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「新・独房」
政馬が小さく呟く。政馬は余裕の笑みを浮かべて、赤い竜となったネロを見ていた
咆哮によって生じた不可視の攻撃は、政馬の前で霧散していた。
「凄い力だね。でもそれ以上の凄い罪業と罪悪感だね。新・独房は消耗激しいんだけど、全然それを感じない。しかもいつもより強いバリアーを張れたよ」
罪悪感と罪業という概念を力に転換できるヤマ・アプリで、不可視の障壁を張り、ネロの攻撃をあっさりと防いだことを、政馬は皮肉っていた。ネロとシスターが途方も無く永い時間をかけて積み上げた罪業と罪悪感によって、政馬はかつてないほどの規格外の強力な力を引き出している。相対する相手をも、自分のエネルギー源にしてしまう事が、政馬の能力の強みだ。
(いくらパワーの源が凄くても、相手の心身に直接作用する力――抵抗される類の力は使わない。半年前、純子との戦いで学ばせてもらったしね)
一方で政馬は慎重だった。攻撃も防御も、単純明快な物理的な力でのみ行うと決めていた。
「ヤマ・アプリ。八大地獄モード。大叫喚地獄」
政馬が能力を発動させると、巨大な赤い竜となったネロのさらに何倍ものサイズの巨大な鉄鍋が、ネロの足元より出現した。鍋の中では炎が荒れ狂っている。
「アアァアァアアァァァ!」
苦悶の絶叫が響く。ネロは鍋の外に出ようとするが、凄まじい力で引きずり戻され、鍋の外に出られない。
「自分が犯した罪に潰されて殺されるのって、どんな気分? 言わば自滅しているようなものだよね。これだから僕、この能力が大好きなんだ」
爽やかな笑顔で苦しみ藻掻くネロを眺めながら、政馬は心地好さそうな口振りで言った。
(罪、カルマ、罪悪感を力に変える能力か。何様のつもりだ)
こっそりと見物していたデビルは、政馬の能力を見て不快感を覚えていた。
(あの力は僕の罪悪感からは力を引き出せなくても、罪業からは力を引き出せまくれるのか? 重ねた罪が多いほど力を発揮できるなんて、相当に厄介な能力だ)
正面切って戦うことは避けたい相手だと、政馬を見てデビルは思う。
やがてネロは動かなくなった。それとほぼ同時に、政馬もネロから引き出していた罪業と罪悪感の力を使い果たし、鉄鍋を消す。
ネロの体が赤い竜から元の人の姿に戻る。外傷は見受けられないが、倒れたまま動かない。
(とうとう……私一人ですかー……)
倒れたネロを見やり、血塗れになったシスターが重い息をつく。
敵はまだ何十人もいる。もうこの時点で絶望的だ。再生も鈍くなってきた。体力も限界に近い。しかしシスターは諦めるつもりはなかった。
(行けるとこまで行くと、私は誓ったのでーす。最期の瞬間が来るまで――せめて、ジュデッカだけでも……)
ジュデッカだけでも道連れにしてやろうと、シスターは心に決める。運命切断をジュデッカに仕掛け、ジュデッカの防御と回避を不可能にしたたうえで、ジュデッカに迫り、斬りかかる。都合がいいことに、今は周囲に影法師もいない。阻む者がいない。絶好の機会だ。
一度攻撃しただけで、例えそれが致命傷でも、ジュデッカは再生してしまう。殺しきることは出来ない。それでも一太刀浴びせ、それからまた一太刀浴びせ、自分の命が尽きるまで、何度でもジュデッカだけに狙いを絞って攻撃し続け、道連れにしようとシスターは考えた。もう自分に出来ることは、それくらいしかないと感じ、ただそれだけに集中することにした。
だがそれすら叶わないと、シスターは理解させられることになる。一太刀すらも浴びせられないと思い知る。
シスターがジュデッカに斬りかかろうと刀を振るった瞬間、強烈な殺気を伴った何者かが、文字通り地面の中から湧いて現れた。
それは花嫁衣装を身に纏っていた。動物の頭部の骸骨を模した仮面を被った花嫁だった。右手にはシャムシールが握られ、左手には長く伸びた鈎爪がはめられていた。
地中から出てくると同時にシャムシールが逆袈裟に振られ、シスターの胴を切り裂く。動きが止まったシスターの胸めがけて、鈎爪が突き刺される。
「美味しい所もっていくじゃねーか。カシム」
「へへっ。余計な手出しだったろうが、こいつで禊にしてくれるんだろ?」
