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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
95 祭りの前に遊ぼう
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26

 損失したデビルの右肩と右腕が、瞬時に再生する。


(流石にこの数で囲まれてしまっては、どうにも出来ない。足掻くだけ無意味な気がする。強い奴もかなり混じっているし)


 悔しいことこのうえないが、諦めざるをえないとデビルは判断した。


 エントランスの入口を見たが、すでにジュデッカと季里江と他二名のスノーフレーク・ソサエティーの構成員が移動し、塞いでいた。


(逃げるのも一苦労か。いや、それどころか……詰んでいる?)


 そう意識することでデビルの体から力が抜ける。


『執着はやめた方がいいぜ。執着すると、落とし穴に落ちやすくなるもんだ』


 犬飼の忠告が脳裏に蘇る。その後、デビルはどんな落とし穴か興味があるとうそぶいて返したものの、あの台詞が今や最高に愚かしく感じる。その落とし穴を上から覗くつもりでいたが、すでに穴に落ちてから、落とし穴がどのようなものか知ったのだから。

 自分は未熟だと痛感する。犬飼は自分よりずっと経験豊富な大人だ。忠告は素直に聞いておくべきだったと猛省する。


(馬鹿にも程がある。どれだけ馬鹿なんだ。僕は……大馬鹿だった)


 かつてないほどデビルは自分に絶望し、後悔していた。恥ずかしいとも感じていた。自分に恥という感情があった事にも少し驚いた。


「諦めたん? 何か動き止まっちゃったぞ、こいつ。戦意が微塵も感じない」

「油断するなよ。そういう奴が一番怖い。心折れかけた奴が、突然反撃に転じてくる時がな」


 訝る季里江に、ジュデッカが釘を刺す。


(僕が反撃に転じたら一番怖い?)


 ジュデッカの台詞を聞いて、デビルは誰にも見えない微笑を浮かべた。おかしな台詞だった。それはデビルには皮肉に聞こえた。今の自分はどう見ても俎上の魚だ。窮鼠にはなりようがない。

 例えここで袋叩きにあっても、デビルは死ぬ事が無い。いや、もう死んでいる。霊魂が現世に縛り付けられていて、冥界には飛ばない。そしてデビルの分裂した細胞がこの世のどこかにある限り、今ここにある肉体を細胞の一欠片も残さず消滅させられたとしても、どこかに保管された細胞に霊魂を移し替え、お得意の急速細胞分裂と増殖によって、蘇るだけの話だ。


(さっさと殺せばいい。もう抵抗も虚しい。それともこっちが攻撃しなければ、無抵抗の者を殺せないくらい甘いの?)

「観念したみたいだ。でも容赦はしない」


 デビルの心境を見抜いたかのように、勇気が硬質な声で告げる。


「殺せ」

「うん」

「了解」


 勇気の短い命に応じ、鈴音と政馬がほぼ同時に能力を発動させた。


 デビルの体はあちこち引き裂かれ、吹き飛ばされ、打ちのめされ、悲惨な事になる。ばらばらになって飛びって、潰されて、しかしデビルはそれでも死なずに意識がある。


(罪とカルマと罪悪感を力に変換する、あの不愉快な能力か。この子は凄く気に入らなかった)


