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純子とシスター達が遭遇する数時間前。
シスターに電話を入れたのは、シスターと懇意にしている政府の要人だった。
『私がよくして頂いている先生から、貴女の名を名指しされて、取り次いで欲しいとのことでして……』
「わかりましたー」
政府の要人にそう断りを入れられたので、シスターは自分の電話番号を、その先生とやらに教えることを許可する。
連絡はすぐに入ってきた。
『初めまして。元『悦楽の十三階段』の一人で、現在はスノーフレーク・ソサエティーに所属している、魔宮院こころと申します。占い師をしております』
電話で名を聞いた直後に、シスターは相手の名前から、どういう人物かを調べる。
情報組織に記されている裏通りの人物リストを見ると、あっさりとヒットした。政治家や実業家相手に代々占いを行い、権力の傍らに控えている魔宮院家の当主だ。
「ヨブの報酬の頭目、シスターと呼ばれる者でーす。本名を名乗るのは勘弁してくださーい」
『私の占いでは、マリアさん? あ、失礼しました。今のはお気になさらず』
こころの指摘を受け、シスターは眉根を寄せた。
(丁寧な喋り方ですが、何とも食えない子のようですねー)
そしてその能力は馬鹿にならないと、シスターは見なす。
『用件は――藪から棒になってしまいますが、私の占いの結果によると、貴方達ヨブの報酬が、私達の味方となる大いなる星と出まして、それで連絡をさせていただきました』
「ふむふむ。その占いが当たるかどうかは、お話の結果次第ですねー。私達に何をしてほしいのですかー?」
『雪岡純子さんを止めてほしいのです。彼女が願いを叶えようとする事で、世界を一変させると、私の占いの結果に出ました。それを止める可能性のある星が、貴方達です』
こころの要望を聞いて、シスターは固まった。そしてシスターの中で、方針もすぐに固まった。
***
純子達がシスター達と遭遇する数十分前。
真、ツグミ、ミルク、バイパー、桜、史愉、チロン、男治、政馬、季里江、ジュデッカ、鈴音、これに熱次郎を加えて、中国地方にある木島の里へと向かった。シルヴィア、優、宮国、来夢、克彦、雅紀は来ていない。
新幹線で移動中、熱次郎の隣には史愉が座っている。そして熱次郎にしつこく質問を繰り返している。
「惑星グラス・デューから持ち帰った黒アルラウネと陰体の欠片も、勇気の細胞に移植する実験は行っていた? あるいは勇気に直接移植するとかした? ぐぴゅ」
「わからない」
「わからないわからないばっかりだぞ」
熱次郎の答えを聞いて、しかし機嫌を損ねるでもなく、微笑すらたたえている史愉。
「でも黒アルラウネに関して聞いたことがある。アルラウネは寄生植物と言われていたが、実際には寄生ではなく共生だと。でも黒アルラウネは違う。宿主の精神を蝕む作用があるから、そういう意味では寄生だろうな」
「ぐぴゅぴゅっびゅう。なるほどねー。あたしとミルクは陰体と黒アルラウネを使って、人間を効率よく妖怪化する方法を編み出したけど……そっかー、黒アルラウネの本質は、精神を蝕む力なのね。そっちを有効化すればよかったっスねー」
先程から史愉は上機嫌な様子で、熱次郎と話し込んでいた。
「熱次郎のこと疑って拒んでいたわりには、仲いいじゃないか」
通路を挟んだ隣の席にいる真が、史愉に向かって言う。
「この子、話してみたらわりと優秀だから、あたしは気に入ったぞー。純子のハーフクローンだからという件は、意識しないでおいてやるぞー。喜ぶがいいぞ」
「はあ……ど、どうも……」
史愉は熱次郎を認める発言をしているが、純子のことを激しく毛嫌いしている史愉なので、熱次郎はいまいち喜べない。
「あのさ、政馬は何で私の隣? 季里江の隣に行けばいいのに」
少し離れた席で、片目を包帯で巻いた痛々しい姿の鈴音が、隣の席に座っている政馬に尋ねる。
「今更? 何で季里江? ていうか、悪かった? 駄目だった? 不愉快なら代わるけど」
「いや、ごめん。そんなことないよ。不思議に思っただけ」
政馬の言葉を聞き、鈴音は謝罪する。
「ふーん。不思議なんだ。で、どう不思議なの?」
「隣に座るのは嫌じゃないけど、そういうのしつこいから嫌だ」
「そっか。ごめん」
今度は政馬が謝る。以前の政馬であれば、拒絶してもさらにしつこく突っ込んでいくような性格であったが、最近は退くことを覚えた。
(勇気がいない時は、僕が勇気の代わりじゃ駄目なのかな? 勇気がさらわれても、毅然としている鈴音だけど、本心は絶対不安なはずだし、僕が少しでも支えてあげたいという気持ちがあったんだけど……余計なお世話だったかな?)
