺したことを気に病んでいるのか」
デビルが発言しようとしないので、真の方から声をかけた。悪の限りを尽くし、悪事を好み、人を殺すことも、人に人を殺させることも大好きというデビルにも、大事な存在があったという事実に、しかし真は別段驚いていない。悪魔気取りのこの少年も所詮は人であり、人はそういう生き物だ。
「気に病んではいない。喪失感が凄いだけ」
『それって気に病んでるってこと』
デビルの台詞を聞いて、姉妹が口を揃えて突っ込む。
「悪魔の僕が、こんなことになっている無様さと滑稽さ。情けないけど、心がおかしい。さっき純子相手にも愚痴った」
「雪岡先生は何て言ってたの?」
ツグミが問う。
「一人で溜め込んでないで誰かに吐き出せとか。あとは純子の話。悲しみや怒りの感情が希薄になっていると」
そのまま伝えるデビル。
「だから僕達にも吐き出して、意見を伺うのか。敵だっていうのに」
「敵だけど話を聞いてくれると思った。敵だけど僕は、真のことは嫌いじゃない」
真が言うと、デビルは臆面もなく言ってのける。
「気の利いた事なんて僕に言えない。ましてやお前は複雑すぎる。面倒すぎとか、捻くれすぎとも言えるが」
「そういう反応でもいい」
「お前は自意識過剰で、自分はトクベツだと思って、他人を見下しているタイプか? 自分で自分のことを悪魔とか言ってる時点で、何となくそれっぽいが」
真の指摘に、デビルは顔を上げ、真の方を見て押し黙る。無言で自分を見つめ直す。
意図的に見下していることはない。見下すこともあるが、それは自然発生する感情だ。自意識過剰ではあるかもしれないと認める。
(人を見下しているというより、世界の多くは僕にとっての敵。そして世界に組み込まれて生きている人は、悪魔の餌だから)
それを今口にすることは、デビルには出来なかった。そんなことを主張したい気分ではない。
「お前は全然トクベツでも何でも無い。よくあるパターンだ。父性が欠如した環境で育った男が、父性の補完を本能的に求める。その対象は、ミュージシャンであったり、コメンテーターであったり、インフルエンサーであったり、教祖様であったり、ギャングであったりする。良し悪しはともかくとして、強い言葉を発する男に惹かれ、依存する。そういった奴をカモにして、商売している奴等もいる。そのよくあるパターンに、お前もハマっていただけだよ」
結構キツい分析を遠慮なく口にする真に、熱次郎も伽耶も麻耶も、はらはらして見守る。いつデビルがキレて戦闘になるかわからないと、危惧していた。ツグミだけは、警戒していない。デビルがそのような真似をするとは考えなかった。
「言っておくけど、お前をディスってわけじゃない。僕が感じたことをそのまま口にしているだけだからな」
真がそう付け加える。デビルは真から顔を背けた。
「大丘と……僕は同じか」
うつむき加減になってデビルが口にした大丘の名に、ツグミが反応して小さく身震いする。
「大丘も犬飼に依存していたようだ。今真が言った、欠如している父性を補う対象だった。大丘は、自分がそうだったからこそ、あんな風に大勢の若者や子供を集めて、甘い言葉を吐き続けて、心を捉えた」
「自分をモデルにしたのか。道理で……」
ツグミが納得する。
「真もお父さんいなかったんでしょ?」
「父親代わりになるような対象あったの? いや、真もデビルや大丘と似ている経験あるの?」
伽耶と麻耶が質問する。
「父親はいたけど寝たきりだったから、いなかったも同然だ。父親代わりというわけじゃないけど、年上の男性でリスペクトできる対象とは出会えたよ。ただ、大丘やデビルが犬飼に依存していた事とは、違うと思う」
言いつつ真は、サイモンのことを思い浮かべる。
「真先輩にもリスペクトしている年長者がいたんだね。僕にはいないな。熱次郎君はどうなんだろう?」
「お、俺……?」
ツグミに振られて、動揺する熱次郎。
