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クロス・ドレッサー・クロス  作者: みずきなな
エピローグから始まるプロローグ。そして本当のクロスへ
15/15

02 二人の心の紫陽花の色

 彼女、秋月まさみの態度が徐々に変化してきている。

 ゴールデンウィークの後のデートからはそれがハッキリと態度や表情に表れるようになった。。

 デートを重ねる度に変化する態度。

 秋月は真面目なやつだ。ここにきて偽装カップルが嫌になってきたのか?

 いや、きっと男装をして俺に、いや瑞穂にずっと彼女のフリをしてもらうのが申し訳なくなったのだろう。

 だけど俺は決めている。秋月の夢を叶えてやるために頑張るって。

 残るデートは六月~二月までの九回だ。

 そして六月。

 今日は四度目のデートの日だ。


 ★☆★


「今日はどこへ行きましょうか?」


 相変わらず他人行儀な言葉遣いで秋月は男装している。

 まさか俺がみずきで秋月が女装だと知っているなんて、微塵にも思っていないんだろうな。


「秋山さんの行きたい所でいいですよ」


 そして、秋月は今日も微妙に元気がなかった。

 やっぱり表情は曇っているように見える。


「僕の行きたい場所ですか?」


 じっと秋月を見る。

 俺は男装だと知っているからだろうか、秋月が普通に女の子が男の格好をしているんだと今は見えてしまっている。

 やはり解る奴にはわかるのかもしれない。まぁ俺は三年も秋月の男装がわからなかったのだから本当は言えたもんじゃないが。

 だけど、よくよく見ればやっぱり女性っぽさがある。

 俺がこいつを三年も女子だと気がつかなかったのは、こいつにあまり接点がなかったから。

 普通に触れ合っていれば気がつかない訳がない。

 クラスメイトだってこいつとは友達になってなかったし。いや、誰ともこいつは仲良くしなかったんだよな。


「どこか、そう、想いでの場所とかないんですか?」


 そう言えば秋月の両親は俺の女装を一発で見破ったな。

 いくら男子と女子の骨格が違うとか言っても簡単にバレすぎだった。

 あれは特殊な事例なんだろうか? やっぱり注意深く見ればわかるものなんだろうか?

 姉が言っていたな。一見だけならバレない可能性もあるけど、やっぱり男子と女子は根本が違うよって。そう考えると秋月との付き合いはそこそこ長いから危険になってきているのか?


「じゃあ……電車でちょっと遠くに行ってみませんか?」

「電車で? どこまでですか?」


 一ヶ月に一回のペースとはいえ、ほぼ半日を一緒に過ごしているんだ。

 この後はバレない方が不思議になってくるよな。

 だったらデートの時間を短くするってのは?

 しかし、誰かが俺と秋月のデートを監視している可能性はある。

 あの両親だし、ちゃんとデートしているのか見てそうだ。

 俺だっていつ秋月とデートするのか報告してるくらいだしな。


 周囲を見渡した。人はいっぱいいる。誰がスパイかなんてわかるはずない。


「はい、少し遠いかもです。 ……瑞穂さん?」

「瑞穂さん」

「は、はい!」


 やばい、聞いてなかった。

 だめだだめだ。そんな事を考えてると顔に出る。

 俺は来年の二月までは彼女の彼女で過ごさなきゃいけないんだから。ネガティブ思考はやめよう。


「動物園とかはどうでしょう?」

「動物園ですか? 上野動物園とかですか?」

「いえ、東部動物公園です。知ってますか?」

「えっ? 名前だけは知ってますけど?」


 東部という名前は聞いた事があるけど、その東部動物公園の場所は知らない。


「ええと、ここからだと秋葉原に一度でて、常磐線で北千住までいって、そこから東部動物公園まで電車ですね」

「えっ!? け、結構ありそうですね」


 うん、聞くだけで遠いと理解できた。

 でもなんでわざわざそんな場所に? 今までは遠くても新宿程度だったのに……

 もしかして、さっき俺が思い出の場所とかって聞いたからか?

 その東部動物公園って思い出の場所なのか?

 まぁ、俺はあくまでも彼女の彼女な訳だし、ここで否定する訳にもゆかないな。使命感的に。


「いいですよ。行きましょうか」


 万全の注意を払って今日も女子になりきろう!


