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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
94 ヒーローになるために遊ぼう
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22

 マリアは知っている。死は唐突に訪れることを。

 マリアは何度も目の当たりにしてきた。人の命が風に舞う埃のように、いとも容易く舞い散る様を。マリアが最も慕った者――最も愛した者も、神の子と呼ばれて数々の奇跡を起こした者でさえ、マリアが見ている前で、丘の上で十字架に磔にされて果てた。

 だからマリアは何も意外に思わない。今ようやくこの時が来た。それはずっと待ち望んでいた事でもある。


 生きることは自分が決めた。不死となってでも生きる事を。気が遠くなる程の年月を、人類の歴史の変化をずっと見つめながら、憎しみと欲望と争いと悲しみを繰り返す愚かさを数えきれないほど見せられながら、それでも生き続けてきた。自身が課した使命を正しいと信じ。


「あの人に会いたい……もう一度……会いたい」


 途方も無く永い永い長い永い長い長い年月を生きてきて、一体幾度、マリアはその台詞を口に出して呟いたか。あるいは心の中で思ったか。


「あの人の母親の名前……私と同じ……。あの人に付き添う多くの女達も同じ名前」


 鉄の塊の下で、マリアは譫言のように呟く。


「あの子も私と同じ。会いたい人がいて……最愛の人を奪われて……そのままずっと生きてきた」


 幼い少女の姿がマリアの脳裏に蘇る。少女がよく涙していた時代も知っている。未熟だった少女が、自分に戦いを挑んできた事も何度もあった。


「小さなシェムハザ……殺すことも出来たけど……見逃した……」


 鉄の塊の下で、原型を留めぬ程に潰れた顔で、マリアは確かに微笑んでいた。自分が微笑んでいると自覚した。


(何度も争って、それでも互いに憎しみは無く、いつしか互いに好意が生じて、気付けば友達になっていましたね……。貴女の屈託の無い笑顔が、私は大好きだったのですよ……)


 きっとそれは相手も同じだろうと、マリアは思う。


(貴女を見逃さず殺しておけば、後々、多くの人が貴女に殺されることもなかった。今こうして、世界をおかしな形に変えてしまう事もなかった。でも……それでも私は……思います。貴女を……殺さなくてよかったと……。例えそれが悪いことでも、私の気持ちは……偽れません。シェムハザ、貴女と会えてよかった)


 別れを告げ、旅立とうとしたマリアであったが――


「シスター……本当に死んじゃうんだ」


 確かな肉声を耳にして、マリアは思い留まった。


『シェムハザ、来てくれたんですかー?』


 そこでマリアはふと気付く。自分はすでに死んでいて、霊体の状態であると。そして真紅の瞳の少女は、霊体となった自分を見ている。互いの声は聞こえている。


「シスターは私のオアシスみたいな人だったよ。私の千年の孤独な旅路で、争いながらも、私の中で大きな存在になっていったからさ」

『私もですよー……純子。殺し合っていても……とても楽しかったでーす。子供に戻った気分で……無邪気に遊んでいるような感覚でしたー……』


 純子の言葉を聞いて、マリア――シスターははにかむ。


『貴女が……羨ましいです……。大事な人と再び巡りあえた貴方が……。私は……二千年経っても会えないまま……でしたから』


 いつしかシスターは諦めていた。おそらくは純子よりずっと諦めていた。しかし純子は想いを消さず、諦めもせずに探し続け、ようやく願いが叶った。そのことをシスターは本気で祝福している。


「大丈夫。不自然に永らえた命のくびきから解かれ、やっと魂が輪廻の旅に戻るんだから。シスターもそう遠くないうちにきっと会えるよ」


 微笑みかける純子を見て、シスターは霊体でありながら、胸が熱くなるような感覚を覚える。


『貴女に涙が戻ること、祈っています。それを見届けられないのは残念ですけど、先に逝きますね』


 最後にそう言い残し、シスターの霊体は現世より消えた。


「長い長い……途方もない長い道のりだったねえ。私の倍以上も生きてきたんだもんね」


 巨大な鉄の塊の前で、つい今しがたまでシスターがいた場所を見つめ、純子はまだそこにシスターがいるかのように語りかけた。


「おつかれさままま……ゆっくり休んで、マリアさん」


***


 デビルはどういうわけか、シスターが殺される場面を見て、心底胸がすっとした。しかし――


(何でだろう。純子があの女と仲がよさそうに見えて、それでムカムカした)


 しかしその後、デビルはシスターの霊と純子の仲睦まじい様子を見て、不快になっていた。


 純子が鉄塊から離れる。遠巻きに見守っていた政馬、ジュデッカ、季里江、カシム、雅紀が近づく。デビルは少し離れた位置から様子を見続けている。


「どういうことじゃん。純子にとってヨブの報酬は敵で、今だって純子の施設を攻撃しようとしていた所なのに」


 純子はシスターを助けに来たのだろうと見なして、季里江が疑問を口にする。


「それはこっちの台詞でもあるかなあ。スノーフレーク・ソサエティーはグリムペニスと和解したんでしょ? グリムペニスはPO対策機構に組み込まれているし、PO対策機構と共闘しているヨブの報酬を攻撃していいの?」


 純子が問い返した。


「愚問だね。つまらない質問だね。所詮は一時的に手を組んでの共闘。グリムペニスはともかく、僕達までもが義理を立てる必要は無いよ。哲男と舟生の仇は絶対に討つ。僕はそう決めたんだ。勇気にもちゃんと言ってある。これだけは譲れないと」


