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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
96 マッドサイエンティストの玩具箱で遊ぼう
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32

 ネロの全身が赤い鱗で覆われ、膨れ上がるようにして巨大化する。頭は七つに分かれて竜になる。角が合計で十本も生え、それぞれ冠を被っていた。

 赤い多頭竜となったネロの胴体に、純子の腹部から飛び出た内臓が直撃し、全身を覆うようにして広がっていく。


「ねね、あれが純子の必殺技?」

「ああ……」


 正美が顔をしかめて尋ねると、真は頭の中で正美と似たような表情を思い浮かべて頷く。


「グロすぎる」

「何故あれを必殺技にしようと思ったか、そのセンスが問われる」


 伽耶と麻耶も引き気味になっていた。


「聖書に出てくる黙示録の獣だ。神を冒涜する名とか、獣の数字とかは見えないけど」

「サタンの化身とされる解釈もあるな。神の使途を名乗る者達が、天使の軍勢と戦って負けた者の姿になるとは皮肉な」


 変身したネロの姿を見て、来夢とエンジェルが言った。


「七つの頭は、キリストを迫害する七人のローマ皇帝の象徴」


 腹から延々と肉と臓物と血管その他を増殖して噴き出しながら、純子が赤い多頭竜を見据えて呟く。耳のいい純子は、戦いの最中で来夢とエンジェルの声も聞こえていた。


 神蝕の臓物群が、ネロの体を蝕んでいく。体表を突き破り、体内へと入っていく。細胞組織を浸蝕していく。消化液で溶かしていく。純子の血液をネロの血液に混ぜていく。骨が臓腑を貫いていく。筋線維が筋線維を引きちぎっていく。


「ゴォオォォオォォォォォ!」

 ネロの七つの口が開き、咆哮が轟いた。


 声は物理的な力に変換され、ネロの体を蝕む純子の臓器と肉と体液と骨が、体内より一気に排出される。そして排出されるや否や、粉微塵になって吹き飛ぶ。


(ネロさんはO型かー。これならいけるね)


 ネロの体内に自分の血肉を入れた際、純子はネロの血液型を調べていた。その結果を知り、ほくそ笑む。


 純子の腹から溢れる神蝕の増殖の勢いは止まらない。今度はネロの周囲を取り巻き、楕円形の球体となってネロを包み込む。


「ゴッ!」


 七つの口が再び咆哮をあげようとしたが、出来なかった。ネロの全身が膨大な体積の肉で包まれ、強烈な圧迫を受ける。


 ネロは力を振り絞り、七つの首を、前脚と後ろ脚を大きく振る。さらに念動力を用いて、それでも足りないと見るや衝撃波を全身から発して、神蝕の圧迫を何とか振り払った。肉が、臓物が、血が、筋線維が、骨が、血管が、ばらばらになって四方八方に飛び散る。


 肉体に受けたダメージもすぐに再生する。体内に残った純子の肉や臓物も吐き出す。

 しかしこの時、ネロは自身の体の異変に気付いていなかった。


「グゥゥゥゥゥゥッ!」


 ネロの七つの口がすぼまり、息を吸い込むような音が響き渡る。いや、実際吸い込んでいる。


 何かをしてくると見なして、純子は攻撃が来る瞬間に転移して避けようと、身構える。


「フゥ!」


 ネロの七つの頭が上を向き、息を吐く。その息を吐く音が、力に転換される。


 純子は転移してネロの背後へと回った。


 転移した直後、純子は頭部に強い衝撃を受け、前のめりに倒れた。

 ギャラリーが息を飲む。不可視の力が上から降り注ぎ、純子の頭を穿ち抜いていた。攻撃範囲は狭いが、常人であれば即死するダメージだ。頭に直径10センチ以上の穴が開き、深さは不明だが、明らかに脳に達している


 倒れた純子は、頭から大量の血と脳漿を吹き出しているだけでなく、衝撃で左の眼球も飛び出し、地面に転がっていた。


「ウッゴォオオォオ!」


 ネロの咆哮が空間を震わせる。誇張ではない。空間そのものを震わせ、空間操作を封じる術をかけていた。これからとどめをさすつもりでいる。その際、純子が転移等の空間操作を用いて逃げられなくするために。


