第九十五話・プチな臨死体験
今回は本気で死にかけた経験のある人から「ふざけんな」 と怒られる内容かもしれません。が、私自身にとって衝撃だったので書いてみます。去年の話です。
恒例の人間ドッグで、最初の方で身体測定があります。年々肥満しているが今年は特にひどかった。塩パンに凝ってそればかり食べていたせいだと猛省しました。血液検査などの定番メニューに腹部エコーも入っており、ここで問題が起きました。いつもと違っていやにエコー検査の仕方が丁寧すぎるのです。息を吸ってはいて止めて、が何度も何度も何度も。
直接体にあてる部分をプローブといいますが、ある部分をぐりぐりと抉るようにして撮影する。私もまた医療従事者の端くれなので何か見つけたなと思いました。
果たして医師は腫瘍がありましたという。悪性の可能性が高く紹介状を書くので、早く受診するようにと告げる。医師に示された画像を見るとポリープなんてかわいいものでなく、がっつり系でした。
ほぼ確定だろうとなると死因も決定する。急に「死」 をつきつけられた私には考えねばならぬことがたくさんありました。母親を引き取ったことで判明した、叔母による悪事の決着がついていず膠着状態。叔母、私が死んだらさぞ喜ぶだろうなあ。妹も私のことが嫌いなので死んだらきっと喜ぶだろうなあ。子どもも反抗期だし、誰もが私なぞいなくても哀しまない。夢もかなわなかったなあ。
しかし、私はそんなこと、どうでもよくなりました。叔母に関してはあちらの勝ちです。くやしがったりするひまがあるなら、反抗期中で可愛げなくても我が子の将来を考えよう。
切除のために入院になるので、どうせ皆にわかる。職場で結果を告げると、これまた双方医療従事者なので今後の展開がわかる。即座に「若いのに気の毒に」 と面と向かって言われる。確かにその通りだが、話、早すぎ。
その週のうちに休みを取り、さらに突っ込んだ検査として腫瘍マーカーとCT撮影をしました。いやもう紹介状を渡した先も医療従事者。できるだけ早く切除してほしい。しかし開けてみないと(開腹という意味)わからないだろうけど、切除できればそれでよし、浸潤の度合いがひどければ切除せず温存してほしいなどと手術前提で話し合っていました。
以前から面識があるので深刻な顔で「精査だ。あ、そうそう、エコーも念のためもう一度させて」 という。もちろん応じました。データが多いほど今後の治療方針がたてやすい。その間も死後のことをどう処理していくべきかと考える。
ところがそのエコー検査、年配の検査技師が担当してくださったのですが、「あれ」 という。姿勢を変えて撮影される。これ、悪性ぽいけど、違うよ~という言葉つきで。
「は?」 と言いました……ほんと……?
死神からの肩たたきから、現世に引き上げられた気分。案の定、診察室に戻ると先ほどの医師や看護師の顔が笑顔になっている。CTもマーカー検査結果もすっとばして「見たでしょ」 と一言。エコーのことね。
「最初の検査で姿勢を変えさせたら一発だったが、人間ドッグはそこまでやらないから仕方ない。ま、よかった」 で終了。
いやもう感謝しかない。この三日間、勤務後は部屋にこもり片づけをして過ごしていました。亡義父は悪性腫瘍でしたが、回復不能の告知後に日記など全て焼いていました。私も同じことをするつもりだった。でも生き延びた……まだやるべきことはたくさんある、有り難い。
それまでの私は人並みにアンチエイジングに興味もあって若返りのクリームがどうのこうのと言っていましたが、そういう外見上に関する欲望は見事なほどなくなりました。それと政治や経済の話題も人並みに関心を持っていましたがいきなり無関心になりました。これは自分でもびっくりするぐらいでした。まだ未成年の我が子が今後どうするのか、認知症で何もできないのに、自力で歩行ができないのに、一人暮らしをしたい、大阪に戻せと見舞いに行くたびに怒る母をどうしようということばかり考えていました。
死を覚悟した戦時中の兵隊の気持ちがよくわかった体験です。まだ生かせてもらえるのは、感謝しかありません。先月もめでたくがん検診にひっかかり、細胞診まで行きました。私も皆さんと同じくいずれ死ぬ。だけど後悔のないようにと毎日を生きています。有難う。




