10
勇気と鈴音は住宅街を歩いていた。
「軽く考えていた。甘かった。断固として拒むべきだった」
暗い表情で呟く勇気。
「さっきの市民人質作戦のことだよね?」
「他に何が有るんだ、馬鹿鈴音」
「痛い。痛いよ勇気」
勇気に頬を引っ張られ、鈴音は嬉しそうなにやけ顏で抗議する。
「俺も作戦内容聞いた時、酷い手だけど、有効だと思った。敵が人質もろとも殺す手段は取らないと思っていた。エロ足女――純子の性格を考えた限り、そこまではしないと思っていた。何より転烙市を護る側が、市民を犠牲にする作戦なんて出来るわけがないと思っていた。だがデビルがいた」
「それで滅茶苦茶になっちゃったんだね」
「ああ。おそらく向こうからしてみても頭が痛い部分はあるだろう。全部俺達のせいという声明を出しているが、人質がどうして殺されたかはあやふやだ。ただ巻き添えにされて死んだとあるが、突っ込みどころだらけだ」
「案外、深く考えてないかもだよ」
しばらく会話をかわしながら歩いていた二人だが、勇気が足を止める。いつしか住宅街から繁華街へと入っている。近くには祭りの会場もある。
勇気の視線の先には、硝子人の販売会場があった。
「硝子人も販売してるんだ」
「ぞっとしないな。中に魂が入っているというのに……。もやし……かいわれ……みどりの話では、この都市のBMIにも人の脳が使われているとの事だ」
転烙市のオーバーテクノロジーの闇を意識し、気が滅入る勇気。ここの住民は当然知らないであろうが、それを知った時、どうするのかとも考えてしまう。
「戦闘の気配がする」
鈴音がシリアスな表情になって、道の先を見て告げた。自身もいつでも戦えるように構えている。
「PO対策機構が――」
勇気が口を開いたその瞬間、曲がり角から、逃走してくる真達五人が現れた。
真達は勇気の前まで走ってきて止まり、息をつく。
「何をしているんだ?」
「転落ガーディアンに追われている」
勇気が問うと、真が答えた。
「戦えない理由があるのか?」
「今無駄に戦って消耗したくないからな。これから大きな戦闘が有りそうだし」
「逃げ回る時点でそれも無駄な体力の消耗だ。敵は多いのか? 手強いのか?」
真達が来た後方を見やる勇気。熱次郎とツグミも後方を振り返っている。鈴音が戦闘の気配がすると言っていたが、まだ敵が現れる様子は無い。
「四人。かなり手強い。転烙ガーディアンだけではない。市民まで戦闘に参加してきそうだった」
「俺がいる。命令だ。追ってきたら応戦しろ。怪我を負ったり消耗したりしたら俺が回復してやる」
勇気が横柄な口調で命ずる。
「死んだらどうするの?」
ツグミが微苦笑を零して尋ねる。
「スノーフレーク・ソサエティーに死霊術の使い手がいるから、ゾンビかゴーストにしてもらえばいい」
「死なないようにしようね」
勇気が笑顔で告げ、鈴音は真顔で付け加えた。
曲がり角から追っ手が現れる。勤一、凡美、蟻広、柚の四名だ。
「またこいつらか」
先程の勤一と同じような台詞を口にする勇気。
「ここで御父上と巡り合うとはな」
「その呼び方やめろと言ってるだろ」
柚の台詞を聞いて、勇気は不機嫌そうな顔になる。
「血は繋がってなくても、母上と認めて貰いたい。そんな切なる想い」
「お前はまた何を言ってるんだ……」
鈴音の台詞を聞いて、勇気はますます不機嫌そうな顔になる。
「正直今俺は苛々しているからな。勢い余ってお前達を殺しかねないぞ」
「何言ってるんだ。こっちはとっくに殺し合いのつもりだ」
勇気が低い声で言い放つと、勤一がせせら笑った。
勇気は勤一を睨み、一層不機嫌そうな顔になる。勤一の性質を一目で見抜いた。
「お前は相当殺している奴のようだな。助かる。そういう奴は俺も遠慮せずに殺せる」
嬉しそうな笑みを浮かべる勇気。
「今から命令してやる。俺に必死に命乞いしろ。助けてはやらないが、楽にも殺してやらないが、俺の命令に従った名誉を与えて殺してやる。光栄に思わせて死なせてやる」
「大した支配者様……ねっ」
凡美が呆れ声と共に、棘付き鉄球を射出した。
飛来する鉄球が、空中で三つに分裂し、なおかつ人の頭の二倍程の大きさに巨大化する。狙いは勇気、鈴音、真だった。
巨大な足が出現し、三つの棘付き鉄球をまとめて蹴り上げる。鉄球は三つ揃って、近くの建物の壁にめり込む。
「支配者? 王? 神? ラスボス? 違う違う違う。俺だ。俺の名は勇気だ。俺の名前を一番のものにしろ。役割とか称号とか、そういう概念をここで変えろ。改めろ。至上の存在の呼び名は、王でも皇帝でも神様でもない。勇気だ」
