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貴女に永遠の愛を 《 改訂版 》  作者: aki
序章   勇者 《 ヤエ・トゥノ 》
5/20

 八重のもとに送還の儀の準備が整ったという知らせが届いたのは、王城に戻って五度目の朝食を取り終え、共に食事をとっていたエヴァが退出したあとだった。


 思いがけず時間がかかったのは、エヴァに知られないように極秘に事を進めていたかららしい。


 十歳とはいえ王太子であるエヴァのスケジュールは予定がびっしりと詰まっているはずなのだが、八重が帰って来てからというもの、彼は時間をつくっては彼女にべったりと張り付いていたのである。


 昼食とおやつの時間は必ず顔を出し、夕食を共に食べた後は八重の部屋に居座って未婚の男女だというのに超特大のベッドで二人して眠り、朝食を共にとったあと『いってきます』とはにかんだ笑顔を浮かべて八重の頬にチュッとして部屋を出ていくという、エヴァの見た目年齢を別にしてみれば、アツアツの新婚さんですかあなた方は? と見る者すべてが突っ込みたくなる光景が展開されていた。


 十歳のエヴァはともかく、日本の成人年齢に達したはずの八重は最初こそ一緒に寝るのは云々~と拒絶の言葉を口にしたのだが、そこはエヴァの十八番“泣き落とし”によって最終的にはベッドを共にすることを許してしまったのだ。

 八重にしてみれば、可愛い弟の我儘を最後くらい聞いてあげてもいいかな、という気持ちだったのだが。


 そんなこんなで5日目の朝、内心『とっととしろよ!』と声を荒げていた頃に届いた準備完了の呼び出しに、八重は喜色満面で部屋を飛び出したのである。






「ふぅん。じゃあ私が召喚された時間と、その時いた場所に送り返すことができるんだね。たしかに四年も行方不明になっていた人間が突然戻ってきたら、大騒ぎになっちゃうもんね」


 魔道士長の説明に耳を傾けながら、八重はうんうんと頷いた。


「ん~、でも待ってよ。もとの時間と場所に帰してもらえるのはありがたいけど、私、もう二十歳だよ? 十六歳の時に比べれば、顔立ちとか、まあ、いろいろと成長しているはずだけど、そこはどうなるの? まさか十六歳の可憐な乙女であるはずの世界に、二十歳になった大人な女の私が帰らなきゃいけないの?」


 そんなことになったら、化け者扱いされちゃうでしょ! という言葉は飲み込んで、八重は魔道士長のサンタクロースも真っ青な白ひげ顔を見つめた。


『いや、それは大丈夫でしょう。四年すぎてもお子様にしか見えませんから』

『四年前と何一つ変わっていないように見えるのは、なぜだろう…』

『ヤエ様が二十歳って……成人女性って…ウソ、今初めて知った! ってゆーか、今も昔も大人には全然みえませーーーーん!』


 八重の言葉をその場で聞いた人々が、それぞれの思いを胸に抱く。


 しかし世界に恐怖をもたらした魔王を、ほぼ瞬殺で滅ぼした八重にそれを告げる勇気を持つ者は一人も存在しなかった。


「ちょっと魔道士長のおじーさん、聞いてる?」


「…うおぅっ、申し訳ありません。偉大なる勇者ヤエ様のご指摘に驚愕してしまいました。が、その点はご心配には及びません。そもそも世界中から第一級魔道士をこれほどの人数集めましたのは、ヤエ様のお身体をこちらにお喚びした時のご年齢時のものにお戻するためでございます。魔道士一人では年齢を戻すことなどできませんが、五十名も集めれば何とかなります」


