18
老婆を殺した悪霊なる黒い影は、次にシェムハザと悪魔に襲いかかってきた。
シェムハザは何も手出しをしなかった。悪魔が攻撃を仕掛けたからだ。
悪魔が放った衝撃波が悪霊達を一斉に吹き飛ばす。
続けて、悪魔の前に赤、青、緑の三色の光点が現れ、吹き飛ばされた倒れた悪霊達めがけて、三色の光線を放つ。
光線が悪霊数人の体を貫く。しかし光線は悪霊達にダメージこそ与えたが、致命傷には至らなかった。悪霊達が立ち上がり、走って逃げだしていく。
悪魔は追撃しなかった。興味を失ったかのように、逃げる悪霊から視線を外し、シェムハザの方を見た。
「助けてくれてありがとさままま」
シェムハザが笑顔で礼を述べるが悪魔はただじっと見つめるだけだ。
悪魔は知っている。シェムハザが定期的に一人旅に出て、超常のトラブルの解決の依頼をこなしていることを。
『シェムハザ、気を付けなさい。その子とはあまり関わらない方がよいですよ。貴女にどのような危害を加えるかわかりません。
嘘鼠の魔法使いが使い魔を通じ、警戒を促す。白い鼠がシェムハザの肩の上に乗っていた。
嘘鼠の魔法使いは悪魔のことをかなり忘れている。しかし完全に忘れたわけでもない。
悪魔が使い魔の白い鼠に気付いた。シェムハザの側に寄ると、素早く腕を振り、白い鼠を捕まえる。
白い鼠が苦しげにピーピーと鳴く。悪魔が握る手に力を込めている。
「やめて。殺さないで」
シェムハザが頼むと、悪魔はシェムハザの方を見て目を細めた。
「やめてと言うことは、これは嫌なこと。嫌なことをするのが悪魔だから、悪魔に向かってそんなことを頼むと逆効果」
そう言いつつも、悪魔は鼠を握りしめることをやめて、シェムハザに向かって放り投げた。シェムハザは片手で鼠をキャッチする。
「でも君は特別だから、聞いてあげる」
「ありがとさままま」
悪魔に向かって再度微笑みも、礼を述べるシェムハザ。
「君は楽しい? 人助け」
悪魔が唐突な質問を浴びせる。
「人助けの旅してる。それは何故? 楽しい?」
「人助けそのものが楽しいというより、過程が楽しいよ。旅して色んな風景見ることできて、出会いもあって、頭も使って、たまに戦うこともあって」
「つまり人助けはどうでもいい?」
「どうでもいいっていうのは言い過ぎだけどね。まあ、マスターの言いつけでやっていることだし、それが無ければきっとやらない」
「そうか」
シェムハザの答えを聞いて、悪魔は納得したように頷いた。
「悪霊の正体は人間。元人間」
悪魔が言う。
「そうみたいだねえ。この村で起こっていること、悪魔は知っているの?」
「少しだけ」
「悪魔も人間だよね? 元人間でもなくて、今もさ」
「僕はもう人間ではない。人間を苦しませる悪魔だ」
シェムハザの指摘に対し、心なしか悪魔は不機嫌そうな声を発する。
「わざわざ弱っている人間につけいって、苦しませなくてもいいと思うよー」
「悪魔はそういう存在だ」
「悪魔はそうでなくちゃいけないっていう考えから、そういう悪魔になろうとしているの? 何だかなー」
「僕は……いや……そうだったのかな?」
反論しかけた悪魔であったが、思い留まり、自分を見つめ直す。
「少し考えて、改めてみた方がいいかもしれない。でも、君から見て僕が変であるように、僕の目からも君は変に見える」
「んー……」
悪魔は指摘するも、どう変なのかまでは語らない。シェムハザは納得いかない様子で、頬を掻く。
「この村は色々と楽しそうだ」
そう言い残すと、悪魔はシェムハザの前から立ち去った。
***
シェムハザは村の中を歩き、たまに会う村人に依頼者であるミゲルという人物について聞いて回った。
「余所者が……」
壮年の農夫は忌々しげに舌打ちして、答えず立ち去った。
「この村はわりと人が多いし、村の者の名前を全て知っているわけでもない」
枯れ枝のような老人はそう答えた。
「あ~? あ~う~……あうあうあー……」
呆けた顔の大柄な乞食は、ただ唸っていただけだ。
「オジョウチャン・カワイイ・ホッペナメサセテ? ユビタベサセテ? イスガワリニスワラセテ? ズズズ……」