 ★☆★


 俺と秋月とで東部動物公園までやってきた訳だが……


「思ったよりも遠かったですね」


 まさか二時間かかるとは予想外だった。


「そうですね」


 俺と秋月は駅を出てから周囲を見渡した。殺風景というか、ロータリーは新しくできたばかりっぽいのに何もない。

 うん、あまりにも何もないロータリーすぎて新鮮だった。

 ほんと建物が皆無な上にロータリー付近にコンビニすらない。駅の構内にはあったけど。


「さて、行きましょうか」

「はい」


 どうやらここから東部動物公園にはバスか徒歩で行くらしい。

 時刻表を見たらすぐの時間に発車するバスがない様子なので、俺と秋月は歩く事にした。

 結果は、思ったよりも近かった。徒歩で十五分程度かな。


「懐かしいなぁ」


 東部動物公園とかいた看板を秋月が見上げていた。


「ここって何か想い入れのある場所なんですか?」

「うん、僕が始めて両親に連れられたとこなんです」


 ほほう、わざわざこんな場所まで? お前の両親もマニアックだな。


「へぇ……私は始めて来ました。それにしても大きな公園ですね」


 俺がそう言うと秋月はくすくすと笑う。

 おい、おまえ、それすっげー女子っぽいぞ! やめろ! なんて言えないけど。


「ここは遊園地と公園と動物園が混ざったような施設なんです。そして、中には鉄道まであるんですよ?」

「へぇ、それってすごいですね。東京都内じゃ絶対にないレベルですね」

「そうでしょ?」

「夏はプールもあるんですね。なんだかそれだけの施設がそろっていたら完全にデートスポットですね」

「あ、はい、そうですね……」


 秋月の表情が曇った。どう見ても曇った。

 どうしてだ? 俺は変な事は言っていないだろ?

 なんだか、いちいち秋月の顔色の変化がわかってしまう。

 やっぱり偽装とはいえ俺は彼女の彼女だからなのか? これが女の感って奴なのか? いやいや俺は女じゃないから! って自分に突っ込んでも面白くもないな。

 でも、逆に考えてみるると俺の顔色の変化も彼女にはちゃんと見えているのかな?

 まぁ、その可能性は十分になるよな。

 よし! やっぱり注意して女子になりきろう。


「では入りましょう」

「はい」


 秋月とあまり混んでいない園内へと入った。

 入口付近にはレストハウスやお土産のお店なんかがある。

 ホワイトタイガーとかのぬいぐるみがあるな。

 ここは白い虎でもいるのか?


「ここから電車でいきましょうか」


 本当に電車……じゃなくって汽車だった。

 汽車が園内を走っていた。コンパクトだけど十分すぎる大きさだ。

 俺と秋月は並んで座席に座る。


「これって、本当にデートみたいですね」


 秋月がにこりと微笑んだ。


「秋月さん? これってデートですよ? 私は秋月さんとデートをしているんです」


 彼女の顔が赤くなった。


「そ、そうですよね! ごめんなさい」

「顔、真っ赤ですよ?」

「いや、うん、恥ずかしかったから」

「私と一緒にいるのが?」

「い、いえ! それはないです! だって瑞穂さん可愛いですから!」


 カーッと顔が熱くなった。

 な、なんだよ! 俺は男だろうがぁぁ!


「照れる瑞穂さん、可愛いですね」


 こ、こいつ、女子の癖に生意気だっ。俺を動揺させるとか!

 

「か、からかわないで下さい」

「からかってないですよ? 本音です」

「むうう」

「あははは」


 やぱい、前の子供に笑顔で見られた。母親まで笑顔で見てる!

 いや、これは良い事だよな? デートなんだし……


 で、そんなこんなで時間はどんどん経過する。なんだかんだと俺は彼女と楽しい時間を過ごす。

 ここで俺はある事実にいまさら気がついた。それは秋月が男子トイレに入っている事だった。

 まぁ学校でも三年間ずっと男子トイレに入っていたから、これは普通なのだろう。しかし、まったく抵抗感もなく入る所に慣れと恐れを感じた。

 こいつ、女に戻っても男子トイレに入るんじゃないのか?