凡美の方を向いて、勇気が笑いながら喋る。
「父上は私が引き受けるね。皆は他を頼む」
柚が進み出た。勇気の顔から笑みが消える。
「やめろと言っているのに頑固だな」
「頑固さも親譲りだ。父上はそうまでして娘をないがしろにしたいのか。そちらの方が悲しいよ」
むっとする勇気に、柚はからかうような口振りで言い、首から下げている鏡を光らせる。
「追っ手は来てないみたい」
「今なら戦ってもよくない?」
伽耶がこっそりと魔術で来た道をチェックし、麻耶が真に伺う。
「そうだな。伽耶と麻耶は補佐を。熱次郎とツグミは原山勤一と山駄凡美を担当。僕はあいつの相手をする」
そう言って真は銃を抜き、蟻広に対して二発撃った。
「あぶ……ね……ポイントはマイナス0.2」
避けたつもりの蟻広であったが、銃弾が左前腕をかすめていた。防弾繊維も貫いている。しかしダメージと呼ぶほどではない。
真の銃撃に反応するかのように、柚の鏡の中からわたあめ、金魚、チョコバナナ、焼きそばの麺、りんご飴、ヨーヨー風船、たこ焼き、お面などが大量に放たれ、勇気に飛来する。それら全てが光り輝き、通常の何倍もの巨大なサイズだ。
「わざわざお祭りにあわせてきたのか」
勇気は苦笑して、巨大な鬼をフルサイズであぐらをかいた状態で出現させた。
鬼はあぐらをかいた状態で両腕を振り回し、飛んでくる屋台で売られている物を次々と打ち払っていく。鬼に殴られたお祭りの品は、光の粒になって消滅する。
蟻広が真に向かって妖魔銃を撃ち返す。
銃弾が真の側のアスファルトに着弾すると、地面から木が生えて伸びるかのようにして、絡まり合った臓物が伸びあがり、真の背丈を越えた所で枝分かれして、真に覆いかぶさるかのように襲いかかった。
真は横に跳んで避けたが、臓物の表面にあいた小さな無数の穴から、黄緑色の液体が一斉に噴射された。
液体の量はそれほど多くはなかったが、真のジャケットにかかると、服から白い煙が生じる。真はそれを見てすぐさまジャケットを脱ぐ。
「愚媚人葬」
真が回避と防御行動を行っている最中、蟻広は呪文を唱え終えていた。
真の横に気のような形で生える臓物の枝の先から、鮮やかな赤い花が咲く。それはヒナゲシという花であるし、真はこの花と術を知っていた。
(綾音の術か。そう言えば綾音の弟子だったな)
この術には様々な効果がある。端的に言えば心に安らぎを与える効果だ。精神に悪影響を及ぼす力が及んでいたら、それを解除する事が出来る。平常時においては、単純にリラックスした気分になれる。そして敵対する者が戦闘時においてこの術をかけてきた場合、恐ろしい効果となる。戦意そのものを根本から奪われてしまうのだ。
(みどり、防いでくれ)
しかし真は慌てる事無く、心の中で呼びかける。
みどりは返答しなかった。寝ている時などは、呼びかけても反応しない。
(不味い……)
真は少し慌てた。そしてその焦燥や恐怖も消えていく感覚を覚え、その事実に恐怖を一瞬覚えるも、その恐怖も消えていく。
明らかに術にかかっていると実感しつつも、どうでもよい気分になってしまう。戦意が根こそぎ奪われる。
一方でツグミは、悪魔のおじさん、影子、デカヒヨコ、ミミズマンの四体の怪異を呼び出し、凡美と青マッチョ化した勤一の二人を相手にして戦っている。
「凡美さん、俺がこいつらを相手にしている間に、本体であるあの子を頼む」
「それ、無理があるから……。いくら勤一君でも、一人でこいつらを相手にできないでしょ」
勤一の頼みを、凡美が溜息混じりに拒む。
「確かにそっちのトゲ鉄球のマダムのおかげで、もっているようなものだネー。ていうか、マダムは補佐が上手いヨー」
「マダムって呼び方やめて……」
悪魔のおじさんの台詞を聞いて、凡美は顔をしかめる。
「うおっ、こいつっ」
足元に滑り込んできては絡みつこうとするミミズマンに、勤一は苛立つ。
勤一がミミズマンに気を取られていると、影子が横に回って攻撃してくる。悪魔のおじさんも隙あらば、指を何メートルも伸ばしてくる。伸びた指に触れるとどうなるのかわからないが、とにかく勤一は避ける。
凡美は影子と悪魔のおじさんの動きを出来るだけ封じようと、棘付き鉄球を振り回す。一人で二人をさばくのは中々に大変だった。
「ピヨピヨピヨ」
今まで動かなかったデカヒヨコが勤一に接近してくる。
(とても捌ききれない。糞っ)
四体の怪異をそれぞれ見やり、勤一は苛立ちと焦燥と恐怖を同時に覚えていた。