 冷たく言い捨てる政馬。


「これから君達がどうするつもりなのか、それを聞くのも愚問?」

「聞いても教える気は無いよ? ただ、僕達はもう勇気の下についているし、その意思の元に動くとだけは言っておく。そうすることが僕の望みだったしね」

(つまり勇気君も、政馬君達がシスターを殺すことを承知済みだったんだね。政馬君のことだから、独断で実行した可能性も無きにしも非ずだけど)


 政馬の答えを聞き、純子はそういう結論に至った。


「じゃあ、私はこれで」

「ああ、またな」

「またね」


 背を向ける純子を、ジュデッカと政馬は見送った。透明の階段へと一気に駆け上り、空の道を飛んでいく。


「見逃してよかったの?」

「敵の親玉を皆でボコる好機だったじゃん」


 純子を見送ったことを不思議がる雅紀と季里江。


「純子が来ることまでは考えていなかったからね。戦ってもよかったけど、余計な犠牲も出しそうだった。ヨブの報酬との戦いで、こちらも疲弊しているし。二兎を追う者は一兎をも得ずだよ」

「そういう空気でも無かったしな。当初の目的を達したことで満足しておこうぜ」


 政馬とジュデッカが言う。


「はっ、これで俺も晴れてスノーフレーク・ソサエティーに復帰か」


 カシムが仮面を外し、笑顔を見せる。ぽっくり市でぽっくり連合に雇われていた時からすでに、スノーフレーク・ソサエティーとは連絡を取り合い、情報を提供していた。そして政馬が季里江とジュデッカを説得し、カシムを復帰する流れへと持っていったのである。


「次は無いぞ。今度仲間に手をかけるような真似をしたら、政馬が何と言おうと、俺がすぐさま殺すからな」

「わーったよ」


 ジュデッカが釘を刺すと、カシムは笑いながら肩をすくめ、また仮面をかぶる。


「富夜と連絡がつかない。助けないと」

 政馬が神妙な面持ちになって言う。


「助けと言っても市庁舎だろ?」

 と、雅紀。


「純子がこっちに来たって時点で、富夜の身に何かあった可能性が高いぜ」


 ジュデッカが不穏なことを口にするが、純子が富夜を殺害したとは考えにくい。せいぜい拘束する程度であろうと見る。


「人質にされるかもな。何かの保険か、交換条件に使われそうだ」

「やっぱり純子を見逃したのは失敗じゃんよ」


 ジュデッカの言葉を聞いて、季里江が顔をしかめた。


「勇気に頼もう」

 政馬が勇気に連絡を入れる。


「一人、消えてるぞ」

 カシムの発言に、一同はっとする。


「ネロがいねーな」

「いつの間に逃げたのやら」


 倒れていたネロがいなくなっていた事に気付き、ジュデッカが苦笑し、季里江はまた顔をしかめていた。


***


 真、勇気、鈴音、熱次郎、伽耶、麻耶、ツグミの七名は、未だ市庁舎内にいた。


「ヨブの報酬壊滅との連絡があった。やったのは政馬達だ」


 勇気の報告を聞き、真は驚くと同時に納得した。先程の勇気の台詞の意味がわかった。


 PO対策機構とヨブの報酬は共闘している関係にありながら、勇気は、ヨブの報酬がスノーフレーク・ソサエティーに襲撃されることを黙認したのだ。勇気の指示では無いという事は、先程の台詞からわかる。


「政馬の奴が、富沢富夜という女の救出を頼んできたぞ。純子に捕まったらしい」

「えー、ここで救出作戦?」

「無理がある」「脱出するだけでも一苦労」

「外で戦闘が起こっているしな」


 勇気の言葉を聞き、ツグミ、伽耶と麻耶、熱次郎が一斉に難色を示す。


「ヨブの報酬壊滅の件をPO対策機構にも報せておいた。スノーフレーク・ソサエティーに関しては伏せておいたが、バレるかもな」


 と、真。


「外はまだ戦ってるね。出ようとすると巻き込まれそう」


 鈴音が窓の外を見やる。様々な能力が、銃弾が飛び交っている。死体が幾つも転がっている。


「伽耶と麻耶が何とかする。それにツグミも」

『具体的にどうぞ』

「何とかとか言われても私ノーミソ少ないから困る~」


 真が言うと、姉妹が口を揃えて強い語気で訴え、ツグミはおどけていた。


「鬼の泣き声が……凄い声だ。近くにあのおっさんがいる」


 額に手を当てて、辛そうな顔になる勇気。


「何あれ……」

 窓の外を見ていた鈴音が呻く。


 車道に突然、巨大な黒いマリモのようなものが出現していた。丸い体の周囲を、黒い茨のようなものが幾重にも、様々な角度で取り巻いて蠢いている。体に巻き付いてはいない。体から離れた場所で動いている。


「まりも?」「おっきい」


 伽耶と麻耶が鈴音の隣から顔を覗かせて、市庁舎前に現れたものを確認す。


「もしかしてあれが? 大分姿が変わってるけど」


 鈴音が勇気の方を見て伺う。


「ああ、あれだ……鬼の泣き声の規模も凄い。黒柿島のあれに匹敵するかもしれない」

「黒柿島でも怪獣じみた巨大蠱餓鬼がいたが、こいつも相当な大きさだな」


 真と勇気が言った。


「あれを何とかする。助けてやったんだ。お前達も手伝え」


 巨大黒マリモに視線を向けたまま、勇気が有無を言わせぬ口調で要求する。


「そのために助けた?」「助けてもらって早々ハードな展開」

「拒否は許さん」


 訝しげな伽耶と半眼でぼやく麻耶に、勇気はぴしゃりと告げた。

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