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『正午になりました。待ちに待った転烙魂命祭、開催でーす。市民の皆さん、存分にお楽しみくださーい』
転烙市各地に備えられたスピーカーから、明るく弾んだ音声が流れる。
「わたあめ一つ、いや、二つくださーい」
帽子を被った男の子が、わたあめ屋に声をかける。
彼は一見ただの子供に見えるが、実は人間ではない。妖が人に化けている。
「ちょっとアリスイ。何してるの?」
わたあめを二つ受け取った男の子に、同じように帽子を被った女の子が声をかける。背丈も同じくらいだ。
「え? お祭りなんですよっ? 楽しまなくっちゃ。だってイーコが大好きなお祭りですから」
人間の子供の姿に化けているアリスイが、同じように子供に化けているツツジに言い返す。
「政馬も勇気も鈴音も美香さん達も……他の人達も命懸けで頑張っているというのに、呑気にわたあめ?」
「いやー、それはえーとそのー……魂と命の洗濯というかそのー……」
ツツジにジト目で指摘されて、しどろもどろになるアリスイ。
「何をしている?」
そこにさらに帽子を目深にかぶった、同じくらいの体型の少年が現れ、声をかけた。
「あれ? ミサゴですよね?」
「そうだ。遅れた。で、何をしている?」
アリスイが問い返し、ミサゴが帽子の唾に手をかけながら再度問う。
「お祭りですよっ」
端的に答えるアリスイ。ミサゴは沈黙し、ツツジも黙って見ている。祭りの中で、三人の間だけで、冷たい空気が流れる。
「PO対策機構と転烙市の戦いが始まっているわ。政馬達は陽動を務め、PO対策機構の本隊は、市民を人質に取って市庁舎に押し掛けたって……」
「市民を人質だと?」
ツツジが状況を解説すると、ミサゴは帽子の奥から目を光らせた。
「この辺は抗争も無いようですねー。平和なものです」
アリスイが言った。市内全ヵ所の祭り会場の襲撃は、PO対策機構には出来なかった。
ツツジに電話がかかってくる。政馬からだった。
『二人共祭り会場にいるの? 襲われるかもしれないよ? 危ないからこっちにおいで』
「わかった」
政馬のいる場所に行っても危ない気がしたが、頷いておくツツジだった。
「取り敢えず政馬の所に行きましょう」
「待ってくださいっ。政馬の分のわたあめも買っていかないとっ。だって政馬は小さい頃、わたあめが大好きだったんですよっ」
アリスイがツツジを制止したが、ツツジは待たなかった。
***
一旦攻撃を止めたデビルだったが、すぐに再開した。背中より伸びた枝葉が光り、葉からビームが放たれ、人質にされている市民を貫く。
「あいつは……何してやがるんだ?」
デビルを見て輝明が呻く。
「デビル、見た目が変わったが、確かに雰囲気は同じだな。ふん、やることも変わっておらん」
オンドレイは人質を二人ほど抱えて大急ぎで遠ざかりながら、忌々しげに呟いていた。
「何で……何で人質を殺した!?」
美香がデビルに向かって叫ぶ。
「何で殺さないの?」
美香の言葉に対して、デビルが攻撃の手を止めて問い返す。
「せっかく人質をとっているんだ。その人質を殺さなくてどうするの? 散々怖がっていた人質が、助かったと思って安心したそのタイミング。その時こそが絶好の機会だよ。今殺さなくてどうするの? 最高の殺し時だ」
「わっはっはっはっはっ! 見た目をイメチェンしても、中身は全然変わらない! 相変わらずだなお前は! 腐った魂はそのままだ!」
デビルの所業を見て、その発言を聞いて、勇気が哄笑をあげる。
デビルは勇気の存在を確認しつつも無視して、残った人質めがけてビームを放つ。
しかしビームは途中で消えた。
訝りながらデビルはまたビームを放ったが、やはり途中で消失する。
(優か? いや……違うような……)
優の消滅視線を警戒したデビルだが、それなら自身を直接攻撃してきそうものだ。ビームだけを消すということは考えにくい。
実は陽菜の仕業だった。超常能力消去の力を発動させたのだが、デビルにはわからない。
めげずに葉を光らせ、またビームを放とうとするデビル。
「やめろデビル!」
勤一が大声で叫ぶ。
(勤一、いたのか。彼の制止を無視するのも気が引ける……)
デビルの葉から光が消えた。
(勤一達は転烙市民のことは同志だと思っている。純子も守る立場か。僕にはそんな認識は持てないけど)
