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ヴェルデが死んでから、一年以上が経過した。
嘘鼠の魔法使いとシェムハザは出張医療の依頼を受け、町を出て馬車で二日ほどの場所にある田舎の村へと向かう。
二人が住む町はそれなりに大きな町であるが、近くに同様の大きな町は少なく、あちこちに数多い村や集落が非常に多く存在する。その中には医者のいない村も多いため、深刻な病人や怪我人が出た際には、嘘鼠の魔法使いで町を離れて時間をかけて出向くこともあった。
しかしいつもは嘘鼠の魔法使い一人で出張に行き、シェムハザは留守番をしている。今回はどういうわけか、シェムハザを連れての旅となった。
初めて町を出ての旅という経験にシェムハザは感激し、馬車の幌からずっと顔を出して、周囲の風景を眺め続けていた。
二人が目的の村についたのは夕方だった。
「この村には知り合いがいます。その知り合いが今回の依頼者です」
村の中を歩きながら嘘鼠の魔法使いが言う。
二人の足が止まる。村の一ヵ所に、大勢の人々が集まっていた。何かを取り囲む格好だ。中心に何があるのかは見えないが、激しく煙が噴き上がっている様は見えた。
「何してるんだろ。人が集まってる。煙?」
「憎悪と狂熱の感情が渦巻いていますね」
シェムハザが訝り、嘘鼠の魔法使いが眉とひそめる。
「マスター、遠くから見てそんなことまでわかるんだー」
「貴女もいずれわかるようになりますよ」
感心するシェムハザに、嘘鼠の魔法使いが微笑みかける。
「うわーんっ! おかーちゃーんっ!」
近付くと、子供の泣き声が聞こえた。
「魔女め! ざまあみろ!」
「この魔女のせいで村に疫病が流行ったのよ! 当然の報いだわ!」
「うちの息子も魔女に殺されたようなもんだ! 地獄に落ちろ!」
子供の泣き声以外は、罵声で溢れかえっていた。村人の罵声を聞いたシェムハザは、村人達が集まって何をしているのか、察することができた。
「マスター、これってひょっとして魔女狩り?」
文献でのみ見たことがあるシェムハザだが、実物を見るのは初めてだった。
「ええ、魔女狩りです。都会ではあまり見られるものではないですが、田舎の村だと、稀に起こります」
嘘鼠の魔法使いが言い、群衆の横を通り過ぎて歩を進める。
(焼かれている所、見てみたかったなー)
火炙りにされていた者が、群衆に囲まれていて見られなかったことを残念に思うシェムハザ。
しばらくまた歩くと、再び嘘鼠の魔法使いは歩を止めた。
豚、アヒル、ガチョウ、山羊、羊、仔犬といった様々な家畜を引きつれた、髪を細かく複雑に編み込んだ日焼けした老婆が、リュートを奏でながら歩いてくる。
「イェーヒッヒッヒッヒッ、よく来てくれたね、嘘鼠や。到着早々いいものが見られたじゃろう。ウェ~ヒェッヒェッヒェッヒェッ」
「お久しぶりです、アバ老」
老婆が奇怪な笑い声を発すると、嘘鼠の魔法使いは微笑みながら挨拶する。
「魔女狩りがあるのですね、この村は」
振り返り、群衆と煙を見やる嘘鼠の魔法使い。
「今年に入って二度目さね。神様なんてもんが本当におわすんだったら、同じ村のもんを疑い、皆の前で晒し上げて焼き殺すこいつらこそ、地獄に落とすだろうよ。ウェ~ヒヒヒッ」
アバ老と呼ばれた老婆が、皮肉げに笑った。
「アバ老は大丈夫なのですか?」
「当たり前だろう。本物の魔女が容易く尻尾を出すもんかい。バレたとしたら、あたしの正体を知ったそいつが魔女の疑いをかけられて、火に炙られるだけのことさね。そうなったらそうなったで楽しいもんじゃて。イッヒッヒッヒッ」
「ひょっとしてこの女性が……?」