 俺はというと、もちろん女子トイレなのだが……マジでドキドキする。

 毎回背徳感にすっげー襲われる。中で手をいつ掴まれて「この人、男です! チカンです!」なんて言われるか……怖い。

 ほんっと女子トイレが個室でよかった。すぐに姿を隠せるしな。

 秋月はきっと毎回男子個室なんだろうな。


「おまたせ、ってどうしたんですか? 深刻な顔しちゃって」

「い、いえ、何でもないです」

「じゃあ、次はあれに乗りましょう!」


 彼女が指差したのはジェットコースターだった。


 ☆★☆


 思った以上に楽しかった東部当物公園。俺は舐めていた。僻地にある遊園地はレベルが低いと舐めていた。しかし、本当に楽しかった。

 いっぱい遊園地で遊んで、いっぱい動物も見れた。

 だが、なんせ広いから移動も時間がかかる。しかし、お陰で良い運動にはなった。


 途中で紫陽花の植えてあるゾーンがあった。

 色々な色あいに咲くだろう紫陽花。そして思い出した。

 紫陽花の花の色は土に含まれる成分で変化をするんだって事を。

 要するに、土壌の性質によって花の色を変えているんだ。


 ふと秋月を見た。

 今の彼女の心はどんな色になっているのだろう?

 メルヘンちっくな、まるで乙女みたいな考えだけど、ふと気になってしまった。

 こいつはずっとずっと男装をしてきてもう四年目だ。

 考えてみれば一般的に青春時代と呼ばれる高校生活をすべて男装で過ごしたのだ。

 これは彼女に悪い影響を与えていないのか?

 彼女の心は汚い色に染まっていないのか?


 そして浮かんだのはゴールデンウィークの俺への告白場面だった。

 そうだ、俺は彼女の変装した姿で告白をされたんだ。

 そう考えると……彼女は女性としての気持ちはもっているって事になるのか。

 だって男子である俺に告白をしたんだからな。今は女装だけど。


 ばさっと前の親子の紙袋が避けた。中から子供の本がばらばらと落ちる。

 その光景を見て、告白の後に彼女の紙袋から落ちた本を思い出してしまった。

 中身は……BL、そう、ボーイズラブだったよな。

 ……えっと、彼女が男装して俺(男子の)とカップルになった場合はBLになるのか? BL……BL………


「うわぁぁぁっ」

「瑞穂さん、どうしたんですか?」

「い、いえ、ちょっとミミズが道路に」


 どんな言い訳だっていうのはさておき、秋月が男子制服を脱いで『実は僕、女だったんだ』って裸になるシーンを妄想してしまった。


「紫陽花、まだ咲いてないですね。ここの紫陽花ってどんな色なんでしょうね」

「えっ? ええと、普通の紫っぽい色じゃ?」

「ですかね? 少し珍しい色かもしれませんよ?」


 秋月、で、今のお前は何色なんだよ?


 ★☆★


 ジェットコースターに乗った。

 すごくドキドキした。

 スリル満点だった。

 もう、上下に動くし、左右に振られるし……

 ウィッグを抑えるの大変だったんだぞ!


「瑞穂さんは何でジェットコースターで頭を抑えてたんですか?」


 ああ、聞かれた。そうですよね。気になりますよね。


「えっと、バンザイしたかったんですが、するのが恥ずかしいので頭に手をのせていました」

「なるほど!」


 あ、妙に納得された。


「僕も今度から頭に手をのせよう!」


 いやいや……なんかごめん!


 しかし、このウィッグというものはすっごく不便な品物なんだぞ?

 小説やゲームやアニメで平気でウィッグで女装とかしているけど、そんなに簡単じゃないんだ。

 まず、毛質の良い最高のウィッグを使わないと本物の髪じゃないってばれる危険だってあるし、お手入れだって自分の髪よりも気を使う。

 きちんとウィッグ用の櫛を通さないとだめだし、ウィッグ専用の置くもの? もあるくらいだ。

 匂いだって汚れだって気にしないとダメだ。くさいウィッグなんて最低だからな。

 あと、髪が伸びない。当たり前だけど伸びないんだよ。

 だから毎月デートの前に美容室に行ってるって事にしてある。

 ちゃんとシャンプーの香りまでつけて出かけてるんだ。

 あーめんどくさい。女装ってマジめんどくさい。デートの途中のお化粧なおしも面倒だしな。

 だから宣言しておこう。女装を甘く見るなよ!