 破損した人工魔眼の濁った赤い瞳と、真の視線が合う。


 純子は顔を上げて微笑んだ。目から落ちた人工魔眼はまだ機能していた。見えていた。自分の瞳を見る真と目が合ってしまって、それを見てしまって、それがひどく嬉しくて、微笑が零れた。


 そして純子にとって、さらに嬉しいことが起こった。


「純子――」


 真の唇が、微かに動いた。とてもとても小さな小さな呟きであったが、純子の優れた聴力が確かに聞き取った。


(君の声を聞いて、私の名が君の口から呼ばれて、凄く力が湧いてきちゃうよ。おかげで奥の手も躊躇わずに使える)


 純子が笑顔のまま、ゆっくりと身を起こす。笑顔は血塗れだった。頭に開いた穴から脳みそが零れ落ちて、笑顔の半分が脳みそで隠れた。いや――

 頭の穴から脳みそが零れ続けている。溢れ続けている。神蝕で脳をも増殖し続けている。


「お、終わりだ……シェムハザ……」


 半泣きの震える声でネロが告げると、七つの口が大きく開く。


「すまんこ。ここで終わらせる気は無いんだよねー」


 いつもの調子で言うと、純子の頭から溢れ出る脳みその増殖速度が増し、ネロめがけて一直線に伸びた。


「ウガアァアァァァァ!」


 ネロが咆哮する。声は純子を破壊し尽す力へと即座に変える。


「悪魔の偽証罪」

 純子が微笑を張り付かせたまま呟く。


「ガッ……」

 猛烈な気持ち悪さを感じて、ネロの咆哮が途中で止まった。


 吐き気と眩暈と倦怠感。さらには体中がシェイクされているようなおぞましい感覚。これまで感じた事の無い苦痛。

 先程の神蝕によるダメージは、すでにあらかた癒えている。再生能力を持つネロの行動の妨げにはならない。しかし純子はすでに仕掛けていた。神蝕の際に、ネロの体内に自分の血肉を侵入させていた。


 ネロは再生の際に、体内に侵入した純子の神蝕の肉や臓器も吐き出していたが、全てを吐き出しきったわけでもない。血や体液はかなり残っていた。


 異なる血液型の血液を無理矢理体内に大量に混ぜればどうなるか? AB型の人間は全ての血液を受血でき、A型とB型はО型の人の血液も輸血可能という問題もあるが、それ以外の組み合わせの場合、抗原と抗体による違いと有無の問題で、赤血球同士が凝縮しあい、大量の赤血球が破壊される。


 純子はA型、ネロはO型だったため、この赤血球破壊も行われたが、強力な再生能力を持つネロは、赤血球が新たに大量増殖された。よって、問題は無いと思われた。


 しかし純子は、血液型が異なる事実を知り、ある仕掛けを施した。ネロの体内に混ぜた血を、ネロの肉体に異物として判断させないようにカモフラージュし、血管の中に大量に残しておいたのだ。具体的に言うと、ネロの赤血球とくっついて凝縮しないよう、操作した。そうすることで排出できないようにした。


 そしてもう一つの仕掛けを行った。世界の法則を少しだけ書き換える、究極運命操作術――悪魔の偽証罪によって、強力な再生能力が機能した際に、肉体の中に他人の血液が混じっていた場合、他人の血液までもが分裂増殖し続けてしまい、体内の赤血球を破壊し続けるようにと、法則を書き換えた。


 悪魔の偽証罪は極めてデリケートな能力だ。運命操作術自体、何でも自由に操作できるわけではなく、発動するために土台を築いておく必要がある。トスを打っておかないといけない。お膳立てを整えておかねばならない。それによって成功率が異なる。

 今回は純子が用いた世界法則改変は、お膳立てがろくに整っていないので、非常に限定的な条件に留めた。しかしそれでも、ネロに勝つには十分だった。


 ネロの姿が人のそれに戻る。大の字になって息も絶え絶えだ。


 純子はネロの体から自分の血液を排出させた。ネロは赤血球を破壊し続けられ、その再生に力を消費し続け、それによって純子の血液も増殖し続け、悪循環のうちに力を消耗し尽した。さらに言うと、ネロが赤い竜になった際、その反動でネロは当分動けなくなる。