「それはないわい。バレやせんと言っておろうに」
今焼かれていた人物が、アバ老の正体を知ったために、魔女ということにされたのかと疑った嘘鼠の魔法使いであったが、アバ老は否定した。
「うわー、可愛い」
大喜びで白い仔犬と戯れるシェムハザ。
「んで、その子は何だい? 生贄の子羊かい? 触媒かい? あたしにくれるのかい?」
仔犬を撫でるシェムハザを見て目を輝かすアバ老。
「違いますよ。こちらはシェムハザ。私の弟子です」
「おやおや、坊やだった嘘鼠もとうとう弟子を取るまでになったのかい。時の流れを感じちまうね」
仔犬を抱くシェムハザを見て目を輝かすアバ老。
「ま、こんな所でも何だし、うちにおいで」
アバ老が歩きだす。二人も従う。
「このアバ老が依頼者ですよ。村で流行っている疫病の原因を究明し、解決することが依頼です。そして彼女は私の師匠の友人で、私も弟子時代によくお世話になりました」
「何だねえ、嘘鼠もいい男になったもんだよ。あんたの師匠も本当にいい男だったよ。何よりアレが上手くてねえ。あたしゃ何度も昇天しちまったもんさ。イ~ヒッヒッヒッ」
「アバ老……子供の前でいかがわしい話はやめてください」
溜息をつく嘘鼠の魔法使い。シェムハザは何のことかわからずに、キョトンとしている。
アバの家に着く。かなり大きな屋敷だった。庭には様々な動物の姿があった。
「すっかりその子が気に入ったようですね」
「うん。このワンちゃん、凄く可愛いよ」
人懐っこい仔犬を抱きしめて撫でながら、シェムハザはすっかり上機嫌だった。
「そうじゃろうそうじゃろう。二番目に人懐っこい子じゃよ。その子もお前さんのことが気に入ったようじゃな」
アバ老がシェムハザの方を向いてうんうん頷く。
「よし、今夜の御馳走はこの子の丸焼きじゃな。フィ~ヒッヒッヒッ」
「ええええっ!?」
アバ老の発言を受けシェムハザは仰天した。
「アバ老、勘弁してください」
「何じゃい。お互いに気に入ったというから、食わせてやろうとしたのに。一生の思い出になるぞ」
「嫌だよー。気に入ったから食べるなんておかしいよ」
首を横に振るシェムハザ。
「わかっておらんのう。気に入ったからこそ食うべきじゃろうに。これだから最近の若いもんは……」
つまらなそうに唇を尖らせるアバ老。
「アバ老、茶が終わったら病人の元に案内してください」
「皆、隔離されておるよ。ワシ以外は家族しか近付かん。家族でも怖がって近付かん者もおるの。もっともそうした薄情者の方が危険は無いだろうがね。ウィ~ヒッヒッヒッ」
アバ老が皮肉たっぷりに笑った。
茶を一服した後、嘘鼠の魔法使いは病人の一人を診断する。ベッドに寝たきりで、痩せ細って衰弱しきっており、嘘鼠の魔法使いが触診を行ってもまるで反応しない。症状としては食欲不振と体温と血圧の異常な低下などから始まり、次第に衰弱して動けなくなっていくという代物だった。
「今は村に十二人の病人がおる。大分減ってきたよ。ま、おっ死んで減ったんだけどね。治った者はおらん。イィ~ヒェヒェヒェヒェッ。魔女狩りで呪いが解けるだのと吹聴した馬鹿もおるでな。二人も殺しておるが、見ての通りじゃ。その馬鹿は何くわぬ顔でおるわい」
診断中にアバ老が内情を語る。
「ただの病ではありませんね。これは呪術の類です。薬で症状は抑えられますし、癒すこともできると思いますが、術師を突き止めなければ、同じことの繰り返しでしょう」
嘘鼠の魔法使いが言った。
「わしもそれはわかっておるよ。しかし術半分、病半分で、わし一人で手を出すのも躊躇われる。故にお前さんを呼んだのよ。それに……わしの知らんタイプの術であるしな」
「何者の仕業か、見当はついているのですか?」