「瑞穂さん」

「は、はい?」


 あれ? ここどこ? あ、キリンだ。目の前の広い場所にはキリンがいた。


「瑞穂さんって動物好きですか?」


 え、えっと? ここでは、「キリンは好きです」が正解なんだろうか? いや、違うよな? そう言う意味じゃないよな?


「動物ですか? そうですね、私はあまり面倒見が良くないので飼うとかはないですが、でも動物は好きですよ? キリンも嫌いじゃないです」


 完璧だろ?


「そうですか……」


 な、なんだこの反応!? 完璧な返事なはずなのにテンション低っ!

 そして秋月は動物が好きか嫌いかも言わずに歩き出してしまった。

 結局はキリンを見た感想すらもまったくなかった。

 それどどころか、それから後はまったく会話がなくなってしまう。

 その重い空気に妙に焦りを感じた俺はドキドキしながら横を歩いた。

 うん、本当に今日の秋月はおかしい……


 しばらく歩いて限界がきた。そう、黙っている限界だ。


「あ、秋月さん、何かあったんですか?」


 これが正解だったかは解らない。でも俺から聞いた。

 あまりにもおかしすぎる態度と無言の秋月が不安になったから。


「ねぇ、最後に観覧車に乗りませんか?」

「観覧車?」


 だけど俺の質問には答えずに観覧車の話題になった。

 同時に俺は観覧車を見上げる。

 最近になって新しくなったらしい東部動物公園の大観覧車。

 ゆっくりゆっくりと回転している。

 そして、俺はゲームでよくある観覧車イベントを想像した。

 カップルで観覧車に乗るとどういう事が起こるのかを考えてしまう。


 まず、一つとしては愛の告白。

 観覧車の中での愛の告白からのキスは漫画とかでも定番だ。

 だけどそれはない。彼女は【瑞穂】は好きじゃない。それにそういうオーラを感じない。

 では? 次にあるのは……


 観覧車の中でエッチな事をさせる……

 苛めたり、裸にさせたり……

 だ、だけどこれもない。だってそんなプレイをする程の関係じゃないからっ!


 最終的に脳裏に浮かんだ内容。

 そして一抹の不安。

 ありえないとは言えないその可能性もないことはないよな。


「……」

「瑞穂さん、もしかして高い所は苦手ですか?」

「いえ、そうじゃないですが……」

「じゃあ、いきましょう!」

「あっ、ちょ、ちょっと待って」


 俺は手を引っ張られて観覧車の乗り場まで小走り。まったく混んでいない観覧車。そして有無を言わさずに乗り込んだ。いや、連れ込まれた。

 対面で座った俺と秋月。

 恋愛ではない意味で心臓がドキドキし始める。


「す、すごい新しいですねこれ!」

「うん、前に乗った観覧車はもうなくなって、これは最近になってできた観覧車なんだって」

「か、観覧車を建替えるとかすごいですね! 流石鉄道会社運営ですね! もしかしてこの観覧車の材料は古い電車? な、なんてないですよね!」


 く……いったい俺は何を言いたいんだろうか? どう見ても秋月が困った顔をしているじゃないか。

 だけどじっとしていられなかったんだよ。落ち着いているなんてムリだったんだよ。

 だんだんと上昇してゆく観覧車の中から景色を楽しむ余裕なんてまったくない。

 すると彼女が立ち上がると、バチンと勢いよく俺の手を取った。


「た、立ったら危険ですよ!」

「ごめんなさい。でも……」


 謝る秋月。真剣な眼差し。もう最高に嫌な予感しかしない。


「ど、どうしたんですか?」

「僕、瑞穂さんに言っておかないといけない事があるんです!」


 うわぁ! なんかすっごく嫌な予感がMAXレベルだ!

 やばい、もしかして俺に私は女なんですとか暴露するつもりなのか?

 この関係を終わらせたいとか言うつもりなのか?


「ちょっと待って!」


 俺は大声を出した。きっと素の声に近くなっていたかもしれないけど、それでも今は最大の危機だ。

 このまま彼女が俺に自分の色々な秘密を暴露して、そして偽装恋人が終わったら……

 そう、秋月まさみの獣医になる夢は追果てるんだ!


