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「犬飼さん、自ら来られていましたかー」
喫茶店の中に入ってきたシスターが、犬飼に声をかける。
「それはこっちの台詞だ。シスターは歴史に名高い大秘密結社の棟梁でありながら、よく動くね」
「そういう性分なのでーす。そちらの方は、裏通りのジャーナリスト、高田義久さんですねー。ヴァンダムとの討論は見事でしたー。会場で観戦していましたよー」
「ど、どうも……」
自分の名を口にされて、少し戸惑う義久。相手が世界を裏から支配するフィクサーの一人であることを、意識してしまっていた。
シスターが犬飼の向かいの席に座る。ヨブの報酬の他の面々は別の席に座った。
「一応こちらも援軍は呼びましたが、PO対策機構はどうですかー?」
「呼んである。ぽっくり市に待機している連中もこちらに向かっているし、東京からもさらに追加で来る予定だ」
シスターに問われ、犬飼は正直に答えた。
「双子の魔術師の女の子が捕まってしまいましたねー」
「あれは真のツレだ。真は純子と対立する構えだし、うちらの手足となって動いているが、連絡が途絶えちまった。ヤバそうだぜ」
その後犬飼とシスターは当たり障りのない会話を交わし、今後の予定なども多少は明かす。
「じゃ、そろそろ行くかなー。行こうぜ、義久」
「あ、ああ」
先に犬飼達が席を立った。
「有意義なお話ありがとうございまーす」
「いえいえこちらこそだ」
礼を述べるシスターに、犬飼がひらひらと手を振りつつ、もう片方の手でバーチャフォンを起動させ、着信したメッセージを見る。
『今、硝子山悶仁郎を尾行中。気配に非常に敏感で尾行は困難。最近いつもこればかりだ』
相手はデビルだった。
『お前が愚痴るなんて珍しいな。何のための尾行だ?』
『硝子山悶仁郎を辿れば、雪岡純子にも行き着く。雪岡純子を辿れば、相沢真とその仲間の解放も出来る』
『おいおい、お前が真を助けるつもりか。ちょっと意外だな』
『何も意外ではない。犬飼も彼等が囚われていることは、望ましくないと感じるだろう? 僕もだ』
『まーな』
デビルの考えを知り、犬飼は満足げに微笑んだ。
(よくわかっているなあと言ってやりたい所だが、違和感もあるぜ。何かデビルには、他の企みがあるんじゃないか? あるいは……企みというわけではない私情が混じっているとかさ)
勘繰る犬飼であったが、それが何であるかは、知りようがない。
***
捕らえられたツグミと牛村姉妹は、同じ部屋に監禁されていた。
「うううう……納谷さん、麻耶さん、覚悟しなくちゃいけないよ~……」
ツグミが頭を抱えて脅えて震えている。
「覚悟って何?」「あの……納谷さんじゃないんだけど……。私は伽耶」
麻耶が問い、伽耶が憮然とした顔で訂正する。
「女の子が囚われの身。もうこれはね、絶対にエロ拷問受けるしかない運命なんだよ……。ううう……そして私は、エロ拷問で処女喪失のトラウマを一生抱えて生きることになっちゃうのだ~……」
「他ならともかく、純子がそんなことする?」
「正直もっと恐ろしいことされても不思議じゃない」
ツグミが最悪の予想を述べるが、麻耶には信じられなかった。伽耶は別の可能性を考えている。
「私にはわかるもん。雪岡先生、ちょっとレズっ気あるのが……」
「そうなの?」「同類なの?」
「うーん……少しあるかも。ていうか私の中の男の子の方の私は、普通に女の子が好きだし」
麻耶の問いを躊躇いがちに認めるツグミ。
「いや、私はともかく、雪岡先生はBL大好きで尻フェチでケモナーでレズっ気もありの、業の深い人なんだから、油断禁物ってこと」
「趣味多いイコール業深い?」「人、それを業の欲張りセットと言う」
伽耶が小首を傾げ、麻耶は腕組みしてうんうん頷く。
「ところで保谷さん、もっとオソロシーことって?」
「伽耶だって言ってるの。わざと間違えてるよね? そうよね?」
「痛たたたた、ずびばぜん」
伽耶が半眼になって、ツグミの頬をつねって引っ張る。
「おお伽耶よ、中坊相手にムキになるとは、大人げない」
棒読みでからかう麻耶。
「純子はマッドサイエンティストだし、私達は――いや、ツグミと麻耶は真の口車に乗せられて、私は麻耶のおかげで泣く泣く。純子と敵対しちゃった。私達は研究素材として、何をされてもおかしくないってこと。麻耶はちょっと呑気すぎる」
「むー……」