 胴体から引きちぎられ、三分の一が欠けた状態で転がった頭部で、政馬を忌々しげに見るデビル。


「まだ生きてるよ。全部塩にする」


 ホツミが言い、杖からピンクのビームを放つ。


 宣言通り、ばらばらになった体が軒並み塩となり、崩れていく。


 しかしデビルの意識は消えていない。飛び散った細胞全てにビームを浴びせたわけではない。

 飛び散った血の中に混ざっている細胞が引き合い、少しずつくっついていき、しかも急速に分裂し、増殖していく。そしてみるみるうちに元の体に戻っていく。


「おいおい……こいつ、どうやったら死ぬんだ?」

 元の姿に戻ったデビルを見て、カシムが呻く。


「大した再生能力だ。しかし力に限りはあるはずだぜ。再生にもエネルギーを費やすし、そいつが無くなったらアウトだ。それが生物の物理限界って奴さ」


 ジュデッカが解説して、槍を振るう。拡散転移したエネルギーがデビルをあらゆる角度から襲い、体中の至る場所に穴が開いていく。


 穴の横に穴が開いて大きな穴となり、やがて穴にすら見えないほど体が損壊し、デビルは再び肉片となる。


「プロミネンス・ストーカー」


 勇気がアーチ状に伸びる炎を何条も呼び出して、無数の肉片となったデビルに放つ。炎が肉片を焼き、人の体の一部を焼いた時の、あの独特の臭いがエントランスに充満し、多くの者が顔をしかめていた。


「そろそろ出番だよ」

 政馬が雅紀の方を見る。


「うまくいくかどうかはわからないけどな。やってみる」


 雅紀が頷き、呪文を唱える。雅紀は百合の弟子であり、デビルがオーバーデッドとして改造された事も知っていたし、その性質の全てを政馬や勇気達に伝えていた。


(あいつは百合の所にいた……。ああ、そういうことか)


 目玉と半分以上欠けた脳となったデビルが、呪文を唱える雅紀を見て理解する。


 雅紀は自分のことを知っている。死の超越者となった自分のことを知り、なおかつ対処しようと試みている。つまり霊魂が細胞の断片を移動し続けて、いくらでも蘇生が可能な力を封じることも、出来るのではないか? デビルはそう考えた。


(あるいはこれは……死ねるチャンスか?)


 雅紀が何をするかはわからないが、死ねない性質となった自分を葬る方法があるのであれば、いっそそれにゆだねてみてもいいのではと、デビルは思う。


 デビルは自分の性質と行く末を考えて、恐怖した事がある。人類が滅んだ後も、自分は一人だけ残り、生きていかねばならないのかと。いや、すでに死んでいるのに、魂は肉体に囚われている状態のままなのかと。


 デビルの肉体が再生し、立ち上がる。しかしデビルは何もしようとしない。覚悟を決めたかのように、双眸を閉じて佇んでいる。


(何だ? こいつ……そんな殊勝な奴だったか?)


 不審げにデビルを見る勇気。そんなキャラではないと思っていた。


「抵抗しなくなったね。死を受け入れようとしている」


 鈴音がデビルの状態を解析して告げた。


(悔しいけど、これで終わりに……)


 安堵しかけたデビルだが、頭の中に鮮烈な映像が浮かんだ。


 赤い瞳の少女。雪岡純子――に似ているが、年齢が異なる。もっと幼い。十代前半のように見える。体中傷だらけで、泣きそうな顔で自分を見ている。自分を見下ろしている。


『忘れるわけないよ――ずっと覚えておく――だって私と君は……』


 少女の口が開く。言葉は途切れ途切れだ。純子と同じ声だが、その声も若干幼い。

 自分を強く想ってくれている事が、デビルには感じられた。そしてその事をデビルは喜んでいる。


『忘れて』


 喜びながら――喜んでいるくせに、拒絶している。そして忘却の力を使った。現代のデビルにもその能力はある。


(天邪鬼……。僕と同じ)


 その事が無性におかしかった。そのデビルが、そして幼い姿の純子が、何者かはわからない。


(パラレルワールドの自分と純子なのか? あるいは前世の僕と、幼い頃の純子?)


 対面した時、純子に懐かしさを覚えていた。純子はデビルと出会った時、前世からの知り合いだったと口にしていた。

 前世でどういう関係だったのか、何があったかまでは覚えていない。しかし今わかっている事がある。前世の自分が幼い純子と共にいた時間は、とても素晴らしいものだったという事を。その時の気持ちだけが蘇っている。


(まだ死にたくない。死ねない)

