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一高と大丘越智雄のセミナーに訪れた青少年十数名は、大丘に連れられて、高めのホテルに宿泊していた。
昨夜のうちに大丘によって、一高に憑けられていたGPS受信機は取り除かれた。今日は様々なチェックや手続きを行い、明後日に西へと送られると告げられた。
(洋司の奴……僕を心配して……)
弟が自分のために動いて、裏番や崖室ツグミといった、安楽二中の有名人まで動員してきたことを意識し、一高は胸の高鳴りのようなものを感じる。
(僕がいつもあいつを面倒みていた意識だった。あいつもいつも僕を頼っていて……それが煩わしく、重荷にも感じていたけど……でも……あいつはあいつで、僕のことを……)
自分を案じて動いてくれた弟のことを意識し、一高は苦悩する。
(自分一人だけで一生懸命頑張っているつもりになっていた。そんなはずないじゃないか。母さんだって頑張っている。部活の皆だって頑張っている。洋司だってそうだ。僕は間違っていた)
一高はこの時初めてその事実に気付き、認めた。
(大丘さんには悪いけど、家に帰して貰おう)
決意した一高が部屋の外に出る。
「こらこら、危険だから部屋の外に出るな。昼間のことを忘れたのか? 怪しい連中が君等を狙っているんだ」
廊下に出た瞬間、いかつい顔の男に阻まれてしまった。廊下には他にも、いかにもガラの悪そうな男達が控えている。
警備をしているこの男達が、ミルメコレオの晩餐会に所属するサイキック・オフェンダーであるということを、当然一高は知らない。
(駄目なのか……。ああ……これは不味いことになった。もしかすると大丘さん、人さらいの悪人だったのか……?)
ガラの悪い男達を見て、そんな疑惑が一高の中で芽生える。
部屋に戻った一高は、ネットで大丘のページに繋げてみた。
『どうしました? 不安になりましたか?』
「気が変わりました……。帰りたいです……」
『そうですか。わかりました』
意外とあっさり受け入れられてほっとする一高。
『しかし明日になるまで待ってください。周囲に危険な輩がのさばっています。そして明日のテストを受けてから決めて頂きたいです』
(ああ……やっぱり駄目か……。明日のテストって一体……)
帰宅を拒まれ、一高は頭を抱えた。一高の疑念と不安はどんどん強くなっていく。
(僕は……今の辛い状況から助けて欲しかっただけなのに……おかしなことに巻き込まれちゃったのかな……? ちゃんと周りに相談すればよかったのかな?)
疑念と不安はやがて後悔の念も呼び起こした
***
裏通り中枢施設の一つに、中枢最高幹部である悦楽の十三階段のメンバー全員が集結していた。
真、犬飼、新居、沖田、弦螺、エボニーの六名は、先程からずっと、ミルメコレオの晩餐会に関して話し合っている。
「グリムペニスも殲滅作戦には乗り気だな。政府も殺人倶楽部を動かす予定らしい」
沖田の言葉を聞き、犬飼は優のことを意識する。
「しかし奴等を片付ける前に、はっきりさせなくてはならないことがある」
「なんにゃー、それは?」
エボニーが沖田に向かって尋ねる。
「ミルメコレオの晩餐会が行っていた悪行の数々を赤裸々にするるる。そして隠れメンバーも世間に公表するるる」
沖田ではなく弦螺が答える。
「奴等は様々な黒いビジネスを行っているが、その中でも最近異質なのは、人身売買だな。主に西との取引だ。ただ金儲けをしているだけではない気配がある。西とどういう繋がりがあるのか、何を目論んでいるのか、その辺をはっきりさせたい所だ」
「あのアホ面タレントのデスドライブ笛沢も、その一員だったな。ニュースでも流してやったが」
沖田と新居が言った。
「はいはい、しつも~ん。何で金儲けだけが目的じゃないって思ったんだい?」
犬飼が手を挙げて尋ねる。
「西との人身売買は、ただ売り飛ばすだけではなく、条件付きの選別を行っているからな。その条件が気になった」
沖田ではなく真が答える。
「ああ、どういう基準で選んでいるのか、現時点でそこまではわからないが、若者が多い。デスドライブ笛沢にしても、昨日判明したカリスマカウンセラーの大丘越智雄にしても、ターゲットは若い層だな」
と、沖田。
「いや、ある程度はわかっている。悩みを抱えて救いを求めている連中だ。そして、怪しい連中にあっさり騙されてしまうような奴等だ。抑圧を受けていて、純粋な心を持つ奴等だ」
