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勇気の視線は自然と柚に向けられた。何しろ柚がじっと勇気のことを凝視している。凝視する理由も知っている。
「お前か」
眉をひそめて一声発する勇気。前世からの因縁とやらで、自分によくない感情を抱いている柚の事が、勇気は苦手だった。
「縁に惹かれているのだろうか。そして今やはっきりと君達とは相対する立場となったな」
淡々と喋る柚。
「嬉しいのか? 俺は無益な争いは御免だし、お前とは特に事を構えたくない」
「それは私に対する引け目から来る思いなの?」
勇気がはっきりと言うと、柚は抑揚に乏しい口調で問う。
「引け目などあるものか。前世に振り回されたくはないが、それでもお前からすれば、俺はお前を創った親のようなものなんだろう? その間柄を意識するから、鬱陶しくて嫌なんだ」
「生まれ変わって記憶も無くなったから、引け目も生じようがない、と言いたいのか。そうか。当然の理屈だね。私はずっとずっとずーっと恨んでいたんだがな」
それまで淡々と話していた柚であったが、勇気の歯に衣着せぬ言い方にむっとして、声に怒りを滲ませる。
「ずっと連呼して恨み強調するの、何か可愛い」
「可愛いというか、そんなお茶目な一面あったんだな」
「お、お茶目……可愛い……。そ、そう取られるとは……」
鈴音と蟻広が微笑を零して言うと、柚は動揺を露わにする。
「お前達は純子が何をするのか、承知しているんだよな?」
勇気が柚と蟻広を交互に見やり、尋ねる。
「無論、目的は承知済みで協力している。世界中の全ての者が力を得る機会を得るのは、よいことだと思っているよ」
「質問の仕方が悪かった。最終的な目的じゃない。そのために何をするか、その手段の方だ」
「それは……少なくとも私は存じぬ」
「俺も知らないぞ。今回は詳しく教えられていない。手足として、現場に出て動き回ってることが多いからって理由もあるけどよ」
「そうか」
柚と蟻広の答えに嘘は無いだろうと勇気は見る。知らないと嘘をつく理由が見当たらない。知っていても教えたくないなら、教えないと答えるであろう。
「こっちからも質問だ。お前達、怪物の噂は聞いているか? 無差別に人を殺しまくっているという。遠視能力でも居場所の特定は困難で、追跡調査が難航している」
蟻広の質問を受けて、勇気は微笑を浮かべる。
「俺達もそいつを追っているんだ。純子ともこの件に関しては同盟を結んで協力関係にある」
「へえ……奇遇だな。ポイント1加算で」
「蟻広、御父上の助力があれば、こちらの追跡も捗るのではないか?」
「誰が御父上だ。その呼び方はやめろ」
柚の言葉を聞き、勇気は刺々しい声で拒絶する。
「そうだよ。私はまだ御母上じゃないし」
「何言ってるんだお前は……」
鈴音が口を出し、勇気が呆れる。
ふと、勇気の視線が車道へと向けられる。
タイヤのついたベッドが走っていた。ベッドには男がナイトキャップを被って寝ている。
「あれは何だ? パフォーマンスか? それともギリギリまで寝ていられるコンセプトの寝具兼運送機か?」
「わからない。また新たなる何かでしょ。この街は次から次へと新しいものが出てくるから」
訝る勇気に、柚が鼻白みながら答える。
「だよなあ。俺達は純子の言いつけに従って、文字通り東奔西走しているけど、転烙市に戻ってくるたびに、また新しい何かが導入されているんだ。純子が作っているのか、純子の元に集ったマッドサイエンティスト達が作っているのか知らないけど」
と、蟻広。
「今も話していたところよ。次々と新しいものが入る町。人々は新しいものに飛びつき喜ぶが、その喜びは一瞬だけ。すぐにただの日常へと変わる」
