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PO対策機構が襲撃を受ける十数分前。
ミルメコレオの晩餐会のメンバーは大半がサイキック・オフェンダーだ。
日本東部において、PO対策機構が組織されたことによって、それまで自由きままに犯罪を働いていたサイキック・オフェンダーが、次々と駆逐され、残ったサイキック・オフェンダーは西に逃れるか、大きな組織に身を寄せるしかなくなった。そしてその大きな組織とは、一つしかない。それがミルメコレオの晩餐会である。
これまでにおいて、PO対策機構との小規模な衝突は数限りなくあったものの、本腰を入れてミルメコレオの晩餐会が事を構えたことはない。組織化され、数が揃った時点で、PO対策機構も迂闊に手を出せなくなったのだろうと、ミルメコレオの晩餐会は見ていたし、所属するサイキック・オフェンダーもそう考えて安心していた。しかしその見通しは甘かった。
「PO対策機構、本気で攻めてくるのかよ……」
「ただの噂だといいけどな」
「馬鹿。もうスパイが確認取ってあるんだよ。ボスは総力戦で臨むって話だ」
「西に逃げとくのが正解だったんじゃねーか……? 今更だけどよ」
いよいよもって自分達の運命も風前の灯火なのではないかと、脅えだす者もいた。
不安がるメンバー達の前に、汚山が現れた。今の臆した背振も聞かれていたのではないかと、メンバー達は慄く。何しろ汚山は非常に不機嫌そうな顔だったからだ。
「おい、これ見ろよ」
汚山がホログラフィー・ディスプレイを投影する。
『ネトゲ税導入ってマジか? そんなんやられたら俺生きていけない』
『ネトゲ廃人は死んでいいけど、環境税が増税するのは許せない』
『変な税金増えていくなあ。増税もするし、葛鬼勇気も結局は貧乏人イジメするのよね』
『葛鬼政権は以前の政党とダブる政策多いから嫌い』
SNSが映し出され、そこに政府に対する不満が並べられていた。
「こういう愚痴や不満をぶちまけたがる奴ってのは、どうせ無才無能の貧乏人のド底辺って相場が決まってるんだよな。俺はこういうの見るとムカムカしてたまらなくなるんだ。ゴミはゴミ相応の人生生きてろっての。身の丈を知れっての」
吐き捨てると、汚山は部下達を睨みつけた。
「お前達もこのくそごみ共と同じか? お前達はこのミルメコレオの晩餐会に入って、金と安全を手に入れた。その分、働く義務があるはずだよな? それとも危なくなったらとっとと逃げ出すのか? 戦えもしないゴミ。戦う気も無いクソ。そのうちのどちらかだったっていうんなら、お前達もこいつと同じにしてやるぞ」
汚山は彼等が不安を口にしていたことを、しっかり聞いていた。メンバー達は震えあがる。
そんな彼等の前に、汚山はビニール袋の中から肉塊を取り出して放り捨てる
「ここでクイズ。こいつ誰だと思う?」
床に転がる肉の塊を見て、汚山がにやにや笑いながら問う。人の胴体のようなものに、人の頭部のようなものがついているが、手足は無い。頭部には、目と鼻があったと思われる穴、口だったはずの歯も舌も確認できない穴が開いている。皮は残さず剥ぎ取られている。
「デスドライブ笛沢だよ。見違えただろう? 貰った分の働きができない役立たずには、俺のオモチャになって俺を楽しませる役割を与えてやるよ」
震える部下達をおかしそうに見渡しながら、汚山は上機嫌になって語る。
「こいつの死に方は傑作だったぜ。なるべく死なないように長持ちするように遊んでたんだけどよ、最期は血を吐きながら『うごーうごー』とか言い続けて、ずーっと泣いてたよ。泣きながらもずっと俺のことを恨めしげに睨み続けていたよ。あれがせめてもの抵抗のつもりだったのかねえ? 無能のカスが出来ることなんて、その程度のことさ。ぎゃはははははっ!」