伽耶が神妙な口振りで言うものの、麻耶には純子が非道なことをするイメージが湧かない。
「うん……雪岡先生は私の能力に興味津々だったからね。きっと私、エロ拷問でさらなる力を覚醒させる実験とかされちゃうよ。イヤー! イクー! ボーン! こんな感じで私は暴走ラスボス化しちゃって、止めるには殺すしか方法が無くなるっていう、そんなストーリー展開が今からもう見える~」
「エロ拷問から離れて」「安直な妄想」
一人で盛り上がるツグミに、姉妹が揃って溜息をつく。
「嫌だったけど麻耶のせいで付き合わされたって、私は純子に命乞いするつもりだから。悪く思わないで」
「おお伽耶よ、マッドサイエンティストに命乞いとは、情けない」
伽耶が前もって宣言すると、麻耶がまた棒読みで茶化した。
「えっと~……仮にその命乞いが通ったなら、麻耶さんだけ頭を体から切り離されて、それで実験台にされるの?」
「再生装置あるから、頭取られてもまた生えてくるし、わりと無意味」
ツグミの疑問に、真顔で答える麻耶。
「生えてくるの!? ヒドラ!?」
ツグミが目を丸くする。
「その仇名は超ムカつくからやめて」「ヒドラよりヒュドラと呼ぶべき」
「仇名のつもりで言ったんじゃないし、ヒドラの方が親近感あるんだけどなあ」
『何で親近感?』
ツグミの思考回路が尽く理解しがたい牛村姉妹であった。
***
ぽっくり市に滞在していたPO対策機構の精鋭達は、全員揃って輸送ヘリで転烙市へと向かっていた。
先遣隊として潜入した真からも、勝手に先走った犬飼からも、一切の報告が無いことを不審がっての決定だった。生存そのものは確認出来ているし、連絡はつく。しかし転烙市内がどうなっているのかについては、一切情報を寄越さない。
「たは~、もう殺されている可能性もありますよね~。連絡つくといっても、本人ではない可能性も高いですし」
「全く役立たずな奴等ッス。ぐぴゅう」
「いや、色々と確認してみたけど本人だったぜ。ただ、転烙市の情報だけは何を質問しても答えねーんだ」
ヘリの中で、悲観的な台詞をすると男治と、毒づく史愉に、バイパーが言った。バイパーは真に直接電話して、かつて薬仏市で組んで行動した際のことなどを質問して、本人である確認を取っていた。
「しかしその真は、今は連絡そのものもつかねーときた。犬飼のアホとは連絡つくけどなー。何かあったのは真達だけみてーだ」
新居が言う。今日の午前中は連絡も出来たが、数時間前から電話もメールも一切反応が無い。
轟音が鳴り響く。振動が微かにヘリに伝わる。
「何ですか~?」
「威嚇射撃があったみたい」
男治が誰とはなしに問うと、シャルルがヘリの窓の外から答えた。
「無線が入りました。転烙市内に空からの侵入を試みるなら撃墜するとのことです。入るなら陸路で入るようにとのことです」
ヘリの操縦席から、操縦士の一人が通達する。
「誰からの警告だよ?」
「転烙市からの警告――だそうです」
新居が尋ねると、操縦士が答えた。
「上等だぞー。このまま突っ込んでやるといいぞー」
「そんなわけいくか阿呆。全てのヘリに降下するよう伝えろ」
勇む史愉だが、新居は認めなかった。
「つーか……あれは何だよ」
ヘリの窓から外を見て唸る李磊。
「塔……? 柱? どんだけ高いんじゃ。ちゅーか、人が飛んでるように見えるんじゃが……」
チロンが李磊の隣に来て、天高く伸びるオレンジの塔を見て驚いていた。
ヘリが全て降下し、新居、シャルル、李磊、バイパー、桜、つくし、殺人倶楽部の面々、弱者盾パワー委員会会長の澤村聖人、史愉、男治、チロン、その他PO対策機構の精鋭達が、ヘリの外へと出る。そして全員が、転烙市のあちこちから伸びている、上が見えないほど高く伸びているオレンジの塔を、そして転烙市の空を飛び交う人々や荷物を目撃することになった。
「信じられない光景ですう」
「これが転烙市……。こんなことになっていて、情報が全然伝わらないって、どうなってんだ?」
優と鋭一が転烙市の空を見上げて言う。
「何だこれ……ぐぴゅ……」
史愉がバーチャフォンを起動しつつ、顔をしかめた。
「どうした?」
「映像撮って……グリムペニスに情報送ろうとしたら、頭の中に赤い猫が現れて……意識が飛びかけたぞ……」
新居に問われ、史愉は真っ青な顔で答えた。
他の者達も試してみたが、史愉と同様の現象が発生し、転烙市の情報が一切外に漏れない理由の一端を思い知ることとなった。




