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ネロとシスターは、部下からサミュエルの死を聞いた。見届け役として放った使い魔を通じて、部下が戦いの様子を途中からチェックしていた。その使い魔の視点を映像化して、ネロとシスターも見る。
「とどめを刺したのはあの嘘鼠の魔法使いですねー」
とんがり帽子にローブ姿の長髪長身の男の呼び名を、シスターが口にする。
「こちらの存在を悟られたので、途中で撤収せざるをえず……」
「わかりましたー。下がってよいですよー」
申し訳なさそうに報告する部下に、シスターが告げる。
「サミュエルが殉職ですねー。おつかれさまままですー。相手の数が多く、事前に対策してあったとはいえ、それでも彼を斃すとなると脅威ですよー。私や貴方と並ぶ実力者でしたしー」
シスターが喋りながらネロを見るが、ネロは上の空だった。
(まさかシェムハザがあの場にいるとは……)
部下の映し出した映像の中で、確かにシェムハザの姿を確認し、ネロは激しく動揺していた。
「ネロ、どうしたのですー? 顔が青いでーす」
「あ、ああ……」
シェムハザのことを考えて思い悩むネロであったが、うっかり表情に出ていた。感情を隠すのが下手な男である。
「よ、よりにもよって嘘鼠の魔法使いとはな……」
その名はネロも知っていた。ヨブの報酬が以前よりマークしている高位術師だ。ヨブの報酬の戦士も何人か殺されている。
「以前何度か交戦したことがありまーす。私に運命切断を使わせるほどの実力者ですし、彼がいるのであれば、サミュエルが斃されたことも納得でーす」
と、シスター。
「正直嘘鼠の魔法使いのことは、泳がせていた面もありましたけどねー」
「何故だ?」
「彼は普段は医師として、多くの人々を助けてきましたー。そして迂闊に手出しをすると、こちらもまた多数の犠牲を出てしまいまーす。その二つの理由から、積極的に手出しはしないでおいたのでーす」
「な、なるほど……」
ヨブの報酬は厳格で容赦の無い組織として知られているが、実の所シスターは、柔軟性があり、情け深い一面もあった。
(シェムハザ……思いのほか早く、君とまた遊ぶ機会が訪れるね……)
二人の会話を聞いて、部屋の扉に耳を当てている少年がほくそ笑む。
部屋の外で耳を澄ましている者がいることに、ネロもシスターも気付いていなかった。彼は完璧に気配を消していた。
「おい、新入り、そこで何してる?」
気配を消してはいたが、視覚的に姿を消していたわけではない。同じヨブの報酬の構成員に見咎められる。
「何も……」
少年はぼそりと呟き、その場から離れる。
(シェムハザとその師を殺しにかかる……か。この組織に入り込んで正解だった)
通路を歩きながら、少年は目を細める。嬉しさがこみあげてくる。いつも無表情な彼が、自然と笑みがこぼれる。
(どうにかして僕が、シェムハザが愛する師を、あの子の見ている前で殺してやらなくちゃ。それも最悪のタイミングで。その時、シェムハザがどんな顔をするか、しっかりと見届けよう)
自らを悪魔と名乗る少年は、未来を見据えて気持ちを昂らせていた。
***
シェムハザ、嘘鼠の魔法使い、リュカ、ウィルの四人は、大急ぎで馬車に乗ってリュカの家を離れた。
「畜生……馬車が揺れる度に傷に響くぜ」
「再生の術法はかけてあるのでしょう?」
「それでも完治には何日かかかる。あまり得意じゃねーんだよ」
「実は私もですよ。余計なダメージは避けねばなりませんね」
「ケッ、とんだ藪医者だな」
「魔法で即座に治すのは苦手だからこそ、純粋な医術を追及しているのですよ」
馬車の中で寝転がったリュカと、長い脚を折りたたんで、小さく丸まるように座った嘘鼠の魔法使いがずっと喋っている。
「無駄にノッポだからしんどいな」
「そうですね。あまり得した記憶はありません。低い入口ではよく頭をぶつけますし。次に生まれてくる時は背が低いといいですね」
リュカがからかうと、嘘鼠の魔法使いはそんな冗談を口にしていた。
(この二人は随分と仲良しさんなんだなあ)
二人がずっと楽しげに喋っている様を見て、シェムハザは思う。
「逃げると言っても、どこまで逃げるの?」
御者席にいるウィルが尋ねてくる。
「東に。そう――国三つ以上は逃げておきたいですね。ヨブの報酬の手が届かない領域に入りたいものです」