「瑞穂さん!?」

「今から私に何かを伝えたいのかもしれない。だけど待って! それは言わないでください!」


 驚いた表情で俺をじっと見ている秋月。

 よし、このまま一気に畳み掛けるぜ。


「私はあなたの偽装彼女です! だから私は貴女のプライベートは話をしなくても構いません!」

「でも……」

「でもも何もありません! 逆に私は秋月さんのプライベートなんて知りたくもないです! 知ってしまったら今のこの偽装カップルを続ける自身もなくなります!」

「そ、それでも……」

「ダメなんです! 私はみずきに頼まれてるんです! 彼を助けてほしいって! だからダメなんです!」


 息が切れるほどの勢いで言い放った。

 もう観覧車は頂上まできている。

 外に目をやれば秩父連山に夕日が沈もうとしていた。

 オレンジ色の夕日が秋月を照らす。キラキラと輝く瞳が綺麗だった。

 ああ、まるでこいつ女みたいじゃないか……いや、女だよ。

 あと、そんな顔しないでくれよ……思い出すじゃないか。

 俺は見ていられずに視線を落とした。


「わかりました……」


 秋月の口調はさっきよりもしっかりしていた。

 少しだけ心の中でほっとする。


「で、ええと、瑞穂さんはもしかして……すでに私の秘密を知っているのですか? そういう感じに取れたんですが」

「へっ!? いえ、あのっ!」


 しまったと思った。すぐに否定できなかった。

 ここでどんな秘密ですかなんて聞けもしない。

 だけど、こいつが女装をしているって事実は知っている。

 こいつだって両親と俺がそう言う話をした可能性があるって思っていたかもしれない。


「では、もう隠す必要はないですよね? 僕は……「うわぁぁぁぁっぁあ! 話さないで! それとも秋月さんの秘密はここで話してしまえる程度の秘密だったの?」」


 だからって言って良いもんじゃない。


「だ、だけど、瑞穂さんにだけは「うわああああ! そんなのどうだっていいでしょ! 私が知っていても知らなくっても、秋月さんは何も気にしなくていいの!」」


 俺が立ち上がって思いっきり言い放ったせいなのか、ついに秋月は口を閉じた。

 そして瞳を閉じて深く、とても深くため息をついた。


 観覧車は非情にも終点を迎える。

 ガチャリと扉が開いた。


「い、行きましょうか」

「は、はい」


 気まずい空気のままオレンジ色に染まった遊園地ゾーンを歩く。

 もう閉園も近くあまり人もいなくなっている遊園地ゾーン。

 疲れきって父親の背中で寝ている子供。まだ元気いっぱいに遊んでいるカップル。

 俺たちはまるで別れ話でもしたかのように沈んで歩いていた。

 あまりに強く彼女の言葉を遮りすぎたかもしれない。


「……」


 だけど、ずっと無言で沈んでいる秋月を見ていると、なんだかだんだんと腹が立ってきた。

 もしここで本気で自分の秘密を瑞穂に暴露したとして、それが万が一でも誰かを通じて彼女の両親にばれてしまって、それで彼女の夢が夢に終わってしまったら……

 そうだ! 彼女の高校三年間の努力はいったいなんだったのか!


 それでも俺に話したいくらいに覚悟をしていたのか?

 それほど俺に気を使っていたのか?