「そして贅沢に我儘を口にして、次の何かを求めている。刺激か、利便性か。この町の人間は、贅沢で欲深になりつつあるな」
「欲深……」
柚と蟻広の話を聞いて、鈴音はふと思った。
「純子はさ……あの怪物が、欲望を吸い取ってエネルギーに変えると言ってたよね?」
「つまりこの町そのものが怪物にとっても、無尽蔵な餌場ってことだ」
鈴音の言わんとしていることを察し、勇気は表情を引き締めた。美咲の父親は、想像以上に恐ろしい怪物なのではないかと、そう感じた。
***
超常能力覚醒施設前。ここでは主に裏通り関連のPO対策機構メンバーが、周辺の建物の中に潜み、攻撃指令を待っている。
彼等の司令塔である、新居と犬飼。そのお付きである李磊、シャルル、義久の五人の前に、一組の男女が訪れた。ヨブの報酬のシスターとネロだ。
「あらら、ン千年も世界を裏から牛耳っていた由緒あるフィクサー様が、今や風前の灯とはねえ」
犬飼が嬉しそうにおどけた声をかける。すでにヨブの報酬の本部や支部が、サイキック・オフェンダーの組織に襲撃されまくっている事は、耳に入っている。
「私達はこの半年間、サイキック・オフェンダー達と死闘を繰り広げてきましたー。ヨーロッパにおいては、日本よりもずっとサイキック・オフェンダーの数が多く、こちらの戦力も消耗が激しかったのでーす」
「な、何とか制圧したと思っていたが、奴等には生き残りがいて、何者かと組んで、リヴェンジしてきたのだ」
まるで自分達の敗北を言い訳しているようだと、義久は二人の話を聞いて思う。とてもこの二人が、遥か大昔から世界を裏から支配してきた組織の一つのトップだとは思えない。
「栄枯盛衰というにも突然すぎる凋落だな」
「私達は所詮秘密結社ですから、その表現はどうかと思いまーす」
新居の言葉を否定するシスター。
「それにしてもヨブの報酬は世界七大組織の一つだよね? サイキック・オフェンダーの逆襲で、そんなにあっさりと壊滅的状況になるなんて、信じられないよ」
と、シャルル。
「私達も現場の詳しい状況はわかっていませーん。話を聞いた限りでは、他所の領域のサイキック・オフェンダーもかき集められて、逆襲された格好でーす。そして裏で手引きをしている者がいますねー。昔から私達を敵視していた者達は沢山いますし、心当たりは大量ですが、それにしても手並みが鮮やかでしたー」
「ほ本部にミサイルが撃ち込まれ、移動中だった精鋭部隊を乗せた飛行機も撃墜された。こ、こちらの動きは尽く読まれていた」
「敵はただもんじゃねーよな。んで、相当恨んでいる奴じゃねーか」
シスターのネロの話を聞き、犬飼が思っていることを口にする。
「純子の仕業――ではないよなあ。あいつはこの転烙市で何かしら画策中だし、そんなタイミングでヨブの報酬を危険視して、けちょんけちょんにするってのも変な話だ。そんなことするなら、先に俺達の方が狙われていないとおかしい理屈になる」
と、新居。それ以外にも、純子がそこまで執拗に一つの組織を滅ぼしにかかる事には、違和感がある。犬飼が言うように、恨みの類が無ければ、ここまでやらないのではないかと。
「私も純子の線は薄いと見てまーす。彼女の性格を考えると、真っ向から対立姿勢に入っているわけでもないヨブの報酬に対して、そんな理由でここまで徹底的に攻撃してくるとは思えませーん」
シスターも新居に同感だった。
「後々邪魔になると見越して叩いたって線も無いのか?」
「か、考えにくいな。純子の性格からして……」
李磊が言うが、ネロが首を横振った。
「で、俺達に庇護を求めると? これまで散々偉そうな態度で接してきて、ピンチになったらごめんなさい助けてくださいってか?」
