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純子と累とネコミミー博士も、市庁舎内から巨大黒マリモと化した区車亀三を確認した。
「欲望をエネルギーに転換する能力は確かに凄いけど、あんな風に暴走しちゃうんだよねえ。何度も実験したけど、いつもああなっちゃう」
純子が暴れる巨大黒マリモを見て微笑む。
「だからこそ……欲望のエネルギー転換は諦めて、あくまで欲望の『学習』に留める形で、自我を希薄にして欲望を抑えた硝子人に、その制御をさせていたのにね。その硝子人の力を読み取って、欲望のエネルギー転換を実現させる人が現れるなんて、思わなかったよ……」
憂い顔で語るネコミミー博士。硝子人に、欲望より生じる精神波を制御させることは、ネコミミー博士のアイディアだった。しかし亀三はそれをエネルギー化する事と錯覚し、錯覚を現実の能力としてしまった。
「でもまあ結局は制御失敗しちゃったし」
どうでもよさそうに純子。
「人としての意識は残っていますね。その体は、意思とは無関係の行動をしているように見えます。自動的、反射的に殺戮をしているかのようです」
累が黒マリモを解析して、私見を述べる。
「区車亀三さんの目には、私達と別の世界が映っているのかもしれないね。意識は保っていながらも、全てが敵に見えているとかさ」
またもどうでもよさそうに言う純子。
「十年前の再来になる前に、急いで倒した方がいいと思うよ」
十年前に怪獣化したアルラウネ移植者の事を思い出し、ネコミミー博士が促す。
「累君達は勇気君達との戦いの後で疲れているし、私もちょっと今疲れているんだよねえ。というか、疲れてなくても、あの場に姿を晒して戦いたくも無いし。他の人達に任せておこう。私の読みでは、多分ネコミミー博士が危惧するほどの事態にはならないと思うよ」
純子の話し方がどことなく冷めた口振りだと、累もネコミミー博士も感じた。累はその理由がわかっている。
***
高さ10メートルを優に超える黒マリモ亀三よりもさらに高く、無数の巨大シダ植物が伸び上がる。アスファルトを突き破り、黒マリモの四方八方から、黒マリモを取り囲むようにして伸びている。
黒マリモを凌ぐ大きさのシダ植物群が、一斉に黒マリモを丸め込む。
「流石は男治じゃのー」
「普段はとぼけた男だから、意識しなくなるけど、こいつは実は凄い奴だぞ。この国の妖怪のルーツの何割かは、男治に行き着くという話もある、伝説の魔人ッスから」
巨大黒マリモの動きを封じた男治の術を見て、チロンと史愉が感心して称賛する。
シダ植物の中で、巨大黒マリモが力いっぱい抵抗する。束縛を解こうと蠢き、シダ植物が大きく揺れる。
「えっへっへっ、藻掻いてますね~。藻だけに」
「っぐ……流石は男治じゃの……」
ドヤ顔で親父ギャグをかます男治に、チロンは引きつった笑みを浮かべる。
「たは~、褒めて頂いた所を恐縮ですが、あまりもちそうにありません。今のうちにさらに追撃した方がよいかと」
男治が史愉とチロンをそれぞれ見て言う。グリムペニスは他にも能力者達を引きつれてきているものの、巨大黒マリモに有効な能力者がいるかどうかは疑問だ。
「今準備を進めているぞー」
「史愉に任せるわい。ワシはあんなデカブツ相手にするには疲れそうじゃ」
「ぐぴゅ!? あたしが真面目に戦おうとしているのに、チロンはサボリとか許されないぞっ。それならあたしもサボるっ! もう東京に帰る!」
チロンの台詞を聞いて憤慨したうえにスネだす史愉。
「いや、相性の問題とかあろうよ……」
チロンもその気になれば巨大黒マリモ戦えないことは無いが、10メートルを超える巨体が相手となると、有効と思われる使う術が限られる。
「それでもあたしに丸投げとか何かムカつくっス」
「わかったわかった。ワシもちゃんと仕事するわ」