デビルが逡巡しているうちに、次の行動に移らんとしている者がいた。
「行くぞ、鈴音」
「うん」
勇気が声をかけ、鈴音が頷くと、大鬼の手が二人の襟首をつまんでそれぞれ持ち上げ、市庁舎の窓めがけて放り投げた。
勇気と鈴音が人間ミサイルと化して飛来してきたことに驚き、デビルは窓から離れる。二人は市庁舎の中へ飛び込むと、そこでまた鬼の巨大な手が現れて、二人の体を受け止め、二人は負傷する事もなく床に降り立つ。
デビルが勇気と鈴音と対峙し、複雑な気分になる。
「今度はそっちから来た。僕の興味が失くなったら来るんだ。君達も天邪鬼だね」
「勝手なことほざいてろ。死ね」
勇気が力を発動させる。デビルの周囲が水で覆われる。空間を深海と繋げる力だ。
デビルは水の中で押し潰されたが、平面化してあっさりと水の外へと出る。
その出たタイミングを狙って、勇気が仕掛けた。勇気が手をかざすと、光輝く鳥が掌より出現し、床で平面化しているデビルに向かって高速で飛翔する。
「勇気、離れてっ」
鈴音が叫び、勇気の小柄な体を抱きすくめて横に跳ぶ。
勇気と鈴音のいた場所にもう一人、同じ服装のデビルが天井から降ってきたのだ。
逆さまの格好で降ってきたデビルは、勇気めがけて腕を振るったが、すんでの所でかわされ、頭部から床に激突する。
光り輝く鳥が、デビルの直前で爆発する。平面化したデビルが三次元に戻って吹き飛ばされる。
「分身する時、今度は服まで同じにしなくちゃならないわけか。それも作ってるのか?」
どうでもよさそうに疑問を口にする勇気。答えなど期待していない。
「作ってる。ちょっと面倒」
降ってきたデビルが答えると、力を発動させた。
「むおっ」
「わわっ!?」
足元の摩擦が消滅して、勇気と鈴音は転倒した。
二人に隙が出来たその瞬間を狙って、二人の側に現れたデビルが全身から衝撃波を放つ。
体勢が崩れた直後の勇気と鈴音は防御できずに、至近距離から衝撃波を食らって大きく吹き飛び、壁にしたたかに叩きつけられ、床に落ちて倒れた。
(やられた……。これはかなり強烈に……)
全身が痺れ、感覚が麻痺するほどの強打を食らい、勇気は久しぶりに死の恐怖を味わう。意識を失わなかったのは奇跡と思える。そして意識を保ってはいるが、朦朧としている。
「す……すず……ね……」
すぐ近くで倒れている鈴音に声をかけつつ、勇気が大鬼の指だけを出して、鈴音を癒そうとする。鈴音のダメージの程がわからないが、意識を失っているようであるし、自分がこれだけのダメージを負っているのだから、鈴音も相当な重傷であろうと、勇気は見てとった。
「させない」
デビルが呟き、鬼の指めがけて手刀を振り、指を切断した。
「この……」
勇気が憤怒の形相でデビルを睨みつけたその時だった。
「パラダイスペイン」
自らの身に受けた衝撃波の痛みを利用して、鈴音が力を用いる。
デビルの体が粉微塵になって吹き飛び、消える。
「すず……ね……。驚かせるな。後で罰だ……」
勇気は心底安堵して、自然と微笑みを零しながら、癒しの力を発動させた。鈴音の体からダメージが消え、鈴音は立ち上がる。
「いや、一瞬意識飛んでたから……。え? 勇気?」
鈴音は勇気を見て絶句した。眼鏡はどこかに吹き飛んでいる。勇気は目を閉じ、動かない。
「まさか……だよね?」
鈴音は恐怖しながら、勇気の胸に耳を押し当てる。
心臓の音はあった。胸を撫で下ろす鈴音だが、実際ダメージの程はわからない。放っておいていい状態ではないかもしれない。
「回復役いなくなった」
光の鳥の爆発で吹き飛んだデビルが起き上がる。すでに再生が済んでいる。
ふとデビルは、もう一体いた自分の方を見るが、こちらは鈴音の攻撃によって、見る影もなく消滅している。再生は府不可能だろう。
(ワグナー教授に何かされたおかげで、分裂がスムーズにいくようになった。常に分裂体を忍ばせておけば、負けることはなさそうだ)
そう思いつつ、足の裏からこっそりと分裂を行う。分裂したもう一体は、平面化し、保護色も施しておく。
「よくも勇気を……」
鈴音がデビルを睨む。
(この子は……)
凍り付いた鉄の棒を突きつけてくるような憎悪の視線を浴びて、デビルは不思議な感覚に陥った。
(勇気の怒り方とは違う。怒りというより、憎しみに満ちている。これは……僕が吸い取っても吸い切れなさそうな?)