 強い意志と共に、デビルが能力を発動させた。


「あ……」


 雅紀の呪文が途切れた。呆けたような顔で、がっくりと膝をつく。


「おい、どうした?」

「何したの? 何されたの?」


 カシムと政馬が雅紀に声をかけるが、雅紀は死んだ魚のような目で、ぼんやりと虚空を見つめている。口は半開きだ。


「精神系の攻撃を食らわしてきたな。気力を吸い取りやがった。そんなことも出来るのか。ま、俺も似たようなことは出来るけど」


 ジュデッカがデビルを睨みつけ、デビルの精神攻撃を阻もうとする。


「あ、駄目だ……。こいつ、俺よりも精神系の能力がずっと秀でてる」

「諦めるの早っ」


 あっさりと匙を投げるジュデッカに、驚き呆れる季里江。


 直後、デビルの体が倒れた。


「えっ?」


 鈴音が驚きの声をあげる。倒れたデビルを解析したら、そこにデビルの魂魄は無い。


「あのさ、動かないよ? どうしたの?」

「死んでるよ……これ」


 政馬が声をあげた直後、鈴音が倒れたデビルを見たまま告げた。


「誰かやったのか?」


 勇気が周囲を見回すが、皆戸惑いの表情だ。ジュデッカを覗いて。


「肉体を捨てて、霊魂だけで移動しやがったぜ。そんなことも出来るんだな」


 ジュデッカが渋面になって言った。


「どんだけしぶといんだよ。どうやって殺せばいいんだ?」


 辟易とした顔でカシムが言う。勇気や他の面々も、同様の気分だった。


「死霊術に長けていた雅紀が無事だったら、霊魂の動きを抑制も出来たんじゃないかな」


 と、政馬。


「つまり、デビルの精神攻撃を防げるようにジュデッカ以上の精神系能力を備えて、デビルの魂を現世と切り離して冥府に送る術か能力が扱えて、デビルと敵対しそうな奴を連れてこいってか? ハードル高過ぎね?」

「それ、一人にまとめなくてもいいだろ」


 カシムの言葉を聞いて、ジュデッカが笑う。


(犬飼の言った通りになった……か? これで俺への執着は消えたか?)


 先程、電話で犬飼から聞いたことを思いだす勇気。デビルは執着する一方で、冷めやすくもあると聞いた。果たしてこれで、冷めたのかどうか、それはわからない。


「またいつ来るかわからない。囮作戦は今回限りだ。しばらく鈴音は俺から離れるな」

「うん」


 勇気が言うと、鈴音が喜悦満面になって勇気に密着した。


「ひっつくな馬鹿っ。エロブスっ」

「え~……ひどいっ」


 勇気に乱暴に振り払われ、がっかりして抗議する鈴音。


「物理的に寄れって話じゃないだろ。エロいことばかり考えている変態脳みそだから、当たり前の判断も出来ずにそんなことやるんだ」

「そ、そこまで言うっ」


 勇気の言葉を聞いて、半泣き半笑いの顔になる鈴音。


「ちょっとちょっと、外に人集まってるよ。外見てよ。外に転烙ガーディアンが空の道通ってし集結してる」


 政馬がエントランスの窓から外を見て声をかける。

 見ると、今赤猫電波発信管理塔内にいる、スノーフレーク・ソサエティーの面々と勇気と鈴音とホツミの倍以上の人数が、分散して様子を伺っている。


「あいつらの対処もしないとな」

「うわー、次々やってくる」

「数が増えないうちに、今のうちに叩いた方がいいじゃん」


 勇気とホツミと季里江が言う。


「全員、外の転烙ガーディアンと交戦開始っ」


 政馬が号令をかけ、スノーフレーク・ソサエティーの面々が塔の中から能力を発動させ、攻撃を開始した。ジュデッカとカシムに至っては、外に打って出る。


「突入班、早いとこ仕事終わらせてくれないと、僕達も危険かもね」


 自らも戦闘に参加しながら、政馬がぽつりと呟いた。


***


「くしょんっ」


 空中カフェにいるみどりが、くしゃみをする。


「ここ、少し冷えますね。窓が所々開いたままですし。僕のパーカー貸しましょうか?」

「ふわぁ~、おかまいなく。多分これ誰かがみどりのこと噂してるんだよォ~」


 気遣う累に、みどりが微笑みながら告げた。

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