15.こんなのはどうだろう?
フィアを彫れと命じられたので、せっせと彫ってるわけだけど、本当に思ったように彫れない。
そもそも普通の腕前なんだから、思うように彫れなくてもおかしなことじゃないんだけど。上手く彫るとか今まで気にしたことがなかった。そもそも始めたきっかけがアレだったし、なんでもいいからと彫っていたから。なにかを再現したいと思って彫ったことなんてなかった。少し真面目に彫るようになったのは聖母子像を彫るようになってから。適当に顔は彫れない。
時間がないから教室でも彫っていたら、トーマスが木彫りのフィアを手にして怪訝な顔をする。
「いくら自然体のミラー嬢を、といったからといって、木陰に隠れている姿は要らんだろう」
「そうか? 可愛くないか?」
オレは可愛いと思うんだけど。控えめながら目力強くするの結構難しい。
「微笑んでる姿だとか、そういうのを彫れ」
「何を言ってるんだトーマス、オレの技術力でフィアのあの可愛い笑顔を表現できるわけないだろう」
本当に己にがっかりだよ。
「……おまえ……」
「なんだよ?」
なんでもない、と言って机に木彫りのフィアを戻す。
「蝋燭にしなかったんだな」
「溶けちゃうだろ、オレのフィアが」
フィアがとけてドロドロになるなんてとんでもない!
「聖母子はいいのか」
「気にしたことないな」
「罰当たりめ」
「そんなこと言われても、喜ばれるんだよ、アレ」
オレの前の席に腰かけたトーマスは、持ってきた本を開く。
「焦ってるらしいぞ」
読書に集中するのかと思ったら、その状態で話しかけてきた。器用だなぁ。オレも同じように手元の木を見ながら答える。
「オースチン先輩か?」
「他の元婚約者たちも」
トーマスが一網打尽にできるかもと言っていた何人かだろうか。
「焦って努力してるってことか?」
「まぁ、早々に諦めているのがほとんどらしいが、オースチン先輩はそうじゃないようだ」
じゃあ、努力してるってこと? ちょっと意外だ。
「初めはおまえができるんだからと軽く見る発言をしていたようだが、最近は話題にもしていないらしい」
……先輩とオレたち学年違うよね? なんで知ってんの? なにか放ってんの?
「あれだけ馬鹿にしていたら中途半端なものなど展示できないだろうからな、金にものを言わせるんじゃないか?」
プライドが高すぎるのも困りものだな。
「でもオースチン先輩なら、今回は不正したとしても、裏でコツコツと努力してそれなりの腕前になりそうだ」
努力家だと聞いてるし、今すぐは無理だとしても、それなりになるんじゃないかと思ってる。オレより上手くなるかもしれない。オレは好きで彫ってるだけで、向上心がないから。
「そうだろうな。だから手を回しておいたんだが、こちらの出る幕はなかった」
「適材が見つからなかったってことか?」
トーマスが頷く。
「おまえの弟はなかなかだな」
トーマスより先にクリスが手配したってことか。うちの弟ちょっとすごくない?
ふん、と鼻で笑うトーマス。
「ハリス商会に目をつけられたくないんだろう、全く見つからないと聞いてる」
ハリス商会だけじゃなく、アサートン家まで出てきたら、そりゃあそうなるとしか……。
「ありがとう、トーマス」
「……おまえは実力で勝負するのに、あちらが他者の手を借りるのは不公平だからな」
感謝の言葉を述べたら、トーマスが照れたように見えるのはオレだけだろうか。
「ミラー嬢の婚約者はおまえだ。元婚約者たちは己の意思で彼女との婚約を解消した。以前と状況が変わったからといって王家も祝福する婚約に水を差すことは許されないからな」
え。オレたちの婚約って王家に祝福されてるの?