「イェッヒッヒッ、怪しいと思う者は二人おるよ」
と、アバ老。
「まず一人は、一回目の魔女狩りで殺された女の亭主だね。コンラードって名さ。その時からすっかり様子がおかしくなっちまった。もう一人は一年近く前から村に住み着いた男の子だね。村の隅っこにいて、あまり村人と交わろうとしないよ。村にずっといるわけでもなく、しょっちゅう出かけているが、今は戻っているね」
「そうですか。しかしアバ老、どうしてそのような依頼を私に?」
嘘鼠の魔法使いがぶつけたこの疑問は、村に到着する前は抱かなかったものだ。今会話していて生じた。
「イ~ヒッヒッヒ、わしより早くボケたかい? 今言ったばかりじゃろう。医療には明るくないわしだけで解決するより――」
「そういう意味での質問ではありません。この村を救う価値が、アバ老にあるのですか? 魔女狩りなどに浮かされるような者達を助けたいのですか?」
「フェ~ッフェフェフェフェフェ、わかっとらんのう。だからこそ助けるのじゃよ。だからこそ面白いんじゃろうに。わからんか?」
「全然わかりません」
おかしそうに笑うアバ老。嘘鼠の魔法使いは小さく息を吐く。
「今日はもう遅いし、長旅で疲れたろう。調査するのは明日からにおし」
そう言ってアバ老は先に隔離室を出る。嘘鼠の魔法使いとシェムハザも、アバ老に従う格好で部屋を出た。
***
夕食をとった後、嘘鼠の魔法使いとシェムハザは同じ部屋で会話を交わしていた。
「シェムハザは他の家に泊まったのも初めてでしたね。どうでした?」
「楽しかったよー。町から出たのも初めてだし、マスターと一緒に歩いて、いろんな風景見れて、すっごく楽しかった」
嘘鼠の魔法使いが伺うと、シェムハザは天真爛漫な笑顔で答えた。弟子の眩しい笑顔を見て、嘘鼠の魔法使いの口元も自然と綻ぶ。
「私も楽しかったですよ。でも旅は帰路も含めてですからね」
道中の釣りや狩り、料理、雨が降って来た際の雨宿り、山賊を皆殺しにしたことなど、何をするにしても新鮮に喜んでいたシェムハザを見て、嘘鼠の魔法使いも本当に楽しかった。
しかしシェムハザの笑顔が急に曇る。
「ねね、マスター、私達が魔法使いだとばれると、私達も火炙りにされちゃうのー?」
「そうはなりません。例え気付かれようと、村人など所詮は常人ですし、真に力のある我々には叶いませんよ」
弟子の不安を和らげようと、微笑みながら否定する嘘鼠の魔法使い。
「どうして魔法使いや魔女だと、火炙りにされるほど嫌われるのかな? 過去に何か悪いことをしたの?」
「人というものはそういうものなのです。未知のものを恐れ、何かに罪を被せたがるのです。そして人を悪と断じて罪人を作り上げ、晒しあげて、裁きにかけることに熱をあげます。はっきりと言ってしまえば、野蛮で愚かな性質なのです」
「私達にもそういう性質はある? 私は無いと思うんだけどな。私にも、マスターにも」
「あるかもしれません。でも、制御できるでしょう。少なくとも自分の中でそのような気持ちが湧いても、私は制御しますし、制御できる自信はあります。理性と誇りによってね」
「理性と誇り……」
その言葉がシェムハザの心に突き刺さる。今ある理性と誇りは、師匠である嘘鼠の魔法使いに拾われたからこそあるものだ。もし嘘鼠の魔法使いとの出会いが無ければ、そんなものはまだ自分の名かに生じることもなく、未だゴミの中で生活していたかもしれないと意識する。
「私は魔女狩りに熱をあげるような人には、なりたくありませんからね。勿論、関わりたくもありません。私を狙っている敵も、そのような輩です」
嘘鼠の魔法使いが続けて口にした台詞を聞いて、シェムハザはネロを――ヨブの報酬の存在を思い浮かべた。