へらへら笑いながら、嫌味全開の犬飼。
「事情はわかったし、共闘関係であることは変わりない。引き続き待機していてくれ。俺達がすでに、お前等の敵と繋がっているかどうか、それを探りに来たんだろうが、俺等には全く覚えがないわ」
新居が核心をつく。
「ああ、そうだったのかー。それはわからなかったね」
「俺もわからなかった。頭下げて助けを乞いに来たとばかり思ってたぜ」
「俺はわかってたぞ」
シャルルと犬飼が新居の方を向いて感心いる一方、李磊は無精ひげをこすりながら得意げに笑っていた。
「両方でーす。探りにも来ましたし、お願いにも来ました。PO対策機構や裏通りの一員として、庇護下に入りたいとまで申しませーん。ただ、海外からのサイキック・オフェンダーの流入等があった際、真っ先に教えて頂きたいのでーす。もちろん、排除してくだされば言うこと無しですがー」
シスターがここに来た理由を全て正直に述べつつ、要求を口にした。
「PO対策機構と肩を並べて戦う限り、そちらが狙われた際に、知らんぷりはしないとだけ言っておく。裏通りの一員となるのであれば、そして中枢に忠誠を誓うなら、もっと話は早いが、そのつもりはないんだろう?」
「すみませーん。そこまでは思い切ることが出来ませんねー」
新居の確認に、シスターは真顔で拒んだ。ヨブの報酬は確かに崖っぷちにいるが、それでもシスターは巻き返しを図るつもりでいる。そうなると、裏通りに組み込まれたとあると、世間体的な面で都合が悪い。弱体化して、裏通りの傘下に降った組織にはしたくない。
***
シスター達が新居と対談しているその時、史愉、男治、チロンの三名も、丁度ヨブの報酬が謎のサイキック・オフェンダーの集団に、一斉に襲撃されまくった件に関して話していた。
「ザマーミロッス。あの独善糞組織は前から気に食わなかったんス。ぐぴゅう」
小気味よさそうに笑いながら史愉。
「たは~、千年以上も続いていた由緒ある組織だというのに、突然崩壊の危機だなんて、ちょっと信じがたいですね~」
男治が神妙な面持ちで言う。男治は過去何度か、グリムペニスのエージェントと衝突した事もある。
「ぐぴゅぐぴゅぴゅ、この世界にある支配者層の中でも指折りの実力、そして支配圏を持つ組織が、あっさりと壊滅の危機に瀕するなんて、愉快痛快爽快な話だぞー」
「世の中何が起こるかわからんものじゃ――と言いたい所じゃが、いきなりあっさり壊滅したというのは違うじゃろ。この半年間、ヨブの報酬の支配圏である欧米諸国は、特にサイキック・オフェンダーの暴走が酷かった地域じゃ。ヨブの報酬の教義として、超常の力そのものは神の教えに反する力であり、自分達の管理下にしない限りは認めぬという代物じゃから、絶対に容認できん。全身全霊でサイキック・オフェンダーの調伏に臨まねばならんかったからのー」
「その結果、弱体化しちゃったわけですね~。そして弱体化した所に、サイキック・オフェンダーの集団? らしき何者かの襲撃を受けまくったと」
「ヨブの報酬がサイキック・オフェンダー狩りをしていたと知り、サイキック・オフェンダー達を取り込んでいたのじゃろうか。だとしたら上手いやり方じゃのー」
史愉、チロン、男治がヨブの報酬に関すること話題で喋り続けていたその時、部下から連絡が入る。
「ぐ、ぐぴゅ……何だと……」
電話の内容を聞いて、史愉が思いっきり顔をしかめた。
「どうしました~?」
「純子とネコミミー博士がここに来て、あたしらに会わせろと言ってるぞ……」
「ほう~」
「おやおや、何の目的でしょうね」
嫌そうな顔で報告する史愉に、チロンは不敵に笑い、男治も微笑を零して興味を示した。