面倒くさそうに大きな溜息をつくチロン。
「人喰い蛍~」
チロンが覇気の無い声と共に人喰い蛍を呼び出す。普段より明らかに数が少ない。
光滅がシダに覆われている巨大黒マリモに向かって飛ぶ。普段より明らかに速度が遅い。光滅がシダの隙間から入り、巨大黒マリモの体を貫いていったが、ダメージを与えた手応えは微塵も無い。
「む……」
チロンが唸った。人喰い蛍の光滅とは異なる青い小さな光が大量に現れ、シダ植物に覆われた黒マリモを取り囲んでいたのだ。人喰い蛍よりも遥かに数が多い。
青い光の正体は、腹部が発光するアブだった。史愉は小動物や虫にも超常の力を宿らせ、使役することが出来る。使い捨て用の武器として。
「男治、あの植物を引っ込めるんだぞー」
「わかりました」
史愉に命じられ、男治は術を解く。
シダ植物が消えて、黒マリモが解放された瞬間、青く発光するアブが黒マリモの全身に張り付いた。
青い光が一際輝く。黒マリモの全身から青い光が放たれたかのように見える。アブが自分の命も全て使い果たしたうえで、己が持つ能力をフルパワーで使用したのだ。
黒マリモの全身をすさまじい衝撃が走った。単純な破壊のエネルギーだけではなく、高熱と高電圧高電流も生じている。黒マリモの全身の細胞を破壊し尽す。
「いいですね~。虫に力を使わせるっていう着眼点。一寸の虫にも五分の魂と言いますが、虫程度の命の力も、見くびれないものがあります」
感心する男治。
黒マリモの動きが完全に止まった。茨触手は全て地面に力無く垂れ下がっていた。
しかし史愉は渋い顔だ。
「やったか――とか、定番の台詞は言うんじゃないぞー。やってないし……」
黒マリモの状態を解析し、溜息をつく史愉。今のは、史愉のとっておきの攻撃の一つだったが、仕留めていないとわかってしまった。
やがて茨の触手がゆっくりと動き出す。黒マリモ自体も蠢きだす。
「しかしダメージを与えていないわけでもないですよ~。頑張って攻撃を続けましょう~」
「どちらが先に力尽きるのかのー」
男治が緊張感の無い声で鼓舞し、チロンはニヒルに呟いた。
***
勇気、鈴音、真、ツグミ、牛村姉妹、熱次郎は、市庁舎内から黒マリモとグリムペニスの戦いの様子を見ている。
「史愉と男治が戦いだしたか」
「攻撃がいまいち効いてないように見える~。大きすぎるし」
「解析してみたけど、弱点とかわかんない。脳みそも心臓も確認できないよ」
「ダメージは与えたが、すぐ再生しているな」
勇気、ツグミ、鈴音、真がそれぞれ言う。
「で、どうする?」
「どうするも何も無い。あいつの鬼の泣き声を止めると俺は言った。お前達はちゃんと協力しろ」
真が伺うと、勇気が言い放った。
「真先輩の作戦は取りやめ?」
「何でそうなる。真の作戦通り、俺達は中からこっそりと支援する。それでいいんだ」
伺うツグミに、勇気が一瞬目を丸くして言う。
『具体的にどうするか言って』
伽耶と麻耶が要求する。
「こっそり出来る程度のことには限りがあるし、相手はあの大きさだ」
と、熱次郎。
(真は助けたか。それは良かった。あのまま捕まったままでは面白くない)
そんな真や勇気達を、デビルは近くの影の中から、こっそりと観察していた。
(真を助けたのは勇気か。世界をこんな風に変えた張本人とも言える)
半年前、デビルは純子の世界変革に拒絶反応を示し、純子の企みを阻もうとして、勇気と争ったことがある。
今のデビルは考えが変わっている。今の世界の在り様はそう悪いものではないと感じているし、純子が手掛けるその後にも興味がある。
(僕の中のアルラウネの気配、ちゃんと消せている。そうでなければこの前のように勇気に反応される)
同じアルラウネ持ち同士での共鳴が起きないよう、デビルは注意していた。
(それにしても勇気。彼は何をしようとしている。鬼の泣き声を止めるとは?)
勇気のその台詞が、デビルは気になった。