「秋月さん、今日のあなたは本当におかしいです……早く普通に戻ってください」


 秋月はちらりと俺を見た。しかし何も言わなかった。

 東部動物公園の出口をそのまま出て人ごみとは言いがたい人の流れに沿って駅まで歩いた。

 駅に入ると秋月が立ち止まる。


「瑞穂さん、そこのファーストフード店に入りませんか?」


 指差したのは大手のファーストフードチェーン店だった。

 ここから自宅まで二時間はかかるのでもう帰りたいなんて思ったけど、このまま帰るのもちょっとあれだ。

 だから、俺は秋月の申し入れを受ける事にした。

 店内に入ると学生が多く、席をなんとか確保してポテトとコーラを受け取った。

 俺たちのあとから入ってきたのは学生のお客さんばっかり。

 流石に地元の学生がスパイって事はないだろうから、こいつの関係者は今日は監視していないのかもしれない。

 いや、毎回監視してないのかもだけど、疑っていた方がいい。


「ええと……」

「秋月さん?」


 また重い感じになっている秋月だったが、懸命に顔を上げて俺を見据えてきた。


「み、瑞穂さん!」

「ま、待って! さっきみたいな暴露話はやめてくださいね?」


 俺は先に念を押した。さっきみたいな事を繰り返したくないからな。


「ですが、私はやっぱり瑞穂さんにだけは話しておきたいんです!」

「だからってこんな場所では……「知っているんですよね? 瑞穂さんは僕の秘密を。だったら良いじゃないですか」」

「それでもやっぱりここではダメです!」

「お願いです! 聞いて下さいっ!」


 しかし彼女はまったく聞く耳を持っていなかった。

 俺の制止の言葉を振り切ってついきある事実を口にした。


「僕は今、恋をしています!」

「!?」


 目が点になるってこういう事を言うのかもしれない。

 なんだろう? 俺が懸念していた男装の件はまったく言葉として出ず、恋をしたとか報告をされた。


「わ、私にじゃないですよね?」


 一応聞いてみる。


「ごめんなさい、違います」

「で、ですよね~偽装彼女ですからね」


 あ、あれ? じゃあ……えっと? まさか!?


「瑞穂さんには申し訳ありませんが、僕に生まれて初めて好きな人ができてしまいました」

「は、はい? ええと? べ、別に良いんじゃ?」


 相手は……って一人しかいないよな? どう考えても俺?

 だけど今の俺は女装で、こいつは男装で、偽装カップルは性別逆転で……

 俺の頭に血がどんどんあがっているのがわかった。

 やばい、俺すげー真っ赤になってるよな?


「あの……お伺いしますが、瑞穂さんには恋愛経験はありますか?」

「ひゃい?」


 声が裏がえった。


「僕は恋愛経験がなかった。これからも恋愛なんてないと思っていました。だけど……ずっとずっともやもやしていたこの想いが恋愛だと気がついたのはゴールデンウィーク前でした」


 なんだこれ? あの観覧車で言おうとしていたのもこの話なのか?


「え、えっと?」

「ごめんなさい。僕の彼女になってもらっているのに、僕が別の人を好きになってしまうなんて……」

「い、いえ! それはかって好都合?」


 じゃないだろ! 俺って何を言ってるんだ?


「あは、そうですよね? 僕じゃ瑞穂さんには似合わない」

「ち、違う! そうじゃなくって」


 いやいや、そんなの関係ないし。だいたいお前は女だし、俺は女装だし。

 瑞穂なんて人間はこの世にいないし。逆の瑞穂の事を好きになられても困るんだよ。ただそれだけなんだって。


「はい……これが伝えたかったことです。ずっとずっと僕に好きな人がいるのに貴女に恋人をさせるのは気が重かったんです」

「そ、そうだたんですか? でもそこは割りきってますのでだだだす」


 だだだすって何!?


「あ、あの?」

「へい?」


 へいってなんだー! 今日の俺、マジでおかしい。


「瑞穂さんは僕に好きな人がいるってもう気がついていたんですね」


 うぎぎぎ……いや、知ってると言えば知ってるけど、瑞穂的には知らないです。

 ほんっと俺の妄想や想像から大きくはずれてたんです。


 怪しい汗が一気にあふれ出る。両手に汗をかきまくる。


「あ、うん……なんとなく?」


 もうこう答えるしかなかった。今更知りませんでしたなんて言えない。


「やっぱりですか……うん、やっぱり女性ってすごいですね、きっと僕の態度や表情で気がついていたんですね」


 いやいや、お前も女だよな? あと、俺は男だぞ?

 あと、態度や表情で気がつけるような高性能な人間じゃない。

 今日だって思いっきり予想をはずしてる。


「う、薄っすらですが」


 あーマジで俺ってうそつきだ。


「そうですか。はい、うん、そういう事なんです。ごめんなさい」


 頭を下げる秋月まさみ。俺は周囲の痛い視線を気にしつつも小声で言った。


「わ、私は秋月さんの偽彼女です。だから秋月さんが誰を好きになっても構いません! ほんとにです」

「ありがとうございます! 僕は偽者とはいえ瑞穂さんを彼女にしているのに、これで別の人を好きになるとかダメだと思っていて」

「いやいや、構わないですよ? 私と偽装カップルが終わったら、その相手と正式に付き合えばいいと思いますから」


 なんて言ってる途中でハッとした。俺は何を言ってるの?

 これじゃ一年後の俺と秋月が……こ、恋人に? マジで?


「は、はい! 僕の気持ちはもう相手に伝えてあるんです! そうしたら一年待って欲しいって……」

「そ、そうなんですか」


 うわーまんまだー! まんまだーーー! こいつが俺の一年後の彼女なのか?