 魔道士長の言葉に魔法って便利だなとつくづく関心しながら頷くと、二人のやり取りを見守っていたウィートに視線を向け、


「じゃ、チャチャッと始めてください」


 そう言って、ニッコリと微笑んだのだった。






 ―――チャチャッと始めてください。


 彼女を愛してやまない息子(エヴァ)のことなど気にする様子もない八重の言葉に、ウィートは苦笑を浮かべつつ頷いて見せた。


「わかった。ではこれより、魔王フリオ・アラーニャの魔手より世界を救いし勇者“ヤエ・トォウノ”の送還の儀を執り行う」


 ウィートはそう宣言すると、複雑に描かれた魔法陣の外枠上部に立ち、詠唱を開始しようとした。

 彼はこの国の王であると同時に、魔道士長をも上回る特級の魔道士でもあったのだ。

 八重召喚の際は召喚を見守るだけだったが、帰還に際しては彼女が界の狭間で迷い子になることが決してないようにと参加を決めたのである。


 だがウィートが詠唱呪文を紡ごうとしたまさにその時、送還の儀が執り行われようとしている部屋の豪奢な扉が大きな音を響かせて左右に開いた。


「父上!」


 廊下の窓から差し込む太陽の光を背に受けて、金と銀の混ざり合った髪をキラキラと輝かせながらエヴァが飛び込んでくる。

 

 当然、その場にいた者たちは皆エヴァの方に視線を向けた。


「エヴァ…」


 八重はやってきたエヴァを見つめて困った顔で微笑む。


「ヤエ……」


 父王の足元に描かれた魔法陣の中心に八重が立っている。それが意味することはただ一つ。 


「…いやだよっ!」


 エヴァは背筋が凍るほどの恐怖を覚えながら、必死で声を振り絞った。


 この四年間、ずっと想いを伝えてきたはずだ。

 そのたびに彼女は優しく頷いてくれたではないか。

 それなのに、なぜ?


 八重が何を考えているのか、エヴァにはわからない。


「ごめんね、エヴァ」


「いやだ。謝罪なんて、聞きたくない! そんな言葉聞きたくないよ、ヤエ!」


 悲しげな瞳でエヴァを見つめながら、八重はウィートの方を振り返り儀式の開始を少し待ってもらうように告げ、魔法陣から出た。


 立ち尽くすエヴァに八重の手が伸ばされ、左頬に指先が触れる。


「泣かないで、エヴァ…」


 頬に触れた指先が、流れ落ちる涙を拭う。


 そこで初めてエヴァは自分の両目から涙が溢れ出していることに気がついた。


 この世に生を受けて十年。

 乳飲み子だった乳児期を除くと、人前で真実の涙を流したことなど一度もない。

 王太子であり未来の国王である自分が人前で泣くなど、彼の高すぎる自尊心(プライド)が許さなかったのだ。


 これまで八重に見せてきた涙は、彼女の気を引くための偽りの涙(うそなき)でしかなかったし、そのことは八重以外の誰もが知っていた。

 偽りの涙はしょせん偽りのもの。

 どれだけ流しても、他者に見られても気にはならなかった。


 だが今エヴァの頬を伝う涙は、真実の涙だった。


「私が日本に帰るって言ったら、エヴァが悲しむことはわかっていたから何も言わなかったの。正直、儀式が終わるまで気づかれないほうがいいのにって思ってた」


「僕のこと嫌いだったの!?」


 八重の言葉にエヴァは震えあがる。


「あー、なんでそう極端な方向に走るかな。私がエヴァを嫌うわけないわよ」


「だったらどうして、儀式が終わるまで気づかれなかった方がいいなんて言うの?」


「それは……ほら、お互いにお別れするのがすごく辛くなるでしょ?」


「だったら…だったら、ずっと僕の傍にいてよ!」


 涙をぽろぽろとこぼしながら、エヴァは八重にしがみついた。


 人前とかプライドとか、そんなことを気にしている余裕はない。


「いやだ。ヤエ、いやだよ。行かないでっ!」


「…エヴァ……」


 腰に回された腕に力が込められる。

 十歳とはいえやはり男の子と言うべきか、今までにない圧迫感を八重は感じた。


「大きくなったらお嫁さんになってくれるって約束したよね? ずっとずっと、僕と一緒にいてくれるって言ったよね? 全部、嘘だったの?」


「……ごめんね、エヴァ。考えてみると私ってば、嘘だと受け止められても仕方がないことばっかり言ってたね。でも私がエヴァのことを大好きなのは事実だよ。日本に帰る術が存在しないのなら、一緒にいてもいいと思うくらい大好きだよ」


