第三十三話・あるおっかけさんの思い出話
好きな分野の舞台芸術で好きな出演者ができると、おっかけしたくなる人がいますね。そういう人たちは公演終了後に出演者にあってコミュニケーションをとろうと積極的な行動を起こします。おっかけさんの基本は、楽屋に通じるホールの裏出口で待っていて、お衣裳と化粧を落とした出演者にサインをお願いしたりします。私はしたことがありませんが、そういうおっかけさんと話をしたことがあります。今回はその話。
公演終了後に楽屋裏でじっと待っていたら、スターが気軽にサインしてくれた、一緒に写真を撮ってくれた、お話しできた、プレゼントを渡せた。幸せ! となります。
実際に追っかけをしていた人から舞台人の生画像を見せてもらったことがあります。見せてくれた人はとても幸せそう。舞台人は観客に夢をみせかつ幸せにできますね。本当に良い職業だと思います。
おっかけも人間ですので、それなりのルールがあるようですが、私はよく知りません。宝塚スターの場合、ファンクラブのひとたちが、にわかファンが無礼をしないようにしきっていて結構厳しいとは聞いていますがそのぐらいです。
で。よく知らないくせに何を書く? と怒られそうですが、スターの性格は舞台上で作られたもので、プライベートはまったく違うという話をこれから書きます。今回はそういう話です。
さきほど「にわか」 という単語を書きましたが、これはファン歴の浅い人を指します。
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ある舞台の地方公演で観てとても感動した人がいます。Uさんとします。Uさんは一目でいい、主役に実際に会ってこの感動を伝えたいと思って楽屋裏に回ったそうです。その公演団体の知名度が今一つであった時代の話。楽屋裏で警備人に会いたいと伝えると、手ぶらのUさんの姿を見て一言。
「花束もプレゼントもないね? 冷たくされるかもしれないよ?」
Uさんしょんぼり。警備人は、ファンに対する舞台人の対応、その表裏を知りえる立場にいますので相手の態度でがっかりするとかわいそうだと思って忠告したのでしょう。地方なので会場に気のきいた花屋や手土産を売っている店はない。Uさんは、それでも「感動した」 といおうと決めて出てくるのを待っていたそうです。周囲にはおっかけらしい人はだれもいません。二時間待っていたそうで雪も降っていた。にわかであっても感動したファンは健気で純粋です。やがて衣裳を脱ぎ化粧を落とした出演者が何人も通り過ぎました。やがて主役は相手方と一緒に楽屋口に登場。Uさんは駆け寄ります。目当ての主役は非常に疲れていたようです。あとで聞いた話ですがその人は終演後は気力を使い果たして機嫌が悪く? なる人らしいですがもちろん当時のUさんにはわかりません。
主役の横に並んで「とても感動しました」 と話しかけました。主役は無言で下を向いている。準主役というか相手方の人が逆にUさんを気遣って「ありがとうございます」 と代わりに返事をしたそうです。二人は先だって歩いていく。Uさんは夢中で追いかけたそうです。
すると相手方の人が振り返り、ホテルまで一緒に歩こうかと言ったそうです。主役の人はずっと下を向いたまま。相手方の人はUさんに、その舞台のどこがよかったか、感動したかの質問をして話をつないでくれました。
結果、主役も好きだが相手方の人がもっと好きになったそうです。そりゃそうだろうけど。主役は最後にUさんには軽い会釈をしてくださったそうで、それが精いっぱいの対応だったのでしょう。
どちらにせよ、舞台で輝いていた人々と会話できたという話はUさんにとっての武勇伝になりました。
「主役の人の素顔も正直意外でした。私もおっかけとして無礼だった。でもこの機会を逃すと会えなくなるかもと夢中だった。相手役だった準主役の人は今でも大好き。私を傷つけまいとして話を一生懸命聞いてくださった。一生の思い出にしている」
……舞台は一瞬でも出会いもまた一瞬でも、思い出になるよね。年を経ていや増す尊敬もある。そんなことを感じました。