ジュデッカがからかうような声で言うと、シスターに奇襲をかけたカシムが、仮面の下で嗤う。
「カシム、ジュデッカ、離れて」
政馬が声をかける。シスターへのとどめは自分で行うと決めていた。
「ヤマ・アプリ。八大地獄モード。衆合地獄」
二人が離れたタイミングを見計らい、シスターの罪業と罪悪感を用いて、とどめの一撃を加える政馬。
倒れたシスターの上に巨大な鉄塊が現れ、シスターの体に降り注いだ。
(終わったかな……)
シスターの体が巨大な鉄塊の下敷きにされる様を見て、ジュデッカは虚しい気分になる。
(これで……シスターともお別れか。俺が昔、散々悪さして、そんな俺の前に何度も立ちはだかっては、俺のことをこてんぱんにしたシスターがよう……。ハメられてこの有様か。こんな最期かよ……)
確かな悲しみが、ジュデッカの中にあった。哀悼の気持ちが自然と湧いてきた。何度も戦った間柄だったが、シスターに対して憎しみは一切無く、敵ながらリスペクトが有った。
(純子……嗚呼……近くに来ていますねー)
再生する力も無くなったシスターだが、鉄塊の下で、かろうじて意識があった。そして最期に想う。
(貴女を……殺さなくてよかった……。例えそれが悪いことでも……。シェムハザ……貴女と会えてよかった……。先に……逝きますね)
シスターは純子を意識していた。純子の姿だけを見ていた。脳内の話ではなく、実際に肉体から分離したシスターの目が、純子の姿を捉えていた。
「これが冷めてから味わう復讐の味か。なるほど。わかるよ。確かに絶品だ。時間を置いたうえで、あの時の悔しさと悲しさを思い起こしながら、味わうこの感覚。確かにこれはいいね。うん。これは実にいい。怒りや恨みで頭が熱くなっている時に味わうよりも、この方がいい」
シスターを潰した巨大な鉄塊を眺め、政馬は悦に入る。
「哲男、舟生、仇は取ったよ。復讐は果たしたよ。忘れた頃にね。冷めてからね。美味しいよ。心地好いよ。格言の通りだったよ。あは、あはは、あはははは」
笑い続ける政馬を見て、ジュデッカは複雑な気分になる。
(シスター、ゆっくりと休んでくれよ。これでやっと解放されたんだ。あんたはさ、長生きしすぎたんだよ。しかも自分で決めた変な使命のために……他人のために生き続けちまってさあ。それで……俺の四倍以上も生きてるんだろ? やっと輪廻の流れに還れるんだ。よかったよ。やっと逝けてよ……)
鉄の塊を見て、ジュデッカは悼む。
その時ふと、ジュデッカは空を見上げた。自分が作った結界が、上空から攻撃されていると感じたのだ。
空の道の中継地点であるガラスの階段に、純子の姿があった。そして結界を攻撃して破壊し、結界の中に入ろうとしている。
「遅かったな」
ジュデッカが息を吐き、結界を解く。純子が鉄塊の側へと転移してくる。
「純……」
声をかけようとした政馬に向かって、ジュデッカが手を上げて制した。
「シスター……本当に死んじゃうんだ……」
鉄の塊を見て、純子がぽつりと呟く。
(私に殺される最期になるのか、私の最期はシスターに殺されるのか、そんなこと、よく考えていたけど、どちらでもない結末だったね。ちょっと意外かな)
そんなことを思いながら、純子とジュデッカと政馬をそれぞれ一瞥した。
「あのさ……しばらく二人きりにしてほしいな」
「悪いけどそれは出来ない。純子、君がシスターを蘇生させるかもしれない」
純子の頼みを政馬が突っぱねる。
「いいや、あれはもう助からんぜ。霊魂が肉体と分離しかけている。命の火は尽きている。アンデッドにでもしないがきり無理だ。そっとしておいてやれ」
「わかったよ。ジュデッカがそう言うならそうするよ」
ジュデッカの言葉に応じ、政馬はその場を離れる。カシムとジュデッカも後に続く。
「シスター……」
純子が鉄塊の前でかがみ、声をかける。
「聞こえてるよね。もうちょっと頑張って、ここにいてよ。何とか、お別れの挨拶に間に合ったんだからさ」
純子は肉体から分離したシスターの霊体に向かって声をかけていた。
声に応じるようにして、純子の前に、シスターの霊が浮かび上がる。そして純子に向かって、嬉しそうに微笑みかけた。純子もつられるようにして微笑んだ。




