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ホテルの一室。鈴音、政馬、アリスイ、ツツジを前にして、勇気は電話で会話を交わしていた。相手は真だ。
「真は何て?」
電話を終えた勇気に、政馬が声をかける。スピーカーにはしていないので、会話内容は勇気の発言でしかわからないが、かなり只事ではない内容だったことは、伺い知れる。
「みどりが鈴音と似たようなものを見たらしい。都市全体が、死の空気だか何だかで溢れかえっていると。みどりにもそういうものを見る力があるらしい」
「こころがいてくれたらね、こころにも見えたんだろうね」
残念そうに言う政馬。未来予知と呼んで差し支えないレベルでの占いが行えるこころは、本人の希望もあって、転烙市には呼ばない方針だった。今の転烙市には歪な形で縁の大収束の只中にあり、その中に入るのは恐ろしいという理由だった。ただし、電話でこころに連絡して、占いによるアドバイスは聞ける。都市の情報を伝えないという条件さえ守ればいい。
「ヨブの報酬の残党が動いていて、そいつらのせいじゃないかと、純子は見ているらしい。都市まるごと破壊を目論むのは、貸切油田屋かヨブの報酬くらいだが、ヨブの報酬の方が可能性としては高いと見ているとのことだ」
実際ヨブの報酬は都市内に侵入していたが、スノーフレーク・ソサエティーの奇襲によってほぼ全滅した。その残党がキレて、都市破壊をしても不思議じゃないと、勇気は思う。
「都市そのものを壊滅させようというの? 信じられない……」
ツツジが身を震わせる。
「いつ、どのタイミングでそれが起こるか、私にもわからないから、転烙市にいると危ないよ」
鈴音がツツジとアリスイを見て言った。
「その時はオイラ達も死ぬかもしれないわけですか。とほほ~」
肩を落とすアリスイだが、いまいち危機感が感じられないので余裕がある。
「転烙市と――純子とは一時休戦にしたいから、PO対策機構にそう命じて欲しいと言われた。俺としては異論無い。いや、そうした方がいいと俺も思う」
「僕もそう思うよ。ま、PO対策機構は全員逃げるっていう選択があってもいいと思うけどね」
勇気の言葉に政馬が賛同しつつも、意見した。
「お前が逃げるなら止めないし、咎めないぞ。俺は逃げないがな。この状況で主役が逃げるなど有り得ない」
勇気が政馬を見て告げる。
「政馬だって逃げませんよ。政馬が勇気と鈴音を置いて逃げるとか有り得ないですよっ。何故なら政馬だからですっ」
政馬が口を開く前に、アリスイが勝手に力強い口調で政馬の代弁を行った。政馬は呆気に取られ、思いっきり苦笑いをしながらアリスイを見ている。
さらに勇気に電話がかかってきた。
勇気の顔が即座に険しくなる。他の四人が勇気を注視する。
「わかった」
勇気は電話を取って、一声発してすぐに切る。表情は変わらない。
「今のは? 勇気が怖い顔だから、ろくでもないことっぽいけど」
政馬が尋ねる。
「犬飼だ」
勇気の口から発せられた名を聞いて、政馬の顔色も変わった。かつて船虫舟生を操り、スノーフレーク・ソサエティーにちょっかいをかけてきた人物だ。政馬はこの人物に強い嫌悪と敵意を抱いている。
「デビル討伐の御膳立てを整えるから、スノーフレーク・ソサエティーと一緒に討伐準備を整えろと言ってきた。大勢で待ち構えるのはよくないから、わざと警備を手薄にして誘い出せとよ」
「あんなのを信じるの?」
警戒心を露わにして、不満げな声を発する政馬。
「胡散臭いし、どこからも評判の悪い男だが、PO対策機構の一員であるし、おかしなことをしたわけでもない」
「いや、おかしなことしてるよ。明るみになっていないだけでさ。勇気にも舟生の件は話しただろ」
「それはわかっているが、今はデビルの方が面倒な存在だ。そんなに気になるなら、犬飼の挙動を政馬が見張ればいい。しかし俺は犬飼から、俺に対する悪意を感じない。俺は自分に対しての悪意に敏感だからな」
