18
ふと、政馬は昔を思い出す。まだ政馬が勇気と鈴音と出会ったばかりの頃だ。
勇気との戦いを終えて和解した後、政馬はちょくちょく勇気と鈴音の元を訪れた。勇気にまとわりつく政馬に対し、鈴音はあからさまに嫌そうな素振りを見せていた。
鈴音の態度があまりにも酷いため、政馬も自然と鈴音に対して憎まれ口を叩くようになった。その後はもうずっと最悪なままだ。互いを認める発言は一切無く、ひたすら否定しあってばかりだ。
「政馬は他人の痛みが気にならないの?」
ある時鈴音が、悲しそうな表情でそんな言葉を投げかけた。政馬の言動の数々に腹を立てて、堪えきれずにぶつけた言葉だ。
「気にするわけないだろ。他人は、ね」
鈴音を嘲るかのような口振りで、政馬は答えた。
「それが――それがさ、見知った人だったら気にするよ。気になるよ。抵抗あるよ。傷つけたくないし死なせたくもないよ。でも自分の知らない人の命とか心底どうでもいい。ただの数字の上下。ただの0と1だよ。僕が地球人類の大半を殺しても、その殺した全てが僕の知らない人なら、何とも思わない。思うわけがない。それで心が痛んだとしたら、そっちの方が異常じゃない? 君達はどうなの? どこかの貧しい国の子供達は恵まれないとかどうとか言われても、その貧しい国に行ったことも無ければ、普段意識もしないような国の国民が全滅した所で、酷いニュースだなー程度には思うけど、よっぽどの変態的善人でもないかぎり、それで終わりだよね? すぐに次の話題か、日常に意識が戻る。どうでもいいことだよね? それと同じなんだよ。見えない他人のことなんかどうなってもいい」
「そんな考え、勇気も私も許さない」
何かあるとすぐ勇気を引き合いに出す鈴音。いつもこのパターンだが、その度に政馬もかちんときている。
「鈴音はどうでもいいけど、勇気にはいつか理解してもらう」
「どうやって?」
互いに売り言葉に買い言葉。昔からずっとこんなやり取りを何度も続けてきた政馬と鈴音であったが、この時のやり取りは特に強く、政馬の記憶に残っていた。
***
「どうやってだろうねえ……鈴音。あの時の答えはまだ出ていないんだ」
「え?」
政馬の独り言が、鈴音の耳にも届く。
「何でもないよ。気にしないでいいよ。ヤマ・アプリ、タール羽根」
うずくまる純子の真上から真っ黒なタールが降り注ぐ。
「熱っ! ちょっ……!」
大火傷するほどではないが、若干熱めのタールがいきなり降り注ぎ、しかも回避の暇も全く無かった。
タールまみれになった純子の上に、大量の羽毛が付着する。
「何だよ、あれ」
「タール羽根の刑だ。昔あった羞恥刑だよ」
「で、あれでどうなんの?」
スノーフレーク・ソサエティーのメンバーが囁き合う。
純子の全身を包んでいたタールと羽毛が、散り散りになって空中に霧散する。純子は返り血等で服や肌が汚れても、全て極小レベルにまで分解して塵にして綺麗にすることが出来る。純子にとっては容易いことであるし、政馬の今の能力にどのような効果があった不明だが、直接的には大した影響は無かったように感じられた。
しかし、政馬の能力を無効化する際、隙が生じていた。純子の意識は能力の使用と解除に注がれていた。
「パラダイスペイン」
五寸釘を取り出した鈴音が、躊躇無く己の右目に突き刺した。目をしっかりと見開いた状態で、ゆっくりと、そして深く突き刺していく。ただし脳にまで及ばないように注意する。
攻撃が来る気配を感じた純子だが、回避は間に合わなかった。鈴音が受ける痛みのレベルが高い分、発動も早くなり、威力も高くなり、攻撃範囲も遠く広くなる。相手のいる場所に直接不可視かつ物理的な攻撃が加わる。
純子の脚両脚と両腕と両肩に、立て続けに無数の大きな穴が開き、血が噴き出す。
血塗れになり、膝を折る純子。
「鈴音……それは……」
能力の発動のために目を潰した鈴音を見て、政馬は震えながら呻く。
「片目くらいいいもん。後で勇気に治してもらうし。それより戦いに集中して」
閉じた右目から血を流しながら、冷然とした表情で告げる鈴音。先程切り裂いた口の中からの出血の方が激しい。喋る度に血が飛び散っている。
「ヤマ・アプリ、鞭打ち」
政馬が能力を発動させた。不可視の衝撃が立て続けに純子に降り注ぐ。
何発か食らってしまったが、純子は転移して政馬の攻撃から逃れる。
(斬撃や突撃より、打撃や衝撃の方が堪えるなあ……)
体中に痛みを覚えつつ、純子は神蝕の能力を部分的に使用して、体に開いた穴を埋める。これは応急処置のようなものだ。完全に癒したわけではない。
「ヤマ・アプっ……」
さらに追撃しようとした政馬の体が、大きく吹き飛ばされて倒れた。
「政馬!?」
「政馬さーんっ」
「政馬!」
スノーフレーク・ソサエティーのメンバー達が一斉に叫ぶ。中には戦闘に参加しようと構える者もいる。
