69.式典
「分かってるなぁ、トーマス」
思わず呟いてしまったけど仕方ないと思う。式典の場所は周りに家屋も何もない、ただの広場。
ここでなら爆発が起きても住人達に被害はなさそうだ。何故こんな所で行うかといえば、ここが鉄道の始まり、線路の端であり、駅だからだ。人を乗せても問題ないと証明されるまでは貨物用として鉄道は利用される。だから人が多く住む場所には作っていない。
今日のこの日のためだけに式典会場は作った。必要以上に派手なものを。
「兄さん達も、準備はいいか?」
デイヴィッドとティムが頷く。
「なんとか人数合わせは済んだ」
「小道具含めて少し粗はあるが、パッと見ただけでは気付かない仕上がりにはなっているはずだ」
誇らしげなティム。いつも不安を抱えてて苛立っていた次兄が、こんなにも楽しそうにしているのを見るのはいつぶりだろう。いつも眉間に皺を寄せていて、不平不満を口にしていた気がする。
デイヴィッドは挨拶を終えて戻って来た婚約者を見て笑顔になる。長兄の婚約者は、少し吊り目で気が強そうな外見だけど、笑うと思った以上に柔らかいというか可愛らしい人だ。そのあたりのギャップみたいなものにすっかり骨抜きにされてるんだろうと勝手に思ってる。
「少し前まで皆、子供っぽさが抜けていない顔をしていたのだがな」
オレの横でぽつりと父が呟く。父を見ると、オレを見て少し寂しそうな顔をする。
「嬉しいが少し寂しいな」
「いつまでも心配させられているほうがお好みでしたか?」
「それも困るな」
そう言って父は笑う。
「大人になっても、離れて暮らすようになっても、僕達は父上の子です」
当たり前のことだけど、言葉にするのは大事なことだ。鬱陶しがられても、真意が伝わらないより良い。
「勿論だとも」
ポン、と肩を叩かれて気付く。
オレの背はこんなに高かっただろうか。こんなに父と目線が近かっただろうか。早く大人になりたいと思っていた。大人になったら何かが変わるような気がしていた。でも、そんなことなくて。大人には、自分でならないといけないんだな。
式典の参加者がどんどん集まって来た。用意したテーブルに、親交のあるメンバーと談話する声がそこかしこから聞こえる。
ざわり、とした方に目を向けると、馬車からネヴィルが降りて来たのが見えた。顔色が悪く、杖と人に支えられながらも覚束ない足取り。それなのに、目だけがギラギラとしていて、怖い。
ネヴィルが来たことで緊張してきた。心臓の鼓動が早くなって、やけに響く。
「殿下が壇上に上がられたら、式典が始まるぞ」
隣に立つ父の声はさきほどより低く、真剣な表情は怖いぐらいだった。
壇上に視線を戻し、「はい」と答える。
今日が正念場だ。
一変して腫れ物扱いとなったネヴィルの周りに人はいない。仕方がないとはいえ、見ていて良い気持ちはしない。あれだけ媚び諂っていた奴らが手のひらを返して、ネヴィルから距離をとってる。本当に、だから貴族なんて嫌なんだよ。
「父上、後はよろしく頼みます」
「レジー? 何を言って」
止められる前に、オレは早足でネヴィルに近付いた。
「初めまして、クックソン卿」
本当は初めましてじゃないけど、姫の振りをした時にちゃんと挨拶していないし、初めてで良いよね?
「……ハンプデンか」
トーマスが驚いた顔でこっちを見ているのが、視界の隅に入る。
ごめん、トーマス。
「以前からご挨拶したいと思っていたのですが、機会に恵まれなくて」
憎々しげにオレを睨みつけるネヴィル。嫌だなぁ、あの時はあんなに熱い眼差しを向けてくれたのに。
「貴様などと話す気はない。何処かへ行け」
「貴殿のその病は、瘡毒ですよね?」
駄目だよ、ネヴィル。今度は逃せない。
皆を道連れにして死のうと思ってるんだろうけど、そんなの許さないよ。
王家としてもここでネヴィルが死んでくれたほうがいいのかもしれないけど、それはね、オレが困るんだ。
「小僧、随分と調子にのっているようだな」
「とんでもありません。私は提案に参りました」
オレの言葉が予想外だったのか、ネヴィルが怪訝な顔をする。
ジャケットの内ポケットから、布を取り出す。布で包んでいたもの──錠剤を見せる。
「……なんだそれは」
「ハリス商会を通して手に入れた瘡毒の治療薬です。卿と同じ病を得た彼女は、完治に向かっています」
ちらりと後ろに目をやる。マギー嬢を見つけたネヴィルは目を見開いた。いや、偽物なんだけどね。ティムに頼んでマギー嬢そっくりな人を用意してもらった。
目の色が変わるというのはこういうのを言うんだろう。ネヴィルの枯れ木のような手がオレに向かって伸びる。
「よこせ!!」
勢いがありすぎたのだろう。奪おうとしてぶつかり、薬が手から落ちた。オレも拾おうかと思ったら、「動くな!」と言われてしまったので、大人しくする。