そう考えると、ひどく寂しく惨めな気持ちになる。まさしくこれこそ独りよがりだと。
政馬は自身の素直な気持ちから、目を逸らしてはいない。わかっている。ただ親切だけで、慰めたいだけでも、支えになりたいだけでもない。別の感情がある。鈴音に対して芽生えた想いがあるからこそ、それらの感情も沸いているのだと、わかっている。
「下心はあるよ。打算もあるよ」
「え……?」
政馬がぽつりと口にした台詞に、鈴音は片方だけの目を丸くした。
「冗談だよ」
冗談ではないし、冗談にするには無理があるという事もわかっている。
(僕は別にいいよ。ピエロになってもいいよ。こういう役回りも嫌いじゃない。存外、僕に相応しいんじゃないかな)
自嘲気味にそんなことを思う政馬。勿論本心ではない。
***
「やっぱり面倒なことになりましたねー」
純子、蟻広、柚を前にしたシスターが、大きく息を吐いて言う。
シスターのその台詞に、純子は聞き覚えがあった。頭を高速で巡らし、記憶を掘り起こす。
『見逃してやるべきだ』
『後々面倒なことになってしまいますよー』
三十年も昔、米中大戦の頃に、純子が累と戦った後に、ネロとシスターが現れた際に、シスターが口にした言葉だったことを思いだす。
「あの時の面倒ってのは、累君と私との結託を指して言った言葉でしょ? それをここで使うのはちょっと違くない?」
「違いませーん。累も純子に手を貸しているでしょー? だからあの時言った通りでーす。でも、今はいないようですねー」
おかしそうに微笑みながら問う純子に、シスターは真顔で告げる。
「そう思うなら、あの時無理矢理止めてもよかったんだよー」
「その通りですねー。でも正直あの時の私の本心は、止めたくなかったんですよー。ネロの言葉に便乗したのでーす」
少し悲しげな面持ちになるシスター。
「せっかくここまで来たのになあ……詰んじゃったね」
「え? 戦いもせずに諦めるのか?」
意外そうに純子を見る蟻広。柚も驚きの表情を純子に向けている。
「突破できる可能性もあるよ。でもさあ、そうすると柚ちゃんはともかく、蟻広君が高確率で犠牲になると思うんだ。私は自分の目的にために、仲間を死なせるなんて出来ないんだよねえ」
それは純子の偽らざる本心だ。しかし――
(限りなく詰みだね。うん。後はもう……分の悪い賭けになるかな)
まだ純子の手は残っていた。保険をかけてあった。その保険に頼るしかない。
「シスター、勇気君を病院に運ぶ手筈をしてほしいんだけど。衰弱してるからね。木島の巨木で回復しようと思ったけど」
純子が要求する。
「わかりましたー。しかし純子、貴女はこの子から遠ざけて、しばらく監視しますよー」
「はいはい」
シスターの言葉を受け、純子は笑顔のまま肩をすくめてみせた。
「聞き分けが良すぎて信用できねーぜ」
「ゆ、油断するな。シェム……純子は何か企んでいる可能性が高い」
ブラウンとネロが、純子に鋭い視線を送りながら囁き合っていた。