「脅しすぎです。返ってこれでは逆効果でしょう」
汚山の後ろにいたルーシーが、高笑いをする汚山を諫めた。
振り返り、いつものようにルーシーを殴り飛ばす汚山。
「効果なんか期待してねーんだが? 俺は無能が嫌いだという話をしていただけだ。無駄飯食いが嫌いだという話をしていただけだ。お前頭いいと思ったら、時々馬鹿になるな?」
「しかし現実問題として、PO対策機構との戦いは熾烈を極めるものになると予測できますし、一人で戦力は欲しい所でしょう。脅して畏縮させてしまうのはマイナスです」
汚山が凶顔をさらに歪めてルーシーに詰め寄るが、ルーシーは全く臆さず、思う所を口にした。
「ここが正念場だろうな。俺の力の証明の場でもある。十二年間牢獄に繋がれていた恨みと屈辱が、俺に無尽蔵の力を与えてくれる」
ルーシーの言葉を認めつつも、汚山に恐れはいささか見受けられず、逆に闘志を滾らせていた。
***
市民センター入口に向かって、さらに一人の男が突っ込んでくる。身長2メートル以上あると思われる巨漢だ。
「サイダー!」
銀色の防護服で全身をすっぽり包んだ男が高らかに叫んで、市民センター入り口に、手にしたじょうろから液体を撒いた。じょうろは男が背負った巨大な缶と繋がっている。
「サンダー!」
銀色の防護服の男がじょうろを放して、両手に警棒のようなものを持ってかがみ、市民センター入口の床に突き立てた。
突っ込んできた巨漢が、銀色の防護服の男の前で、糸が切れた人形のように倒れた。銀色の防護服の男が撒いた液体をつたって、電撃を食らったのである。
「あいつもいたのか」
真は銀色の防護服の男を知っていた。サンダー・サイダーという殺し屋だ。
そのサンダー・サイダーが後方に大きく吹き飛ばされた。市民センターのエントランスを舞い、床に叩きつけられる。外にいるミルメコレオの晩餐会の能力者の攻撃を食らったと思われる。
窓の近くで銃を撃っていた者の頭部が腐れ落ちる。
その隣にいる男が驚いて窓から離れたが、遅かった。半透明の赤い巨大な腕が窓から入ってきて、男の胴体を握りしめると、そのまま握りつぶしてしまった。胴体が二つに千切れ飛び、血と臓物がぶちまけられる。
「少し不利かな」
受付奥の事務室で、市民センター内の駐車場の様子と、一階と二階の様子を見ながら、新居は冷静に呟いた。全体的な戦闘の様子を見た限り、敵の方が手数が多いように思える。戦闘不能、死亡に至った者の数も、PO対策機構側が若干多い。
優は消滅視線をしばらく温存することに決めていた。強力な能力者が出てこない限りは戦闘に参加しないでおくつもりだ。
代わりに琢磨、冴子、鋭一が必死に奮闘している。特にエネルギーの吸収蓄積解放を行える琢磨は、守りの要だ。竜二郎は三人のサポートに徹し、岸夫は優の守護に専念したいので、これまた温存の構えだ。
史愉、ふく、男治は裏庭の方を護りに行ったが、裏から回られている気配は今の所無い。
「いきなりこちらが不利だぞ。何人も殺られてる」
「というか、敵の士気が高いね」
「負ければ後が無い必死さを感じるな。こちらはそういうことは無い」
輝明、修、真がそれぞれ言った。
「突っ込め―! ひるむなーっ! 戦って戦って戦い抜けーっ! 死ぬ時は潔く死ねー!」
敵の一人が外で喚きながら刀を振り回し、市民センター入口へと突っ込んでくる。
「おいおい、やけにテンション高い奴いるぜ」
「変な漫画でも見て影響受けてるのか?」
喚いている敵を見ながら、輝明と修が笑っていたら、その敵が、PO対策機構の誰かの能力によって首をはねとばされた。
