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第三十六話・二人のメカケ


 私は、昔の話や習慣を聞くことが好きです。今回はある財閥の二号さんと親戚であったと語るLさんの思い出話です。二号というのは今でいうお妾さんのことです。現代日本では一夫一妻制なので、夫がもう一人奥さんが欲しいと思ってもできません。不倫になっちゃいます。

 が、昔は正妻さんのほかに二号さん、三号さんという妾としての名称がありました。戦前昭和ヒトケタ時代の話だと思ってください。Lさんはこの二号さんを母の姉だといっていました。Lさんの叔母に当たる人ですが、Lさん自身もそのご家族も、二号という立場を大変誇りに思っておられています。私も珍しい話だと感じたので忘備録として残しておきます。

 Lさん一族は海と山に囲まれた地方で育ち、別荘で奉公したところ見染められて東京の本宅近くに家を与えられて住まわせられたといいます。二号、妾というと蔑称だと現在の感覚ではそう感じてしまいますが、当時は名誉なことでした。大昔でいえば、大名が旅行先で小娘を見染めて伽をさせた感覚になるのだろうか。

 相手は現在でも名前が残る財閥のトップ。小娘(Lさんの叔母)は本宅に連れてこられ、まず正妻にあいさつさせられたとか。主人によく仕えるようにとお諭しをいただいたそうです。妾の存在を当たり前に認められていて、本人も、またその一族も妾になったことを喜び、顔合わせ後は土産物や記念品をもらったそうです。これでもって正妻に認められた二号さんになったわけです。

 下働きをしない奉公人という扱いでお盆などは、正妻が二号にたくさんのお土産を持たせて実家に帰るように手配をしたそうです。Lさんはそのたびに、叔母に会い、東京の洋服、珍しい海外のお菓子などをいただき、とてもうれしかったそうです。叔母さんは妾宅の噂話は一切せずつまり口外せず、ただただご主人や正妻からよくしていただいている感謝を口にしていたそうです。年に一度の実家がえりは凱旋扱いだったらしくお祭りのように叔母の到着を駅のホームで待っていたとか。

 正妻から叔母に持たせられたお土産も親戚一同に配られるように大量に持たされていたとか。昔の財閥の正妻としての気配り、そしてLの叔母による二号という身分のわきまえを感じます。

 大奥とまでいかずとも、昔の大名の正妻、愛妾の関係は主従関係の一種だったのだろうと思いました。

 正妻によっては二号などとんでもない、いやだという人もいたでしょう。が、悋気、やきもち、ジェラシーは、恥ずかしいふるまいとされていた時代です。男性優位の時代での話で、平成生まれの若い人には理解できない話だと思いますが書いてみました。




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