「千年越しだな……」


 倒れた自分を見下ろす、血塗れの純子を見上げ、ネロは力なく微笑んだ。


「さあ……殺してくれて構わんぞ」

「言語は違うけど、千年前にも似たような台詞、言ってなかった?」


 左目が空洞になった純子が微笑み返し、顔に垂れている脳みそを手で頭の中へと押し込む。


「俺は君に殺されたかった。さ、最期は……君に殺されるのが理想だった」

「そんな切ないことは言わないでよー。私はもうさ、ネロさんのこと全然恨んでないから」


 純子がそう言って、ネロの近くでしゃがみ、ネロの右手を取って軽く握る。


「んん?」


 純子が怪訝な声をあげた。真が目の前にやってきてかがみ、純子と同じように、ネロの左手に自分の両手をそっと置いてみせた。


「何か妬けるから、僕も」

「そ、そうなんだ……」


 真顔で口にした真の台詞を聞いて、純子は苦笑いを浮かべた。


「俺とテオがフリードマン教授を見送った時のような……」


 倒れたネロを両サイドから手を握る真と純子を見て、熱次郎が呟く。


「やめてくれ。君は……君は俺を助けるな。俺はかつて君の命を奪ったのだぞ」


 ネロが真の方を見上げて、震える声で拒む。


「前世のことなんかどうでもいい。あんたは負い目に感じているのかもしれないが、僕には何の感情も無い。そもそも千年も昔のことなんだぞ」

「千年前の事だろうと……お、俺は、お、覚えている……。あの子の前で、君を殺した……」

「知ってるよ。その記憶は見た。それでも僕はあんたを恨まないし、恨むはずがない。もう、ずっと大昔のことだし、あんたはその時は敵だったんだから仕方ない。でも今はもう敵じゃない」


 真はいつものような淡々とした口振りではなく、柔らかい口調で話していた。真がこんな喋り方を出来たのかと、何人か驚いていた。


「そんなことより、あんたが千年も前のことを未だに引きずっている事の方が、よっぽど気がかりだよ。僕も雪岡も、あんたを恨んでいないし、気に病まないでほしい。死んでほしくもない。都市を一つ壊滅させるような恐ろしいこともしてほしくない」


 真の言葉を聞き、ネロの目頭が熱くなる。


「な、何だこれは……。主よ、こ、この巡りあわせは皮肉すぎるぞ……」


 嗚咽を漏らすネロ。双眸から涙が零れ落ちる。


「負い目があるなら、恩義を感じるなら、僕に協力してくれないか? 僕は雪岡をマッドサイエンティストではなくさせるために、相対しているんだ。その手伝いをしてくれよ」

(ふえぇ~……真兄、誰彼構わず節操無く引きこみすぎだよォ~)


 真と精神をリンクさせているみどりが、念話で真に突っ込んだ。


「真君さあ……私がいる目の前で、堂々とネロさんを勧誘するの?」

「何か悪いか?」


 再び苦笑いを浮かべる純子に、悪びれずに問い返す真。


「俺にも……な涙が残っていたようだ」

「あははは、いいなあ。ネロさん」


 ネロが泣きながら純子を見上げて微笑むと、純子は笑って羨んだ。


「シェムハザ。き、きっと君にも戻る。その子が、君の涙を戻してくれる」


 ネロが純子に向かって告げると、真の方を向く。


「し、真、すまんが……俺はその手伝いはできない。シェムハザとは、もうこれ以上……相対もしないからな……」

「わかった」


 真が一瞬微笑を零して頷いた。


「だが……応援している。きっと君の勝利が、シェムハザの……純子の幸せにも繋がるはずだ。が、頑張れよ。真」

「ええ~……ネロさん、そんなこと言っちゃうんだあ……。何だかなあ」


 ネロが自分ではなく真の方を応援している事と、その理由を目の前で、そして大勢の見ている前で口に出されて、純子は照れ臭さと同時に、一言では言い表せない、色々と複雑な感情が渦巻いていた。

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