驚いて思わず顔を上げてしまった。トーマスは呆れた顔でオレを見る。
「当たり前だろう。この婚約が失敗に終わり、商会を逃すことになったらどれだけの損失だと思ってる」
まぁ、そうか。そうだよな。
そのことに納得しつつも、このまま双方が対立したままなのもよくない気がする。最初が肝心とまでは言わないけど、関係は日が経てば経つほど回復が難しくなると思うんだよね。ケンカして意地になって謝らなかった結果、関係が破綻。今ではお互い後悔してる、なんて話よく聞くし。規模が違ったって中身は人なんだし、早めがいいんじゃないかなぁと思ってしまう。子供じみた考えだと言われるだろうけど。
仲間に入れてやるっていう態度でもいいから、仲間と認めたほうが色々良いと思う。それにそのほうが政略結婚の幅も広がって、いいのかもしれないし?
「やっぱり、貴族が商会を持っても恥ずかしくない風潮にしたほうがいいと思う」
「それはそうだが、なんだ、藪から棒に」
やられっぱなしは嫌だからやり返すけど、それはそれとしてこのままというのも。
「なぁ、トーマス。王家が商会を持つのは絶対に無理なのか?」
「無理ではないが、簡単なことではないな」
さすがに王室ともなれば中途半端なものを扱えもしないしなぁ。とは言え、このままじゃ権威を守りたい貴族と新興貴族の代理戦争に巻き込まれ続ける気がする。
オレはフィアと幸せになりたいだけなのに。
王家が商会を持つのは難しくても、王家が商会を認めるのは可能なんじゃないか? ハリス商会などの有力な商会を陞爵しようとしてるぐらいなんだし。
認めてもらう。どうやって認めるのがいいかな。
王城にも商会は出入りするだろうから、買い物はしてるんだよな、直接会ったりはしないだろうけど。
「……あー、うん」
「どうした、ミラー嬢のことを考えすぎて遂におかしくなったか?」
「フィアのことはいつも考えてる」
「……いつも考えてるのか……」
引いた目で見られたけど気にしない。
「なぁ、トーマス。ちょっと耳を貸してくれ」
「なんだ?」
トーマスにだけ聞こえるように耳打ちする。
話し終えると、トーマスは目を細めてにやりと笑った。
「なるほど、それならやれるな。非公表にしていたわけではないし、多くの者が知るところを分かりやすく知らしめたところでなんら不利益はない」
「次の王室主催の夜会のデビュタントに、ジェーン王女も入っていたよな?」
「確かに姫のためとなれば殿下たちも動きやすそうだ」
陛下が目に入れても痛くないと公言して憚らない噂のお姫様。大層お洒落がお好きと聞いてる。
「それなら王家が商会を持たなくとも認められるし、商会も発奮するだろう」
「それもあるかもな」
正直なところなんでもいいんだけど、オレとフィアを巻き込まないでくれれば。でもこのままじゃ悪化しかしなさそうだし、婚姻後もちょっかいだされたらたまらない。オレは善人じゃないから、自分の幸せをまず追求したい。
「それはこちらで対処しておこう」
「助かる」
持つべきものは権力のある友人。そういうつもりで付き合いを持ったわけではないけど、心強いなぁ。
「トーマス、バターと砂糖たっぷりサブレ好き?」
「なんだ突然。嫌いじゃないが……」
「分かった。今度持ってくる」
クリスに頼んで用意してもらおう。侯爵家なら普通に食べているかもしれないけど、ハリス商会のサブレは大人気ですぐに売り切れるとも聞いたし。
「そんなの持ってこなくても力になる。ミラー嬢にはとても失礼なことをしてしまった罪滅ぼしのようなものだし、おまえにも感謝しているからな」
「そうか? でもサブレ美味いから持ってくるよ」
トーマスは頷いた。
「少し多めに手に入るか?」
「分からないが、必要なのか?」
「殿下方も甘いものがお好きだからな」
すぐに次の案に考えをもっていけるんだから、さすがだなぁ。
「トーマス、おまえすごいなぁ」
「……なんだ、突然」
「いや、いつも思ってるんだが」
「いつも思ってるのか……私からすれば、おまえのほうがすごいと思う……こともある」
「そうか? それなら良かった」
仕様のない奴だと思われてるんじゃないかと思ってたから、少しは良いところがあると思われてるなら嬉しい。
「おまえはなんか、ずるいな」
え。トーマスまで!?




