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ツグミ、スピカ、洋司の三人は、洋司の兄である中司一高の方を調べることにした。
「家に帰るのが遅いんです。部活もさぼっているみたいで……。前は熱心だったのに」
安楽二中校舎内を歩きながら、洋司が沈みがちの顔で話す。
「つまり今どこにいるかはわからないんだね?」
「はい……」
「何部?」
「バレー部です。体が弱い僕と違って、兄さんは運動神経良くて、バレー部のエースだったらしいです」
尋ねるスピカに、洋司が答える。
三人はバレー部に聞き込み調査を行うことにした。
「あ、報道部の崖室さんだ」
「あの七十七の怪異の使い手の……」
「うちにきたってことは、もしかして……」
「もしかしてじゃない。中司の弟がいるから、間違いなく中司のことだ」
体育館を訪れると、バレー部員達はツグミと洋司の姿を見て、口々に囁いた。
「中司のことで調べにきたんですか?」
部員の一人が先に声をかけてくる。
「うお、言い当てられたっ。エスパー?」
「洋司君がいるからじゃない? それに欠席続きだから」
ツグミがオーバーに上体を逸らして驚き、スピカが冷静に言った。
「中司一高先輩のことで何か様子おかしいとか、教えてくださーい。弟さんも心配しているんでーす」
「画伯、こういう時はもうちょっと喋り方考えよう」
ツグミが軽い口調で尋ねたので、ツグミが注意した。
「最近人が変わったみたいで……」
「声かけてもよそよそしいし、友達付き合いもしなくなって、休み時間も全く喋らなくなってネットにかじりついてるよ」
「バレー部にも全然来てない」
「もうすぐ大会が始まるのになあ。あいつがいないと全国行くのは難しいぜ……」
バレー部員が口々に答える。
「あれれ? 崖室さん、どうしてここに?」
女子バレー部の上野原上美が体育館に入ってきて、ツグミ達に声をかけた。
「おおっ、上美ちゃんはっけーん。おいすーっ」
上美の方を向いて、笑顔で片手を上げるツグミ。
「実は中司一高先輩のことでかくかくしかじかー」
「ああ、中司先輩のことは私達の方でも噂になっていたし、心配してる子もいるよ」
ちらりと女子のコートを見る上美。
「先輩に片思いの子とか多かったみたいだしね」
「げっへっへっへ、上美ちゃんは?」
「私のタイプではなかったから。ていうか何でそこで、助平親父みたいな顔になるのよ」
凄まじくいやらしい笑みを広げてみせるツグミに、上美は少し引く。
「何か他に気付いたこととか、変わったこととかないですか?」
「あの様子だけでも十分変わっていたんだけどなあ」
洋司に尋ねられ、上美は難しい顔になった。
「あ、俺中司に勧誘されたことあるわ。怖かったから誰にも話さなかったけど」
「勧誘? 勧誘って?」
バレー部員の一人が気になる台詞を口にし、スピカが尋ねる。
「ああ……それ僕もあるね。ネットのカリスマカウンセラーとか、そんなのを紹介してくれるとかさ。ひょっとして中司、そんなのハマってるからおかしくなってるのか?」
「中司のダチからもその話を聞いたぞ。ダチに声かけまくったらしい。断ったらすげー機嫌悪くなって、それ以来話をしてないとか」
他の部員が答える。
「いよいよ怪しくなってきたね」
「やばーい。何だかわからないけど危なくてやばーい」
スピカが眉をひそめ、ツグミは何故かおかしそうに笑う。
「あの……うちの兄さん、おかしくなる前におかしくなるようなきっかけとか、心当たりはないですか?」
洋司がおずおずと尋ねる。
「うーん……わからないなあ」
「オイは知らんですたい」
「僕も存じませぬ」
「俺心当たりあるよ。もしかしたら……程度の話だけど」
「はい、心当たりキター。手がかりキター。言って言って」
心当たりがあると言った部員に詰め寄り、弾んだ声で促すツグミ。
「中司が整形外科に通っていた姿、見ちゃったんだよね。深刻な顔してた」