真が自分の調査した結果を報告した。
「西でおかしなシューキョーでもやっていて、そこに入信させようってのかねえ」
「洗脳して強固なサイキック・オフェンダー組織を作るかもしれないよう」
犬飼と弦螺が推測を口にしする。
「僕が西に行ったら、その辺もちゃんと調べてくるさ」
「気を付けろよ。今まで西に送った調査員は、ほとんどが帰ってきていない」
真が心なしかうそぶくように言うと、新居が注意を促した。
「帰ってきた奴は、ネットで流れている話以上の、大した情報を得られなかった無能な奴だったな。無能な方が生き残っちまうなんて皮肉だぜ」
「情報を得て生き残れるだけの有能な奴がいなかったとも言える」
文字通り皮肉を込めて言う犬飼に、真が冷淡な台詞を口にする。
「それは言い過ぎだ。犬飼の真似でもしてるのか? 死んだ部下を罵る馬鹿になるな」
「まったくだにゃー」
新居がやんわりと注意し、エボニーが頷く。
「そうだな。今のは言い過ぎた」
「おいおい、俺そんなにゲスい発言したか?」
真は素直に認める。犬飼はへらへら笑いながら誰とはなしに尋ねたが、誰も返事はしなかった。
***
ツグミと上美は昼食を取って、学校を早退した。
一高に取りつけたGPSは破壊されてしまったが、ツグミの踊るジンジャークッキーが、一高の側にいて監視を続けている。
ツグミと上美が喫茶店で作戦を練る。同時に待ち合わせもしている。上美曰く、助っ人を読んだそうだ。
「ジャーッブ!」
「おおお、アンジェリーナさんも来たんだあ、こりゃ心強いね。よろしくジャーップ!」
喫茶店内に現れるなり、ツグミと上美の方に向かって腕を突き出して叫ぶアンジェリーナを見て、上美も嬉しそうに叫ぶ。
「二人共、店の中であんまりうるさくしないで」
「すまんこっこ~」
「ジャップップップ~」
上美が注意し、ツグミとアンジェリーナは二人揃ってへこへこと頭を下げて謝罪する。
上美が呼んだのはアンジェリーナだけであるが、真が要請したPO対策機構の者も合流する予定なので、その者達も待ちながら、会話を続ける。
「明後日に西に連れていかれるんだってさー。今日のうちに取り戻さないとね。今日だって危ないんだけど、何かされるみたいだし」
踊るジンジャークッキー経由の情報を伝えるツグミ。
「使い魔みたいな感じで、崖室さんの怪異の視点で、遠くの物も見れるし音声もわかるって、何気に凄いね」
上美が感心する。
「あの二体限定なんだけどね~。踊るジンジャークッキーが視覚、フルーツサイチョウが音声と、役割も異なるし。フルーツサイチョウはあまり長時間私から離れて長距離出しておけないから、引っ込ませちゃったけど」
「あれ? 音は届かないのに会話わかったの?」
「チャットしている所を見たの。明日テストするとか何とか」
「なるほど」
「一高先輩、家に帰りたがっているみたいだったよ。表情も怯えていたし」
そう言ってツグミは表情を曇らせたその時、三人のいる席の前に、制服姿の少年二人組が姿を現した。私立アース学園の制服を着ている。
「PO対策機構から送られてきたもんだ。ケッ、安楽二中かよ……。嫌な思い出しかねーぜ」
「制服懐かしいね」
「うおー、アース学園の高校生さんだー。って、安楽二中のOBなんだね」
ツグミが二人の少年を見て言った。
「星炭輝明さんと虹森修さん?」
「そうだよ。よろしくね」
上美が確認すると、修がにっこりと微笑んだ。
「これが噂のアンジェリーナか。話にはよく聞いていたけど」
「ジャップ!」
じろじろと見る輝明に、アンジェリーナは険のある声で叫ぶ。
その後、ツグミと上美はこれまでの経緯を輝明と修に伝え、踊るジンジャークッキーで監視を続けていることも話した。
「西に送られる期限が明後日というのは本当か? 狙われているとわかっているのに悠長だな。事情があるのかもしれねーけど、監視されていることをわかったうえで、嘘の情報を流して、今日のうちに西に送っちまう可能性もあるぜ」
「だよね。出来るだけ早く動くべきだ」
輝明が言い、修が同意する。
「どちらにせよ、合流して打ち合わせしたら、今日のうちに動くつもりだったから」
「ジャップっ」
上美が言い、アンジェリーナが気合いを入れて頷く。
「ケッ、じゃあさっさと行くとしようぜ」
「おーうっ!」
「ジャーップ!」
輝明が立ち上がると、上美とアンジェリーナも声をあげて威勢よく立ち上がった。喫茶店内の視線が集中し、上美と修は渋面になっている。




