第77話 職人の街レイヴン
「何か来てるよ!」
莉緒の探知範囲にも入ったのか、気配の方向へ顔を向けて警戒を始めた。さすがに森の上空を漂っている俺たちに何かできるとは思えないが、備えだけはしておかないと。遠距離攻撃手段を持ってないとも限らないのだから。
「ちょっ……!」
と思ったら距離五百メートルくらいのところで、獣の気配が地面から浮き上がってきた。森の樹々は最大で高さ百メートルくらいだろうか。そこからさらに二十メートルは上空に俺たちは待機しているんだが。
しばらくすると樹々から顔を出すようにして、狼型の獣が空中を踏みしめてこちらに疾走してくる姿が視界に入る。
「なんで空中を走ってるのよ!?」
莉緒が驚いているおかげか、俺はちょっとだけ冷静になれた気がする。というか空中を走るようなスキルでもあるのかな。むしろそっちが気になるくらいだ。今度練習してみよう。
それにしてもでかいな……。まだそれなりに距離はあると思うんだが。遠近感が狂いそうだ。
「わからんがとりあえず、撒き餌作戦だ!」
「う、うん」
じっくりと魔物を引き付ける。距離はすでに百メートルを切っただろうか。うっすらと青みが掛かった白い狼は、まっすぐと俺へと向かってくる。
「ここだ!」
空中にしっかり足をついて踏み切り、口を開けて飛びかかってきたところで異空間ボックスから獲物――グレイトドラゴンを取り出して狼へと投げつける。
「――ガウッ!?」
しっかりと口に咥えられたことを確認すると。
「よし、逃げるぞ!」
全速力で東へと向けて空を駆けだした。
「はぁ~、なんだったんだあれは……」
「びっくりしたわね……」
ここは天狼の森を東に抜けてきてすぐのところの草原地帯だ。そろそろ夕方となり、日も暮れようとしている時間帯になっている。
森の出口には何やら木材置き場となっている一帯があった。誰もいなかったので思わず中に降り立ってしまったが、入り口を守るように見張りが立っていたので即退散した。
そんな場所から、木々を迂回し見えない場所を今夜の野営地としている。野営用ハウスを異空間ボックスから取り出してくつろいでいた。
「あの狼ってやっぱりシルバーウルフの上位種なのかな」
「だと思う。大きさが全然違うし、何より名前が――天狼だった」
「ええっ!?」
もったいぶって告げた魔物の名前に、莉緒も目を見開いている。
「あのとき鑑定してたんだ……」
って驚いたのはそっちですかい。
「そもそも村の名前の由来になったフェンリルってのは、天狼とは違うのか……。そこがわかんねぇんだよな」
「うーん……、たぶん違うんじゃないかなぁ」
莉緒に視線で推測の続きを促すと、眉間に皺を寄せながらも話を続ける。
「シルバーウルフって森にたくさんいたでしょ。だから上位種はそこそこ頻繁に生まれるんじゃないかと思うのよね」
「なるほど。……ということは、二百年以上見かけないフェンリルとは違うんじゃないかってことか」
「そうそう」
「じゃあフェンリルってのは、天狼のさらに上位種ってところかな」
「そうなるわね」
ふーむ。魔物の上位種誕生の仕組みはよくわからんが、そうそう滅多に生まれるものでもないだろう。上位種の上位種となれば尚更か。
ちなみに天狼に投げつけたグレイトドラゴンは、魔の森奥地に沢山棲息するトカゲだ。地竜より強さは一段劣るが、小さいサイズでも十メートルは超える、食いでのある魔物だ。
今回遭遇した天狼は体高五メートルくらいだっただろうか。十五メートルほどの餌を与えておいたから、食べるのにそれなりに時間がかかるだろう。
「それにしてもあの塔はなんだったんだろうなぁ」
「異世界の神秘って感じよね」
「国境にあった大地の裂け目もそうだけど、さすが異世界だけあってファンタジー要素満載だよな」
「あはは、そうね。魔法もそうだけど、やっぱりここは日本とは違うんだなぁって改めて実感しちゃった」
異世界全体もきっと広いに違いない。裂け目や塔の他にも、世界の謎はいっぱいあるかもしれないな。
などと二人で話をしているうちに夜も更けていった。
「ここが職人の街かー」
翌日のお昼前、草原を抜けて川を渡ったところで、ようやく職人の街レイヴンへと到着した。石造りの外壁に囲まれた大きな街だ。森へ向かう道も広く平坦で、伐採された樹木を運び込む馬車もちらほらと見かける。これはちょっと期待ができるかもしれない。
到着してすぐに門番さんに聞いた冒険者ギルドへと向かう。職人の街と呼ばれるだけあって工房が多い。西には天狼の森という高級木材が採れる森、東には良質な鉱石が採掘できる鉱山と、立地にも恵まれているとも教えてくれた。
「まずは宿の確保をしないとね」
工房へとふらふらと入っていきそうになる俺を引っ張って、莉緒がまっすぐギルドへとひっぱっていく。
冒険者ギルドは石畳の大通りをまっすぐ進み、中央広場を通り抜けたすぐ東側にあった。
「えーっと、カウンターは……」
いろいろと目移りしている俺ではなく、今日は莉緒がカウンターの職員におススメの宿を聞いている。
「お風呂付の料理が美味しいお宿ですか。少々お待ちください」
職員がカウンターの下から何かを出してくる。
「リーズナブルなのは街の南側にある『馬の角亭』で、少しお高めの宿は北側にある『蛇の脛亭』です」
馬に角なんてあったっけ。っていうか蛇に脛もないよね。
……まぁいいか。俺は深く考えることを止めた。
「じゃあ『蛇の脛亭』に行ってみます」
職員に場所を聞いた俺たちはギルドを出ようとするが、間際に他の冒険者の呟く声が聞こえてしまった。
「チッ、ガキが高級宿たぁ、どっかの貴族のボンボンかよ……」
どうかフラグが立っていませんように。