「熱次郎はマザコンだから」「熱次郎は純子ラブすぎて」
「おい、ふざけるな。やめろ」
伽耶と麻耶が同時に溜息をついて言い、狼狽する熱次郎。
「ああ、そうか。熱次郎君は雪岡先生ではなく真先輩の方を選んだから、ようするに熱次郎君にとっての父性は……」
「いやいやいやいや、もっとふざけるなよ。俺の方が真より年上だって言ってるだろ」
ツグミの指摘に、困惑する熱次郎。
「でも熱次郎は真を選んだ」
「つまり今はブラコン」
「どいつもこいつも好き勝手に……」
伽耶麻耶がなおもからかい、熱次郎は拗ねてそっぽを向く。
「自分がいつの間にか誰かに依存してしまっていたという事は、やはり嫌なことなんだ」
熱次郎の反応を見て、デビルが言った。
「みっともいいことではないな。否定的に思っている者の方が多い」
と、真。
「僕もそう思う。でも知らない間に自分がそうなっていた。失った……自分で壊した今、その反動で心が変になってしまっている事を見ても、駄目な事なんだろう」
そう言ってデビルは顔を上げた。
「話せて少し落ち着いた」
一同を見渡し、デヒルは言った。
「デビルの意外な一面を見たね」
ツグミが小さく微笑む。
「もう一つ……質問」
デビルが伽耶と麻耶を見た。
「二つの頭で同時に違う飲み物を飲んでいる。それ、喉で混じってどんな感触?」
『喉を流れる液体』
二人揃って苦笑しながら、姉妹はストレートな答えを返した。
デビルが立ち上がり、真を見下ろす。
「他にも……君のことで話したいことがあったけど、今はいい。後で。落ち着いてから」
意味深な言葉を残し、デビルは立ち去る。
「寂しがり屋なのかな? あの子」
「ああ、俺にもそう見えた」
ツグミがデビルを見送りながら言うと、熱次郎が同意した。
(危険と思う一方で、嫌いきれない所がある。前世からの因縁のせいかな?)
嘘鼠の魔法使いの記憶の中で見た悪魔と、現代のデビルを重ねて意識する真であった。
***
市庁舎内。
「機を待つしかないとか電話で言ってたけど、悠長に機を待っていたら何もならないぞー」
「えっへっへっへっ、だから私が頑張っているんですよ~」
「男治の頑張りに期待じゃな」
史愉、男治、チロンの三名は、市庁舎内を調査しつつ、こっそりと仕掛けを施してもいた。
監視カメラに見つからないように、男治が幻術の防護膜をかけた状態で、三人は行動している。
「ん? 何あれ?」
移動中、史愉が足を止めて怪訝な顔になった。
硝子人が二つの列を作って、大人数で廊下を歩いている。
「硝子人が市庁舎内にあんなに……妙ではないですか~?」
「そう言えば、硝子人に秘密があるような話じゃったのー」
「硝子人を操り、その記憶に触れる能力を得た、区車亀三が知った情報ね」
男治、チロン、史愉がそれぞれ言った。
「区車亀三は硝子人を通じて、祭りの秘密を知った。転烙市民の命が吸い取られるという話や、欲望を力に転換するという話をしていた。それらを実行するのが硝子人とう可能性もあるぞー」
目の前を歩く硝子人の群れが、それと関係があるのではないかと、史愉は勘繰る。
「たは~、正直私はその話、あまり信じていないんですけどねえ。せっかくこさえた未来都市、そこに住む住人全てを生贄にするなんて、そんな勿体無いことしますかねえ~?」
「ぐっぴゅう。甘い甘い。純子なら笑顔でやってのけるぞー。あいつは悪逆非道のマッドサイエンティストなんだぞー。テクノロジーさえ確立していれば、住人なんてまた増やせばいいだけの話ッス。あるいは別の都市をまた発展されるだけのことだぞー」
懐疑的な男治に、史愉がオーバーな口振りで語る。
「いやあ……ワシも男治寄りの考えじゃな。都市一つ壊滅させるに至るとは思えん」
チロンも男治に同意したので、史愉はぶすっとなる。
「まあいいッス。あの硝子人を確保して調べてみるぞー」
「ふむ。よいな」
史愉の提案に、チロンは頷いた。