「だったら、」


「でも帰れる術があるのなら、私は帰りたいの! だって私は自分から望んでこの世界に来たわけじゃないんだよ? ここに来る前の私には、ここでの生活に比べれば平凡かもしれないけど、私なりの日常がちゃんと存在していたんだよ。それを取り戻したいと思うのは当たり前でしょ?」


 エヴァの言葉を遮って、八重ははっきりと告げた。

 エヴァを見つめる瞳は別れを前にして悲しそうに揺れているが、彼女の言葉に込められた意志の力は折れることを知らないほどに強い。


 それを肌で感じ取ったエヴァは彼女にしがみついたまま、わずかな時間の中でありとあらゆる可能性をさぐった。


 魔力を封じられた現段階では不可能でも、いつか封印が解かれた時に、彼女を取り戻すための可能性を。



「―――…わかったよ、ヤエ」


 エヴァはゆっくりと八重の腰にまわしていた腕を解いて彼女を見上げ、頬を伝う涙を袖で拭った。


「僕の方こそ、ヤエの気持ちも知らずに好き勝手言ってごめんなさい」


 居並ぶ魔道士たちの目もはばからず深く頭を下げる。


「エヴァ、王子様が簡単に頭を下げちゃだめだよ。あなたが悪いわけじゃないんだから」


 八重は彼の頭に手を伸ばすと、サラサラの髪質を確かめるように撫でた。


「……お別れなんだね」


「うん…そうだね、お別れだね。辛いことも、悔しいことも、悲しいこともいろいろあったけど、思い返してみればエヴァがいつも傍にいてくれたから楽しかったよ。今まで本当にありがとう。じゃ、私行くね」


 今にも泣きそうな顔で言って、エヴァに背を向ける。


「あ、待ってヤエ!」


 呼びとめる声に八重が振り返ると、


「最後に一つだけ聞かせて。もし…もしもだよ、このままこの世界に残ることになっていたら、僕のお嫁さんになってくれた? 僕と結婚してもいいと思ってくれた? 本当の気持ちを教えて!」


 見たことがないほど真剣な表情でエヴァが尋ねた。


 最後の別れの日ですら、いつもと同じ質問をするエヴァに愛おしさを感じながら八重は頷く。


 十も年下の男の子を恋愛や結婚の対象として見たことは正直一度もないが、嫌いだとか、付き纏われてうざったいなどと感じたことはなかった。


 そんなエヴァの幼い憧れを打ち砕くことなどできるはずがない。


「大人になったエヴァの気持ちが、若くて可愛い女の子に向かずに私に向き続けてくれたなら、結婚してもいいかも、くらいには思っていたわよ」


 ヤエが答えると、涙で目を潤ませたエヴァが嬉しそうに笑った。


「あぁ、よかった。ヤエ、大好きっ! どんなに世界が離れていても、僕はヤエが世界で一番好きだよ。もしいつか奇跡が起こって会うことができたら、その時は絶対に僕と結婚してね!」


 そう言うや否や、八重の首に両腕を絡めて自分の方に引き寄せ、唇を重ねた。


 子どもらしく閉じた唇を重ねるソフトな口づけだったが、突然の強攻に八重は半ばパニックに陥ってしまった。


「なっ、なっ、なっ……なに今のぉぉぉぉ」


 八重の悲鳴を聞きながら、ウィートたちも目を見張る。


 焦るあまり八重は気づいていないようだが、エヴァが彼女に口づけた瞬間、彼女の中にエヴァの印が刻み込まれたのだ。


 どれほど遠く離れていても―――異なる世界にあっても、彼女を彼自身に縛りつけ、何よりその存在を見つけ出すための印が。


「約束だよ。大人になったら僕は絶対にヤエより強くなる。だから僕のこと、忘れないで、大好きだよ、ヤエ」


 何かを決意するように告げて、エヴァは彼女に回していた腕を離すと魔法陣の方に彼女を軽く押した。


 そうして悲鳴を上げた後は呆然としたまま魔法陣の中に立った八重は、その状態のままこの世界(ファーノおうこく)から存在を消したのだった。




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