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半年前の覚醒記念日より、世界の有様は大きく変わった。
犯罪の増加により、小学生はもちろんのこと、中学生や高校生までもが集団での登下校を行うようになった。高校生は最寄りの駅までであるが。
今日も安楽二中の生徒達が、集団登校を行っている。長蛇の列となって、道を歩く中学生集団。このように学生がぞろぞろと数十人単位の集団で歩く光景は、最早日常のものとなった。
学生だけで歩いているわけではない。集団登下校の際に、警察及び、武装を許可された公認自警団が、最低でも三人は護衛についている。
「これって魚の群れみたいなものよね」
朝、生徒の集団登校の中にいる弓村スピカが、隣の少女に向かって小声で囁く。同じクラスではないが、同じ報道部であり、帰る方向も同じなので、この集団登下校が始まる前も、一緒に登下校することが多かった。
「え? 魚の群れ? 私はセンサー搭載してないよ」
スピカの横にいる少女――安楽二中の二年生である崖室ツグミが怪訝な顔になる。
「画伯の言葉の意味はわからないけど、魚の群れって、外敵から狙われても、生存率をあげるために群れてるでしょ。個々でいるより、自分以外の誰かが狙われるための安心感のためにさ。でも結局は群れてて目立っているから、群れに引き寄せられた大きな魚やイルカやクジラに、片っ端から食べられまくっちゃうと」
「つまり……サイキック・オフェンダーに本気で狙われたら、この集団登下校で被害者いっぱいになるってこと?」
「うん。むしろ狙われやすいし、狙われた際の被害はもっと多いでしょ」
ツグミの言葉に、スピカは頷いた。
「護衛の人もついているけどさ、サイキック・オフェンダーに対して有効なのか疑問よね。まあ今の所、登下校の生徒が襲われたって話は、東では聞かないけど」
「西ではそういう事件があっても報道されないだろうな」
一人の男子生徒が横から口を出した。昨年、ツグミとクラスメイトだった吉岡憲継だ。二年になってからはクラスが別々になってしまったが、それでもツグミとは親しい。というか憲継がツグミにしきりに声をかけてくる。
「でもうちの学校は、私と裏番と雅紀先輩がいるからへーきへーき。雅紀先輩は欠席多いけど」
ツグミが胸を張る。
その後、別の通学路から来た生徒達と合流し、登校生徒の数はさらに膨れ上がった。
「すみません。先輩達は、報道部の人達ですよね?」
一年生の小柄な眼鏡男子が、スピカとツグミに話しかけてきた。顔立ちもあどけなく、制服を着なければ小学生と見間違いそうだ。
「へっへっへっ、その通りじゃ~。小僧、話が聞きたくば近うよれ。可愛がっちゃる」
ツグミが先日見た時代劇映画の、男色野伏の頭目の真似をして、後輩男子生徒にスケベ面で迫る。
「ちょ、ちょっと……」
「やめなさい画伯。何の用? ネタのタレコミなら大歓迎よ。入部希望ならもっと歓迎だけど」
困る男子生徒から、まとわりつくツグミをひっぺがすスピカ。
「実は……調べて欲しいことが……他に相談できそうな人達もいなくて……あ、ここで話すのもちょっと……」
「んじゃ朝のホームルーム始まる前に、こっそり部室に忍び込んで、そこで話を聞こう」
逡巡する男子生徒の台詞を聞いて、ツグミが笑顔で決定する。
「いいのかなー」
後者に入り、報道部の部室前まで来た所で、スピカが苦笑い気味に言う。憲継はついてきていない。スピカとツグミと後輩男子生徒だけだ。
「いいのだー」
スピカが何も考えていない笑顔で断言して、後輩生徒に椅子を出して座らせる。
「ぼ、僕は中司洋司と言います。実は……僕の兄さん……ここの三年で中司一高っていうんですけど……その……おかしくなっちゃって……」
生徒が躊躇いがちに話しだす。
「変な人にはまっちゃってるんです。どうも……十代二十代の若い層をターゲットにしている、怪しい人っぽくて……」
「それって今話題のデスドライブ笛沢?」
洋司の話を聞いて、スピカが眉をひそめた。スピカが口にしたのは最近ネットやテレビでよく見る有名人だが、スピカはその人物をかなり嫌っていた。
「いいえ……。違います。テレビに出ているような人ではないと思いますが、ネットでは有名なカウンセラーらしくて……。最初は音声無しの文字だけのチャットで、相談に乗ってくれる人なんです。で、兄さんはネットでその人と直接話して、カウンセリングしてもらっていて……もう、その人に取り憑かれちゃっているみたいなんです……。その人の言うことばかり聞いているようで、考え方も性格も……別物になっちゃって……。元の兄さんは、凄く優しくて穏やかな人だったのに……」
喋りながら洋司は涙ぐむ。
「親に相談はしたの?」
スピカが尋ねる。
「うちは……母さんしかいないんですけど、母さん、僕達二人のためにかなり無理して働いています。昼は工場で、たまに夜もバーで働いてて大変ですから、余計な心配かけたくなくて……。」
「もしかしてそれ、報道部に調査頼みたいんじゃなくて、七十七の怪異を引き起こす力を持つ画伯なら、問題の解決までしてくれると、そう期待して声かけたんじゃない?」