笑顔の中年女性は、歪な喋り方でそんなことを口走りながらにじり寄ってきたので、シェムハザは逃げ出した。
「ミゲルか……。知ってるよ。この村は余所者がよく訪れ、住み着く村だ。あいつも元からこの村にいた奴じゃねえ。外からやってきて住み着いた余所者だ。あんな奴がこんなお嬢ちゃんを呼ぶなんてな。娼婦には見えねーが」
村人の一人がようやく、情報をくれた。胡散臭そうな視線を向けているが、シェムハザはこの人物は親切だと感じた。
「こう見えても医者の卵だよー」
「本当かよ……。そう聞くとますますわけがわからん」
シェムハザの言葉を聞いて、頭を掻く村人。
「この村はろくでもない村だ。村人は戦の影響で外の者を憎み、村と外とを隔てて閉ざした。しかしそのおかげで、外から怪しい奴等が次々と村に集まってきちまった。最近じゃ悪霊の団体さんが出るなんて噂もあるしよ。長居はしないこった」
「親切にありがとさままま」
忠告する村人に屈託のない笑顔で礼を述べると、シェムハザはミゲルの元へと向かった。
ミゲルの家はかなり大きな邸宅だった。農家でもない。
「ミゲルさーん、嘘鼠の魔法使いの使いだよー」
家の扉をノックすると、頬がこけて目がくぼんだ、痩せ気味の壮年の男が現れる。
「俺がミゲルだが……嘘鼠の魔法使いが弟子を寄越すとは聞いていたが、こんな幼い娘だったとはな。いや、見た目の年齢と違うのか?」
どう見ても十歳から十二歳くらいのシェムハザを見て、ミゲルは顔をしかめている。
(この人……)
ミゲルを一目見て、術師だと見抜くシェムハザ。
「んー……そのまんまの年齢だけどー」
「ふん。そっちの方が問題だ。まあいい。入れ」
皮肉っぽく鼻を鳴らして、ミゲルはシェムハザを招き入れる。
「ミゲルさんはマスターの知り合い?」
「嘘鼠の魔法使いは、俺の師匠と懇意だった。俺がまだ餓鬼の頃、何度か会ったな。俺では解決できそうにない問題だと思ったが、他にあてがなくて頼った」
シェムハザに問われ、ミゲルが答える。
「悪霊みたいなものが現れて、人を襲うんだよね? その場面も目撃したよー。あれは悪霊じゃないよね?」
「ああ、悪霊のような姿をしているが、人間だ。お前に見せてやる」
そう言ってミゲルはシェムハザを地下室へと連れて行く。
地下はかなり広かった。通路が長く伸び、幾つもの部屋があった。
部屋の中を、窓についた鉄格子越しに除くと、外で見た黒い影のような悪霊が十人以上いる。
「こいつは魔従と呼んでいる」
ミゲルが言った。
「これ、ミゲルさんが作ったの? ってことは、村を襲っている悪霊って……」
「察しがいいと言いたいが、変な想像するなよ。俺がけしかけているわけじゃないし、そうだったら、わざわざ力を貸して欲しいと、嘘鼠の魔法使いに頼みもしないだろ」
シェムハザの推測を聞いて、ミゲルは苦笑する。
「そして俺一人だけで魔従を作っているわけでもない。ここにいる魔従は俺が作ったんだがな。魔従を作っているのは、この村に潜んでいる魔術教団だ。で、俺も一応……その一員だ」
「なるほどー」
「教団で管理している魔従が、どこかの馬鹿のミスで逃げ出して悪さをしているってのが、教団内での結論になっているが、俺はそうじゃない可能性も考えた。もっとどうしょうもない馬鹿が、意図的に解き放っているんじゃないかってな」
つまりその調査と対処が依頼内容なのだろうと、シェムハザは察する。
「後でお前も教団のアジトに連れていく。アジトの様子を見なければ始まらないしな。ま、その前に俺が出す不味い茶でも飲んで一休みしていきな」
皮肉っぽく笑いかけると、ミゲルは踵を返し、シェムハザもその後に続いた。
「どうだ。不味いだろう?」
出された茶を飲むシェムハザに、ミゲルが投げ槍に尋ねる。
「お菓子が美味しいからお茶も美味しいよー」
シェムハザが微笑みながら正直な感想を述べる。
「なるほど、そうなるか。しかしそれはいい発見だ。俺は来客用以外に菓子出さないからな。甘いもんは苦手だし。次から客が来た時は糞甘い菓子を出しまくって、茶の不味さを誤魔化すとしよう」
シェムハザの言葉を聞いて、ミゲルはどこまで本気かわからないことを口にして笑っていた。




