48.あのトーマスは本物か?!
言語化しづらい、というよりも言語化してはいけない、そんな気持ちになる不快さを、自分の中に押し込める。
挫けそうにはならない。ただただ、不快。本当に不愉快。
クックソンの思い通りにはなっていないけど、あっちは強硬手段に出てくる可能性がある。自棄になって道連れにされても困るし。目指すは完全にクックソンを封じること。クックソンの気持ちになってみたけど(兄弟で話したアレが正しいのかはさておいて)、さっぱり理解できない。オレは無欲じゃないし、人の気持ちが複雑なのも分かってはいるつもりだけど、そうまでしてもなりたいものなのか、王族って。なって何したいんだろうか。なったら終わりじゃないのに。国内、国外との問題に頭を悩まされたりしていそうで、オレだったらお金を積まれたって嫌なのに。
「何でも思い通りにできる、煩わしいことは全部下々の者がやる、とでも思っているんだろう」
休憩時間に愚痴をこぼすと、トーマスが言った。
「無責任な」
「人は簡単に現実から逃避する。解決策が見出せないからと他者に押し付けた結果、上手くいったら?」
「……その後もずっと押し付けるってことか」
「ことの大小じゃない。気分が乗らない、忙しい、分からない、どのような感情からそうなったとしても関係ない。他者に押し付け、上手くいったとしてもそれは己の手柄と思い込む、仕方がないことだったと思い込む。それが一番己に都合が良いからな」
吐き捨てるように言うトーマス。……侯爵令息として、何不自由なく生きてきた、んだよね?
「人なんてそんなものだぞ、レジナルド」
「おまえに何があったのかが気になるよ、オレは」
貴族は自分に仕える者を上手く使うことを求められる。トーマスの言ったことの全てを否定するわけではないけど、そういうこともある。だから持つ者としての義務があるんだと思うけど。それを果たさないならただの略奪者でしかないよなぁ。
「結論。人間なんて利己的、だそうだ」
そう言うと、手に持っていた本を閉じ、タイトルをオレに見せてきた。なるほど、"性悪論"……。その本にそう書いてあったのか。
「なんでそんな本を読んでるんだ?」
「おまえと同じだ。奴らの考えを読み解こうとした」
「その結果がアレかぁ……」
クックソンは善人ではないもんな。
「おおかた、世が世ならオレは王だった。誰かに頭を下げるはずではなかった、程度のものだろう」
「あぁー……それ一番嫌な答えだ、トーマス。だってそれ、どうしようもない愚か者が言うことだろう?」
がっくりしてるオレを見てトーマスがにやりと笑う。
「何を今更。分かっていたことだろう。ところで何故お前がクックソンの思考を理解しようなどと思った? これまでは自分とミラー嬢に影響がなければ関与したくないという態度だったろう」
「あぁ、関わりたくないのはそうなんだけど、兄弟が継ぐ爵位が欲しいなぁと思って」
「ちょっと聞き取れなかった。もう一度言ってくれ」
「兄弟が継ぐ爵位がないから、クックソン一門の持つ爵位を奪おうかと思って」
眉間に皺を寄せたまま、トーマスは何かに耐えてる。
うん、ごめん。頭が痛くなるようなことを言ってる自覚はある。
「どうしておまえはそう……」
絞り出すような声でそこまで言ってから、トーマスは顔を上げた。
「そうか、その手があったか」
「え?」
一変してトーマスが笑顔になった。怖い。
「奴らは足元を固めてから玉座を奪うつもりなんだろう?」
「そうだな」
「つまり、単独では成し遂げられないということだ」
「まぁ、そうなのかな?」
トーマスの言ってることは分かるものの、言いたい事が分からなくて、首を傾げていると、堪えきれなくなったのかふふふ、とトーマスが笑った。
え、ご乱心?!
友人の豹変ぶりにオレは戸惑うしかない。
「……トーマス、頭は大丈夫か?」
「いつもなら殴りたいぐらいだが、今は気分がいいから許してやる」
「ありがとう?」
立ち上がると、笑顔のままトーマスが言った。
「最高だな、おまえは」
ええええぇぇ?! ちょっと本当に何があったの?! 正直に怖い! トーマスに誰かが憑依したみたいに別人なんだけど。
手元を片付けると、「早退する。またな」と笑顔で言ってトーマスは消えていった。
え? トーマス? ヒントを言ってから帰って!?
トーマスが去って行った後、会話を思い出す。
意訳すると、偉そうにしててもクックソンだけでは何もできない、ってことだと思うんだけど。
親交のなかったオースチンと手を組んだのは、自分の派閥の人間だと王家に警戒されるから、無関係でそれなりに不満と野心があったオースチン家に接近したんだから。
国内の勢力図ってどうなってるんだろうか。全く関心がなかったから知らないんだけど。
目の前を歩くサイモンに声をかける。
「そこのサイモン君」
「なんだよ?」
「貴族に疎いオレに教えてくれないか」
「貴族のくせに貴族に疎いとか、おまえ大概だぞ?」
「自覚はある」
いなくなったトーマスの席に座ると、なんだよ?とサイモンは言った。
「国内の勢力図」
「おまえなぁ」
「自分の家と敵対しているかどうかしか興味がなかったんだ。家を継ぐつもりもなかったし」
ため息を吐くと、サイモンは手を出した。書くものを寄越せということのようだ。紙とペンを渡す。
王家を中心に、国内の有力貴族の家名を書き記していく。
ハンプデン家、トレヴァー家は王家から見て北西。アサートン家は西側に広大な領地を持つ。ミラー家はそこから南に位置して、海に面する。対するクックソン家は東南に海に面した広大な領地を持つ。南側の肥沃な大地は王領が多く存在する。オースチン家は北東にそこそこの領地がある。
家名が書き終わると、派閥ごとに円で囲む。
アサートン家は王家派。トレヴァー家やハンプデン家は以前手を組んだと言っても中立派。ミラー家も。派閥といえるような大きな勢力は、そんなに多くない。うちの国は王家が強行的ではない所為か、あまり反発している家は多くない印象だ。
「なぁ、レジナルド」
「おまえは王家に付くのか?」
「今回に関していえばそうなるかな」
「そうだよな。ところでさ」
「うん?」
「ハンプデンをおまえが継ぐって聞いたんだけど」
「あぁ、そうなんだ」
バタバタしていたけど、オレがハンプデン家を継ぐことが正式に決まって、今度後継者のお披露目パーティーをすることになった。
婚約者のフィアへ贈るドレスもその時には間に合うように作ってもらっているところ。ドレスってかかる費用だけじゃなく、完成にも時間がかかるから、準備が必要なんだということを初めて知った。誰かと結婚するつもりもなかったし、家を継ぐ気もなかったから、全く関心がなかった。でもこれからはそれじゃ駄目ですよ、と母とタラに言われた。心せねば。
フィアにドレスを贈れるのはそれはそれで嬉しいんだけど、オレとしてはフィアの色に染められたいというか。費用はこちらが負担するからフィアの望む装いを教えてほしい、というお願いは許されるだろうか?
「これからもよろしくな」
「うん? こちらこそよろしくな」
ペンを置くと、ニッと笑ってサイモンは去って行った。