「そっか……勇気がそこまで言うなら、言う通りにするよ」
勇気の言葉を聞き、政馬は渋々承諾した
「でも警備を手薄にして誘いだすなら、スノーフレーク・ソサエティーで揃える人員は、僕と雅紀くらいでいいね」
前回の話を聞いた限り、死霊術師である雅紀の力がキーになると、政馬は見ていた。
「いい加減あいつはしつこすぎるし、あいつのしてきた事は許す気になれない。今度という今度こそ決着をつけてやりたい」
前回もそう思っていた勇気だが、結局取り逃してしまった。犬飼のプランが如何なるものか、詳しくは聞いていないが、犬飼が言うには、見込みのありそうな者に声をかけているという話であるし、かなり自信が有りそうでもあったので、それに頼りたいという気持ちもあった。
***
美香、クローンズ、熱次郎の六人で、市庁舎ビルへと赴く。
「大丈夫なの? 正面から堂々と」
「ヨブの報酬が共通の敵という認識になり、一時休戦になったらしい! 故に平気だ!」
十一号が案ずると、美香が叫んだ。
「いいタイミングで利用したな。しかし……事情は複雑になるぞ。その一時休戦中に、クローン製造工場を襲撃するとあれば、俺達で勝手に休戦協定を反故にしてしまうわけだからな」
熱次郎が別の心配を口にする。
「どうにかなる!」
「そ、そうか……?」
自信たっぷりに叫ぶ美香に、熱次郎は鼻白む。
「熱次郎、段々オリジナルのこと疑わしくなってきたろ?」
「いや……その……」
二号がにやにやしながら問い、熱次郎は言葉を濁す。
六名は市庁舎の中に堂々と入り、受付でPO対策機構を名乗ったうえで市長に伝えて欲しいと要望する。
数分後、美香達は応接室へと通される。中には先に悶仁郎が待っていた。
「久しいのう。拙者のこと覚えているか?」
美香の顔を見てにっこりと笑う悶仁郎。
「当然覚えている!」
孕聖村での攻防で、悶仁郎の力の凄まじさに戦慄したことは、忘れようがない美香であった。
美香が用件を伝えると、悶仁郎は腕組みして難しい顔になった。
「其処許達の要望はわかった。ふーむ……あの放送を聞いて、敵味方の垣根を越え、拙者を頼ってくるとはのー。それもPO対策機構とは無関係な、私情での行動か。ま、くろーんとして生を受けた者達であれば、不服と捉えるも致し方無い、か」
そこまで話すと、悶仁郎は数秒間瞑目して思案してから、再び口を開いた。
「如何に拙者が力を貸そうと、如何に拙者の立場であろうと、おいそれとはいかぬぞ。拙者は確かに民の前でくろーんを非とする言を取ったが、決定事項では無い」
「そしてワグナーの顔に泥を塗る結果となった! それを気にしているのか!?」
「然様。ワグナー……あれも話を聞けば哀れな男じゃて。純子に誘われ、この転烙市で望みを叶えんとした所で、拙者が否定的な言葉を口にするとは……。自分で言っておきながら、酷い仕打ちをしてしもうたと思っておるよ」
「私達もそれは感じています。ですが容認は出来ません」
十三号がいつになく熱と力がこもった声できっぱりという。
「然様か。して、拙者に何を望むね?」
「クローン製造工場に現在いるクローン達の保護! 身元の保証! 作りかけのクローン達を無事に出産させること! そしてこれ以上のクローンの生産の中止だ!」
「くはっ……くっくっくっくっ、威勢よく難儀な注文をしてきよる」
美香の直球な要求を聞いて、悶仁郎ははたと膝を打ち、おかしそうに笑う。
「拙者は一度ワグナーと腹を割って語り合おうかとも考えておった。今言うたように、あの男にはいささか憐憫の念も抱いておるでの」
悶仁郎が組んでいた腕を解き、椅子の上で胡坐をかいて両膝に手を置き、身を乗り出す格好になる。悶仁郎的にはこのポーズが座っている際に一番楽であった。
「暗殺を生業としていた拙者が口にするのも滑稽じゃが、争わずに対話で解決できれば、それに越したことは無い。其処許等としてはどうかね?」
「是非も無い!」
悶仁郎の申し出に、美香は微笑んで即答した。




