第五十三話・軽度認知症の金銭感覚
よくある話で珍しくもないでしょうが、やはりつらいので、吐き出します。実母の話。思えば一番最初は十年前。父親が寝たきりではあったがまだ存命だった。実母から突然に「マルマルを盗んだ」 と言われたこと。驚いて否定すると「親戚中に言うわよ」 と言われたこと……父の入院費用の工面の為に売ってくれといわれて売ったのを忘れている。取引履歴の記録を見せると「そうだったか」 と思い出してくれたが、母はあの時から壊れていたのかも。
お金のことで疑われるのはつらい。できるだけ一緒にいないようにしている。つい先日も五千円札を置いていたのに、ない、盗ったでしょと責める。すぐ横を見るとある。視野まで狭くなっているのか。指摘すると「あ」 だけでおしまい。母を嫌ってはいけない、怒ってはいけないと我慢する。精神的に大変疲れる。
お金でなくとも部屋の鍵、テレビのリモコン、ありとあらゆるもので不可解なことがおきれば全部私のせいにする。だから長時間母のそばにいないようにしている。もっとひどくなれば室内で長時間の録画をするつもりです。
昔の人は生活が困窮している人が多かったので、親がボケたり、病気をすると姥捨て山に捨てた。今では虐待になるが当時は福祉の概念がないうえ、己の死活問題になるからだと身に染みて理解できる。精神的なダメージが積み重なると経済活動に支障がでる。
現在は親がどういう状態になっても人権はある。子は親を疎ましく思ってはならぬ。この呪縛の強さよ……私は我慢しないといけない。我慢という言葉がでるなんて……私は立派な親不孝者ですよ……。
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お金に執着するのは人間として当たり前ですが、お商売のお店を一人で長年切り盛りしてきた人がぼけるともっと大変です。今回はその子供さんから伺った話。
実母と同じく外部の人間に対しては緊張感が出るためか、言葉も態度も普通。周囲は気づかない。その人もそうだった。取引先に電話をして「◎◎をこれだけ入荷ね」 と依頼するが後で「頼んでない」 という。期日にあるはずの入金がないので相手先が尋ねると「入金した」 と怒る。
お商売は信頼関係の積み重ねなので、だんだんと人が離れていく。子供さんはやめさせようとしたが、拒否する。どうにもならず、子供が本人に内緒で取引先全員と連絡を取り、注文があっても、相手にしないでくれといったそうです。周囲は優しいので話をあわせていくが、やはり限界が出る。とうとう子の仕事先にまで影響が出た。
こうなると、みんなが疲れ果てる。結局、嫌がる本人を病院に入れた。執着していた店はたたんだものの、ある程度のお金があるので生活には困らない。すると今度は別の問題がおきた。それが欲しい兄弟が集って、生前贈与で争う争族になった。
一円単位できちっと分け合ったそうだが、本人はその争いを黙って見ていたものの、それで完全にボケた。こういうのはどこでもよくある話だよ、と疲れたように教えてくれた。私もそれがよくわかる。ボケた本人が自覚がないと身近な家族は疲れるし、親の存在が根っこになっていた家族の絆も変質する。
本人の持つ財産、金銭に余裕があると、周囲が争奪戦になる。本人が生きていても。一度ボケてしまったと認識されると社会的存在感がなくなり、周囲も扱いも変わる。介護やお金で揉めると大変です。変な相手と結婚するとその相手の親族までからんで今までの家族の仲も思い出も全部壊れる。
まだ私の母は専業主婦だったので付き合いする範囲は狭くて助かった。そう思ってわが身を慰めている。でも、つらい。宝石や株、現金でなくてもペン一本、見当たらないだけでも「返して」 というから。
私は母のそばにいるときは私物はさわらない。話題も表面上にする。最近話がつながらないと、嘘を混ぜて作り話をすることもわかったから。
こうやって愛情も壊れていくのかと思うと怖いです。そして哀しいです。
第三者に騙されやすいのは事実。本人はしっかりしているつもりなので下手に口出すと怒る。子供が金銭や生活全般を支配すると確実に認知症が進行する。その症例も見ているのでどこまで介入するかが難しい。当の家族としては危なっかしいので施設に入所させたいが、一人暮らしをしている間はお金もある程度はまかせてあげてと医師に言われるしそのあたりが非常に難儀な事です。要は事件や事故を起こさない限りはそっとしてあげてというのだ。医師のいうこともわかるけど、遠方でただ一人で親を見ている子の気持ちなぞ誰も関知しないということ。今私はすごくしんどいです。




