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転烙市に潜入しているPO対策機構のうち、グリムペニス勢力のトップであるミルク、男治、史愉、チロンは、勇気からまたデビルに襲撃されたという報を受けた。
「しつこく勇気を狙っていやがるぞ。純子達とのドンパチの最中に、そんな余計な奴も相手にしなくちゃならないの? 面倒な話っス。ぐぴゅう」
忌々しげな表情で言う史愉。
『私は一度交戦した。中々厄介な奴だ。能力の数は多いし、何より殺しきれない。すでに死んでいるが、霊魂が冥界に跳ばずに、無理矢理現世に居続けていやがる。細胞が一欠片でも残っていれば、自分の肉体をいくらでも増殖分裂できるから、他所に細胞を保管しておけば、霊体が宿って動いている肉体を破壊しても、保管している細胞に霊体が飛び、体を入れ替えてまた復活という理屈だ』
猫の体を堂々と晒した状態のミルクが、不機嫌そうに尻尾をゆっくり揺らしながら解説する。
「取り押さえて、束縛して、永遠に閉じ込めるという手もありますよ~」
「ぐぴゅう。平面化するから、それも難しいぞー。そのうえ勇気の報告によると、体を捨てて霊体だけで逃げる事もできるらしいぞ」
「なるほどー。だとしても、死霊術や除霊に長けた人なら、どうにか出来そうなものですけどね~」
男治も知り合いにそれらの術師はいる。しかし確証も無いし、自分の呼びかけで危険を冒して来てくれるかどうか疑問だった。
『出来るだろうな。そもそもが、雨岸百合という糞死霊術師に作られたって話だし』
「はっ、あの白ずくめ女か。昔いじめてやったことがあるぞー」
史愉が意地悪い笑みを浮かべる。
「雫野流の妖術なんか適任じゃないですかね~」
男治がちらりとチロンを見る。雫野の妖術は破幻と封霊の術に特に長けている。
「累は敵に回ってるぞ。他にも安楽市内に使い手はいるかもしれないし、PO対策機構内で呼びかけてみるぞー」
「いや、ワシが使えるんじゃが……」
史愉が完全に自分のことを失念していたので、チロンが呆れて主張する。
『転烙テレビ視ろと、バイパーから催促されているのでつけるですよ』
ミルクが断りを入れてホログラフィー・ディスプレイを投影した。
画面には硝子山悶仁郎市長の顔が映し出され、『硝子山市長、クローン販売に反対の表明』というテロップが貼りつけられていた。
『繰り返しお伝えします。転烙魂命祭において解禁されるクローン販売に対し、硝子山悶仁郎市長は反対する声明を出しました』
局のアナウンサーが伝えると、現場リポーターに音声が切り替わる。
『はっきりと禁止すると明言しないのですか?』
リポーターが尋ねると、悶仁郎はマイクに顔を寄せた。
『拙者の権限で強引にか? それも色々と難しくてのー。拙者がこうして訴えた時点で、クローン販売の業者や政策に携わっている研究機関とも、対立する事になろうが、取り敢えず拙者は反対であると表明したぞ。命を弄び、玩具にするなど、ぞっとするわい。市民からも声をあげて欲しいもんじゃわ』
「転烙市側も一枚岩では無いっちゅーことかい」
チロンが呟く。
『純子の思想的にも、クローンを作って販売する事は反対だったと考えられる。悶仁郎も同感だったのか、それともただ純子の言いなりで反対を訴えたのか。いずれにせよ、クローン作って売り出そうとした連中は、梯子を外されて呆然としているか、怒りに打ち震えているかだろうな』
このクローン反対表明で、敵側に付け入る隙が出来ないかとも思うミルクであったが、クローン製造販売を進めていた者達を、PO対策機構サイドに懐柔するというわけにもいかない。というか、できないだろう。PO対策機構側がクローンを認めるわけにもいかないからだ。
「真の報告では、フォルクハルト・ワグナーが責任者だったという話だぞー。わざわざ転烙市に呼ばれて、技術と知識を吸い取られて、その代わりにクローン製作販売を公式に認められたかと思いきや、直前にこの仕打ちとか、笑えるっス」
小気味よさそうに言う史愉。
