第92話 ドン引きする人ばかりではありません
「あはは、やっぱりびっくりしますよね」
「そ、そうですね……」
胸に手を当てて息を整えているフルールさん。そこまで驚かせるつもりはなかったが、なんかごめんなさい。
「まさか……、それが例の魔物なんでしょうか?」
「あー、いや、こいつは違います。森に出た魔物は四メートルを超えるシルバーウルフだったって話をギルドで聞きました」
思わず首を縦に振りそうになったけど、直前で何とか踏みとどまる。一応口外しないように言われている。Sランクの魔物がどんなものかいまいちしっくり来ていないが、なんにしろ街が混乱しないようにということなので黙っておく。
「そうなんですね。でもその従魔も……シルバーウルフのように見えますが」
「ええ、そうですよ」
「本当ですか?」
すごく疑いの目で見てくるけど、そういうことになっているのでこれ以上は何も言わないでおく。にしてもやっぱりこの人は鋭いなぁ。
「……失礼しました。わたしの悪い癖が出てしまいました。さて、気を取り直して……」
そう口にするフルールさんの表情が、もう一度疑問に彩られる。
「あ、もしかして木材は収納カバンの中でしょうか。でしたらここに取り出してくださってかまいませんので」
そうか、前に魔物をフルールさんに売った時は、ロープを縛り付けて魔物を引っ張ってきてたんだったか。
「じゃあここに出しますね」
特にもう隠していないので、莉緒と二人で異空間ボックスから木材を取り出す。
「異空間ボックス……!」
「これで十本かな」
「は、はい、確かに受け取りました」
指名依頼票をフルールさんに差し出すとサインをもらう。いろいろと驚かせてしまった気はするが、すぐに気を取り直したのか平常心に戻っている。
「これで完了ですね」
「ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。これでいろいろと工房の仕事も進みます」
「そういえばこの街は家具もいっぱい作られてましたね」
「ええ、そうなんです。お客様を待たせるわけにもいきませんから」
「……もしかしてベルドラン工房も木材を待ってるのかな?」
莉緒の言葉にハッとする。もしそうなら俺たちのベッドも作成が遅れているはずだ。ゲルスライムも使った快適ベッドは早急に作ってもらわねば。
「そうですね。……もしかしてベルドラン工房に何か依頼を?」
フルールさんの言葉に頷きを返すと、そのまま木材をベルドラン工房へ配達するかと提案を受けた。そのほうが注文した家具も早く仕上がるだろうし、俺も異存はないので引き受けることにする。
木材運搬の追加報酬を受け取ると、途中にあるギルドへ依頼完了報告を行ってから工房へと向かった。
「いらっしゃいませー」
工房へと入ると前回と同じく、クレイくんがカウンターに座っていた。若干舌足らずな言葉も相変わらずだ。客として入ってきた俺たちをしっかり視界に入れた後、うしろを振り返って母親を呼んでくれると思ったけど、じっとこっちから視線が外れない。
「クレイくん、こんにちは」
このまま話が進まないのもどうかと思ってとりあえず挨拶をするも、やはり反応がない。
「ふおおぉぉ! わんちゃんだぁ!」
と思ったら急に目を輝かせて叫びだした。カウンターの奥で座っていた椅子から降りると、こちら側へと回ってくる。
大人しく座っているニルの前に来ると、自分よりも頭上にあるニルの顔を見上げる。しかしこの身長差すげぇな。
「さわってもいい?」
クレイくんは直接ニルへと尋ねているけど、ニルは言葉をきちんと理解しているのだろうか。ちゃんと返事はくれるから理解してる気はするけど。
そんなことを考えながら見守っていると、ニルはおもむろに立ち上がりクレイくんへと近づいていく。クレイくんの横へとぴたりと体をくっつけると、そのまま腹を地面につけてうつ伏せになる。
「あはは、触ってもいいって」
「ホントに!」
嬉しそうにしゃがみこむと、ニルの首元へと手を伸ばす。
「ふわふわー、あったかーい」
にへらと笑顔を浮かべると、ニルの首を撫でる手の動きが恐る恐るとした感じからだんだんしっかりとした動きに変わってくる。
「クレイくんならニルに乗れそうね……」
「えっ?」
ポツリと呟いた莉緒の言葉に反応したのか、クレイくんが莉緒を見上げている。その間もニルを撫でる手は止まっていない。さすがだ。
でも確かに普通に乗れそうだな。
ニルが元の大きさに戻ったら俺も乗れるんじゃなかろうか。そしたら全身でもふもふし放題じゃねぇか。これは夢が広がる……!
「乗ってみる?」
聞いてみるとクレイくんはニルと俺を交互に眺め、ニルに向かって「いいの?」と聞いている。
「わふぅ」
ひと鳴きすると立ち上がる途中の態勢を取るニル。どうやら乗ってもいいらしい。
「いいみたいね」
「ありがとう!」
ニルの足を踏まないように気を付けながら、背中にまたがるクレイくん。しっかりと背中に乗ったことを確認すると、ニルはゆっくりと立ち上がる。
ただやはりうまくバランスが取れなかったのか、クレイくんは前方へと倒れてニルの背中にしがみつく形になった。
「おあっ! ……でもふかふかー」
驚いているみたいだったけど結果オーライだ。背中に顔をうずめて幸せそうにしている。
「クレイー! お客さん来たならちゃんと教えてくれないとダメでしょ!」
ちょうどそこに店の奥から、クレイくんの母親であるサリアナさんがやってきた。
「ひぎゃあぁぁぁっ!?」
が、クレイくんが乗っているニルを見た瞬間、悲鳴を上げて卒倒するのだった。




