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『厚意はありがたいが支援は丁重にお断りする』
原山勤一からの返信は以上のようなものだった。
「おおーっと、ここでまさかの断りのメールだー」
返信を見て、その男は大袈裟なイントネーションをつけて、高めの声で言った。年齢的には二十代後半程と思われる。
「これは意外な展開ですねえ。現在執拗に追いまわされている原山勤一からしてみれば、支援は喉から手が出るほど欲しいはずですが」
がらりと口調を変え、声も微妙に低く変えて、神妙な口振りで言う。
「何かこだわりかプライドがあるんでしょうかねえ?」
高めの声で問いかける。
「プライド? そんなものを振りかざして命を落とすことになったら、愚の骨頂ですよ。まずは命ありきでしょう」
また口調を変える。一人二役で喋っていた。一人は実況役。一人は解説役だ。
この男の名は汚山悪重。原山勤一と並ぶ、日本東部におけるA級指定サイキック・オフェンダーの二強が一人とされている。
多数のサイキック・オフェンダーを集めた組織、『ミルメコレオの晩餐会』のボスでもあり、裏通りのルールも一切無視して、やりたい放題に振舞っている。当然裏通りからは激しく敵視され、PO対策機構と延々と抗争を続ける運びとなった。
今は上機嫌に喋っているが、それでもなおその人相は悪い。目つきが悪く、笑っていてもなお額に縦線が刻まれている。顔の造詣も、各パーツの配置や大きさのバランスがとんでもなく悪い。
「命は大事。ただし、価値のある命だけな。掃いて捨ててもいい価値の無い命の分際で、声高に権利を主張しているのを見ると反吐が出る」
また汚山の口調ががらりと変わった。低く、獰猛な声音に変化する。
「原山……あいつは価値があると思っていたのになあ。だからこそ俺が手を差し伸べてやろうとしたのに、それを断りやがった。失望した。なあ、ルーシー。お前もそう思うよなあ?」
問いかけながら、汚山は右足に力を入れる。
汚山の右足の下には、女の顔があった。長い金髪に透けるような白い肌を持つ、局部をわずかに隠しただけの淫靡な格好の女性が、ずっと汚山に踏みつけられていた。
彼女はミルコレオの晩餐会の幹部であり、汚山の側近であった。そして同時に、汚山の玩具にもされていた。
「思いません。貴方のような品の無いケダモノの助力など、拒んで当然でしょう」
ルーシーと呼ばれた金髪の女性は、冷たい声で言い放った。
汚山はこめかみに青筋を走らせて笑うと、立ち上がり、ルーシーの顔を思いっきり蹴り飛ばす。一度ではない。何度も何度も蹴り飛ばす。
相手が死にかねないほどの勢いと回数で蹴り続けた後、荒い息をつきながらまた椅子に腰を下ろす汚山。
「顔を見せろ、ルーシー。汚く醜く歪んだ顔を見せろ」
「嫌です」
汚山が要求したが、ルーシーは床に顔を伏してあっさりと拒んだ。
汚山は立ち上がり、ルーシーの頭を掴んで強引に顔を上げさせる。しかしルーシーの顔は腫れあがってもいなければ、痣になってもいない。整った綺麗な顔だった。汚山は舌打ちをする。
「もう治りやがって……。ルーシー……お前は――むぐっ」
喋っている間に電話の音が鳴ったので、ルーシーは汚山の口を手で押さえて、電話を取る。
「はい。はい。わかりました。汚山、西から連絡が来ています。計画の催促です」
ルーシーの報告を聞き、汚山は口元を歪ませ、こめかみをひきつらせた。
「俺よりお前の方が頼られているんだなァ? 俺に電話かけずにお前に電話かけてくるんだからよォ」
「当然でしょう? 汚山のような下衆と直接喋りたい人間が、この世のどこにいますか」
ルーシーが淡々と言い放った直後、汚山はルーシーの頭を殴りつけた。
「計画を進めたいんなら、もっと色つけろと言え。慈善事業が嫌いなわけじゃあねえが、慈善事業するにしては労力とリスクがデカすぎるんだよ」
「わかりました。電話は繋いだままなので、そのまま伝わっています」
汚山が告げると、ルーシーが再び冷笑を向けて言う。