「おい、迂闊に手出しするな。あんたらじゃ全然話にならないじゃん。レベルが違い過ぎる。余計な手出しするとこっちにも手出しされて、殺されまくる」
季里江がメンバー達を制した。
「大丈夫だよっ」
政馬が素早く身を起こす。実際はあまり大丈夫ではない。身体のあちこちが痛む。しかし無理をして体勢を整えないと、続けて攻撃を食らってしまうし、鈴音の足を引っ張ることになる。
「一人では難しいようだね。助太刀するよ」
純子がいた部屋から、もう一人の少女が現れて告げる。首から鏡を下げた、十代後半の少女だ。顔立ちは少女のそれだが、随分と大人びた印象があり、瞳には超然とした輝きが宿っている。
「ありがとさままま、柚ちゃん」
一人でもいけたと思っている純子だが、木島の宝鏡の化身である木島柚の厚意を、ありがたく受け取ることにした。
「お前は……どこかで会ったか? いや……お前と縁のある者に、少し前に会ったかな」
柚が鈴音に視線を向けて言った。
「勇気のこと?」
「違う。ああ……そうか。あれがお前の父親だな。柱にしがみついて下品な言葉を喚き続けていた男だ」
「えええ……」
柚の言葉を聞き、思わず半笑いになる鈴音。現れた少女が何者か知らないが、確かに自分の父親と会っていることがわかってしまったからだ。
「父さん、まだ元気なんだ」
「うむ。実に元気そうだったよ」
柚が首から下げた鏡がまばゆい光を放つ。
(これはまた罪業凄い子だね。罪悪感もまあまあ……。殺人数も中々)
ヤマ・アプリで柚の数字を見て微笑む政馬。数字が多いと嬉しくなってしまう。
柚の鏡から生じた光の中から、全身を眩い光で覆われた、大昔の甲冑姿の武者が三名、光輝く刀を構えて現れた。顔の造詣は光輝いていて判別しづらい。
光の武者が走り出す。
鈴音が掌をカッターで切り付ける。衝撃波が光の武者達に炸裂する。
「ほう。中々やる」
光の武者のうち二人が吹き飛ぶ様を見て、柚が感心の声をあげる。
「ヤマ・アプリ、鞭打ち」
政馬も不可視の攻撃を繰り出したが、残った一人の武者は、まるで政馬の攻撃が見えているかのように、容易く避け、政馬へと迫った。
「新・独房」
自分の周囲にヴェール状に空間の膜を張る能力を発動させ、身を護る政馬。かなりの防御性能を持つ能力だが、消耗も激しい。
光の武者が政馬に斬りかかるが、空間の幕に阻まれる。機械的に何度も斬りつけるが、結果は変わらない。
「固いな。では、これではどうかな?」
柚が呟いた直後、光の武者が一層眩い光を放ったかと思うと、爆発した。
爆風は政馬のヴェールを突き抜けた。鈴音にまでは爆風が届いていない。通常の爆発とは異なる。エネルギーの放射を限定した範囲に留めることで、威力を高めている。
「政馬!」
鈴音が悲鳴をあげる。政馬がうつ伏せに倒れていた。ぴくりとも動く気配は無い。
(あ……これ……もうだめか……な? 生きてはいるけど、体、動かない……動かせない……)
何か喋ろうとしても声が出ない。体を動かしたくても動かない、自分の体が自分の意思で操作できない絶望感。自分の命が終わりに向かうという現実に対する恐怖。
実際には一時的に体が麻痺しているだけであったが、政馬は自分がこれから死ぬのだと錯覚して、激しく恐怖した。
(嫌だ……死にたくない……)
真剣に死を意識する。そしてかつてない恐怖を覚える。事態に直面してでないと、この感情を理屈だけでは理解できない。しかし今直面し、味わい、理解している。
その政馬の前に、鈴音が静かに進み出た。純子と柚の二人と倒れた政馬の間へと移動する。まるで政馬を護るかのような振る舞いだ。
いや、実際鈴音は政馬を護るつもりで、政馬と純子達の間に立った。
「鈴音……」
身を張って自分を護ろうとする鈴音の姿を見て、ただそれだけで、胸の中と口の中が熱くなる政馬。それ以上に目頭が熱くなる。鈴音が自分の代わりに先に死ぬかもしれないと、わかっている。しかしそれでも嬉しく感じてしまう。
「あ……」
「おおっ」
固唾を飲んで見守っていたスノーフレーク・ソサエティーのメンバー達がどよめいた。
「政馬先輩が……」
やってきたツグミが、倒れた政馬を見て息を飲む。もちろん現れたのはツグミだけではない。真と史愉、人道的な斜めの尾上槇近と布山六子もいる。
「ぐぴゅう……鈴音も酷くやられてるっスねー」
「これは自分でやったの」
振り返った鈴音の顔を見て史愉が言ったが、鈴音は否定する。
(来てくれたんだ……)
(危ない所だった。いや、まだ僕はどうなるかわからないけど……。結構大ダメージみたいだし)
安堵する鈴音と政馬。雅紀と季里江、他スノーフレーク・ソサエティーの者達も同様に胸を撫で下ろしている。
「いい所に来たねえ、真君」
真を見てにっこりと笑う純子。
(僕もいい所に来た)
真の影に隠れて移動していたデビルが、口の中で呟いていた。