スピカが冷めた声で指摘した。洋司はうつむいて沈黙する。
「正直に言ってよ」
「はい……その通りです」
沈黙の時間が長かったので、スピカが険のある声を発すると、洋司は消え入りそうな声で認めた。
「よっしゃあ、任せてっ。解決してあげちゃう」
「ちょっと画伯……そういうのをね、安請け合いっていうんだよ」
明るく弾んだ声で了承するツグミを見て、呆れるスピカ。
「困ってる人は放っておけないよ。私だって困ってること多いし、困らせることはもっと多いし、そんな時、いつも誰かの助けになって面倒かけまくりなんだもん。その分、私も誰かを助けるんだ。それに、うちも母さんだけだしさー。兄弟いないけど」
「まあ……こうなると思ってたけど」
ツグミが言い張り、スピカは溜息をついた。
「そのカウンセラーさんの名前わかる? いや、サイトのアドレスわかる?」
「えっと……これです……」
ツグミに促され、洋司は問題のサイトを開き、ホログラフィー・ディスプレイをコピペして、二人に飛ばした。
『カウンセラー大丘越智雄が青少年の悩みに答えます』と、大きな見出しの出たトップページ。管理者である白衣姿の男の顔が映っている。線が細く、柔和で優しそうな壮年の白衣姿の男が、涼やかな笑みをたたえている。
サイトをくまなくチェックするスピカとツグミ。
「相談件数や利用者かなり多い。これ、一人でさばききれるものなの?」
「音声無しのチャットの時点で、中の人は別人かも……。でも兄さんはそんな疑いももっていないみたい」
スピカが疑問を口にすると、洋司が答えた。
「大丘越智雄。これ偽名なのかな~? これにていっけんらくちゃーく」
「ハンドルネームと言おう」
おどけるツグミに、スピカが言う。
「私達も相談する振りして様子見してみよう。おおお、我ながらナイスアイディア。今日の私は珍しく男の子バージョンの時みたいに冴えてるかもっ」
「確かに男の子の時の画伯の方が、かなり理知的ではあるね……。で、どんな相談にするの?」
「そんなの簡単だよー。私がいじめにあっていた時のことを、そのまんま喋ればいいもん」
尋ねるスピカに、ツグミは笑顔であっさりと答えた。
「え……それは……悪いですよ……」
「画伯はそれ平気なの?」
ツグミの作戦を聞いて、洋司が気おくれした顔でぼそぼそと言い、スピカは心なしか呆れたような響きの声で確認する。
「悪くなーい。もう私は過去を克服して、一人前の戦士として強くなったからへっちゃらよー」
得意満面に、軽く己の拳を叩くツグミ。
『はじめまして。大丘越智雄です』
チャット欄にアクセスすると、すぐに挨拶される。
「お、いきなりきたー」
「これは定型文じゃない?」
ツグミが声をあげ、スピカが訝ったその時、部室の扉が開いた。
「貴様等……もう朝のホームルームの時間だろうに。ここで何をしている?」
体育教師にしてサッカー部顧問の鶴賀が現れる。
「ゲゲゲゲーッ! 鶴賀先生!?」
ツグミが恐怖に引きつった表情で喚く。
「化け物を生み出す能力者が、教師を見るなり化け物扱いの悲鳴をあげるとは、よほどやましいことをしていると見た。これは徹底的に問いただす必要がありそうだな」
「ううう……」
「これはヤバい」
部室の中に入り、迫ってくる鶴賀を見て、たじろぐツグミとスピカ。
「ま、待ってください。じ、事情があって、僕が頼みごとをして、それで先輩達はここに通してくれたんです」
洋司がかばう。
「ならばその事情とやらを教えろ」
「え~……鶴賀先生、後生&一生のお願いだから見逃してよ~。見逃してくれたら、相沢先輩を説得して登校させて、サッカー部に入るようにお願いしてみるからさー」
洋司が事情を語る前に、ツグミが両手を合わせて懇願した。
「貴様……教師を買収しようというのか。俺も甘く見られたものよ」
しかし鶴賀が聞き入れる気配は無い。
「ねね、画伯。鶴賀先生なら信用して、話をしてもいいんじゃない?」
「僕もそう思います」
「そっか……。スピカちゃんと洋司君がそう言うなら……。信用できそうな大人の協力者もいてくれた方が心強いしね」
スピカが意見し、洋司も同意したので、ツグミも応じた。
鶴賀に経緯を話す三名。
「なるほど。事情はわかった。しかし今しなくてもいいことだな。放課後か休み時間にやれ」
「え~……今せっかくノリノリな気分になってる所だし、今やりたいのに~」
腕組みポーズの鶴賀に告げられ、ツグミは頬を膨らませる。
「崖室先輩、ここは退いた方が……」
まとまりかけた話がこじれそうな気配を感じて、洋司がなだめる。
「画伯、私も今は諦めて時間のある時がいいと思う。それで鶴賀先生の協力も得られるんだから」
「協力するとはだれも言ってないが?」
スピカの言葉を聞いて、鶴賀が硬質な声を発する。
「えー? 先生なんだから協力すべきじゃなーい。この話を聞いたら協力するのが良い教師ってもんだー」
ツグミが抗議する。
「まあいい。出来る範囲で協力してやる」
「しゃあっ」
鶴賀が折れ、ツグミはにやりと笑って歓声をあげた。