「あ~、救助要請が入っていますよ~」
男治が報告し、ホログラフィー・ディスプレイを投影した。
市内で調査していたPO対策機構――それもグリムペニス所属の兵士達からの、救援要請だった。化け物が現れて、追い回されているとの事だ。
「ぐぴゅ。情けない奴等だぞー。つか、この位置、うちらの兵士は近くにいないぞー」
史愉がダルそうな顔で、各人員の居場所をチェックして報告する。
「昨日新たに到着した援軍がおるぞ。グリムペニス所属ではないがのー」
『ふん、あいつらか。丁度いい』
チロンが言うと、ミルクが鼻を鳴らす。
「駄目ですっ! 駄目ですよーっ! 私は反対でーすっ!」
珍しく男治が声を張り上げて喚く。
「もう要請したし、すぐ動くと返ってきたぞー」
「ああ~……何てことですか~」
史愉が言うと、男治は頭を抱えて嘆いた。
***
グリムペニス所属のPO対策機構兵士三人は、裏路地を逃走中だった。
すでに仲間を四人も斃されている。生死は不明のまま、置き去りにして逃げてきた。襲撃者はたった一人だ。
一人が振り返ると、追っ手がぴったりと同じ距離を走っている姿を確認出来た。振り切れていない。
「もうおしまいだ~。うわ~ん」
振り返った男が泣き言を口にする。
追っ手は人型をしているが、人とは思えぬ姿をしていた。痩せ細ったその全身の肌は灰色で、大きく割れた眉間の中から黒曜石のようなものが覗いている。腕の外側には等間隔に小さく短い赤い棘が生え、爪は大きく伸びて湾曲し、膝からは長く鋭い赤い棘が生えていた。
やがて三人の前に、雑居ビルが立ちはだかる。袋小路へと追い詰められてしまった。
「行き止まりだっ」
「もうおしまいだ~。うわ~ん」
「ビルの中に逃げ込めっ」
PO対策機構の兵士一人が、ビルの窓を破壊しようとして、能力を発動させる。念動力だ。
シャッターの下りた窓は壊した。シャッターも窓ガラスも破壊した。しかし窓際に置かれた大きな荷物が邪魔して、中に入ることを阻んでいる。
「何だこりゃっ」
「もうおしまいだ~。うわ~ん」
「そいつも壊せよっ」
「無理ぃ。デカいし重いし簡単に壊せないし動かせないっ」
「もうおしまいだ~。うわ~ん」
三人が手間取っている間に、灰色の怪人が迫る。
「畜生めっ!」
念動力使いの男が振り返り、灰色の怪人を攻撃したが、灰色の怪人の上体が少しぶれただけで、それ以外の変化は見受けられない。
「やるしかないが……勝てないのわかってるし、絶体絶命だな」
別の男が絶望的に表情で呟くと、両手を突き出し、掌から白い炎を噴射した。しかしこの攻撃は先程すでに一度、灰色の怪人に見舞っている。
灰色の怪人は白い炎を浴びて、動きが止まった。両腕で顔をガードしているが、炎で肌が焼け爛れている様子は無い。
「やっぱり効かない……。何なんだよ、こいつ……」
白い炎が消え、炎を噴射していた男がますます絶望的な顔で呻く。
灰色の怪人が動き出す。
「もうおしまいだ~。うわ~ん。腹上市に帰りた~い」
泣き喚くだけで何もしていない男が、頭を抱えて蹲って泣き喚く。
その蹲った男に、灰色の怪人が迫ったその時――
「出でよ、たかる者共」
声が響いたかと思うと、灰色の怪人の周囲が無数の小さい黒いもので覆われる。何百、あるいは何千と飛び交うそれは、蝿だった。
群がる蝿が口から消化液を吐いて、灰色の怪人に浴びせるが、灰色の怪人の表皮に変化は無い。
「ピンチに現れたヒーローの技にしては何か酷いよね。しかもあまり効いてないし」
灰色の怪人の後方から歩いてくるおかっぱ頭の少女が言う。
「うっせーな。足止めするには有効だろ」
少女のすぐ後ろを歩く、ツンツンヘアーに耳がピアスだらけの小柄な少年が不敵な笑みをたたえて言い返した。
「普通に星炭流の妖術使えばいいのにね」
パンクヘアー少年の隣にいる、真っすぐ伸びた鮮やかなロングヘアーを持つ背の高い少年が、歩きながら木刀を抜く。
大量の蝿にたかられた状態のまま、灰色の怪人が振り返り、現れた三人――男治ふく、星炭輝明、虹森修と対峙した。