落ちた薬を拾おうとネヴィルが地面に手をつく。トーマスならきっと、薬を踏み潰して絶望させるんだろうなー。
その時、壇上の裏手で爆発音が起きた。
会場内は一瞬にして大騒ぎになり、逃げようと参加者が爆発の反対側に向かう。あちこちで老若男女の悲鳴がする。
薬を拾ったネヴィルに誰かがぶつかり、手から薬が落ちて転がる。丸薬だからね、転がっても不思議はない。這うようにして薬を拾いに行こうとするネヴィルを、邪魔だとばかりに皆突き飛ばす。ネヴィルのポケットから落ちたと思われる小瓶を拾う。瘡毒の薬に夢中で、小瓶を落としたことに気づいてない。もしくは、回復するならこの小瓶はいらないとでも思ったのかもしれない。
「レジナルド!」
怒った顔のトーマスが人の波を越えてオレの元にやって来た。よくあの人の波をやって来れたなぁ。
「おまえ! 何てことをしてくれたんだ!!」
「ごめん。でも、彼女にチャンスをあげたかったんだ」
ようやくネヴィルが薬を拾えそうになった瞬間、目の前で薬が踏み潰された。ネヴィルは顔を上げる。ベンとマギーがネヴィルを見下ろしていた。
「マギー・パット・オースチンか?」
「そうだよ」
ベンには手紙で知らせておいた。こうするから上手くやれと伝えて。
王家やアサートン家としては、ここで大々的にネヴィルとクックソン家を断罪しようと思ってたんだと思う。
クックソン側が用意したのはハードウィック家から購入したもの。ハードウィック家から買い求めた硝石で作った火薬では大爆発は起きないと分かった上で。
「こんなことをしなくても、クックソン家は終わるんだぞ?」
確かにこの式典でネヴィルもクックソンも破滅が確定する。オレとしては最後にマギー嬢とネヴィルを会わせたかった。面と向かって罵って、終わりにしてもらいたかったんだ。断罪されるネヴィルを見て溜飲は下がるだろうけど、それは本当にマギー嬢の心を晴らすのかと思ってしまって。喧嘩は直接やったほうがいいと思う。
「分かっていないな、トーマス」
「なにがだ」
「二人は恋人だったんだよ、少なくともマギー嬢にとっては」
オレの言う意味が分からないのだろう。トーマスの眉間には皺が寄ったままだ。
「それにネヴィルは騒動に紛れてこれを飲むつもりだったろうから」
さっき拾った小瓶をトーマスに差し出す。
「……即効性の毒か」
「もし奥歯にも薬を仕込んでたら止められないんだけどね」
「それはもうやむを得ないだろう」
どうしてネヴィルがこんなものを持っているかを知っているのかというと、マギー嬢から手紙が来たからだ。オレの勘が良いとかそういうことではなく。
彼ならこうするだろう、そう書かれていた手紙の通りにネヴィルが動くのを見て、悲しくなった。マギー嬢はネヴィルをよく知ってる。それがすごく悲しかった。
「おまえ、後で叱られるぞ」
「それはまぁ、仕方ない」
仕方ないけど、お手柔らかにお願いしたい。
「おかしいとは思っていた」
すっかり平常通りに戻ったトーマスが目を半眼にさせてマギー嬢とネヴィルを見る。
「参加者がどうも不自然だったからな」
「さすがトーマス」
じろりと睨まれた。褒めたのに。
「クックソン派閥以外、中立派のほとんどは別人だな?」
「当たり」
拍手したら肩を小突かれた。
「だがよく見ないと分からないほどによく似てる」
「劇団員だ。化粧の力は偉大だな」
「爆発の被害を抑えるためか?」
「そうだよ」
いくらハードウィック家から購入した火薬が駄目になりやすいからといって、火薬であることに変わりはない。誰かが怪我をする訳にはいかない。いつネヴィルが行動に移すかを待つのも嫌だったから、その前に行動に移した。
さっきのアレは舞台で使う、音だけのもので威力なんてない。
「招待状を送ったはずだ」
「ハリス商会を通して計画に賛同してもらった」
「参加って……もし情報が漏れたらどうするつもりだったんだ?」
「漏れないよ。そもそも参加してくれる家しか出資していない」
「いや、だから……」
トーマスがハッと何かに気付いた顔をする。
「トレヴァー家が中立派をまとめると言ったのは」
「当たり」
いやー、さすがトーマスだなぁ。全部説明してくれなくても分かるなんて。
「出資者は絞り込んだ。クックソンとその派閥は一網打尽にするために初めから受け入れたけど。中立派でもクックソン寄りの家は次から参加してもらうようにしたんだよ」
「おまえの案じゃないな、クリス公子だろう」
「当たり前だろう?」
そんな細かいことをオレが思い付くはずないだろう。嫌だな、トーマス。
「……で?」
「ん?」
「そのお話し合いはどういう結末になる予定なんだ?」
「うーん、マギー嬢次第かなぁ……一応殺人はしないよう、ベンに頼んである」
「なんという雑な」
笑って誤魔化す。
「どうしようもなくなったら、頑張ります」