「あ、本当に潔く死んだね」
「馬鹿な死に方……」
「ジャップ……」
ツグミが言い、上美とアンジェリーナが呆れる。
「あれは潔いとは言わないだろ。ただの自分に酔った蛮勇の自滅だ」
と、真。
「それに戦いに潔さなんていらない。勝つことは大事だが、生き残ることはもっと大事だからな。潔さを美徳とする奴も……まあそれはそれでいいかもしれないが、僕はどんなに見苦しくても自分の信念を通すために、じたばた足掻く人間の方が好感持てるし共感もできる。僕もそういうタイプだしな」
「ケッ。同意見だが、俺には言わせれば潔さに美なんて感じねーよ。見てくれの無様さを避けるために、格好つけているだけっつー、無様で滑稽さなら感じるがな」
持論を口にする真と輝明。
そこに新居がやってきた。
「ニーニー、不利だぞー。何とかしろよ」
輝明が新居に声をかける。
「士気の違いが勢いの違いに繋がっているな。ミルメコレオの晩餐会は攻勢に出ている。こっちは明らかに守りに回っちまってる。さてどうしたものかなー」
にやにや笑いながら、新居は真に目をつける。
「お前なら死なないように掻き回してくることが出来るだろ。一人で無双してこいとは言ってない。掻き回せばいい」
言いつつ新居は、市民センターの裏庭へと足を運ぶと、裏庭に運び込まれていたコンテナの一つを開けた。
「俺がこいつで滅茶苦茶にした後、真がさらに掻き回してこい」
言いつつ新居は、コンテナの中から巨大な銃器を取り出し、市民センターの中へと運び込む。
「でけー銃が……」
「よくもまあそんなもの持ち込んだね」
「味方も巻き込まない?」
輝明、修、上美が言う。
「自動擲弾銃――グレネードマシンガンか」
新居が両手で抱えて運ぶ銃を見て言った。
「味方に被害を出さないように、敵さんの後方にいる奴等を狙って撃つさ。だから前方を掻き回すのは真の役目だ。ひるんだタイミングを見計らえ」
と、新居。
「相沢先輩一人でいいの?」
ツグミが伺う。
「こいつなら俺の思うように上手くやるさ。なあ? 期待に応えてくれる出来る奴だよなあ? お前はよ」
「どうかな」
新居が念押しすると、真は珍しく一瞬だけ微笑をこぼした。
窓にグレネードマシンガンをセットすると、新居は外にいる敵めがけて、グレネードを撃ちまくった。擲弾が続け様に何度も爆発を起こす。
「はははははっ! 超常の能力者様の部隊も、こいつ一つであっさりぼろぼろだなあっ!」
爆撃で吹き飛んでいくミルメコレオの晩餐会の能力者達を見て、新居が楽しそうに笑う。
「ちょっと……入口近くにいる味方も爆風食らってるよ」
「へーきへーき、多分死なねーよ」
上美が報告するが、新居は笑顔のまま攻撃の手を緩めない。
「というか、こんな派手なことしていたら、ここが狙われるよね」
「へーきへーき、すぐ引っ込むよ」
修が言うと、新居は攻撃をやめて、グレネードマシンガンを持って窓から離れた。
新居が自動擲弾銃の連射をやめたタイミングを見計らって、真が市民センターの庭に飛び出した。
グレネードの連続爆発によって、ミルメコレオの晩餐会は相当な被害がもたらされた。生き残っているミルメコレオの晩餐会のメンバーは、混乱と恐怖に陥っている。真が飛び込んできても反応できなかった。
(この数の敵を瞬時に皆殺し――なんて無理に決まっている。でも、無力化なら出来る。ほんの数秒な)
爆撃の直後で、硬直、もしくはへたり込んでいるミルメコレオの晩餐会の構成員達を尻目に、真は懐からあるものを取り出し、彼等の後方へと三つほど投げつけた。
真は即座に市民センターの中に戻る。次の瞬間、大きな破裂音と共に市民センター前に光が閃いた。