「そこまでいくと、言語も文化も違いすぎて色々とキツいぜ」
嘘鼠の魔法使いの方針を聞いて、リュカは思いっきりしかめっ面になる。
「ヨブの報酬に怯えて過ごすよりはマシでしょう。とはいえこの国も、数年前まではヨブの報酬の管轄外だったのですし、未来はどうなるかわかりませんが」
「ケッ、あいつらどんどん支配域を拡大していやがるしな。むかつくことこのうえねーぜ。神の信徒を名乗りながら、やってるこたー侵略だ。本当に神様なんてもんがいやがるなら、あいつらをさっさと裁きやがれってんだ」
悪態をつくリュカ。
「かなり離れた場所ですが、ヨブの報酬が現れましたよ」
嘘鼠の魔法使いが報告した。
「えー、もう追っ手が来たんだー」
シェムハザが幌の中から後方を見るが、追っ手の姿はここからでは見えなかった。
「いいえ。数は四人。戦士にも見えません。ただの監視者でしょうね」
後方に跳ばしていた使い魔の烏の目を通して、さらに状況を報告する嘘鼠の魔法使い。
「監視……つまり僕達の行動が把握されているのか」
「織り込み済みです。今は追わせておきます」
ウィルが溜息混じりに言い、嘘鼠の魔法使いは鋭い目つきになって言った。
***
夜、馬車を泊めて眠りにつく一行。
油断はできないが、追っ手が差し迫っているわけではない。休める時にはしっかりと休んでおく。
リュカとウィルは寝ている。シェムハザも寝ている。
嘘鼠の魔法使いは眠ることなく、馬車から少し離れた場所で星空を見上げていた。
ただ星空を眺めて見入っていたわけではない。星空を見上げる彼の目に、星空は認識されていない。彼は予知能力を用いて未来を視ていた。
「そうですか……。私の魂は転生を繰り返し……強く……」
予知の能力を働かせて、己の魂の転生後を断片的に見る。
(死が避けられぬのであれば、その死を引き換えにして、来世の私の力となる運命を引き寄せましよう)
改めて嘘鼠の魔法使いは決意する。自分の魂を中心にして、縁の大収束を人工的に発生させて、輪廻で縁を結んだ魂を一気に引き寄せることを。
「マスター? どうしたの?」
シェムハザが起き上がり、怪訝な表情で嘘鼠の魔法使いに近寄りながら、声をかける。
「夜はいずれ明けます。陽は東から昇ります。それが世界の法則です」
嘘鼠の魔法使いは星空を見上げたまま、脈絡のない台詞を口にする。
「世界の謎を解き明かしていけば、いずれはそれらもひっくり返せると、私は信じています。明けない夜を作ることも、陽を西から昇らせることも」
そこまで話した所で、嘘鼠の魔法使いは振り返ってシェムハザを見た。
「シェムハザ、貴女は優秀です。逸材です。私には勿体無いほどの素敵な愛弟子です」
「ええ……マスター……そんな……ははは、照れるなあ」
シェムハザが嬉しそうに微笑んで頬を掻く。
「えっ……」
いつの間にか側に寄ってきた嘘鼠の魔法使いが、やにわにシェムハザの小さな体を抱きしめた。
「師匠から弟子に、改めてお願いします。私の夢を叶える手伝いをしてくれませんか? 同じ夢を追っていただけませんか?」
シェムハザの耳元で、嘘鼠の魔法使いは熱を帯びた声で囁きかける。真摯な口調で頼み込む。
「是非……お手伝いさせて……」
笑顔で、そして涙声で頷いたシェムハザは、自分の声と、目から零れ落ちる涙に驚いた。
「マスター……あれ……何でだろ? 私泣いてる。凄く嬉しくて、嬉しすぎて涙が出ちゃってるよ。変だね。あははは……」
笑いながら涙をぬぐい、鼻をすするシェムハザ。
(これは甘い呪いです。私は……途轍もなく邪悪な行為に及んでいます。愛弟子に、私の夢を継ぐよう、刷り込んでいるのですから)
罪悪感に胸をしめつけられながら、己のおぞましい行為を自覚しながら、嘘鼠の魔法使いは、嬉しそうに泣き笑いするシェムハザを見つめる。
(そして……私はとうとう愛弟子にまで嘘をついてしまいました。私はもうすぐ死ぬというのに、共に同じ夢を見ようなどと口にしている……酷い男ですよ)
そう意識すると、指先が冷たくなる。胃が痛くなる。胸がさらに締め付けられる。
「あのね、マスター……。マスターは神様のこと嫌いなんだろうけど、私は神様に感謝したいよ。私とマスターを引き合わせてくれたことを」
「そうですか……」
心底嬉しそうな声と表情で、正直な気持ちを訴えるシェムハザであったが、嘘鼠の魔法使いは虚ろな視線で再び夜空を見上げ、冷めた声を発した。