 い、いや、あいつ確か偽名だったよな? あれ? これってどうなるんだ?


 体から汗が吹き出るような感覚だった。体中がむず痒い。

 顔もきっと真っ赤だろうし、それでも秋月は何も言ってこない。

 俺が動揺しているのに疑いも疑念もないのか?

 単純に秋月の告白に動揺しているように見ているだけなのか?


「瑞穂さんにきちんと伝える事ができてよかったです」

「あはは、気を使ってもらってすみません」


 照顔でじっと俺を見る秋月。見てられない。

 思わず視線をそらしてしまった。

 しかし、俺はなんて壮大な勘違いをしてしまっていたんだろうか。

 これだったら観覧車の中でそっけなく言われて終わった方が楽だったんじゃないのか?


「瑞穂さん」


 顔を上げると両手をぎゅっと胸の前で握る秋月。まるで乙女!


「……(そ、その格好はまずいと思います)」言えない。


「僕は彼の事を想うと胸の中が暖かい気持ちでいぱいになって、もうドキドキが止まらないんです……本当に好きなんです」

「……は、はぁ」


 ―――お………おいおい! おまえ今【彼】って言ったぞ! ってどう突っ込めばいいんだこれ? 秋月は今は男だと仮定してだな……


『秋月さんてゲイだったんですね(はーと』


 ない! 流石にそれはないだろ?

 でも修正しないとやばいよな? これって設定上は間違いだよな? 本質的には間違ってはないけど。


 ちらりと横見れば女子高生の視線が刺さっている。

 興味本位か好奇心か、じっと俺とみずほを見ていた。

 きっとさっきの言葉も聞こえているだろうから、このままじゃ、彼女に俺は男を好きなったって告白するゲイ男子の認定になってしまう。秋月がね。


「え、ええと、相手は女性ですよね?」


 秋月の顔が真っ赤になった。見れば額に汗まで浮かんでいる。

 どうやら彼と言ってしまったのに気がついたみたいだ。


「そ、そうでよ? 相手は女性ですよ? もちおん!」


『そうでよ?』『もちおん』って何語だよ? いっぺんに二箇所も噛むとかないだろって突っ込みはなし。

 だけど動揺しすぎだろ。俺もだけどさ!


「そ、そろそろ帰りましょうか?」

「そうですね、遠いですし」

「きょ、今日の話は以上です」

「は、はい」

「こんな僕だけど、もう少しお付き合い宜しくお願いしますね」

「こ、こちらこそ、不束者ですが、よろしくおねがいします」


 まるで婚約したような台詞を放ってしまった。

 そして、こうして俺と秋月の六月デートは終了した。


 ☆★☆


 家に戻ってからやっと本来の自分に戻る。

 ウィッグを取り、メイクを落とし、そして女装を解除する。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 背伸びをしながらベッドに横たわると携帯が鳴った。

 差出人を見ると、そこには【秋月まさみ】!?

 件名は【みずきくんへ】!?


「な、なんだ!?」


 ドキドキと一気に心拍数が跳ね上がる。

 ごくりと唾を飲み込んで俺は携帯のメールを読む。

 そこにあったのは短い文章だった。


【みずき君が大好きです(はーと) 一年後によろしくお願いします(はーと) 秋月真美」


 しかし、そのメールにはすばらしき大穴があった。それは差出人。

 うん、なんて言うか【秋月真美】じゃなくって【秋月まさみ】の携帯から間違って出してるじゃないか!

 この取り返しのつかないミスに本人は気がついているのか?

 二時間経過してもフォローメールも電話もこないのにヤキモキしながらお風呂に入る。

 お風呂から出てメールチェックをしてもまったくメールは来ていなかった。


「なんであいつはこんなに脇が甘いんだよ!」


 俺の責任じゃないのに夜中悶えてしまった。でもって結局その日はよく眠れなかった。


 ……


 そう、この時には既に俺たちの歯車は確実に狂い始めていたんだ。


 つづく

この小説は不定期更新です。ですが、次回は混乱の水着回を予定しています?

最近になって私は思うんです。女装とか男装で水着ってムリだよね?

なんで世の中のアニメや小説の女装や男装はあんなにも完璧なんだろう?

あ、この小説も似たようなもの?

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