「兄さんが病院に……。そんなの僕も知らなかった。多分母さんも知らないと思います」
部員の話を聞いて、軽くショックを受ける洋司。
「つまり怪我を気にしていた? それで部活も出られなくなっちゃったってこと?」
スピカが導き出された可能性を口にする。
「そうかもしれない。中司、責任感強いし、うちの大黒柱だったからなあ」
部員の一人が神妙な表情で言った。
「洋司君のお兄さんに直接会ってみたいね」
と、上美。
「今どこにいるかわからないから、電話かけてみます」
洋司が電話をかける。
「裏番も捜査に加わってー」
「うん、いいよ」
ツグミが呼びかけると、上美は二つ返事で応じた。
「何かひどい話だね。責任感の強い人の心が弱くなった隙に付け込んで、マインドコントロールしているんでしょ」
上美が怒りを滲ませた声で言う。
「うん、そうなるね。目的はよくわかんないけど」
「だから許せないと思って協力することに決めたの」
スピカと上美が話していると、洋司の電話に相手が出た。
「あ、兄さん……。実は会って欲しい人がいるんだ」
『何だ? 何で俺に……どんな人だ……』
「えっと……」
「よっしゃ、彼女って言って」
逡巡している洋司に、ツグミが促す。
「えっ!? か、か、彼女……」
電話は切れた。
「切られちゃいました……」
「そりゃそうでしょ……」
「えー? どうして?」
スピカが呆れ、ツグミはきょとんとした顔になる。
「あのさあ……崖室さん……。精神的に参ってる人だってこと忘れてない?」
「そっかあ。咄嗟だったから……」
上美も呆れて指摘する。
「画伯はその先の展開とかもちゃんと考えていた?」
「うん。恋人を演じきるつもりだったよっ」
スピカも呆れて問うと、ツグミは自信満々に胸を張った。
***
グリムペニス日本支部ビル。
「PO対策機構がサイキック・オフェンダーのA級の大物を取り逃しやがったぞー。ぐぴゅう」
音木史愉が仏頂面で言う。
「我々にとってもPO対策機構の失態は他人事ではありませんよ。現場には海チワワのメンバーもいたそうですしね」
グリムペニスのトップ陣の一人である吸血鬼、宮国比呂が穏やかな口調で言った。
「原山勤一を担当していたのは裏通り中枢だし、奴等の失敗と見ていいっス。だからめいいっぱい罵ってやるぞ」
史愉が吐き捨て、狐耳を生やした金髪翠眼の少女チロンを見た。
「純子と累の居場所はまだわからないんスか?」
「わからんよ。西にいる説は出ておるがの」
チロンが肩をすくめる。
「西は超常の能力者の数が東に比べて段違いです。東から逃げた者の数が多いせいもありますが、取り締まりもろくにされていない状態ですから」
と、宮国。
「たは~、嫌な時代ですね~。超常の領域のレアリティが薄れてしまったというか……」
かつては妖怪作りの妖術師の第一人者であり、現在は生物兵器開発を行うマッドサイエンティスト――男治遊蔵が溜息混じりに言った。
「ワシが思っていたほどではないがの。もっと文明をひっくり返すような超絶カオスな世界の到来も予期していたが、そうはならんかったのー」
チロンとしてはそうなった世界も見てみたかったと思うが、その状況で必ずしも自分の一族が優位に立てる保障も無い。チロンとその一族はグリムペニスという組織に組み込まれ、そこで良い待遇を与えられているので、現状維持でも全然構わない。
「また裏通りの連中から連絡きたぞ。原山を取り逃した失態の穴埋めも兼ねて、東に残ったA級サイキック・オフェンダー最後の大物、汚山悪重。奴の討伐と、奴が率いるサイキック・オフェンダー集団『ミルメコレオの晩餐会』の壊滅に、全力を注ぐとのことだぞ」
チロンがいち早くメールをチェックして報せる。他の三人も確認する。
「ま、あたしは構わんぞ。実験台も確保できそうだしな」
日頃から、捕獲されたサイキック・オフェンダーの特に凶悪犯を横流ししてもらい、実験台にしている史愉はほくそ笑んだ。大規模な抗争となれば、実験台も多く確保できると。