デビルは負の感情に敏感だ。憎しみや怒りを爆発的に増幅する事も出来れば、吸い取って心を落ち着かせる事も出来る。後者はただ側にいるだけで、自然と行う事が可能だ。
しかし鈴音の深く冷たく渦巻く憎悪は、底無しの膨大な量に感じられた。自分の力では扱いきれないと。人がここまで強い憎しみを膨らませることが出来るのかと、デビルともあろう者が、戦慄してしまった。
「そんなに彼が好き? 面白いから、今日はここまで」
デビルはにっこりと笑い、からかうように言うと、平面化と保護色の力を発動させて、姿を消した。
(デビル、あんな笑顔だったんだね……)
憎しみの念を霧散させて、鈴音は勇気を担ぎ上げ、窓の外を見る。
「お、無事だったか。ずらかるぞ」
鈴音の姿を確認して、新居が声をかける。
「勇気が大怪我したの。回復できる能力の人いない?」
『いる』
鈴音が問いかけると、伽耶と麻耶が挙手する。
鈴音は勇気を抱えた格好で、窓の外から飛び降りた。四階の窓から。
「私も……治して……」
勇気をかばって下敷きになる格好で地面に倒れた鈴音が、苦しげに懇願する。
「無茶しすぎ」
「回復も楽じゃないのに」
「バカップルこっちにおいでー」
「傷治れー。バカップルの二人分治れー」
麻耶が鈴音を呼び寄せて、伽耶が二人の傷を癒す。
「撤退だ」
真が鈴音に告げた。勇気はまだ意識を失ったままだ。
「あいつがあんた達の陣営じゃないのはわかった。でもね、この人達はあんた達が殺したんだからね!」
立ち去ろうとするPO対策機構に向かって、陽菜が怒声を浴びせた。
「すっかり悪者……」「どうしてこうなった……」
嘆かわしそうに、揃ってとほほ顔になる伽耶と麻耶。
「人質作戦なんてやるからだろ。従った俺達全員、同罪だけどな」
「澤村さんは拒んで参加しなかったしね」
熱次郎とツグミが言った。
「絶対に犠牲は出さないつもりだったし、向こうも絶対に仕掛けてこないと思っていたんだ」
「その通りだ。しかしデビルというイレギュラーの存在を失念していたのは、失策だった」
真と新居が言った。
「これからどうするんだ?」
李磊が尋ねる。
「史愉達三人は市庁舎内にいる。僕達が失敗しても、せっかく潜入できたんだし、留まるだろう」
真が答えた。
「そいつを活かした作戦を組み立てるのか?」
「こだわる必要は無いが、活かせるなら活かそう」
新居が尋ね、真が答えた。
逃走中、優に電話がかかってきた。発信者の名を見て、優は息を飲む。
『暁優。君には聞きたいことがあった』
電話を取ると、デビルの声が響く。
『犬飼を殺した僕を恨んでいる?』
「そんなことに興味があるんですかあ?」
訝しげに問い返す。
『答えて』
「恨んでませえん」
促すデビルに優が答えると、デビルはさっさと電話を切る。
「今の誰?」
「内緒ですう」
冴子が尋ねたが、優は答えなかった。
***
実験室で一人になって情報のチェックをしていた純子の元に、デビルが戻ってくる。
「困った子だねえ。あんなことしちゃってさあ……。後始末が大変だよ」
「悪魔だから仕方がない。それに、悪いのは全てあいつらということにすればいい」
純子がデビルに微笑みかけると、デビルは澄まし顏でそう答える。
(この子、表情がはっきりとわかるようになったなあ。こんな顔して喋るんだ。真君に比べれば全然無愛想じゃなくて、表情豊かと感じるよ)
デビルを見て、純子は思う。
「悪い子は君であって、真君達じゃないよ」
「人質戦法をした時点で、真達も悪い子だ。ああするのが最適解」
純子が指摘すると、デビルが悪びれずに言い返した。
「ま、陽菜ちゃん達の到着が遅れていたら、あれで押し切ることも出来たかもしれないけどねえ。私の好みは合わない手だけど、人質に手出しがされない前提、戦力が大きく劣っていないという前提があれば、悪い手ではないんだ。合理的手段と言えるんだよね」
純子が私見を述べたアド手にやりと笑う。
「ま、状況は利用させてもらうかなあ。PO対策機構を徹底的に悪者に仕立てちゃおう」