「はァ~あ……。一方で慈善事業してやろうとしたら、つれなく断られちまうし、どいつもこいつも糞ったれだな」
顎に手をつき、汚山はしかめっ面で大きな溜息をついた。
***
勤一、凡美、吉川、ユダの四名は、車で長野に入った。
「福島関所はもうそろそろだ」
運転している勤一が報告する。吉川と交代で運転している。
「関所を抜けることを避けるのに、関所に近寄らなくてはならないなんて、おかしな話よね。あれ? これは前にも言ったかしら」
凡美が言った。どの道路に生体情報監視装置が仕掛けてあるかわからない。しかし関所に繋がる道路は、絶対に関所に仕掛けてあることがわかっている。だからこそ関所近くの道路では無い場所を通り抜けて、関所に繋がる道の裏へと抜けるのが一番安全だ。
「長野にあるのに福島というネーミングもおかしいですね」
「それはもう二回くらい聞いた」
ユダと吉川が言う。
「腹減ったな。昼飯にしようか」
「そうね。もう二時ね」
勤一が声をかけ、凡美が時計を見た。
四人はファミレスに入った。
「美味しい御飯食べれば、追われている最中でも落ち着きますねー」
食事をしながら、ユダが上機嫌に言う。
「何かあってむしゃくしゃしていても、美味い飯食えば気分が落ち着くしな」
ヒモ時代のことを思いだす勤一。同棲していた女がストレスの原因だが、作る料理に関しては美味かったので、それで我慢出来ていた部分もある。しかし我慢の限界が来て、半年前に殺してしまった。
「正直今、僕は楽しいんですよね。追われている状況でも、そのスリルを楽しんじゃっていますし、こうしてお喋りしたり御飯食べたり車の外の景色眺めたり、全ての時間が楽しいです。義賊屋吉川に居た時ももちろん楽しかったですけど」
「私も楽しいわ。油断したら駄目だけどね」
「俺もだよ」
ユダが明るい声で喋り、凡美と勤一も微笑みながら同意するが、吉川だけが浮かない顔だった。
「悪いが俺にはその余裕は無い……」
食事を止めて、吉川が言う。
「仲間を殺したことがずっと響いている。デビルという奴に操られていたとしても、それでも自分が許せない」
「吉川さんの意思じゃないでしょっ。操られていたなら仕方ないじゃないですかっ」
「理屈ではわかっているけど、感情的にどうしてもな……」
ユダが悲しげな顔で訴えると、吉川はニヒルな笑みを零す。
「理屈でわかってるなら、理屈で感情を抑えることも出来るはずよ」
「それも理屈では……わかっているが……んーむ……」
「テヲアゲロ! オカネヲクダサイ!」
凡美に諭され、吉川が口ごもって呻き出したその時、店内で大声で叫ぶ者がいた。
「オカネヲクダサイ! ハヤククダサイ! オカネクヲダササナイトコロス! シマス!」
二人の移民が、客であろう十歳程の男の子を抱きかかえ、首筋にナイフを突きつけて喚いていた。似たような顔をしているので、兄弟と思われる。
「不愉快だな。せっかくの落ち着いた時間を奪ってくれて……」
勤一が不快感を露わにして立ち上がる。人質となった子供を助けるつもりは毛頭無い。騒ぎを起こした者をただ殺してやるつもりだった。
「待ってくれ。俺に任せてくれ」
吉川も立ち上がり、片手を上げて勤一を制した。
「わかった」
即座に聞き入れ、席に座り直す勤一。
「ナンダアナタハ! コロスヨ! オカネクダサイ!」
堂々と接近してくる吉川を見て、男の子に拳銃を突き付けている移民が震えながら叫んだ。意外にも人質に捕らえられていた男の子は震えていなかった。
「俺も移民だ。お前達の気持ちはわかる」
吉川が移民兄弟二人組を前にして、真摯な口調で訴える。
「俺はサルバドール吉川だ。かつての義賊屋吉川の頭目だ。お前達も辛い目にあったんだろう。でもな、お前達は自分のしていることがわかっているのか? いくらお前達が辛い目に合おうと、子供を人質にとるなんて酷いことだと思わないか?」
「ウルサイ! ダマルシナサイ! コロスヨ! ハヤクオカネクダサイ!」
説得する吉川であったが、移民兄弟のもう一人も震えながら叫び、こちらも拳銃を取り出した。




